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【声劇】レーヴ(4人用)

利用規約

【登場人物】♂:♀=2:2

ロゼ:フランスの航空宇宙工学の女性科学者。一度決めたら最後まで突き進む性格。

ヴィクトール:ロゼの夫であり、政治家。ロゼの良き理解者である。

ニコル:ロゼの助手。女性研究者。ロゼを心から尊敬している。

ユルゲン:謎の男。ジョルジュと名乗っており、ロゼの研究に興味を持っている。

【本編】

(1918年:ドイツ)

ユルゲン:ああ、なぜだ…なぜなんだ…!

ユルゲン(N):人類の英知が詰め込まれた鉄の塊が、町に落ちていく。なんの罪もない命をつぎつぎと奪い、全てを焼き払っていく。

ユルゲン(N):見てはいけないものを見てしまったのだろう。腕の中で、私の娘が、この世の終わりのように泣き叫んでいる。

ユルゲン:ああ、たのむ、泣かないでおくれ…。

(何度も、何度も、爆発音が鳴り響く)

ユルゲン:くそ…連合のやつらめ。待っていろよ…!!



(1930年:学会にて)

ロゼ:…以上が、今回の成果です。このロケット「レーヴ」の開発によって、私たちが宇宙に行くことができる日は、ぐっと近くなるでしょう!みなさん、ご清聴、ありがとうございました!

(割れんばかりの拍手が巻き起こる)

ニコル:先生、お疲れさまでした!かっこよかったです…!

ロゼ:ううん、あなたのお手伝いのおかげよ…本当にありがとう!

ニコル:いやいや、買い被りですよそんなの…

ロゼ:いいのいいの!ね、この後パーティーがあるのだけれど、どう?

ニコル:本当ですか!ぜひご一緒したいです!

(パーティー会場)


ニコル(N):発表会での先生は、ほんとに立派だった。「宇宙に行く」という力のある言葉は、戦争つづきの暗い世の中を照らす、一筋の光のようだった。シャンパングラスの音が、そこかしこから響いている。みんな、抑圧されていた研究にようやく打ち込めることを喜んでいるのだ。


ロゼ:ニコルっ、こっちのお料理もおいしそうよ。

ニコル:はい先生、今行きます……きゃあっ!

ヴィクトール:おっと、ごめんなさいお嬢さん。おけがはありませんか?

ニコル:は、はい…すみません。

ロゼ:あら?あなたじゃないの!

ニコル:えっ?

ヴィクトール:ロゼ!探していたよ、発表おつかれさま。

ニコル:…先生?

ロゼ:ああ、ごめんなさいね。紹介がまだだったわ。こちらはヴィクトール・グラン、私の夫。

ロゼ:こちらは助手のニコル。

ヴィクトール:はじめまして、ニコルさん。いつもロゼがお世話になっているね。

ニコル:い、いえいえ、はじめまして…


ニコル(N):先生はすごい人だ。宇宙工学、特にロケットの分野の専門家で、「レーヴ」という試作機を打ち上げるための研究をしている。自ら研究するだけでなく、多くの技術者、整備士、ほかの科学者たちを束ねる統率力も兼ね備えている。

ヴィクトール(N):それに彼女は、決めたことは最後までやる勇気のある性格。いつも自分に正直なその姿勢に、私は惹かれたんだ…夢を追う彼女は、最高に美しいからね。

ヴィクトール:…君のもとにはやはり優秀な人が集まってくるみたいだ。さすがだよ、ロゼ。

ロゼ:やだわあなた、ふふっ…

ニコル(N):…でもどうしよう…ちょっと気まずいな…

ヴィクトール:…おっと、いけない!…もっと話したかったけれど、党の会合に行かなければならないんだよ。楽しいひと時をありがとう、ではまた…

ロゼ:またね!

ニコル:ありがとうございました!



ヴィクトール(N):情勢は刻々と変化している。およそ20年前の大戦から、ヨーロッパはだいぶ復興した。しかし、気がかりなのは、ドイツ。今日の会合では、われわれのドイツへの対応の是非が話し合われていた。

ヴィクトール(N):会合には、党の幹部、議員、有力な支持者が一堂に会する。見慣れた顔ばかりだが、今日は一人、見たことのない人間がいた。


ヴィクトール:はじめまして、ヴィクトール・グランと申します。党の議員をしているものです。

ユルゲン:どうも、ジョルジュといいます。お噂はかねがねうかがっているよ。若いのにやり手の政治家さんだとか。

ヴィクトール:いえ、そんな、ただのしがない党員ですよ。会合の様子はいかがでしたか?

ユルゲン:いや、いい雰囲気だ。議員さんたちも血気盛んだ、党の未来が楽しみだよ。

ヴィクトール:そんな風に思っていただけてうれしい限りです。


ユルゲン:…最近はこのあたりも物騒になってきたね。

ヴィクトール:そうですね、明らかに盗み、殺人が増えていると聞きます。

ユルゲン:ここもそうだが、ドイツはもっとひどい状態らしいじゃないか。

ヴィクトール:今日の朝刊に賠償金の話がのっていましたが、あれはまったくひどい。ドイツのことを考えての選択じゃないと思われます。

ヴィクトール(N):私たちの住むフランスは、戦争に負けたドイツに多額の賠償金を払わせようとしている。その上、生産設備をことごとく破壊し、領土を奪い…。そういえば、ある国ではこのように発言した幹部がいるらしい。「レモンのようにドイツから搾り取ろう、レモンの種がキーキーきしるのが聞こえるまでな」…と

ユルゲン:君のような話の分かる人が党首であればよいのにね。

ヴィクトール:ふふ、私になんかつとまりませんよ。

ユルゲン:まあ、これからも応援しているよ、頑張ってくれ。


(研究所内)


ロゼ:さて、この軌道だとどうなるか…

ニコル:先生、そのシミュレーションは…?

ロゼ:ツィオルコフスキーの公式をもとにしたのよ。

ニコル:もしかして、「月世界到着!」の人ですか?

ロゼ:そう!…読んでいたの?

ニコル:はい、私も宇宙への憧れがあって、それで先生の助手になりたいなって思ったんですよ。

ロゼ:ニコル…。うれしいこと言ってくれるじゃない。

ニコル(N):ソヴィエト、ロシア出身のツィオルコフスキー。彼はロケット研究者でありながらSF作家で、宇宙への憧れを駆り立てる本をたくさん出版している。先生も私も、彼が大好きだ。私の国はボロボロだけど、フランスの研究所で、同じ宇宙への憧れを抱いている先生に出会ったの。

ロゼ:研究が進展して「レーヴ」を飛ばす時になったら、あなたも一緒よ。

ニコル:はい!えへへ…。

ニコル(N):先生の研究には、いつも驚かされる。「レーヴ」の揚力を高める機体構造の話、より出力を高めるエンジンの話、より軽量化するための材料の話、打ち上げに最適な天気の話…。私のメモには、そんな情報がいっぱいだ。もっともっと、先生の助手としてお役に立ちたいな…。



(1933年:党会合の場)

ヴィクトール:ジョルジュさん、今日も来てくださったんですね。

ユルゲン:ああ、ご苦労様。今日は君に用があってね。

ヴィクトール:用、ですか?

ユルゲン:そうだ…君は与党議員だったね。

ヴィクトール:はい、そうですが…

ユルゲン:ドイツで新しい党ができているんだよ。今までの生ぬるいもんじゃなく、革新的な…ね。

ヴィクトール:はい、話としては聞いております

ユルゲン:…あいつら、できたばかりのくせに、どうやらフランスを狙っているそうだよ

ヴィクトール:っ、なるほど、敗戦の恨みですか…

ユルゲン:まあ、あくまで噂ではあるがね。

ユルゲン:新しい兵器の開発も行っている、毒ガスや潜水艦とは比べ物にならないそうだ。


ヴィクトール:…ジョルジュさん、

ユルゲン:なんだ?

ヴィクトール:ずっと気になっていた…あなたは、何者なんですか?

ユルゲン:…なぜそれを聞く?

ヴィクトール:あなたは詳しすぎる、日々勉強している政治家の間でも、そんな情報をつかんでいるものは誰もいなかった。ジョルジュさん、あなた…

ユルゲン:ふっ、君は肝心なところで不用心だな。

ヴィクトール:え…

ユルゲン:君と私はもう何度も会って話をしている。そこで得た情報を活用して、君はほかの議員や支援者と交流している…。普通用心深い政治家であれば、素性を明かさない人間の情報なんて信じないのにな。

ヴィクトール:う…

ユルゲン:…明日の新聞の見出しが楽しみだな。

ヴィクトール:どういうことです?

ユルゲン:…与党の若き政治家と、「死の商人」が密会していたなんて、世間様はどう思うかねえ…

ヴィクトール:なっ…

ユルゲン:ジョルジュはフランス用の名前だ。私はユルゲン、ドイツ人だ。「裏」ではかなり有名人なのだがね。

ヴィクトール:やめてくれ、それだけは…っ

ユルゲン:なら…情報をよこせ。そうだな…君の奥さんの研究成果だ。

ヴィクトール:え?妻の、研究…?

ユルゲン:私は宇宙工学に興味があってね…。彼女は若くしてその分野の権威だろう?それに彼女、「本物」だ…(小声)

ヴィクトール:なぜ、知っているんだ?それに…何が目的なんだ?

ユルゲン:この国に用がある…とだけ言っておこうか、では…

ヴィクトール:ユルゲン!…くそ、私はなんてことを。どこからだ、どこから情報が漏れていた?これは警察に…、いや、そんなことをすればメディアにかぎつけられて私は失職だ。ロゼに心置きなく研究をさせてやりたいのに、仕事を失うわけにはいかないんだ…。

(電話の音)


ユルゲン:…ほう、今度は何だ?

ユルゲン:…なるほど、よくまとまっているな。「レーヴ」の揚力を高める機体構造の話、より出力を高めるエンジンの話、より軽量化するための材料の話、打ち上げに最適な天気の話…。仕事が早くて助かるよ。

ユルゲン:こちらか?こちらは今、総出で兵器をつくっているよ。…まあ、まだその時ではない。引き続きよろしく頼むぞ…。


(1935年:ロゼ・ヴィクトールの自宅にて)


ロゼ:…この書類の山は何?

ヴィクトール:君宛だよ、全部。航空機メーカーのX社、自動車メーカーのP社、党の幹部からの直筆メッセージ…

ロゼ:穏やかじゃないわね。何が目的なの?

ヴィクトール:戦争が終わって10数年…、そろそろ警戒せよとのことだ。ほかの国も勢力を蓄えることだろうし、フランスもいつまでも丸腰じゃいられないからね。

ロゼ:…断るわ、私は軍事に手を貸すために研究しているわけじゃないの。

ヴィクトール:でも、党の命令だぞ。逆らったらどうなるか…

ロゼ:私の夢は戦争で勝つことじゃない!宇宙に行くことなの!

ロゼ:確かに、ロケットの技術は軍事に利用できる。改造してミサイルをつくることだって、爆撃機をつくることだってできる。でも、そんなことして何になるの?また泣き叫ぶ人を増やすの!?

ヴィクトール:…ロゼ、中央政府によって予算が決められるのは知っているね、研究費が下りなければ、君はどうなるんだ。

ロゼ:…っ、それは…。

ヴィクトール:やりたい研究もできなくなるし、君の夢だってかなわなくなるんだぞ!

ロゼ:…

ヴィクトール:たのむ、協力してくれ、ロゼ。君の研究は価値あるものだ。研究成果をまとめた書類を私に預けてくれ。…なあに、党員にしか明かさないよ

ロゼ:…信じているわよ、あなた。

ヴィクトール:ああ、ありがとう、ロゼ。


(1939年6月)


ヴィクトール:今分かっているのは、これだけだ。

ユルゲン:…ほう、どれどれ…

ヴィクトール:っ!(ユルゲンに向けて銃を構える)

ユルゲン:…何のつもりだ?

ヴィクトール:もうたくさんだ!お前は、ロゼの研究を使ってフランスに復讐をするつもりだろう。そんなことはさせない、私がお前を殺せば、お前の悪だくみはここで潰える…!

ユルゲン:…私がお前だけを頼りにしていると思ったら大間違いだぞ。

ヴィクトール:はっ?

ユルゲン:…ニコル、という名前を聞いたことは?

ヴィクトール:…

ユルゲン:…私の可愛い可愛い一人娘だよ。…ロゼの助手だ。この意味が分かるか?

ヴィクトール:…っ、まさか!

ユルゲン:ヴィクトール、不用心な君がくれた情報とニコルの情報はまったく違わなかった。それがわかっただけで十分だ。



ユルゲン:…さようなら。(銃を撃つ)

ヴィクトール:ぐあっ…!

ユルゲン:……あとはこいつを処理して…と

ユルゲン(N):ずっとこの時をうかがっていた。ミサイル、爆撃機、毒ガス、潜水艦…貴様らの研究をさらに発展させた武器が山ほどあるのだよ。おまけにこちらの国には、私のやり口に協力してくれる有能な独裁者がいる。機は熟した!


(電話の音)

ニコル:はい、もしもし

ユルゲン:私だ。調子はどうだ。

ニコル:先生なら最近疲れているみたいよ。先生の研究成果を欲しがる企業や党がいて、対応して夜も眠れないらしいわ。それに、ヴィクトールさんも帰ってきていないらしいの。

ユルゲン:そうか…。…いよいよ仕上げだ。お前はよく働いてくれた。

ニコル:パパ…

ユルゲン:明日の14時39分に、研究所を爆破する。


ニコル:…

ニコル(N):わかっている、パパは武器商人で…それでも、私を育ててくれた。感謝している、とても感謝している。でも…

ニコル:…先生は、どうする気なの?

ユルゲン:情がわいたか。なあに、あの頭脳を無きものにするのはもったいない。生かして連れてこい。

ニコル:…わかったわ…パパ。

(電話を切る)


ユルゲン:…さて、動き出すかな。



(研究所にて、ある者は図面を引き、ある者はコンピューターを操作し、ある者は模型を作成する)

ロゼ:…ふー、このあたりで休憩にしましょうか。ニコル、お茶を入れてくれる?

ニコル:はい

ニコル:…先生

ロゼ:ん?

ニコル:…地下室に一つ機材を置き忘れてしまって、一緒に来てくれませんか?

ロゼ:わかったわ、行きましょう。

(地下室の階段を下りる二人)


ニコル:…

ロゼ:ニコル?さっきからどうしたのよ!何も話してくれないじゃな…

(突然、とてつもない爆発音が響き渡る)


ロゼ:なっ!なに?なんなの!?

ニコル:先生はやく!奥の部屋へ!

ニコル(N):私は、先生を地下室に連れて行った。揺れが収まって外へ出ると、研究所は、骨組みを残して焼けくずれていた…


ロゼ:…そんな、こんなことって…っ、ううっ…


ニコル:…先生、しっかりしてください。



ロゼ:ニコル…あなた何か知っているのね?…こんなところで落ち着いているなんて、ありえないもの

ニコル:…

ロゼ:…全部話しなさい、あなたが知っていること、すべて。

ニコル:私は…



ニコル(N):私はすべてを話した。自分がドイツ人であり、9歳の時に戦災に遭ったこと。父親が、ドイツの武器商人であること。そして、フランスの軍事技術を盗むためにロゼの研究に目を付けたこと…



ロゼ:…そういうことね…ふふっ、わかった。

ニコル:先生、ごめんなさ——

ロゼ:——本当に悪いのは、夢をかなえるための科学を、人を傷つけるために使おうとするやつらよ。

ロゼ:…ニコル、案内して、ユルゲンの所へ。


(ドイツ郊外、ひと際大きな、みすぼらしい建物の中)


ニコル:…ユルゲンはこちらの部屋にいます。

ロゼ:……

ニコル:…先生?

ロゼ:…あなたに罪はないわ。でもね…。

(ニコルの体を凶弾が貫く)

ニコル:…ぐっ、ロゼ、せん…せ、い…

ロゼ:…残念ね、人間、簡単に許すことなんてできないのよ。



ユルゲン:ロゼ、よく来てくれたね。

ロゼ:話はニコルから聞いたわよ?…ヴィクトールの件もあなたね。

ユルゲン:…それを言うなら、ドアの向こうで聞こえた銃声は、誰のものかな?


ロゼ:…不毛な話ね。

ユルゲン:…そうだな。

ユルゲン:どうだい、ロゼ、私のところに来ないか?

ロゼ:お生憎様、私は人を殺すために研究をしているわけではないの。

ユルゲン:だが、君の研究のせいで多くの一般人が犠牲になったのではないか?

ロゼ:…私には、関係ない。

ユルゲン:なぜそう思う?

ロゼ:悪いのは研究者じゃなくて、あなたのように、研究を悪いことに使う人たちよ。そんな奴らのことまで、科学者は責任を持たないわ。

ユルゲン:研究成果を生みだした君には、責任はないのかい?

ロゼ:…そんな事いちいち考えていたら、科学なんてできやしないわ。

ユルゲン:ロゼ、やはり君は私の思った通り、「本物」だ。

ロゼ:「本物」?…どういう意味よ

ユルゲン:君は混じりっ気のない、純粋な科学者だってことだよ。自分の研究のためにほかのことを捨てる勇気がある。ふつうの人間が思いとどまるようなことでも、君ならできる。君には「夢」があるからね。


ロゼ:…私は、自分に正直なだけよ。

ユルゲン:それでいい、それでいいんだよ…。


ロゼ:私は、ユルゲンのもとで「レーヴ」の開発を続けたわ。…研究をさせてもらう代わりに、彼に情報を提供するという条件付きでね。

外の様子はわからないけれど、ドイツはフランスに侵攻し、ついには首都を奪ったみたい…

ロゼ(N):人類の英知が詰め込まれた鉄の塊が、町に落ちていく。

ロゼ(N):罪のない命をつぎつぎと奪い、全てを焼き払っていく…ああ、見てはいけないものを見てしまったのね。市民が、まるでこの世の終わりのように泣き叫んでいる…

ロゼ(N):私の研究が、私の愛する国を苦しめている。でもね…

ロゼ:夢を追う私は、けして、悪くないの…。

ユルゲン:やっと、やっとだ…私の夢が、ようやく叶うのだ。連合ども、貴様らの国土を赤く染め上げてやる!あの日われわれがそうだったように、貴様らも泣き叫べ!復讐は、はじまったばかりだからなぁ…!

(1945年:終戦)

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