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【声劇】鎖国(6人用)

利用規約:https://note.com/actors_off/n/n759c2c3b1f08
♂:♀=4:2
約2時間45分
上演の際は、作者名とリンクの記載をお願いします。

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【配役表】
♂語部:男女不問(男推奨)現実と物語を繋ぐ語り部。唯一兼任無し。
♂武吉:男女不問(男推奨)義賊ムササビ小僧。通称ムッサン。いい加減な言葉遣いだが、頭が良い。
♂佐吉:男女不問(男推奨)義賊ムササビ小僧。通称サビ。優しい性格で惚れ症。
♀冬羽太夫:女性。花魁(おいらん)で泥棒。
♀お亮:女性。団子屋の看板娘。ムササビ小僧のファン。
♂バービィ:男性。おかまの泥棒。良い男が大好き。
♀お京:女性。茶屋の女将。武吉と佐吉の古なじみ。冬羽太夫と兼任。
♂左衛門:男女不問(男推奨)。上品な謎の男。
♀小梅:女性。俵屋に奉公に出ている藁屋の娘。冬羽太夫と兼任。
♂太助:男女不問(男推奨)。俵屋の主人。花魁遊びが好き。左衛門と兼任。
♀お舞:女性。遊郭の遊女見習い。お亮と兼任。
♀お琴:女性。左衛門の弟子。頑張り屋でお調子者。
♂与助:男女不問(男推奨)。藁屋の元主人。今は寺で僧をしている。武吉と兼任。
【兼任の場合】
♂語部
♂武吉・与助
♂佐吉・バービィ
♀お京・小梅・冬羽太夫
♀お亮・お琴・お舞
♂♀左衛門・太助・読売
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【鎖国第一幕】

語部:「令和も数年が過ぎ去りました今年の今日こんにちからさかのぼる、とある日の出来事。
とある所にて盛り上がりたるはひとつの話がございました。
『今なお鎖国が続いていたら、みんなは一体何をしていただろうか?』
珍妙奇天烈ちんみょうきてれつタラレバ話。
何とも面白い話ではないかと、一人の書き手が筆を取ったは遊び心。さらりはらりと産み出されていく架空の物語と登場人物に命を吹き込み、完成させたるは、一本の声劇脚本──その題目『鎖国』と申します。
その声劇『鎖国』を、アッシが語部かたりべとなりまして、つむいで参らさせて頂きます。
そろばんを弾くのも面倒だって言うんで、勝手な年号『江戸歴2022年』の摩訶不思議な物語!! 幕開けはチンケな盗人の二人組『ムササビ小僧』から幕が上がります!!
少しばかり、皆々様のお耳を『拝借』つかまつりまして──声劇『鎖国』の始まり始まりでございます」


武吉:「今回もハズレっ!! 誰だよ『確かな情報を手に入れた♪』とか喜んでいた『サビ』は!!」

佐吉:「ご、ごめんってぇ……でもさ? 偉そうな家紋をつけた武士のおじさんが、確かに言っていたんだよ?
ムッさんも『そいつは間違いねぇ!!』って張り切ってたじゃん!」

武吉:「そりゃそうだけどよぉ!!
(ため息) とりあえず盗んだぜに、ばらまいて……帰るか」

佐吉:「はぁ〜♪ やっぱりこの『義賊感ぎぞくかん』ってぇの? 好き♪」

武吉:「へへっ……俺も♪」

(警笛)

武吉:「やっべ、見つかった!? サビっ!」

佐吉:「わかってる──よっ!」(飛び立つ)


【茶屋】

お京:「毎度ありがとうございますぅ〜♪ ふぅ〜……」

佐吉:「──やっぱりあのお屋敷が怪しいと思うんだ」

武吉:「佐吉の『怪しい』は当たった事が無ぇじゃねぇか。まぁ警備が尋常じゃ無く厳しいから、可能性としてはかなり高ぇとは思うが……もう少し情報を集めた方が──」

お京:「なんだいなんだい?? またアンタ達の事だから、下らない事でも考えてんだろ、この仲良し二人組はぁ〜」

武吉:「おいっお京!! 下らねぇってのはなんだっ!! 俺達は真面目な話をしてんだ。邪魔すんじゃねぇよ」

お京:「はっはっはっ! 似合わない事を言うもんじゃないよぉ! アンタ達が真面目な話なんて、雨どころか槍が降って来ちまう」

佐吉:「……お京さん (キリ)」

お京:「──うっ……な、なんだよ。そ、そんな凄んだって、こ、怖くなんてないよっ!!
と、とにかくっ!! 人様の迷惑になる様な事はするんじゃないよっ!! またムササビ小僧が現れたってんだ。仲良し二人組ってだけで疑われても仕方ないんだからね!!」

武吉:「っ! ムササビ小僧……あぁ〜、な、なぁ? そ、そのムササビ小僧っていうのは……そ、そんなに有名なのか?」

お京:「なっ!? ムッさんっアンタ、ムササビ小僧も知らないのかい!? 少しは読み売りを読んだ方が良いよぉ。
はぁ〜……ムササビ小僧って言うのはね── (突き飛ばされる) どわぁっ!!!」

お亮:「──ムササビ小僧様はねっ!!」

お京:「お、お亮ちゃん──」

お亮:「──二ヶ月前に突然現れた謎の義賊ぎぞくなんです♪
神出鬼没で、富豪の屋敷に忍び込んでは大判小判を盗んで貧乏長屋びんぼうながやにバラまいていく!! その時の姿が──」

お京:「──猛々たけだけしく翼を広げて飛び立つ姿は、まさにムササビの如く──きっと超絶格好の良いお方なんだろうねぇ〜……サビ様ってのは……」

お亮:「ふぇっ!? 何言ってるんですか!! サビなんかより、やっぱりムサ様ですよぉ!!
頭脳明晰ずのうめいせき、落ち着いた紳士……ムサ様の方が絶対に格好良いです!!」

武吉・佐吉:「いやぁ〜……あはは///」

お京:「なんでアンタ達が照れてんだよ……」

佐吉:「えっ、いやぁ〜……なんか……ねぇ?」

武吉:「あ? あぁ〜同じ『男』として、何か近いものを感じるなぁ〜って?」

お京:「性別が『男』ってだけで、全くの別の生き物だよぉ。まったくアンタ達も世の為人の為になる様な事を、たまにはやってみなってんだい」

お亮:「そうですよ!! ムササビ小僧様は雄々おおしく優雅に大空を飛び回るけど、佐吉さんと武吉さんは、ぷらぷらぷらぷら歩き回るだけの根無し草。ムササビ小僧様の爪の垢でもせんじてお出ししたい所です!!」

お京:「お亮ちゃん、俵屋たわらやに後でひとっ走りして『ムササビの爪の垢』ってのが売っているか聞いて来ておくれ」

お亮:「はい、分かりました♪」

武吉:「そこまで言う事ぁ無ぇじゃねぇか……なぁ?」

佐吉:「ぷらぷらしてるだけの根無し草……面白い例えだなぁ〜♪」

武吉:「佐吉っ馬鹿にされてんだぞ!! もっと怒れよ!!」

佐吉:「ふぇっ!? そうなのっ? 酷いよムッさんっ!!」

武吉:「俺にじゃなくてっ!!」

小梅:「すいませ〜ん」

お亮:「あ、お客さんですね♪」

お京:「はいはいはいはぁ〜い──っと、小梅ちゃんじゃないのさ」

佐吉:「ふぁっ♪ 小梅ちゃ── (突き飛ばされる) あぅんっ!?」

お亮:「──小梅ちゃん♪」

小梅:「お亮ちゃん♪ お京さん、こんにちは♪ 佐吉さんも♪」

佐吉:「こっここここここんにちはぁ〜///」

武吉:「俺にはっ!!!」

小梅:「ふふっ武吉さんも、こんにちは♪」

武吉:「ふんっ!!!」

お京:「こんなヤツら挨拶なんかする必要ないよ」

お亮:「小梅ちゃん、今日はどうしたの?」

小梅:「あ、はい──あのぉ〜、ウチの旦那様をお見掛けしませんでしたか?」

佐吉:「だっ! 旦那さ、ま!!? えっ? 小梅ちゃんの!? ど、どどどどどういう事っ!?」

お京:「俵屋の旦那さんかい? いやぁ〜見てないねぇ……」

佐吉:「たっ俵屋の!! 太助たすけさんがっ!!? こ、こここ小梅ちゃんの!!! そ、そそそそんなそんなそんなっ──」

武吉:「うるせぇ!! (殴る)」

佐吉:「ぶっふぉ!? ……い、いだい……夢じゃない……夢じゃ、無いっ!! 夢じゃないよ!!!!?」

お亮:「佐吉さん、絶対に勘違いしてますよね?」

佐吉:「だ、だだだって!! 太助さんって、奥さんがいるのに! それなのに小梅ちゃんまでめとるなんて──ず、ずずずズルい!!」

武吉:「んな訳ねぇ〜だろ!! (殴る)」

佐吉:「どっぶぅ!? やっぱり、いだい……」

お京:「佐吉は知らなかったんだっけか?
小梅ちゃんは今、太助さんの所の俵屋で預かってんだよ」

佐吉:「預かって──ど、どうして??」

武吉:「はぁ……お前なぁ……」

お京:「三ヶ月前の事件は、知ってるだろ?」

佐吉:「え? あぁうん、小梅ちゃんのお父さんがやってる『藁屋わらや大捕物おおとりもの事件』」

お京:「そう、俵屋と肩を並べる程の商店だった藁屋わらやさんに、泥棒が入ったんだ。単なる泥棒だったら、すぐに御用ってんで、大した事にはならなかったんだろうけどさ──」

お亮:「──入ったのが『天下一の大泥棒、霧天狗きりてんぐ』」

佐吉:「あ……あの事件か……」

武吉:「そう。藁屋でその『霧天狗きりてんぐ』が御用となった。『一切証拠を残さねぇ。泥棒に入った事すら気付かせねぇ』そんな大泥棒が、藁屋わらやで捕まり……そして自害した……」

お亮:「それで一件落着はい終わり──とはいかなかったんですよね……
『天下一の大泥棒、霧天狗きりてんぐが盗めなかった藁屋わらやから、何か一つでも盗む事が出来たら、自分こそが天下一の大泥棒だ』って、日ノ本中ひのもとじゅうの泥棒が翌晩から毎日の様に押し寄せたんです」

お京:「お役人さん達が藁屋の警備を強化したらしいんだけど……多勢に無勢。身を隠す事すらせず、中には刃物を振り回すやからもいた。人を捨てた野獣の如き所業──あれは泥棒じゃなく強盗だね」

佐吉:「強盗……」

小梅:「私は数日前からおばあちゃんの──祖母の家に行ってたんですけど……帰って来たら家の物が全て無くなっているどころか……もう住める様な状況じゃなくなってました……」

佐吉:「そ、そんな……酷い──」

お亮:「それで、空っぽになった藁屋わらやに一人たたずんでいた小梅ちゃんを、俵屋のご主人『太助さん』が引き取ったんですよ」

佐吉:「そう、だったんだ……
──っ!? 与助さんは!? 小梅ちゃんのお父さんの!?」

武吉:「……忽然こつぜんと姿を消しちまったらしい。今どこで何をしているのか。太助さんも商いをしながらお客さんに聞き回って探してるみてぇだけどな……まだ見付かってねぇらしい」

小梅:「──でも、私はおっとうを信じてます!!
一代で藁屋わらやをあそこまで大きくしたんです!! ここで終わる様なおっ父じゃない──だからっ! だから私も太助さんの所でいっぱい修行を積んで、おっ父が帰って来るのを……待って……いるんです…… (涙を我慢する)」

お亮:「小梅ちゃん…… (抱きしめる)」

小梅:「お、お亮ちゃん……ありがとう……」

お亮:「う、うぅ〜…… (泣く)」

お京:「でもね! 太助さんから話は聞いてるよぉ〜♪
『小梅ちゃんは凄く気の利く子だぁ』って『このまま俵屋にずっといて欲しいくらいだ』ってさ! さすが与助さんのトコの娘さんだよ」

佐吉:「う、うん! そうだよっ! さすがだよ!!」

武吉:「お前が何を知ってんだよ……」

小梅:「そ、そんな/// 旦那様の教育の賜物たまものです。
──あっそうだ、旦那様を探してたんだ! 長居してしまってゴメンなさい!!!」

佐吉:「も、もう行っちゃうの!?」

お亮:「私も見かけたら小梅ちゃんが探してたって伝えとくから!」

小梅:「はいっありがとう!! お亮さん、お京ちゃん、佐吉さん、失礼します! (立ち去る)」

武吉:「だから、俺は!!!」

お亮:「小梅ちゃんっまたねぇ〜!!」

小梅:「(遠ざかりながら) はははっ武吉さんも、またぁ〜!!!」

佐吉:「またねぇ〜!!!!!! またねぇ〜!!!!!!!! 小梅ちゃん!!!! まったねぇ〜!!!!!!!!」

お京:「ふぅ……本当に素直な良い子で、頑張り屋さんだねぇ〜」

お亮:「はい……それに引き換え……」

佐吉:「──えっ? な、何? 何??」

武吉:「あぁ〜っと、こいつは風向きが悪りぃ〜感じだ。おい佐吉……店、出るぞ……」

佐吉:「ふぇ? な、なんで?」

お京:「コラっ!! どこ行くんだい!? 二人合わせて八文──ツケの分合わせて三十六文だよっ!!」

武吉:「イィッ!? 今回のもツケといてくれっ!!」(逃げる)

佐吉:「ま、待ってよムッさぁ〜ん!!」(追いかける)

お京:「あっ待ちなっ二人ともっ──て、まったく逃げ足だけは早いんだから……
おや? あれは、俵屋の大将の『太助』さんじゃないか」

お亮:「あ、ホントだ……噂をすればなんとやらって事ですかね? 凄くニヤニヤしながら歩いてますけど……どこに行くんでしょう?
──あっそうだ。太助さんっ! 太助さぁ〜ん!! 小梅ちゃんが探してましたよぉ〜!! 太助さぁ〜ん!! あ、あぁ〜行っちゃった……私、ちょっと追いかけて来ます──」

お京:「──待ちな待ちな!!」

お亮:「はい?」

お京:「あっちの方角は、お亮ちゃんにはちょいと早いね……はぁ〜、あの人も好きだねぇ〜。まったく男ってモンは……」

お亮:「そ、そうなんですか?」

(椅子を引く音)

左衛門:「女将さん……さきほどのお二人は、食い逃げですか?」

お京:「あっ騒がしくしてすいませんねぇ……いえいえ、違うんですよ」

お亮:「武吉さんと佐吉さんは、お京さんの幼なじみでして、たまに顔見せに来て、ツケで帰って行くんです」

左衛門:「ほぉ〜左様ですかぁ。ふふっ……」

お京:「あ、あの……何か?」

左衛門:「いえいえ、これは失敬。仲の良い二人組で、片方が『ムッさん』と呼ばれていたので、世間を賑わしている、ケチな泥棒かなぁ〜と思いましてね」

お亮:「──絶対に違いますっ!! ムササビ小僧様は絶対必ず確実に間違いなくもっともぉ〜っと格好良いんです!!」

お京:「はははっ!! あの二人にそんな甲斐性かいしょうはありませんよ♪」

左衛門:「左様ですか、ふふっ……それでは私もそろそろ失礼致します。お勘定はおいくらですか?」

お亮:「団子二つにお茶で……四文になります」

左衛門:「うむ……馳走ちそうになりました」

お京:「はいっありがとうございます♪」


左衛門:「ムササビ小僧──実に面白いじゃないですか……お琴、任せましたよ?」

(立ち去る音)


語部:「と、区切りもよろしい事でございますし、名残惜しくも第一幕、ここまでとさせて頂きます。
意味深に現れたこの男──名を『左衛門さえもん』と申しますが、彼は何者なのか? ムササビ小僧が探しているモノは一体何なのか!?
まだまだ幕が上がったばかりのこの声劇『鎖国』。次回をお楽しみによろしくお頼み申し上げます」


【鎖国第二幕】

語部:「ここに語られますは、語り慣れぬ語部がお贈り致します、声劇『鎖国』の第二幕!!
前幕では『ムササビ小僧』と『怪しい男』が登場致しましたが、今回語られますは、時代同じく場面が変わって語られます『遊郭ゆうかく』の一場面。
台詞回しは柔らかに、今は昔、昔は今の江戸時代。今昔こんじゃく入り乱れた創作話。
お時間の許す限り、皆々様のお耳を拝借、失礼つかまつります──
それでは『鎖国』第二幕の開演でございます」


(フスマを開ける音)

冬羽太夫:「あらっ太助の主様じゃないか。久方振ひさかたぶりだねぇ」

太助:「あぁ、色々と物入りでな。三ヶ月前に与助ん所がぶっ潰れちまってから、与助の得意さんがたがアタシんトコの俵屋に、全て流れて来やがって、とんだ災難だ」

冬羽太夫:「ふふっ。そう言いながらも、ニヤニヤが溢れちまってるよ♪」

太助:「はっはっはっ!
……んでもまぁ、与助とは互いに長年、抜きつ抜かれつで商売をしてた『宿敵』であり──まぁ『親友』みてぇなもんだ。
だからせめて路頭ろとうに迷っていた与助の娘っ子を、奉公ほうこうに迎えてやってるんだがね」

冬羽太夫:「あらっ太助の主様、最近全然アチキにお顔を見せてくれないと思っていたら、若い娘にうつつを抜かしていただなんて──」

太助:「ば、馬鹿を言うなっ。商売敵と言えど、少なからず恩義や情ってのはあるんだ。それに、今世話になってる役人さんのお願いだ、断る訳にもいかねぇしよぉ。
アタシは、今も昔も、冬羽ふゆはね一筋──」

冬羽太夫:「ふふっ……そういう事にしておきましょう。それにしても太助の主様?」

太助:「ぁん?」

冬羽太夫:「──三ヶ月前の『大捕物おおとりもの』をさかいに、泥棒が増えた様だけれど……太助の主様の所はお変わりは無いのかい?」

太助:「はっはっはっ!! 冬羽ふゆはねがアタシを心配してくれるのか。そいつは嬉しい事をしてくれるじゃないか!
あぁ〜そうか! 長者ちょうじゃが減ってしまっては、冬羽ふゆはねに貢ぐ客も減るってなもんだから、そりゃあ当然かぁ! はっはっはっ!!」

冬羽太夫:「あら酷い。贔屓ひいきにしてくれてる主様を、普通に心配もさせてやくれないなんて……」

太助:「いやいやすまんすまん! アタシの所は、何も問題は無いよ。あの一件以来、蔵の警備を『とある人』に一任しているんだ。店の主人であるアタシですら、まともに蔵に入れて貰えねぇ。必要な物を取り出す時も、その人をかいさないといけないってんだから、実に面倒くせぇ話だ」

冬羽太夫:「主様ですら自由に入れないのかい?」

太助:「あぁ、それだけ『霧天狗』の持っていた『天下一の大泥棒』って肩書きの影響がデカい──気を抜けないって事だろうなぁ……盗人みんなが手を替え品を替え、その名を欲しがっていやがる」

冬羽太夫:「はぁ〜……世知辛い世の中になっちまったもんだねぇ……」

太助:「まぁアタシが依頼してる人は、きな臭ぇし癖は強ぇが、警備に置いては信頼のおける人だから、藁屋わらやみてぇ〜に、簡単に盗人には入られねぇし、アタシも姿はくらまさねぇ〜よ♪」

冬羽太夫:「『きな臭い、信頼のおける、とあるお方』……へぇ~」

太助:「んな事よりも♪ アタシは今、冬羽の心を盗んでやりたい所だね♪」

冬羽太夫:「あらっ♪ ふふっアチキはもう、主様に身も心も盗まれちまってるよ♪ ふふっ」


太助:「それじゃあ、また来るからよ」

冬羽太夫:「はいな♪ もっと頻繁ひんぱんに顔を見せてくれないと、別の男に心移りしちまうよ♪」

太助:「分かった分かった。もっとマメに会いに来るから、そんな寂しい事は言わねぇでくれぇ。じゃあまたなぁ」(フスマを閉める音)

バービィ:「だから言ったじゃない♡」

冬羽太夫:「バービィ……いたのかい」

バービィ:「『警備がキツ過ぎて調べるの無理♡』
冬羽ふゆはね、アンタ昔っからアチシの話、ホンットに信じないんだから♡ アチシっアンタホントに嫌い♡!!」

冬羽太夫:「男か女かどっち付かずの奴を、どうやったら信用出来るのさ。『あの事』が無かったら、アンタなんかと手を組んでないで、とっくの昔に縁(えん)を切ってるよ」

バービィ:「あらお生憎様あいにくさま♡ アチシも同じ♡!! ──となると……気が合っちゃうじゃないの♡! あぁ超ムカつくっ♡!!」

冬羽太夫:「(ため息) とにかく……アンタも天井裏から覗き見なんかしてないでさ、もっと有益な情報を集めて来なってんだ」

バービィ:「アァンタに言われなくても──って、別に好きで覗いていた訳がないじゃないわよっ♡!! 二枚目な俵屋の旦那さんにはちょっと興味あったけど♡ アンタを覗いてたんじゃ──」

お舞:「(襖越しに) 冬羽お姉様? どなたかとご一緒におられるのですか?」

冬羽太夫:「(小声) ほら、早くお行きっ!! シッシッ!」

バービィ:「(小声) んん〜アチシ悔しいっ♡!! 吉原と一緒にアンタも炎上しちゃえば良かったのにっ♡!!」

冬羽太夫:「(咳払い) ……いえ、ネズミがいただけです。お舞、如何しましたか?」

お舞:「いえ、先日お化粧道具が無くなったと仰っておられたので……また何かあったではないのかと──」

冬羽太夫:「──あぁ、あれはもう良いんだよ。心配かけてすまないね」

お舞:「は、はぁ〜……また何かございましたら、仰ってくださいませ」

冬羽太夫:「えぇ、ありがと」


語部:「『アレ』『コレ』『ソレ』で、結局『ドレ』と、深まる謎ばかり。
『あの方』『その方』『とある方』気になる繋がり、深まる謎の第二幕。
しくもお時間となってしまいました。
幾重いくえにも絡まる糸は、一本か二本か、はたまた三本か──
それはまた次回からの『鎖国』をお楽しみにくださいませ」


【鎖国第三幕】

語部:「ところ変わって、戻って参りました『武吉』と『佐吉』のムササビ小僧。
さらに登場人物が増えて参りますこの『鎖国』。無事に話がまとまって参りますのか、語り部のアッシも少々不安に思って参りましたこの『第三幕』。しかしまだまだ書き手の筆は止まらない。止まらないなら進んでしまえ、進めば当たるは恋の花。積んでは行き詰まるが恋の壁。
『鎖国』第三幕の開演でございます」


(町を歩く音)

武吉:「──だからよぉ、お蘭の所にも銭を少し多めにいてやりてぇんだ」

佐吉:「良いんじゃないかな? 特に困ってる所に多めに撒くっていうのは、間違ってはいないと思うし……貧乏で困ってる人を助けて上げたいって事で僕達は義賊をやってるんだし」

武吉:「そうか、ありがとよ。まぁあくまでも僕達の目的は『天下の大泥棒』が溜め込んでいたお宝の──」

(ぶつかる音と弁当が落ちる音)

お琴:「いたっ!!」

佐吉:「──うぁっと」

武吉:「あぁあぁ……佐吉、大丈夫か?」

お琴:「あぁ〜いたたっ……」

佐吉:「ご、ごめんっ……角から急に飛び出して来るとは思わなかったから──」

お琴:「こちらこそ急いでいたもので、申し訳ありまぁぁあっ!? あぁ〜……俵屋さんに持っていくお弁当がぁ〜……あわわぁ」

武吉:「あっちゃ〜……見事にぶちまけちまって……道が旨そうになっちまった。今晩はアリさんの大宴会だな」

お琴:「あぁ〜警備の方々の唯一の楽しみが……最近泥棒が増えて、皆さんピリピリしてるでしょ?
短い交代時間の合間に、美味しいお弁当で少しでも元気になって貰いたいなぁって思ってたのに……あぁ〜……」

佐吉:「そ、そんな大切なお弁当を──本当にゴメンっ!!」

武吉:「別に佐吉が謝る事はねぇよ。ぶつかってきたのはこのお嬢さんなんだ」

お琴:「ま、まぁそうですけど……でも、でもっどうしよぉぉぉお!!」

佐吉:「……ムっさん──」

武吉:「──却下っ!!」

佐吉:「ま、まだ何も言ってないよ」

武吉:「ガキん頃からの付き合いなんだ、佐吉の言おうとしてる事くらい分かる」

佐吉:「でも、お嬢さんがこんなに困ってるんだよ!?」

武吉:「でもダメだ!! 俺達も色々計画を立てんので忙しいんだ!! 手伝ってる暇なんて──無ぇっ!!」

佐吉:「うぅ〜……そっか……そっかぁ〜──あぁそうかい!!! だったらムっさんはそっちをやれよっ!! 僕はこのお嬢さんを手伝うからさっ!!」

武吉:「なっ!? っんだとぉっ!!?」

お琴:「──あっあの!! だ、大丈夫です! 大丈夫ですから!! ケンカはしないでください!! そ、その…… (少し小声) えっとなんだっけ──あっそうだ!!
『(棒読み) とても優秀な警備の方達だし、一食抜いた程度で大切な大切なお宝が盗まれるなんて事は無いでしょうし、大丈夫ですよぉ』……よしっ!!」

武吉:「……ん?」

佐吉:「でも……そんな大切なお弁当が──」

お琴:「──ではっまだアタシ用事がありますのでっ!! すいませんでした!! ではっまた!!」(走り去る)(紙が落とす)

佐吉:「──あっお嬢さんっ待っ──あぁ〜。
ほら……ムッさんが冷たい態度とるから恐がって行っちゃったじゃないか! 気を悪くしてないかなぁ〜……」

武吉:「(紙を拾って) ん〜……?」

佐吉:「僕の不注意っていうのもあるし、やっぱ手伝ってあげた方が良かったんじゃないかな? 俵屋の警備の人達も、食事無しでお仕事ってのは、やっぱり辛いと思うし──」

武吉:「佐吉……すげぇ〜よ……」

佐吉:「そうだよ? 凄い辛いと思うんだ。ツケとは言え、僕達もお京さんの所で毎回食事を食べさせてもらっているから──」

武吉:「──違ぇ〜よ!! あの子が落として行った紙っ! 見てみろ」

佐吉:「──なっ!? ムッさん、コレ──み、見損なったよ!! ぶつかって謝らずっ手伝わずに、更にそんなのまで盗むなんて!! 義賊の名折れだよっ!! ムッさんっ最低だよっ!!」

武吉:「『落として行った』って言ってんだろ!! ほらっ良いから見てみろっ!! ほらほらっ!!!」

佐吉:「えぇ……ん〜でも、女の子の落し物をそんなぁ〜」

武吉:「──良いから!! ほらっ!!!」

佐吉:「じゃ、じゃあちょっとだけ……ふぇっ!? なっ!? なんてこった──」

武吉:「なっ? 凄ぇだろ?」

佐吉:「あの子──お琴ちゃんっていう名前なんだ……綺麗な名前だなぁ〜///」

武吉:「……え?」

佐吉:「えっ?? いや、ここに名前が書いてあるから……届けてあげないと──」

武吉:「ばかっ!! バカっ!! 馬鹿っ!! どこ見てんだっ!! 馬鹿っ!! (パチパチ叩く)」

佐吉:「いたっいたいっ痛いって! な、何っなんだよぉ!?」

武吉:「そこじゃねぇ〜よっ! よく見てみろ……俵屋の警備の交代時間が細かく記されてるんだよっ!! ほらっ!!」

佐吉:「えっ──あっ本当だ……って事はっ!!」

武吉:「そうっ──」

(佐吉と武吉、同時に)

武吉:「この交代の時間を狙って侵入出来るっ!!」

佐吉:「この交代の時間に行けばお琴ちゃんにまた会えるっ!!」

武吉:「……えっ?」

佐吉:「……ん〜……ん? あ、あぁ〜そ、そうだね」

武吉:「佐吉……お前今、なんて言った……?」

佐吉:「い、いやぁ……ムッさんと同じ事をぉ……い、言ったよ?」

武吉:「『あの子に会える』的な事を言ってなかったか?」

佐吉:「は、はははっ、そんな馬鹿な事! 警備の交代の時間に、侵入するんだよ! それ以外ないじゃん!!」

武吉:「あ、あぁ……そしてあのお嬢さんの言っていた」

佐吉:「お琴ちゃんね」

武吉:「『大切な宝』」

佐吉:「うんっ間違いなく言ってた!!
お琴ちゃんの『大切な宝』……可愛いお人形なんだろうなぁ///」

武吉:「お前……マジか……」

佐吉:「ふぇ? 何が??」


バービィ:「(プリキュアのメロディで) 可愛くて♪ 純粋で♪可愛くて♪純粋で♪純粋に可愛い過ぎ♪アチシっは純可愛じゅんかわぁ〜 (ぶつかる)
──どわっぶぃいぃいだいっ!?」

お琴:「──わきゃっ!?」

バービィ:「いぃぃ〜ったいわねっ♡!! どこ見て歩いてんのよっこのトウヘンボクのお馬鹿っ♡!! ──って、あらっお琴じゃないの♡!?」

お琴:「ふぇっ!? あっヤバ──」(逃げ出す)

バービィ:「待ちなさい♡!! (襟を掴む)」

お琴:「(暴れながら) だっ!! ……ちょっちょっと……はなっ放しっ放してよっ!?」

バービィ:「アチシの顔を見て逃げ出すなんて、失礼じゃない♡!!
それに左衛門の旦那の腰巾着がアンタが、なんでまだここにいるのよ♡!!
三ヶ月前で、アンタ達はもうこの街には用は無くなったはずでしょ♡!!」

お琴:「ア、アンタには関係無いだろっ!! は、放せっ!! 放してよぉ〜!!!」

バービィ:「それとも……まだ何か裏があるのかしら……♡?
そうねぇ〜例えば、警備が厳重になっている俵屋に関係する何か──」

お琴:「──ぬぁっ!? し、知らない知らない!! 知ってても言えないしっ、アンタに教える訳ないでしょっ!!」

バービィ:「言える訳がない……♡ 新しく警備についた役人さんが伊達男だておとこ♡」

お琴:「へへっはっずれぇ〜♪ ふっふっふぅ〜ん♪ 所詮アンタの『おつむは』その程度のなんだよぉ〜っだ♪」

バービィ:「──そ・れ・と・もっ♡ 俵屋の警備を左衛門の旦那が担当している♡──」

お琴:「──なっわわわわっ!? ど、どれだけ言われたって絶対に答えないからな!! ぐぅぅうぅう (悔しがる) !!!!」

バービィ:「そっ♡♪ (手を放す)」

お琴:「いだぃっ!」

バービィ:「そこまで聞けたら十分ネ♡」

お琴:「もっと女は丁寧に扱えっこの男女っ!!」

バービィ:「アチシはおかま♡!! まったく本当にどこまでも無礼な子ねっ♡!!」

お琴:「嫌いっ!! アタシはお前は嫌いっ!!」

バービィ:「あらっアチシは好きよ♡ アンタ、とっても分かりやすいんだもん♡ 情報提供ありがとっ♡ ご褒美あげちゃう♡」

お琴:「──ふぇ!? や、やややっやめろっ!! やめ──」

バービィ:「ん〜〜〜っっマッ♡(ぶっちゅ♡)」

お琴:「んにゃゃゃあぁぁ!!!!!! け、汚された……嫌いっ!! もぉ〜やだぁ〜!! おっしょう様ぁぁぁあ!!! (逃げる)」

バービィ:「ふふっ♡ なるほどねぇ〜……やっぱりそこなのね♡ あぁん♡ もうすぐ会・え・るっ♡」


語部:「ひょんな事から難攻不落なんこうふらくの俵屋の情報を手に入れたムササビ小僧。しかし何やら怪しげな雰囲気漂いながらも、そろそろ物語が動き始めるきざしが見えて参りましたなぁ……
そんな所で──『第四幕』へと続きます。
ヤキモキさせられる話の構成で語られるこの声劇『鎖国』。
かわや休憩も挟みつつ、お時間とお耳の拝借、引き続き失礼つかまつります」


【鎖国第四幕】

語部:「南無南無南無南無……深夜に聞くは恐ろしい。始まりから申し訳ありませんが、ここに語られるは姿をくらました藁屋わらやの主人『与助』の話。なぜに姿をくらました人は、決まって出家しゅっけしていくのか……現代では考えられない昔の七不思議。
まぁそんな事は置いておきまして『鎖国』第四幕──開演でございます」


(足音)

与助:「『 仏説摩訶般若波羅蜜多心経ぶっせつ まか はんにゃ はらみた しんぎょう
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみたじ 照見五蘊皆空しょうけんごうんかいくう
──っ!? (ため息) アンタか……こんな山奥までご苦労な事だな」

左衛門:「お坊さんが板についてきたじゃないですか? 商人をしてる時よりも、しっくり来ている様に感じますが……」

与助:「アンタを払う事すら出来ないんだ……まだまだだよ」

左衛門:「ふふふっ……人をモノノたぐいみたいに……」

与助:「モノノ? んな上品なモンじゃねぇや……とんだ疫病神だよ」

左衛門:「酷い嫌われ様ですね……せっかくこんな山の廃寺にまで、娘さんの近況を報告しに来たというのに」

与助:「小梅っ!? こ、小梅は、元気にやっているのか……」

左衛門:「ふふふっ……えぇ、俵屋で立派に看板娘やっておりますよ。
『おっとうが戻って来るまでに、立派に成長するんだ』と、息巻いています」

与助:「そう……か。ふふふっ……太助には頭が上がらんないな──ん? 他にツレが居るのかい?」
(草むらから足音)

左衛門:「ん? ……あぁ私の客ですね。
どうしました? 何かありましたか?」

お琴:「(号泣しながら) おっしょう様ぁ〜!! ご、ごごごごべんなざぁ〜い!!!! ば、ばばバレちゃったがもじんないでずぅぅ〜!!」

左衛門:「ほぉ……詳しくお話なさい」

お琴:「は、はいぃ〜……言われた通りムササビ小僧に俵屋の情報を流して来たんです! そしたらっ男女がいきなり現れて! 恐い顔だったし、デカかったしっ、ヒョイッて摘み上げられて!! でも言わなかったんです!! でもなんか『もう十分♡』って気持ち悪かったし!!! それでそれで──」

左衛門:「そうですか……バービィ。ふふふっ──お琴」

お琴:「──ひゃい!?」

左衛門:「ほら、かの信長公が愛したという金平糖こんぺいとうです」

お琴:「ふぇ? で、でも……」

左衛門:「ご褒美です。どの様に誘導し、遠巻きからにせの情報を回そうと考えておりましたが……おかげで手間がはぶけました。
あの子達にも役目はあります。伝説に見初みそめられた大泥棒──『バービィ』と『冬羽ふゆはね』」

お琴:「お、怒ら、ない?」

左衛門:「えぇ、ムササビ小僧程度には、私の警備は荷が重過ぎます。あの二人には、新人の教育に一役買って頂きましょう。
ただ……あの二人に本当に盗まれてしまったのでは、意味がありません。お琴、あの二人を上手く誘導してください」

お琴:「は、はい!! で、でも……」

左衛門:「……なんです?」

お琴:「あの……俵屋に一体どんなの宝があるんですか?」

左衛門:「それはあなたが知る所ではありません。時が来たら、自ずと分かる事……計画通りに進めば──ですが」

お琴:「は、い……」

左衛門:「その時まで、存分に働いて貰いますよ」

お琴:「は、はい!! 頑張ります!!」(立ち去る)

左衛門:「あぁ、お琴──」

お琴:「──ひゃいっ!? な、なななんですか!? やっぱり怒られます!? すいません!! ごめんなさい!! でも金平糖こんぺいとうは返しません!! 貰ったから、もう私のです!!!」

左衛門:「いえ……頬の口紅、お似合いですよ」

お琴:「ふぁっ!? ──ぬぁぁぁぁあ!!!! あの化け物のぉぉお!!!! (ゴシゴシ擦る) やだやだやだやだ!! とっととっ取れましたか!!!?」

左衛門:「……えぇ。さぁお行きなさい」

お琴:「もぉもぉっもぉぉぉぉ!! 早く言ってくださいよぉ〜!! もぉぉ!!! (立ち去る)」

与助:「ふぅ……スマした顔して、ひでぇ事しやがる……まだ全く取れてねぇってのに……」

左衛門:「ふふっ……もうすぐ、月が満ちる夜がやってきます」

与助:「(ため息) 左衛門……アンタの事は、一割たりとも信用出来ねぇ〜が、今の俺にはもう、アンタに乗っかる事しか出来ねぇ……
本当に全て元通りになるのか?」

左衛門:「私は商人ではありませんから、どれほどの信用を頂いても、何の足しにもなりはしません、が──まぁ、全ての種は巻きました」

与助:「……アンタの計画に、小梅は巻き込まれて無ぇんだろうな?
小梅に何かあったらアンタの事は許さねぇ……その皮ひん剥いて、そこらの無宿人むしゅくにんに安値で売り捌いてやるから、覚悟しておけ!」

左衛門:「仏さんの頭でも磨きながら、ゆっくり見ていてください……この大江戸で繰り広げられる私の描いた大歌舞伎おおかぶきを……ふふふっ」

与助:「本当に、胸糞悪ぃ野郎だ……」


冬羽太夫:「──それは本当なのかい?」

バービィ:「本当も本当っ♡ 全ての鍵は俵屋にある♡ お琴のあの反応──んもぉ〜間違いないっ♡」

冬羽太夫:「そうかい……『霧天狗きりてんぐ様も盗めなかった、最後の宝』それを手に入れたら、アチキ達は……」

バービィ:「んん〜っ♡ 霧天狗きりてんぐ様がアチシ達を認知してくれてた♡ それだけでもっあぁ〜んもぉシビれる♡」

冬羽太夫:「えぇそうね……最初は疑わしかったけど……消えたアチキの化粧道具──」

バービィ:「そしてアチシの勝負ふんどし♡ ──その後すぐに届いた文(ふみ)」

冬羽太夫:「必ず盗み出すんだよ──この仕事、失敗は許されないよ」


語部:「やっとの事で見えて参りました『大切なお宝』。これがこの物語のきもとなる所でございます。
左衛門の策略が巡らされる中、二組の盗人が如何いかに動くか。
手に汗握る展開に、冷や汗垂れるは書き手の心内こころうち
第四幕、これにてしまいでございます」


【鎖国第五幕】

語部:「話は前後致しまして、第五幕で語られますは、霧天狗が御用で自害の、数日後の出来事でございます。
行ったり来たり、来たり行ったり。お耳だけでなく、頭の方も遅ればせぬ様、しっかりと着いて来て下さいませ。
では『鎖国』第五幕──始まり始まりぃ!!」


(藁屋廃墟)

バービィ:「この場所で霧天狗様が……自害した──」

冬羽太夫:「──バービィっ何やってんだい! 感傷に浸って格好付けているつもりだろうけども、ただでさえあやかしみたいな顔が、さらに化け物地味ちまってるだけだよっ! さっさと探しな!!」

バービィ:「──だぁ〜れが化け物よっ♡!! アチシだってちょっとくらいは切ない気持ちになる時があるんだから♡!!
それに、こんなに何も無くなってアンタの肌並に荒れてたんじゃあ、何も見付からないわ♡!! んもぉ〜すぐに来りゃあ良かったのに♡」

冬羽太夫:「余計な事を言うんじゃないよっ!!
霧天狗様が捕まって、それで自害なんて考えられなくて──霧天狗様からの文に気付くのが遅れたんだ。役人達の罠かと考えるのが当然でしょ。
それにアチキだって何か残ってるとは思っていないよ。それでも手掛かりも何も見付からないんじゃあ、何をどうする事も出来やしないじゃないか」

バービィ:「盗んだ事すら気付かせない♡ 入った事すら気付かせないってのに、アチシ達にだけ分かる様な手がかりを残していくかしら♡ ──」

冬羽太夫:「──シッ!! 誰か来た……」

バービィ:「気配っ──ドロン♡!!!!」

お琴:「何もかもが……無くなっている。
……ここもまた……くそっ!! (壁を殴る)」

バービィ:「っ♡!?」

冬羽太夫:「シッ……」

お琴:「……っ? 誰かいるの?」

バービィ:「──っ!? にゃ、にゃあ〜ご♡」

お琴:「……猫か (ため息)
くそ……どこまでも私達を馬鹿にしやがって……私は信じない……絶対に……そして── (立ち去る)」

バービィ:「はぁぁぁぁぁ〜♡!! 」

冬羽太夫:「お馬鹿!! もう少しで見付かる所だったでしょ!!! お馬鹿!!!!」

バービィ:「急に壁を殴るんですもん♡!! アチシビックリしちゃった♡!!」

冬羽太夫:「まったく……なんなんだいあの子は──」

バービィ:「左衛門の旦那の所、腰巾着……♡ 左衛門の旦那が、一枚噛んで、いる♡?」

冬羽太夫:「……なるほど……バービィ、左衛門を調べられるかい?」

バービィ:「んふっ♡ 好みの男を調べるのは得意分野♡ ついでにふんどしも盗んじゃおうかしら♡」

冬羽太夫:「それで捕まっちまったら、目も当てられないから、程々にしときなよ……」


語部:「幕の途中ではございますが──さらに時をさかのぼりましては『江戸歴2017年』。この『鎖国』の『鍵』を握ります大泥棒の話となります。
無駄に登場人物が多いってなもんだから、聞き手だけじゃなく、演者も語り部も『この話に、ちゃんとした終わりはあるのかい?』なんて不安に思っておる所でございましょう。
それを一番心配しているのは書き手だってんだから世話がありません……演じるこっちの身にもなって欲しいやな?」


お亮:「ねぇねぇねぇねぇお京さんっ!! 聞きましたか!! 泥棒ですって、泥棒!!」

お京:「泥棒? お亮ちゃん、何の話だい?」

お亮:「最近、家宝を紛失しちゃう長者さんが後を絶たなかったでしょ? 『金持ちになると、管理がずさんになるもんだ』って話だったんですけど! それが実は──泥棒のせいだったんですって!!」

お京:「えぇ!? ど、どういう事だいそりゃあ」

お亮:「先週の話なんですけど! 戎屋えびすやが家宝を紛失しちゃったって。
戎屋の主人が蔵を見に行くと……そこに足跡一つだけが残ってたらしいんですよ……それ以外の証拠は全然無くって、まさに『きり』が如くな鮮やかなモノだったって」

お京:「はぁ〜……今まで入られた長者の事も考えると、それは被害はまさに甚大じんだい……とんだ『大泥棒』だねぇ」

読み売り:「また出たっ! また出たよぉ〜!! 号外っ号外だぁ!! 天下一の大泥棒『霧天狗』が、また姿を現した!!
今度は形跡けいせき無しの証拠無しっ!! 男か女かも分からねぇ!! 正体不明の大泥棒『霧天狗きりてんぐ』の号外だぁ!!」

お亮:「あっ噂をすれば──ちょっと買ってきます!!
『読み売り』さん! 『読み売り』さん!! 一枚くださいっ」

読み売り:「へぇ! ありがとう存じます!! あいよっ♪」

お亮:「えっと……『霧が如く家宝を盗むは天下一の大泥棒。“霧天狗きりてんぐ”と銘打めいうつ』」

お京:「おや? 戎屋えびすやさんの記事もあるねぇ……
『先代の、家宝失い、経営難。ゆるゆる消え行く、歴史は霧へと』」

お亮:「あそこの娘さん、奉公ほうこうが決まったばかりじゃなかったですか? それなのに店が潰れちゃうなんて……ねぇ?」


【三年後】

読み売り:「ご、ごごご号外っ号がぁ〜い!!!! 霧天狗が捕まったよぉ!!!
一切証拠を残さない、まさに霧の如く盗み取る天下の大泥棒!! 霧天狗が俵屋で遂に御用だぁ!!!! そしてまさかの自害!! 自害だよぉぉ!!!!」


【茶処】

佐吉:「(店に飛び込んで来る) ムッさん! ムッさんムッさん!!! これ見てみてよ!! これ!!」

お京:「あら佐吉、いらっしゃい」

武吉:「あ? なんだそんなに慌てて──あぁ〜?
『霧天狗、自刃じじんの後、死体は霧の如く飛散せしまう。その死に様、まさに霧天狗の正体、あやかしなり』」

佐吉:「うわぁ〜あやかしだってあやかし!!
あやかしって本当にいたんだねぇ! 恐いよねぇ!!」

武吉:「はぁ〜……下らねぇ〜」

佐吉:「ふぇっ!? なんで!! 妖だよっ妖!! 河童とか人魚とか!! 鬼とか天狗のその天狗が本当にいたって言うんだよ!!」

武吉:「佐吉よぉ〜……んな訳が無ぇだろ? 霧天狗ってぇ〜と、恨み辛みのこもりまくった大泥棒だ。
死体を残して役場にでも置いておいたら、今までに盗みに入られた家の奴らが、その死体に殺到しちまう。
役人の数だけで抑えられる様な被害数じゃねぇ──だから、死体が消えた事にして、被害を最小限に抑えようって腹だ」

佐吉:「……そ、そうなの?」

武吉:「細かい事は分からねぇけど、そういう所だろ。まぁそれよりも……」

佐吉:「それよりも?」

武吉:「……いや、やめておこう。俺らにはどうせどうする事も出来ねぇ」

佐吉:「……ん?」

お亮:「あっでも──霧天狗が死んじゃったって事は、今まで霧天狗が盗んだ宝ってのは、どうなるんでしょう?」

武吉:「あ?」

お亮:「いやだって、霧天狗が今まで盗んだ宝が『世の中に出回ってる』なんて話、聞いた事ないですし? それだったら、どこかに隠してたりしてるんだろうなぁ〜って?」

佐吉:「あぁ〜……」

武吉:「確かに。押収おうしゅうされたって話も聞いた事はねぇし、住処すみかも分からないまま、だな」

佐吉:「その宝を誰かが見付けたら……」

お京:「あぁ、噂では『徳川の埋蔵金を超える額になる』とかなんとか……」

お亮:「未だに盗まれた事にも気付いていない所もありそうですもんねぇ」

佐吉:「それが見付かったら……クククッまた『号外っ号外!』って──面白いね!!」

お京:「私がそれを見付けたら、ウチの店ももっと大きくして、もっと人を雇って、私はのんびり旅行でもさせて貰うってなもんだけどねぇ」

武吉:「あぁ〜──それだっ!!!」

佐吉:「ふぇ? どれ?」

武吉:「おもしれぇ事思い付いた──お京! ごっそさん!!」

お京:「え? 帰るのかい?」

武吉:「あぁ、色々と準備があるんだ」

お京:「そうかい? それだったら、団子とお茶で、えっと──」

武吉:「──ツケといてくれ!! ほら佐吉行くぞ!!」

佐吉:「ま、待ってよぉ〜!!」

お京:「あっちょっ、ちょっとムッさん!!! また──もぉ〜!!!」


語部:「『金は天下の回りもの』『金がある所に金は集まる』
天下一の大泥棒『霧天狗』の死から連想されるは宝の山脈。
それを狙い、生まれたるがムササビ小僧。
少々長く語られましたこの第五幕──しかし、過去は過去。過去があっての未来があるが世のことわりでございます。
次幕では舞台は現代へと戻ります」


【鎖国第六幕】

語部:「さぁそろそろ物語は佳境かきょうに差し掛かりました所で、過去から現代へ時代を戻しましょうこの第六幕!!
『霧天狗』から始まる、泥棒の欲望と役人の策略が、絡みに絡んだ与太話!! 伏せてけての物ばかり。積み上げられるは泥棒の物語」


(詰め所)

バービィ:「(小声) 抜き足♡ 差し足♡ 忍び寄るはおかまの生足なまあし♡ んふっ♡
抜き足♡ 差し足♡ 忍び寄るはおかまの生足なまあし♡ んふっ♡
──ここ、ここ♡ ここに左衛門の旦那が──」

左衛門:「蔵の警備ですが──問題はありませんか?」

バービィ:「いた♡ あぁ〜ん、やっぱり良い声♡ 良い声で男前はもぉ〜バービィ耐えらん無いっ、ヨダレダラダラで雨漏りしちゃう♡!! でも耐えちゃう♡ 耐えないとダメだから飲み込んじゃう♡ ジュルリをゴクン♡」

左衛門:「(身震い) ……ふぅ。左様です、か……私の読みが浅く招いた藁屋わらやでの大不祥事だいふしょうじ
もうあの苦渋くじゅうを味わう事があってはなりません。泥棒であろうと強盗であろうと、全身全霊をかけて捉えるのです。
よろしいですか? 気を引き締めて警備に当たってください」

バービィ:「たっくましいぃぃ〜♡ あの腕に抱かれたいっ♡」

左衛門:「天下一を名乗りたいとする多くの小汚い泥棒が、今あの俵屋を狙っております。
その中には、天下一までいかないまでも、名のある泥棒も多数……
警備の情報は最大機密事項。
しかしそれまでも手に入れるのが、奴らです」

バービィ:「あらっ♡ 分かってるじゃない♡ そう、いつかアナタのハートも盗んじゃう♡」

左衛門:「けして油断なさらぬよう、よろしくお願い致します。
それでは、新たな警備概要を説明致します」

バービィ:「待ってました♡」

(間)

左衛門:「──以上。しばらくはこの内容で警備に当たってください。他言は無用!! 解散」

バービィ:「んっふふふぅ♡ 油断は大敵♡ あぁ〜……もっと眺めていたいけど、アチシにはそんな時間は無い♡ 『天下一の弟子』を名乗れる様になってから、また後日アナタのふんどしを頂戴しに行くわね♡
抜き足♡ 差し足♡ 忍び去るはおかまの生足なまあし♡ んふっ♡
抜き足♡ 差し足♡ 忍び去るはおかまの生足なまあし♡ んふっ♡ (立ち去る)」

左衛門:「……ふふふっ」


(俵屋 夜)

佐吉:「ムッさん……遂に来ちゃったね」

武吉:「あぁ」

佐吉:「大丈夫かな?」

武吉:「こっちにはあのお嬢ちゃんが置いてった警備の配置表があるんだ──」

佐吉:「──お琴ちゃんね」

武吉:「何も問題無ぇよ。
俵屋の蔵には、必ず『霧天狗が盗んで溜め込んだ膨大な宝』がある……」

佐吉:「うん……まぁ無かったとしても、俵屋の宝を盗んでバラまいたら良いしね」

武吉:「まぁそういうこった」

佐吉:「はぁ〜……お琴ちゃんにも会えるかな♪」

武吉:「……会えたらダメだろ。見付かっちまってんじゃねぇか」

佐吉:「あっ……」


冬羽太夫:「バービィ、アンタ良くやったよ。左衛門の旦那から情報を聞き出すなんてねぇ」

バービィ:「あぁ〜ん♡ もっと褒めてくれて良いのよ♡」

冬羽太夫:「あぁ、憎らしいけど、アンタの情報収集力は認めざる得ないね」

バービィ:「な、なに♡? アンタがそこまでアチシを褒めるって、なんか嫌……気持ち悪い♡」

冬羽太夫:「アンタのつら程じゃないよ。
アチキがせっかく褒めてやってんだ、素直に受け取っときなよ」

バービィ:「んんっ♡」

冬羽太夫:「左衛門の旦那から聞いた情報を元に忍び込むなら、ここからが安全だ……
良いかい? アチキとアンタは同盟であって仲間じゃない……どちらが捕まろうが──」

バービィ:「──捨て置く♡ 誰がアンタなんか助けるもんですか♡」

冬羽太夫:「それで良い……そして盗み出したら、後の話は隠れ家で……」

バービィ:「えぇ、それでアチシ達も天下一の仲間入り♡ んん〜っ今から興奮しちゃう♡」


冬羽太夫・武吉:「それじゃあ──」

(四人同時に)

冬羽太夫:「行くよ」

バービィ:「行くわよ♡」

武吉:「行くぞ」

佐吉:「行こう」


【鎖国最終幕】

佐吉:「立ち去る姿が、大空を飛ぶムササビの様だから……『ムササビ小僧』なんだよねぇ。
こんな狭い所から、コソコソと入忍び込む姿を見たら、僕達は『何小僧』なんだろうね?」

武吉:「『ネズミ小僧』だろ? ──と言いたい所だが、そういう名前の大先輩がとっくの昔に既にいたって話だ。良くて『ゴキカブリ小僧』といった所じゃねぇか?」

佐吉:「えぇ〜やだよぉ〜……もっとなんか可愛らしい『モグラ小僧』とかが良いなぁ〜」

武吉:「──シッ!! なんか屋敷内が騒がしいな……」

佐吉:「えっ……もしかしてバレた!?」

武吉:「いや……そんな感じじゃねぇ……他に忍び込んだ奴がいるのかも」


冬羽太夫:「ど、どうなってんだいバービィ!! あっちもこっちもそっちもどっちも、警備の役人だらけじゃないのさ!!」

バービィ:「アチシだって知らないわよ♡!! 左衛門の旦那が言っていた警備の逆を行ってるはずなのに♡!!」

冬羽太夫:「くっ……これは、ハメられたわね」

バービィ:「アチシが盗み聞きをしている事が分かっていて話していたって事♡!? むっきぃぃぃい!!! アチシッぐやじぃぃぃい!!!!」

冬羽太夫:「体勢を立て直すよ!」

バービィ:「あぁ〜ん♡!! でも、そんな嘘つきな旦那も、ス・テ・キ♡」


武吉:「こいつぁ〜幸運だ──サビ、遅れるなよ? もう少しの我慢だ。次の突き当たりを右に行くと……ほぉら、あった♪」

佐吉:「蔵に着いたの?」

武吉:「あぁ♪ 暗くて中が良く確認出来ねぇ〜けど……大丈夫だろ。行くぞ──よっと!」

佐吉:「よいしょ……あわわわぁ (コケる)」

武吉:「馬鹿……静かに」

佐吉:「ご、ごめん……」


語部:「手に入れた警備交代の時刻表を手に、お役人達の間を縫って、忍び込みましたるは『ムササビ小僧』のご両人りょうにん
長らくお待たせ致しました。
天下一の大泥棒『霧天狗』が残した宝とはなんぞやと、遂に正体の明かされる最終章の幕が開きます。
忍び忍んで、要所要所に散らばったこの物語の鍵を握ります『最後の出演者』の出番が参りました。
……いやぁ〜実はね? アッシの居るこの場所、声だけでは分かるまいと口を詰むんでおりましたが──真っ暗蔵まっくらくらの宝物庫でございます。
とまぁ、いつまでも語っていては、語りと声劇の境が無くなっちまうってんで、そろそろここらで語りの方は──」

佐吉:「ムッさん……奥で声が聴こえるよ?」

語部:「──おぉっと、気の短い泥棒さんだ……それではアッシも、光の当る声劇の世界へ出ると致しますか……『鎖国』最終章の──開演でございます」


武吉:「い、いやぁ〜……け、警備の予定表を無くしちまってよぉ〜……
たぶんそろそろ交代の時間かなぁ〜って思って来てみたんだけれども……そ、そのぉ〜アンタは……警備の役人さんかい?」

語部:「へへっ違うよ、安心しな。アンタらとは同業者だ──ムササビ小僧さん」

武吉:「っ!?」

佐吉:「ムッさん……バレてるよ」

武吉:「……アンタもここのお宝が目的で、ここに忍び込んだのか」

語部:「いんや、アッシはちょいと人を待っていたんですが……先にアンタ達が着いちまった。こいつぁ〜予定外の想定外──」

左衛門:「私の、勝ちです」

武吉:「っ──役人!?」

佐吉:「や、ヤバいムッさん!! 早く逃げないと──」

左衛門:「──いやいやその必要はございません。今はアナタ達を捕らえる事はありません……あくまでも『今は』ですが」

武吉:「……あ? どういうこった」

語部:「いんやぁ〜すみませんなぁ♪ アッシと左衛門殿で、ちょいとした賭けをしていたんです」

佐吉:「……賭け?」

語部:「えぇ、アッシの用意した泥棒二人と、左衛門殿の用意した泥棒二人──どちらが先に『俵屋の蔵』にたどり着くか」

武吉:「……アンタ……一体、何者だ? 」

語部:「それはアッシの用意した二人が、ここにたどり着いてからお話致しましょう♪
──にしても、左衛門殿ぉ〜ズルいなぁ! アッシの用意した方に、嘘の情報を流すなんてぇ」

左衛門:「嘘はアナタ達の専売特許ではありませんよ?」

語部:「カッカッカッ!! そいつぁ〜泥棒を初めたばかりの奴らの話だ♪ 玄人くろうとは、嘘は言わねぇ〜、本当の事を隠すのが上手いだけだ♪」

左衛門:「『物は言いよう』ですねぇ」

佐吉:「ムッさん……」

武吉:「宝も無ぇ、捕まえもされねぇってんなら、俺達はここには用は無ぇ……帰るぞサビ」

語部:「お待ちなさいな。あなた達に今帰られちまったら、この物語は幕を閉じちまう。あともうちょいとしたら──おっと、役者が揃った様でございますなぁ」

武吉:「……?」

バービィ:「お、押すんじゃないわよっこのお馬鹿♡!!」

冬羽太夫:「──だったらアンタのこのデカいシリ、さっさとどかしなさいな!! (ペチ)」

バービィ:「あぁ〜ん♡!! アチシの愛らしいおしりをぶたないで頂戴♡!!」

お琴:「まてぇぇ!! 待て待てぇ〜!!」

冬羽太夫:「ほ、ほらっ早く行かないと、あんな小娘に捕まる事になっちまうんだ! ほらっ (ペチ) 行け (ペチ)」

バービィ:「あん♡ おぉん♡! わ、分かったから! アチシのおしりを雑に扱うんじゃ無いわよ♡!! 左衛門の旦那に捧げる大切な── (落ちる) あ"ぁん♡!!」

冬羽太夫:「バービィ!?」

バービィ:「いっだぁぁ〜い♡!!」

語部:「カァ〜ッカッカッカッ!! 派手な登場してくれるじゃねぇ〜かい!! なぁ、左衛門殿♪」

左衛門:「(深いため息)」

冬羽太夫:「っ!? くっ回り込まれていた──」

お琴:「ま、待ってよぉぉお!!! 逃がしちゃったら、おっしょう様に怒られるんだよぉぉぉ!!!」

冬羽太夫:「挟まれた……終わりか」

語部:「いんやぁ〜……始まりだ。ここは──言わば安全地帯の無法地帯。アンタらを捕まえるってなったら、真っ先に捕まるのはアッシだ。こうやってアッシが自由って事は、左衛門殿もアンタらには何ら手を出さねぇ〜ってこってすよ♪」

左衛門:「冬羽太夫──アナタも降りてきなさい」

冬羽太夫:「っ……従う他無い様だし……分かったよ」

お琴:「──捕まえぇぇ〜──」

冬羽太夫:「──よっ……と」

お琴:「── (空振る) とおぁっあっぁぁあっタッタッあわわわっ落ち── (落ちる) だぶっ!! ひ、ひたかんら舌噛んだ……」

佐吉:「あっ!! お琴ちゃん♪!!!」

お琴:「ふぇっ!? あっムササビ小僧!? ど、どどどうして!?」

左衛門:「(深いため息)」

お琴:「ぬぇわぁ!!? おっしょう様!!!? な、ななななんで!? なんでぇ!!?」

語部:「カァ〜ッカッカッカッカ!!! なんて賑やかなやつらだ!!!! カッカッカッ!!!!」

武吉:「ちっ……盗みに入ったんじゃなく、俺達は盗みに『入らされていた』って事か……胸糞悪ぃ」

佐吉:「ふぇ? どういう事?」

冬羽太夫:「左衛門の旦那の筋書き通りに、この俵屋の蔵まで誘導されていた……」

左衛門:「お琴……金平糖こんぺいとうを差し上げましょう。良い働きをしたご褒美です」

お琴:「ふ、ふぇっ? あ、あぁ〜……頂きま、す? えっ? 褒められ、た?」

語部:「半分正解だ♪ 正確にはアッシと左衛門殿の計画だなぁ〜♪ こんだけの手柄でも、全て持っていかれちまったんじゃあ、アッシも寂しいってなもんだ」

バービィ:「アンタッ、さっきから一体全体誰よ♡ 左衛門の旦那に馴れ馴れしくしちゃって♡!!」

語部:「おっ? あぁ〜そうかい、アッシはオメェさん達の事を良ぉ〜く知ってんだが、オメェさん達はアッシの事を知らなかったんだったな♪ こいつぁ〜すまねぇ──アッシは『語部かたべ藤吉郎とうきちろう』……
ひとはアッシを『霧天狗』と呼ぶ」

(左衛門と語部以外同時に)

武吉:「っ!?」

佐吉:「えっ!?」

お琴:「っ!?」

バービィ:「ぬぁっ!?」

冬羽太夫:「なっ!?」

(武吉と冬羽が同時に)

武吉:「そ、そんな馬鹿な……『霧天狗』って言ったら、藁屋大捕物わらやおおとりもの事件の時に自害したはずじゃあ──え?」

冬羽太夫:「あ、あなたが霧天狗様? あぁ〜やっと会えた!! アチキはアナタ様に弟子して頂きたく、ココに──え?」

バービィ:「同時に話すんじゃないわよ♡!!」

佐吉:「えっと……つまりどういう事? 霧天狗って、捕まったはずで、死んだはずで……でも生きてて、役人さんと一緒にいて……別の泥棒もいて……」

お琴:「……」

左衛門:「私が話しましょうか」

語部:「おう」

左衛門:「(息を吐く) 藁屋大捕物わらやおおとりもの事件……警備に当たっていたのは──私です。
私の警備に穴はありませんでした……ネズミ一匹通る事すら不可能なはず──なのにも関わらず、蔵の中から私を呼ぶ声が聞こえて来たんです──」


語部:「おぃや、誰かいるかい? いるだろ? 入り口に誰かいねぇ〜と警備にならねぇよな? おぃや」

左衛門:「……? っ!? アナタ、どうやってここに──」

語部:「んな事ぁどうだって良いんだ。それに入れるはずの無ぇ蔵に、こうやって人がいるんだ──アッシが誰か、すぐに察しはつくだろう?」

左衛門:「っ!? くせもn──」

語部:「──おっとぉ!! (投げナイフ)」

左衛門:「くっ……」

語部:「大丈夫だ、逃げはしねぇ〜からよぉ、騒ぐのはちょいと後にしてくれ。アッシはアンタに捕まえて貰う為に呼んだんだ」

左衛門:「っ!? なんですって……それは、どういう意味ですか」

語部:「言葉通りの意味だぁねぇ♪ 霧天狗が、自首するって言ってんだ」


佐吉:「……自首?」

左衛門:「ええ……耳を疑いました」

佐吉:「どうして……」

語部:「あぁ〜……何もかも、馬鹿馬鹿しくなっちまったんだ」

お琴:「馬鹿馬鹿しく……」

語部:「アッシは全てのモンを手に入れて来た。この世の全ての奴が、喉から手が出る程に欲しがってるお宝から、大して価値の無ぇつまらねぇ物、そして別にこれといって欲しいと思った訳じゃねぇ物まで──アッシはちょいと手を伸ばせば、簡単に盗めちまう。
するってぇ〜と……なんだ『物欲』っていうのかねぇ〜、それが無くなっちまったんだ」

佐吉:「物、欲……」

語部:「簡単なんだよ……簡単。生きるってのは、実に簡単なんだ。欠伸あくびすらも出ねぇくらいに簡単なんだ。
藁屋わらやが大切にしている家宝、あるだろ? あぁ今は無ぇのか……誰かが盗んでいっちまったんだよな?
アッシも一度はそれを手にした……大層綺麗な鏡だったんだけどもな? それが三ヶ月前の話だ。
天下に轟く商店『俵屋』と名を連ねる『藁屋わらや』の警備。さすがは左衛門殿だぁ、実に厳重だったよ! アリの子すら忍び込む隙がありゃしねぇ♪ まぁ霧が入り込む隙間はあったってんで、フラッとお邪魔させて頂いたんだけれどもね♪」

左衛門:「……」

語部:「アッシじゃなけりゃあ、忍び込んでとうと待たずに御用だっただろうなぁ……
でもよ? そのとうもあれば、アッシは盗めちまう。忍び込んで、宝を取って抜け出す事が出来ちまうんだ」

冬羽太夫:「はぁ……」

バービィ:「まっ♡」

語部:「いやぁ〜絶望しちまったねぇ……あぁ絶望よ。真っ暗な屋敷の中、アッシの生きる価値ってのも、お先真っ暗になっちまったんだ。
なぁ分かるかいムササビのムッさんよ? このアッシの気持ち……」

武吉:「絶望……?」

語部:「アッシは盗人を生業なりわいにしてきたんだ。いつバレるかもしれねぇという、ギリギリを歩いて来たんだ。いつ捕まるとも言えねぇ崖を歩いて来たんだ。
でもよ? それが無ぇんだよ……アッシは捕まらねぇんだ。みんなアッシが忍び込んだ事に気付かねぇんだ。
気付くのはにわとりが『コケコッコー』と鳴いて、お日さんが顔を出してからだ……中にはそのまんま、また月にお日さんが隠れちまう時だってある。
……なぁ? これって『盗人』と呼べるのかねぇ? アッシの中で『盗む』ってよりも『持って帰る』っていう表現の方が、ピタリと当てはまっちまったんだなぁ……
藁屋わらやのその家宝の鏡の前で、アッシはアッシの姿を見て思っちまったんだなぁ〜。みんなアッシが見えて無ぇって……全てが馬鹿馬鹿しく思っちまったんだよなぁ〜」

佐吉:「だ、だったら足を洗ったら良かったんじゃないの? 泥棒なんか止めて、真っ当に──」

語部:「──真っ当に! あぁそうだ。サビ、アンタの言う通り『だったらやめりゃあ良い』。
そんな簡単な事で片が付いにまったら、なんの苦労もしねぇんだよ、ボウズ」

佐吉:「ふぇ?」

語部:「なぁおい冬羽ふゆはね、おめぇも盗人なら分かるだろ?」

冬羽太夫:「え、えぇ……ずっとこの泥棒の世界にどっぷり足──いや、腰まで浸かっちまっていたら、抜け出す事なんて出来やしない……それが泥棒の世界」

語部:「あぁ、おめぇらはまだ腰までってんだけども、アッシは脳天の先っちょまで『盗人』に浸かっちまってんだ。今から足や腰を洗っても間に合わねぇ。足を洗うのでさえ大変なんだ、全身ピッカピカに磨くのがどんなに大変か。手ぬぐい程度じゃ間に合わねぇ、それこそタワシで血だらけになるまで磨かなくちゃいけねぇやな。
そんな拷問みてぇな事、自ら進んでやる馬鹿が何処にいるってんだ?」

お琴:「……っ」

語部:「痛いのはやだなぁ〜……死ぬのも恐いなぁ〜……なんて思って、藁屋わらやの家宝の鏡を改めて見たらよ? ふと盗んだ事の無ぇ物が、その鏡に映ってたんだ」

武吉:「盗んだ事の無い物?」

語部:「アッシはびっくらこいたねぇ。神さん仏さんからの光明こうみょうっていうのかい? こんなどうしようも無ぇ盗人にも救いってのがあるもんなんだなぁ〜……
アッシは……『アッシを──自分自身を盗んだ事が無かった』」

冬羽太夫:「自分自身を……」

バービィ:「それでアチシ達に……♡」

語部:「とりあえず、警備している役人に声をかけて、騒がれちゃいけねぇ〜ってんで……っと、ここはさっき左衛門殿が話してくれたねぇ。
アッシは『アッシ自身を盗み出す計画』を話した」


与助:「左衛門の旦那……こんな夜更けに『蔵に来てくれ』って、一体どうしたってんです」

左衛門:「……」

語部:「おっ連れて来てくれたかい♪」

与助:「っ? だ、誰です? 困りますよ、知らない人を蔵に入れられちゃ──」

左衛門:「──霧天狗」

与助:「……は? 霧、天狗……どういう事で──」

左衛門:「霧天狗が……自首を申し立てて来ておりまして……それで──」

与助:「は、はぁ〜……良かったじゃ無いですかい。はぁ、いや、なんだ……それは良い事じゃねぇですかい! えぇ! この藁屋わらやで天下一の大泥棒が捕まる!! こいつぁ〜良い話だ!! 俵屋に差をつけて、天下一の商店になっちまう!! はっはっはっ!!」

左衛門:「──いえ……それが……そうは上手くはいかないかと……」

与助:「ん? それはどういうこって?」

語部:「アッシがここで捕まっちまえば、アッシの『天下一の大泥棒』って肩書きをほっして、全国から盗人がここを狙いに来やがる」

与助:「ほぉ〜……それはそれは……」

左衛門:「しかしながら泥棒は、現行犯じゃないと捕まえられません。そこで与助さんに──」

与助:「──構わねぇじゃねぇか♪」

左衛門:「……は?」

与助:「どれだけ泥棒に入られようが、左衛門の旦那が捕まえてくれる!! 天下一の大泥棒『霧天狗』を捕まえた左衛門の旦那だ!! これ以上頼れる役人さんは、この世界にいやしねぇってんだ♪ そうだろっ!!」

左衛門:「いや……あ、あぁ〜」

語部:「カッカッカッカッカッ!! なんとも気持ちの良い店主だ!!
あい分かった!! アッシは捕まる!! 押し寄せる泥棒は左衛門殿が捕まえる!!
しかしそう簡単に事が治まるとも思えねぇ……そこで、アッシからの提案だ」

左衛門:「……提案、ですか?」

語部:「アッシは『万が一』ってぇ考えが捨て切れねぇでいる。そこでアッシの目的も兼ねた、一発勝負といこうじゃねぇか♪」


武吉:「勝負?」

左衛門:「えぇ……霧天狗は『自分自身を盗む』という事を目的に捕まったんです。ですから、自分の跡を継ぐだろう泥棒に声をかけました」

冬羽太夫:「それで、アチキと──」

バービィ:「アチシ♡!?」

語部:「一人じゃあ、何とも心もとなかったからねぇ」

左衛門:「そして私は世間を賑わしているムササビ小僧──」

佐吉:「えっ!? 僕達もっ!?」

武吉:「……」

左衛門:「霧天狗が用意した二人と、私の用意したムササビ小僧……どちらが先にこの場所までたどり着くか……それが勝負の内容です」

語部:「そう──アッシが勝ったら、今までアッシが盗んで来たものはそのまんま、何も無かった様に住処すみかに置いておく。いずれ何処かの誰かがそれを見つけ出すまで、アッシの宝だ」

左衛門:「私が勝ったら、今まで盗んだ物は、全て持ち主に返す──」

語部:「そしてどちらが勝っても、アッシが捕まった事で盗まれた藁屋わらやの宝は全て、その盗人らからひとつ残さず盗み返し……元通り」

お琴:「……っ」

佐吉:「そんな──それって、役人さん公認で霧天狗を解放するっていう事だよね!? そんな──」

左衛門:「──霧天狗はいつでも逃げる事が出来たのです。捕まえても、いくらでも逃げ出す事が出来る……私の警備すらモノともせずに……」

語部:「あぁ、大人しく捕まって釜茹かまゆでなんたぁ〜、まっぴら御免だね。
アッシなりにではあるが、スジは通さねぇと勘弁ならねぇってんだ」

冬羽太夫:「スジ……」

左衛門:「嫌な予感は的中してしまいました。
一応与助さんには、娘さんをお祖母様ばあさまの所に避難させて頂く様に伝えて、私共は総出で警備に当たっていたのですが……多勢に無勢。手に追える人数ではありませんでした。
与助さんを避難させ、事の顛末てんまつを見守る他ありませんでした……っ」

武吉:「……」

語部:「いんやぁ〜! アッシが左衛門殿を介して散りばめた手掛かりを頼りに、アッシの元に辿り着いたお前さん達──お見事だよ!!
冬羽とバービィもアッパレだった!! 左衛門殿の罠にハマっちまったのは残念だったが、それでもここに辿り着いた!! アッシが選んだだけの事はある!! 素晴らしいね!!」

バービィ:「……♡」

語部:「アッシの負けだぁ!! 予定では冬羽とバービィが先に着いて、弟子となった最初で最後の仕事として、藁屋わらやから奪われてった宝を回収する手伝いをさせようって腹だったんだが──世の中そう上手くは行かねぇもんだなぁ〜!! カァ〜ッカッカッカッカッ!!!!
ムササビ小僧のお二人さんや!! 天下一の大泥棒『霧天狗』のアッシが認めてやるよ──お前さん達『ムササビ小僧』が『天下一の大泥棒』だ!! 胸を張って名乗りを挙げりゃ〜良い! ──って、泥棒が名乗っちゃいけねぇか!? カッカッカッカッ!!!!」

武吉:「ふざけんな……」

佐吉:「ムッさん──」

語部:「あ? どうした?」

武吉:「──ふざけんじゃねぇ!!
黙って聞いてりゃあ『自分を盗む?』『勝負??』『盗んだ物を取り返す???』!!
天下一の大泥棒──いらねぇ〜よっそんな肩書き!!!
俺らはテメェみてぇな自分勝手なわがままで人様から宝を盗み出してんじゃねぇ!!! テメェと一緒にしてくれるんじゃねぇやっ!!」

冬羽太夫:「……」

武吉:「テメェ一人の我儘わがままの自己満足せいで、どれだけの人間が巻き込まれたか分かってんのか!!?
そりゃあよ? アンタは盗人の憧れみてぇ〜な所があるよ。神出鬼没、気付いた頃にはもうお宝諸共消え失せる。全てが謎。本当にいるのかいないのか分からねぇ。あやかしたぐいじゃねぇのかとまで言わしめる!!! すげぇ〜よ確かにすげぇ〜盗人だよ!!
だけど──だけどもな!! 俺は──俺たちはアンタに憧れて盗人になった訳じゃねぇ!! 俺達ムササビ小僧は『義賊』なんだ!! 結局のところ『偽善者』なのは分かってるけどもよ!! 『銭を溜め込んでいる所』から、ちょいとばかし拝借して、貧しい奴らに銭をばら撒く。それで少しでも日ノ本全体が笑顔になってくれりゃあ良いっ!!
それが正しいのか間違ってるのか!! どちらかと言えば間違えているよ!! 悪い事だって分かってるけれども、今はそれが正しいと思って、薄汚れた誇りを持ってやってんだ!! テメェと一緒にするんじゃねぇ!!!!」

佐吉:「……うん、そうだね……その『天下一の大泥棒』って肩書き……僕達はいらない……欲しくないや。
それにさ? それに、泥棒だったら『奪っちゃダメ』だよ」

語部:「……奪う?」

佐吉:「うん、藁屋わらやの小梅ちゃん……
最近こそ笑える様になってきたみたいだけど……やっぱ心の何処かでずっと泣いてたよ。
帰って来たら家が無くなっててさ? 大好きなおとっつぁんも居なくなっててさ? 一人でさ?
太助さんが良い人だから何とか頑張れてるみたいだけど……一人の女の子の笑顔を奪って、それでも『泥棒』って言えるのかな?」

お琴:「……っ」

佐吉:「それに! それにさ? さっき『全ての物を盗んだ』って言ったよね?
少なくとも……俺達の心は盗めて無いよ?」

語部:「っ!?」

佐吉:「アンタは泥棒でありながら、自らの手で、僕達の……そして、ここにいる人達の心に、固く固く『じょう』をかけてしまったんだ。もう二度と盗めないくらい頑丈な錠を……」

語部:「……」

バービィ:「『盗む』ってのは、悪い事♡ ──アチシが大嫌いなそこら辺のガキでも知ってる。誰でも分かってる事♡
でもね、その元の持ち主が大切にしているから、その物は『宝』になる……アチシは、その持ち主の心のこもった物を盗んで自分の物にする事が幸せなの♡ その人の温もりが宝に宿ってる……」

冬羽太夫:「(深いため息) 天下一の大泥棒だっていうから、どんな凄い主様なんだろうと思っていたけれど──とんだ期待外れの三流泥棒じゃないか……
自分に信念も目的も無く、ただ盗むだけ──まさかアチキともあろう者が、善悪もまだ分かってないクソガキに憧れていたとは……はぁ〜、アチキの感も鈍ったもんだよ……
左衛門の旦那? 今日はアチキ達に手は出さないんでしょ?」

左衛門:「っ……えぇ、今日は無礼講ぶれいこうです」

冬羽太夫:「……バービィ、帰るよぉ」

語部:「天下一の大泥棒『霧天狗』とあろう者が……自分を盗む事を失敗し……そして人の心を盗む事も不可能にした……か」

冬羽太夫:「……?」

語部:「カッカッカッ……滑稽こっけいな話だねぇ……実に情けねぇ大泥棒がいたもんだ。
あらゆる物を盗んで、この世の全てを知った気でいたが、アッシも『まだまだ何も知らねぇヒヨっ子だった』ってぇ訳だ……
そうさねぇ〜……盗む事を生業なりわいとして来た泥棒が、女の子から笑顔を『奪っちゃ』いけねぇ〜やなぁ……
こいつぁはダメだ……アッシは一番やっちゃいけねぇ事をしちまったぁ……カァ〜ダメだねぇ……ダメだダメだぁ、あぁ〜ダメだっ!! ダメだっっ!!!!」

全員:「……」

語部:「はぁぁ〜あぁ!! ……左衛門殿よぉ。約束は果たさねぇといけねぇ! 三日で藁屋わらやから奪われたもん、全て盗み返して来るからよぉ。改めて御用になるのは、それからで構わねぇかい?」

左衛門:「えぇ、元よりその約束です」

語部:「すまねぇ〜な♪ それから、釜茹かまゆでにするか、打首にして世間様にさらすか、あとはお国に決めてもら── (刺される) っ!?」

お琴:「甘い事言わないで……」

佐吉:「お琴ちゃん!?」

左衛門:「お琴っ!? お前っ何を──」

バービィ:「アンタッなにやってんの♡!!?」

お琴:「なに話しを勝手に終わらそうとしているだよ……
『三日待ってくれ』? 『出頭する』? そんな事──そんな事っ許すはずが無いだろうがさっ!!」

語部:「がっ……あっあ……ぐっ」

佐吉:「(押さえる) お琴ちゃん!! ダメだ!! ダメだよ!!」

お琴:「アタシがどれほどアンタを探したかっ!! 私一人じゃ見付ける事は出来なかった! どうする事も出来なかったんだ!!
だって──だってアンタは何処に行っても霧の様に消えちまうんだから!!! 足跡ひとつ残さない……入った形跡すら残さないっ!! いつどこに現れるのか分からない!!!
それでもアタシはアンタをずっとずっと探し続けた!! ──アンタをこの手で殺す為に!!!」

バービィ:「(押さえる) アンタそんな子じゃなかったじゃない♡!! 落ち着きなさい♡!!」

お琴:「ぅぐっ!! は、離せ!! 離せよっ馬鹿野郎っ!!!」

語部:「ぐっふぅぅ〜……いててててぇ〜……いってぇ〜なぁ……ぐっ……く……はぁ……はぁ……」

左衛門:「き、霧天狗……申し訳ありません……私の部下が……」

語部:「い、いやぁ〜……ははっ……参ったねぇこりゃ……
『お琴さん』と言ったかい? なるほど……戎屋えびすやの娘っ子さんかい……
エラく引き締まったお顔になられたから、気付かなかったよ……」

冬羽太夫:「戎屋えびすやっていったら──っ! 霧天狗が初めて証拠を残したっていう……あの!?」

語部:「あの頃はアッシもまだ未熟だったんだろうねぇ……ウッカリ足跡を残しちまって……今までは『お宝を無くした』って事で通ってたのが『泥棒の仕業』と、世に知られちまった……」

お琴:「うっぐぅぅ〜っ! 戎屋えびすやの──ウチの家宝がアンタに盗まれてから、父上は変わっちまった!!
酒に暴力、商売も上手く行かなくなって──そして借金まみれっ!! 母上は家を出て、もう立て直す事すら出来なくなっちまった!! そして父上は……父上は──
全部っ!! 全部全部全部アンタのせいだ!! アンタが戎屋えびすやを滅茶苦茶にした! アタシの人生をぶち壊したんだ!!!」

佐吉:「そんな……」

お琴:「だからアタシはアンタをこの手で殺す為に役人に──左衛門さんの下についたんだ!!!
アタシだけじゃないっ!! アンタはその『なんとなく』っていう、理由にもなりゃしない事で──そんなくだらない事でっ、あらゆる家から盗みを働きっ!! 無意識にでもたくさんの人の生活をっ!! 命を奪っていったんだ!!
天下一の大泥棒だって!? 自惚うぬぼれもはなはだしい!!
アンタを裁くのはお国なんかじゃないっ!! アタシだよっ!! だから刺してやったんだ!! ざまぁ〜みろっ!! ちくしょうっ放せっ!!!!」

左衛門:「な、なんという馬鹿な事を……おいっ! 外に警備はいないのか!! 早く医者を手配しろっ──」

語部:「──いや、いらねぇ〜や。そんなモノ……呼ぶ必要は、無ぇ……」

左衛門:「霧天狗殿っ」

語部:「カッカッカッ……どうせアッシは助からねぇ……アッシの事は、アッシが一番分かってらぁ〜な……ぐふっ」

左衛門:「──っ!? ち、血がこんなに……」

語部:「ふぅ〜……本当にアッシは、何から何まで失格だねぇ (立ち上がる) っと……おっとっとと……
戎屋(えびすや)のお嬢ちゃんの復讐も終え……残すは藁屋わらやへのつぐないだけかぃ?
それでオイラの出番はしまいって事だな……
『嘘つきは泥棒の始まり』と言うが、既に泥棒のオイラは『嘘をまことで締めくくる』……それがオイラに残された、最後のスジってなもんさな……」

左衛門:「その様な身体で──」

語部:「──ここにおわす皆々様よっ!! アッシが誰か──知らざぁ〜言って聞かせやしょう!
浜の真砂ますな五右衛門ごえもんが、歌に残せし盗人の、種は尽きねえ大江戸真中おおえどまなか蝋燭ろうそく片手に夜働き、寺子てらこに散らす蒔銭まきせんあてに、百が二百と賽銭さいせんの、くすねぜにせえ段々にっ、悪事は登るが富士の山!!
危ねえその身の境涯きょうがいも、最早幾歳もはやいくとし人間の、定めはわずかの五十年!!
今日ぞ命の明け方に、消えゆる間近の天下一の大泥棒──もとい──傾奇者かぶきもの!!!
霧天狗『語部かたべ藤吉郎とうきちろう』ったぁぁぁ〜──あっアッシの事よぉ〜!!!
カァ〜ッカッカッカッカッ!!! カァ〜ッカッカッカッカッ!!! カァ〜ッカッカッカッカッ!!! (フェードアウト)」

武吉:「っ!? 消え、た……」

冬羽太夫:「ちっ……おぼろかすむ……気持ちの悪い夜だったねぇ」

佐吉:「……」

バービィ:「……ん〜〜っ♡!! 嫌っ♡! アチシこの雰囲気嫌っ♡!! アチシ帰るっ♡!!!」

武吉:「サビ……俺達も帰るぞ」

佐吉:「あ、うん……」

左衛門:「あなた方──」

冬羽太夫:「……ん? まだ何か用があるのかい?」

バービィ:「ぬぁっ♡!? むぁ〜さか『捕まえない』って話を取り消してアチシ達を捕まえるつもり♡!?
んん〜っ左衛門の旦那の胸に抱かれるならっいくらでも捕まってあげても──」

左衛門:「──私も、その家々の思い出、気持ちを失わせない様──日ノ本中の人々に、穏やかで何事もない生活を送って頂ける様に、信念を持って警備を行っております……あなた方にどの様な信念があろうと、二度と私の警備は潜らせませんので──そのおつもりで」

武吉:「へっ」

佐吉:「うん」

冬羽太夫:「はんっ」

バービィ:「あぁん……ス・テ・キ♡」

武吉:「……サビ、行くぞ」

佐吉:「うん♪」

冬羽太夫:「またね、色男」

バービィ:「ぬぁ!? 冬羽アンタ、アチシの左衛門の旦那に色目使ってんじゃないわよ♡!! アチシのだからね♡!!」


【後語幕】

佐吉:「はぁ〜……お琴ちゃん……お琴ちゃん……はぁぁぁ〜お琴ちゃん」

武吉:「あぁぁぁぁ!! さっきからうっせぇなぁ!!!」

佐吉:「だってぇ〜……だってだってだってぇ〜……」

左衛門:「お琴でしたら……今、牢獄で反省して頂いております」

武吉:「──っ!?」

佐吉:「あっアンタは!?」

武吉:「ば、馬鹿!!
へ、へぇ〜……町でよく見かけてたのに、最近見かけねぇなぁと思っていたんだ……な、なんかしちまったんだね」

左衛門:「ふふ……理由が理由なだけに、重たい罪状にはならない様、私も尽力しております。まぁ、この町にはいられなくなるとは思いますが……」

佐吉:「お琴、ちゃん……」

左衛門:「そして藁屋わらやから盗まれ強奪されていた物も、今朝、役所に届けられておりました。
『最後のお宝を回収してくる』と書置きと一緒に……」

武吉:「そうかい……あとは山の寺に避難させてる太助さんを呼び戻すだけって事か……」

左衛門:「っ!?」

佐吉:「寺??」

武吉:「逐一ちくいち報告に行く必要がある。そんな離れた場所じゃあ、そうはいかねぇだろ? 普段人が立ち寄らねぇ場所ってぇと、そこしかねぇ」

佐吉:「へぇ〜……」

左衛門:「ふふっ──女将さん」

お京:「はいはい!」

左衛門:「ご馳走になりました。おいくらで?」

お京:「え〜っと、四文になります♪」

左衛門:「それでは……」

お京:「……えっいやいやお客さんっ!! 多過ぎますよ!!」

左衛門:「いえ……楽しいお話を聞けましたので、こちらの武吉君と佐吉君の分も──」

お京:「──にしては少ないですよぉ」

左衛門:「……あなた方はどれほどツケを貯めていたのですか……」

武吉:「ごっそさん♪」

佐吉:「え、あぁ〜すみません」

左衛門:「ふぅ〜……ではまた……次に会うのを楽しみにしております」

武吉:「そん時も、ご馳走になるよ」

左衛門:「ふふふ……」

お京:「ありがとうございましたぁ!!」


語部:「っくぅ〜いてててて……
ふぅ……はぁ……はぁ……
何事も始まりがございましたら、終わり必ず参ります。
いやぁ〜……天下一を名乗っておりましたが、何とも情けねぇくれぇに、コテンパンにやられちまいやしたnぁ……カッカッカッ!
っ……はぁ……はぁ……
無事アッシも、約束を果たし終え、全てが元通り──いやまぁ、失っちまった命を取り戻す事はなりやせんが……時間が経てばそれぞれの日常に戻って行くのが、人生でございます。
ふぅ〜……これから彼らがどの様な人生を送って参りますのか。
泥棒から足を洗い、真っ当に生きるのか、はたまた腕を磨き一流の泥棒へ成り──下がるのか。
それはまた別のお話──別の物語でございます……はぁ……はぁ……ぐっ……うぅ〜……ふぅ〜……
この声劇『鎖国』が始まってから、ずっと頂戴致しておりました『最後のお宝』……とうとう皆々様にお返しする時が参りました。
これもまた左衛門殿との約束の大切なお宝……
そのままをお返しする事は叶いませんが──満足感、達成感、はたまた疲労感と、各々の思う形でお返しさせて頂く事をお許しくださいませ。
拝聴下さいました、皆々様のお耳とお時間、長々と預かり致しまして、誠にありがとうございます!!
これにてっ!! 声劇『鎖国』──閉幕に、ございます!!!」


佐吉:「ねぇムッさん……」

武吉:「あ? なんだ?」

佐吉:「霧天狗さんがさ? 『ムササビ小僧が天下一の大泥棒だ』って言って、それを僕達、断っちゃったじゃん? でも、僕達が『天下一の大泥棒』って事で良いのかな?」

武吉:「……サビ……俺達は泥棒じゃねぇって言ってんだろ?
まぁやってる事は『盗む』って事だけどもよ……盗んだ物を貧乏な奴らに配ってる」

佐吉:「そっか……そうだよね……」

武吉:「だから俺達は── 『天下一の大義賊』だ」

佐吉:「ふぇっ!? あっホントだ!! さすがムッさん♪」

左衛門:「ムササビ小僧!! そこにいるは分かっておりますよ!!」

武吉:「やべっ見付かった!! サビッ!!!」

佐吉:「うん分かってる!!」(飛び立つ)

左衛門:「お待ちなさい!!!」

武吉・佐吉:「ひゃっほぉぉ!!! はっはっはっ!!!」

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