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水の香り L'eau D’Issey 8月5日~365日の香水

マリン、オゾンといわれた香り
1990年代に台頭した香りのタイプにマリンノート、オゾンノートと呼ばれた一大ジャンル(ファミリー)がある。
今はマリンの方の名が定着している。
が、海を感じさせる香りということではなく、スイカのようなみずみずしさと甘さとグリーン感のある香りである。

火付け役
マリンノートの核になっているのがカロン(Calone)と言われる合成香料。
20世紀中ごろに大手の香料会社で開発され、1990年代に入り二つのブランドの香水がカロンを特徴的に使った新作をヒットさせ、一気に火が付いたとされている。
ブランドのひとつはケンゾー(KENZO~高田賢三)で、もう一つはイッセイ(ISSEY MIYAKE~三宅一生)。
1991年にケンゾーから”ケンゾー男性用(KENZO Pour Homme)”が、1992年にイッセイから”イッセイの水(L'eau D'issey)”が出て、現代香水に新しい歴史が刻まれた。

日本的な美意識
マリンノートという潮流を作ったのが日本人クリエイターのブランドだったことが感慨深い。
”ケンゾー男性用(ケンゾープールオム)”のボトルデザインは侍の刀の鞘をイメージさせるようなものだったし、”イッセイの水”(ロードイッセイ)は夏の夕立や打ち水などから得られる静寂や和らぎの美意識だった。
両者が「日本的なもの」と「新機軸」を掛け合わせ、いち早くグローバルマーケットで成功を収めたことに、やはり嬉しさと誇らしさも感じる。

イッセイミヤケ
特にイッセイの水がマーケットに与えたインパクトは大きかったようだ。
大手香料会社では、カロンの香りのジャンル(ファミリー)を”ウォータリー (Watery)としていて、このあたりもイッセイの水の波及に思えなくもない。
日本におけるファッションを洋裁から「クリエイティブ」に格上げするためのムーブメントを起こした人でもあり、本人は美大生でありながら、当時の文化服装学院の学生たちにも呼び掛けてファッションデザインを学ぶ研究会なども主宰したという。参加した学生には高田賢三やコシノジュンコらがいた。
2022年の8月5日、三宅一生は儚くなった。

L’eau D'Issey/Issey Miyake/1992
調香師ジャック・キャバリエ(jacque cavalier)の名を不動のものにした香水と言ったら言い過ぎだろうか?
ボトルデザインはイッセイのもとでデザインをしていた日本人、吉岡徳仁が手掛けた。
カロンの魅力を活かすためのメロン、ロータス、チュベローズにムスク、これらがトップノートからラストノートまでの流れを静かに作り出し、香りはインパクトを持ちながらも、ある種の静寂さを持つ。
あたかも打ち水をした後のように。
イッセイミヤケ第一作の香水は、こうして彼の世界観を寸分の違いなく表現するものになった。革新的であり普遍的な香り。

香り、思い、呼吸
8月5日がお誕生日の方、記念日の方おめでとうございます。



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