「とびっくら」に見る流儀(2)
多くの飯田人にあっては、おそらくは飯田弁の「とぶ」は〈走る〉ことであるし、また〈走る〉ことを飯田人は「とぶ」といっている――と認識しているのではないだろうか。
だがしかし、本当にそうした認識でイイのだろうか。私としては、そう単純には思われないのである。
「とぶ」という語は、かつて京都・大阪が日本の政治経済ひいて文化の中心だったころの中央語だった。たとえばのことに「枕草子」にも、つぎのような用例が見られる。
▽「簾のもとにとまりて見たる心地こそ、飛びも出でぬべき心地すれ」
(簾の処に立ち止まって見てる気持ちって、ホント、走り出て行きたい気分だわ)
共通語での訳文を添えてはみたけれど、飯田人たちにとってなら、そのままに「飛び出していきたいわ」と言っておくほうが、よほどよくその気分が伝わってくるだろう。
そうした「とぶ」が、南信濃に伝わり来たのである。清少納言が使っていたそのように私たちも使っているという構図になっている。そうしたことを、若い衆は古くさいといって嫌悪するかもしれない。だが、私なんぞは「清少納言や紫式部が使っていたのだ……」と思うと、そうしたところに繋がることがうれしくてたまらない。そうであるのに、しかし今日では、この「とぶ」という語を以って〈走る〉ことを日常的に表現している地域はというならば、中部地方や遠く九州地方などの限られた地域にあってのことらしい。東京などでは通用しないことは、しばしば語られているところである。
ところで、である。私がいささかならずうれしく思い、だからまた残念にも思い、そのうえで不可解にも感じ、また飯田弁に妙味を覚えるのは、そこから先のことなのである。
「とぶ」という語にあっては、ほとんどの飯田人が「忘れ物を取りにとんで行って来る」とか「大急ぎでとんで帰って来た」などと、日常的にはあたりまえに使って来ている。
だが、だからといって、南信濃にあっては、単に「とぶ」と表現するばかりではない。「はしる」や「かける」という語だっても、使われているのである。
「長野県方言辞典」を初めとした類書や資料集の類にあっては、「とぶ」の項を見ると、いずれも語釈として「走る。駆ける」といった語に置き換えて済ませてあるのが通例である。だからというので、飯田人のいう「とぶ」は、単に「走る」や「駆ける」の意味の、古風な表現にして方言なのだということにしてしまって果たしてそれでよいのだろうか。
そうした認識は、はっきり言ってマチガイなのである。飯田弁における「とぶ」ということばの意味は、けっして「走る」ことではないのだし、また「走る」ことを「とぶ」といって来ているのではないのである。
つぎのような場面を想定してみていただきたい。
「とびっくら」や「かけっこ」よりも、分りがよいのは、マラソンであったり駅伝だろう。そこで、マラソンや駅伝をいま街道で応援しているとしよう。向こうから選手がやって来て、目の前を通り過ぎて行く。この時に、いったいどのような表現をするだろうか。
「目の前をランナーがとびぬけて行く」だろうか。
「目の前をランナーが駆けぬけて行く」だろうか。
「目の前をランナーが走りぬけて行く」だろうか。
「目の前をランナーがとび去って行った」だろうか。
「目の前をランナーが駆け去って行った」だろうか。
「目の前をランナーが走り去って行った」だろうか。
飯田弁で「とぶ」といえば「走る」ことであり、飯田人は「はしる」ことを「とぶ」というのだ――と説明してみせるような人であってさえも、そのような場にあっては「とびぬけて行く」だの「とび去って行った」だのとは、けっして言いはしないだろう。あるいはまた「走りとおす」ことを「とびとおす」などとも言わないだろう。風越山登山マラソンの如きにあって、急な山道坂道をはたして「とびのぼる」のだろうか、はたまた「はしりあがる」のだろうか。いやいや「かけのぼる」なり「かけあがる」に違いない。
つねには「走る」ことを「とぶ」といっているかのような南信濃の人たちにあっても、また「とぶ」ことは「走る」ことだと思い込んでいるかもしれないような飯田人であってさえも、けっして「とびとおす」だの「とびぬける」だのとは言いはすまい。その背後には、それなりのワケがあり理由があるはずである。あるとすれば、それはどういうことだろうか。そこには飯田弁としての流儀があるのではないか。いや、あるはずである。もとよりその流儀は、単に複合動詞においてのみ存するものではないのであって、そうしたことを私は思うのである。
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