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【声劇】囚われの姫〜怪異前世譚〜(2人用)

利用規約:https://note.com/actors_off/n/n759c2c3b1f08
♂:♀=1:1
約30分~40分
上演の際は作者名とリンクの記載をお願いします。

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都市伝説に出てくる怪異にも、きっと生きていた時があります。
どの様な悲しみの中、命を落とし怪異となったのか?
そういうシナリオです。
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♀円香:母親を失い、変わってしまった父と二人暮らし。絶望の中、感情を押し殺す。
♂父親:妻を失い、莫大な保険金を手にして狂った父親。※その他の役も兼任。
♂誰かの声:客であり、円香に恋心を抱いた青年。
♂男の声:善意の第三者。
♂信二:独り暮らしを始めたばかりの青年。 何かに見られている気がしてならない。

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【配役兼任表】

♀円香

♂父親・誰かの声・男の声・信二

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父親:「おらガキっ!! 仕事だ!! お前みてぇな、小便くせぇガキを買ってくれるって言ってくれてんだ、もっと愛想良くしやがれ!!!」

円香:「──っ」

父親:「客を待たせんじゃねぇぞ!!!
(客に向けて) へっへっすいませんねぇ〜、お代はこちらで……
へぇ、えっと……ひぃ、ふぅ、みぃ……確かに!! ありがとうございます。
ではアタシはちょいと席を外しておきますんで、ごゆっくりと……へっへっへっ」

円香:「……」

円香M:「父は──あの人は、お母さんを病気で失ってから、変わってしまった。
お母さんの保険金が入ってから、あの人はそのお金に溺れ、会社を辞めた。
普通に生活するには困らないくらいあったはずのそのお金は、失意の念からか、全てあの人のお酒とパチンコに消え、そして──」

父親:「(帰ってくる) クソが!! 全部飲まれちまった!! ったく、あのパチ屋め、客を舐めやがって!!!
おらっガキ!! 酒だぁ!!」

円香:「っ……」

父親:「ちっ!! まぁたそんな所にこもりやがって、胸糞悪ぃガキだ!!!」

円香:「……」

円香M:「無機質な壁と木の箪笥たんすの間が、私の唯一の居場所だった。
ここにいれば、あの人の姿を見ないで済む……
あの人に殴られないで済む……」

父親:「ったくよぉ……俺は、不幸だ。
なんで俺ばっかり、こんな目に……なぁ? 里子よぉ〜……なんで逝っちまったんだよ……俺だけを置いて……なんで……」

円香:「……」

円香M:「あの人は、酔うと決まって、泣きながらお母さんの名前を呼んだ。
お母さんの写真を片手に、お酒を浴びる。涙とお酒でクシャクシャになったお母さんの写真を、握り締めながら、何度も何度も……」

父親:「里子ぉ……里子ぉ〜……」

円香M:「汚さないで……お母さんを。
汚さないで……その声で。
呼ばないで……私のお母さんの名前を。
私は耳を塞ぎ、無機質な壁と木の匂いが包む箪笥たんすとの間で、ただ時間が過ぎるのを待った」

父親:「里子ぉ〜……里子よぉ……」

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円香:「お母さんっ、お父さんっ、見て見てっ!
図工の授業で『好きな人を描きなさい』って言われたから、お母さんとお父さんを描いたの!
この間でギュ〜って抱きしめられているのが、マドカなんだよ!
先生に『良く描けているね』って褒められたんだよ!」

円香M:「私がまだ幼い頃……
お母さんがまだ元気だった頃……
あの人が、まだ人間だった頃……」

円香:「お母さんっ、お父さんっ聞いて聞いて!
クラスの劇でお姫様をやる事になったの!! 大きい龍にさらわれて、お城に閉じ込められるんだよ!!
そして、そしてね! 王子様が『救い出してあげる!!』って助けてくれるの!!」

円香M:「あの頃の夢をよく見る。
夢の中で私を助けてくれる王子様の役は、顔が黒で塗り潰されて分からない。でも、龍の役はいつもきまって──」

父親:「──はぁ、はぁ!」

円香:「ッ!?」

父親:「(襲いかかる) 里子ぉ!!!」

円香:「きゃっ!! は、放して!」

父親:「良いじゃないか里子ぉ!! 里子ぉぉ!!!!」

円香:「違っ──私はお母さんじゃ──ない!!!」

父親:「里子ぉ〜!! はぁ、はぁ!」

円香:「い、やぁ!! 痛っ……」

円香M:「箪笥たんすから突き出した、古い錆びた釘。
お母さんと昔、よく一緒に隠れんぼをして遊んだ。私はきまってこの場所に隠れる。それをお母さんは見つけられない振りをしながら、家中を探し回った。狭い家の中で、隠れられる場所なんて、ここしか無かったのに、凄く楽しそうに私を探してくれた。
そして最後には、この箪笥たんすの裏を見て『みぃ〜つけた♪』と、私を抱きしめた。
あの頃、私の背丈ではまだ届いていなかった、突き出した釘が、私の腕に傷を作る。
赤い血が流れる。
どんなにけがれても……私はまだ、人間なようだった」

父親:「里子ぉ〜!」

円香:「っ……」

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父親:「今日の客は上客だ!
金は先払いで貰ってるから、おかしな気を起こすんじゃねぇぞ!! へっへっへっ」

円香:「……」

円香M:「知らない男に身体を預ける……
それは、あの人の存在を感じないで済む時間でもあった。
怒りも、悲しみも、憎しみも、嫌悪感も、全てを心の奥底にしまい込む事が出来る時間。
揺れる照明、私を嘲笑あざわらう天井のシミ、知らない男の鳴き声、感情を殺した生き人形……
私はそれを、冷たい壁と箪笥たんすの間で、ずっと眺めていた……私じゃない私の、何も無い時間が過ぎ去るのを……ただただ……」

誰かの声:「僕が……僕が……」

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父親:「あそこで3が刺してたら、2-7-3の三連単の万馬券だったってぇのに!!! ちっくしょう!!!!
おらっガキ!! 酒だ酒だ!!!」

円香:「……」

円香M:「何度も死を考えた。
刃物……縄……高い所……
何度も何度もその情景を思い浮かべた。
どれを選んでも、この状況よりはマシだと、考えた。
しかし、選ぼうとすると身体が動かない。
かくれんぼをして遊んでいた時の、お母さんの言葉が頭にこだまする。
『いつか、マドカを見付ける役も、お母さんじゃなくなるんだよね。
大きな龍からマドカを守ってくれる人が、いつか現れる。
ふふっどんな人なんだろうね?』
私はまだ……待ってしまっているのだろうか?
こんなに醜くけがれた私を、救い出してくれる王子様を……
……私は、臆病者だ」

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父親:「っんだテメェ!! 居ねぇっつってんだろ!! 消えろ!!!」

円香:「っ!?」

円香M:「あの人の怒号で、私は目を覚ました。
家の外で、あの人は誰かと言い争いをしている」

父親:「っんだと!!? 俺の娘をどう扱おうと、俺の勝手だろ!!! 他人のテメェにとやかく言われる筋合いは無ぇ!!」

円香M:「声はさらに大きくなり、私の胸を締め付ける。
やめて……やめて……やめて……
聞きたくない……アイツの声を……
私は耳を塞ぎ、背中を丸める」

父親:「一回抱いたくらいで調子に乗りやがって!!! テメェも金でアイツを買っただろうが!! その金も惜しくなって、自分のモノにしたくなったんだろ!!! アレは俺の『物』だ!!! 帰らねぇと、ぶっこ──」

円香:「……」

父親:「……あ? っ……あぁ……て、てめぇ……やり、やがった……な……」

円香M:「アイツの声が……かすれて、消えた。
そして同時に聞こえる、誰かの息づかいと、何かが落ちる乾いた音」

円香:「……?」

円香M:「何が起こっているの……?
外に誰がいるの……?
あの人はどうなったの……?
恐い、恐い、恐い、恐い──恐い?
……何が?
私は何が恐いの?
お母さんを病気で亡くしてから、私はずっと一人だった。
感情を殺し、心を殺し、自分を殺して人形になって、ただ息だけをしていた。心臓だけを動かしていただけの私は……何が恐いの?」

誰かの声:「は、ははっ……こ、こんな所があるから……ダメなんだ……僕が、僕が壊してあげる……こんな所……僕が──」

円香M:「扉の外の誰かの声。
どこかで聞いた事のある声。
いつかの私を通り過ぎていった、どれかの声」

誰かの声:「そ、そしたら、君は家から出られるんだ……
僕が、僕が救い出してあげる……僕が……僕が……」

円香M:「いつぶりだろうか、こんな静かな夜は……
アイツの声が聞こえない夜は……
私は闇に溶けていく。
重たい身体を、冷たい壁と箪笥たんすに預け……ゆっくりと暗闇に沈んで行く」

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男の声:「火事だぁ!!!」

円香:「……?」

円香M:「私が目覚めた時、辺りはもう火の海だった。
木の焼け焦げた臭いと、プラスチックの溶けた臭いが家に充満する。
生き物の様にい広がる黒い雲は、見慣れた天井を覆い尽くしていた」

男の声:「入口で人が倒れてる!! 誰か! 手を貸せ!!!」

円香:「っ──火事!? 逃げないと……あつぃっ!」

男の声:「だ、ダメだ、近付けない!!! 火の回りが早すぎる!! 他に、中に誰かいますか!!!」

円香:「っ! います! 私、まだいます! ゴホッゴホッ!!」

円香M:「普段から声を出していなかったから、思った様に大声が出せない。
息を深く吸おうにも、煙が私の喉を焼く」

円香:「助けて! 助けてくださ──ゴホッゴホッ!!」

円香M:「熱を帯びた壁に手を着き、立ち上がろうとするけど、力が入らない……
目の前が揺れる、胃の奥から込み上げてくる」

円香:「立たないと……
逃げないと!」

男の声:「中に誰かいませ──うわっ!? 」

円香M:「力を失った腕を、壁と箪笥たんすにつっぱり、腰を上げる」

円香:「うっ……ウェ (吐く)」

円香M:「視界が歪む。
昨晩、胃に押し込んだ、味気の無いおにぎりが、酸っぱい匂いと一緒に吐き出されてる。
一歩……一歩と、隙間から抜けよう──」

円香:「っ!? ちょ、ちょっと……嘘っ!」

円香M:「箪笥たんすから突き出した釘が、服の袖に喰らいついていた」

円香:「と、取れない……ぐっ……ぐ!」

円香M:「破ろうにも力が入らない。ほどこうにも、視線が定まらない」

円香:「取れて……お願い、取れて……く……ゴホッ! ゴホッ!! オェ……」

男の声:「返事は無い! 誰もいないみたいだ!! おいっ!! 消防車はまだか!!!」

円香:「助けて……私、まだ……いま──ゴホッ!!」

円香M:「足の力が抜け、かつてはおにぎりだった物の上に腰が落ちる。
頭の中が激しく揺れる。
胃の中を何かが這い回り、喉に込み上げる。
天井を覆い尽くしていた雲は、より紅黒あかぐろく、より残酷に踊り、巻き上げたゴミに火の粉をまぶして降らせていた。
その中に……」

円香:「はぁ……はぁ……お母さんの……写、真──ゴホッ! ゲホ!!
おかあ……さん……ゲホッ! ゴホッ!!」

円香M:「……
(朦朧とした雰囲気で)
服の袖を掴んでいた……お母さんの指が……離れる。
でも、もう……立ち上がる事も出来ない。
お母さんが……強く私を……抱き締める……
お母さんと、お父さんに、抱きしめられて……」

父親:「よく、描けているじゃないか。
ほら、三人とも凄く楽しそうに笑ってる!!
な? 母さん、幸せな絵だな」

円香:「お母さん……そんなに……キツく抱きしめたら……苦しいよ……ゴホッ!! ゴホッ!! お、母さ……ん……」

男の声:「崩れるぞぉ!!! 離れろぉお!!!」

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信二:「……? ん〜……?
誰かいるのか?
……って、いる訳が無ぇよな……」

円香:「……」

信二:「ん〜……? なんだ?
タンスの裏から……何か出て──っ!?」

円香:「……ふふっ……」

信二:「そ、そんな……壁とタンスの間に人が……う、うぁ……」

円香:「ふふふふふ……ふふふふふっ!!!!」

信二:「う、うわぁぁぁぁああ!!!!」

(引きずり込む音)

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