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【声劇】シガレット・ファイト(3人用)

不問:♀=2:1
約50~60 分
上演の際は作者名とリンクの記載をお願いします。

シガレットファイト


乙木 あかね(おとぎ あかね):男女不問で、男性は「俺」女性は「あたし」その他性別に関することは()内を参照。口調は荒いが人情に厚い。

乙木 らいや(おとぎ らいや):妹でちょっと反抗期。ふうかと兼任(数セリフ)

久遠 光軌(くおん みつき):男女不問。あかねが男性なら女性が、女性なら男性が演じることを推奨。


***


あかねM:「この街には、アタシが煙草を吸う理由がまだ残っている」

くおん:「あかね、今回のモノノ怪はどんなお味だい?」

あかね:「師匠。……他と大差ない、しょうもない味っすよ」

くおん:「そうか。あまり吸いすぎないように」

あかね:「……うっす」

あかねM:「まだ、やめるわけにはいかない。アタシが、煙草をやめる時には……」

くおん:「…………」


***


あかね:「シガレット・ファイト」


***


(インターホンが鳴る)

らいや:「あかねっ! 久々に会いに来たよぉ~。あかね?」

(扉が開く)

あかね:「だぁれだよ、こんな朝っぱらから……あぇ? らい? お前、どうしたんだよ」

らいや:「もう、やっぱり忘れてる!、お母さんから電話があったでしょ?」

あかね:「おふくろ? あぁ、なんかあったな。わりぃ、あの時ちょっと寝不足で覚えてねぇや」

らいや:「あかね、酷いんだから。明後日は私の入学式なんだよ?」

あかね:「入学式? あぁ、そういえばそうだったな。スーツ、消臭しとかねぇと」

らいや:「消臭? まだ煙草吸ってるの? てか、寒いし入れて?」

あかね:「……え、顔見せに来たんじゃないのかよ」

らいや:「そんなわけないでしょ? お母さんが『(兄妹もしくは)姉妹水入らずで』って、気を遣ってくれたんだから。泊まるの、今日!」

あかね:「えっ!? 言ってたか!? それ!」

らいや:「言ってたよ! まったく、何にも覚えてないんだから! ほら、どいてどいて! 今日はあかねの世話を焼くよぉ!」

あかね:「えっ、ちょっ、今日は……!」

らいや:「おっじゃましまーっす!」

(強引に部屋に入るらいや)

あかね:「待って、らい!」

くおん:「おや、いらっしゃい。こんな朝早くに、お客さんかな?」

らいや:「へ? ……えっ、えぇえぇ!?」

あかね:「おい、らい、勝手に……——」

らいや:「あかねが、(女もしくは)男の人を連れ込んでるうぅぅぅ!?」


***


あかね:「すみません、師匠。妹が勝手に……」

らいや:「ちゃんと告知してたもん……。恋人が出来たなんて聞いてないもん……」

あかね:「ちげぇって!」

くおん:「ふふふ、気にしなくていいよ。勘違いをされても仕方がない間柄ではあるからね」

らいや:「勘違いされても仕方ない間柄!?」

あかね:「あぁすっげぇ語弊ごへい! お前が思ってるような関係じゃねぇよ!」

らいや:「じゃあ、どういう関係なの! 説明してよ、あかね!」

あかね:「馬鹿、そんなんじゃ! あぁもう、どこから説明すりゃいいんだ……」

くおん:「ふふふ、仲がいいんだねぇ。あかね、私から話そうか?」

あかね:「いや、ちゃんとアタシから話すっす!」

らいや:「2人はどこまで進んだの? チューはしたの!? チューは! ……まさか、それ以上の……——」

あかね:「——待て待て、誤解だ、バカ! この人は恋人じゃねぇ!」

らいや:「えぇ!? 恋人じゃないのにそういう……——」

あかね:「ちげぇって! えぇと、なんつーか……アタシの先生っつーか、上司っつーか……」

らいや:「怪しい……」

あかね:「怪しくなんか……! まぁ、怪しく見えるか。えぇと……」

らいや:「まず、名前、聞いてないんだけど」

あかね:「馬鹿お前、アタシがお世話になってる人だぞ。お前が先に挨拶しろよ」

らいや:「ふんっ」

あかね:「らい……」

くおん:「ふふふ」

あかね:「すみません、師匠……。こいつは、乙木おとぎ らいや。5つ下の妹です。確か、前にも話しましたよね。家に顔を出しても、会ってくれない妹がいるって」

くおん:「あぁ、話は聞いているよ。らいやさん。私は、久遠 光軌くおん みつき。久しく遠い、に、光のわだちと書いて、久遠 光軌くおん みつきだ。4年前から、(お兄さんもしくは)お姉さんの面倒を見させてもらっている」

らいや:「あかねとは、どんな関係なんですか」

くおん:「……。あかね、あの話は?」

あかね:「詳しくはしてないっす」

くおん:「分かった。……私は、あかねの上司でね。あかねが家を出た時に、縁があって、私が務めている会社に就職して貰ったんだ。ここはその社宅だよ」

らいや:「……縁があってって、どういう意味ですか」

あかね:「らい、もういいだろ」

らいや:「よくない! こんな胡散臭うさんくさい人に、あかねを取られてるんだよ?」

あかね:「取られてなんかねぇだろ! ちゃんと月に1回は帰ってる! そもそも、帰ったって全く会ってくれなかったじゃねぇか!」

らいや:「だって、ふうかのことだってあったし……。それに、あかねが大学を諦めたのは……ッ!」

あかね:「らい!」

くおん:「あかね」

あかね:「ッ……!」

くおん:「今日はせっかくのお休みだ。2人で、いつもの喫茶店にでも行って来たらどうだい?」

あかね:「えっ、休みって……師匠、今日アタシ……」

くおん:「あかね」

あかね:「っ………」

くおん:「行っておいで。私は、職場に顔を出さなければならないからね」

あかね:「……分かりました、ありがとうございます。……らい、師匠もこう言ってくれてるし、茶でもどうだ?」

らいや:「……パフェ」

あかね:「ん?」

らいや:「特大のいちごパフェ」

あかね:「……わぁったよ。食い過ぎは無しな」

らいや:「…………」

あかね:「……わぁった! いくらでも食え!!」

らいや:「ふん」

あかね:「……じゃあ、すみません、師匠。夕方には戻ってくるので」

くおん:「あぁ、いってらっしゃい」


***


(喫茶店にて)


らいや:「うんみゃ~~~!!! こんなところに、こんな最高なお店があったなんて! あかね、なんで教えてくれなかったの?」

あかね:「別に、お前が頻繁ひんぱんに来てれば教えてたよ」

らいや:「独り占めはよくないんだよぉ?」

あかね:「よく言うぜ。2年前までは一丁前に反抗期だったくせに」

らいや:「反抗期じゃありません~」

あかね:「去年なんか、受験期だって言って顔も合わせてくれなかったのに。急にどうしたんだよ」

らいや:「別にぃ? あかねが入学式に来るって言うから、ちょっと様子が気になっちゃっただけ。まさか、あんな怪しい人と暮らしてたなんてね」

あかね:「ばっ、暮らしてねぇよ! 昨日、遅くまで一緒に仕事してただけ! その流れで2人とも寝落ちしたんだよ! 怪しいこともやましいこともしてねぇから!」

らいや:「ほんとかなぁ?」

あかね:「ほんとだっての! ……で? 最近どうなんだよ」

らいや:「私?」

あかね:「あぁ、お前。変な奴とつるんだりしてねぇだろうな?」

らいや:「そんな、あかねじゃないんだから」

あかね:「もう、しつこいって!」

らいや:「私は……幸せだよ? 前みたいな、怪奇現象とかストーカーとか、そういうの全くなくなったし。口うるさい(兄妹もしくは)姉妹もいないし?」

あかね:「誰が口うるさいだよ。……まぁ、幸せならそれでいい」

らいや:「きっとね、ふうかが私のこと守ってくれてるんだよ? お父さんとお母さんはお仕事で忙しいし、あかねは私を置いて行っちゃうし。私って、か弱いし?」

あかね:「はいはい、そーかよ」

らいや:「酷い、なにその反応! そっちは! 最近どうなのよ!」

あかね:「え? ご覧の通りだけど?」

らいや:「そうじゃなくて……いや、そうなんだけど……。あぁもう! 分かるでしょ!」

あかね:「心配すんなよ。前は好き勝手やってたけど、アタシももう大人。お前にパフェ食わせてやれるくらいには稼いでる。ふうかのことも引きずってねぇし、ぼちぼち元気にやってるよ」

らいや:「ふぅん。でも、煙草は辞めてないんだね」

あかね:「煙草は……あれだよ。ちょっと事情があんだよ」

らいや:「ふぅん……」

あかね:「…………」

らいや:「…………ねぇ、あかね」

あかね:「ん?」

らいや:「私さ、あかねが出て行ってから、ずっとあかねとふうかのこと、考えないようにしてたんだ」

あかね:「…………」

らいや:「ある日突然居なくなって、離れて行っちゃって」

あかね:「……」

(らいや、食べながら喋る)

らいや:「だから、知りたいの。ふうかのこと。あの日、何があったのか。あかねは今、何をしてるのか。……あの人とは、どんな関係なのか。高校生になる前に、知っておきたい」

あかね:「らい……」

らいや:「べ、別に、どうしてもってわけじゃ、ない……けど」

あかね:「……らい、パフェ食い終わりそうか?」

らいや:「ふぇ? うん」

あかね:「食い終わったら、場所変えるぞ」

らいや:「ふぁーい!」

あかね:「飲み込んでから喋れ!」

らいや:「ふぁーい!」


***


(寂れた公園)


あかね:「……あの日、何が起こったか、だよな」

らいや:「うん……」

あかね:「……らい、これから話すことは非現実的なことだ。でも、あたしは一切嘘をつかない。それを踏まえて、聞いてくれるか?」

らいや:「……うん。きっと、高校生になる前に知っておかなきゃいけないと思う。どんな話でも、頑張って受け止めるよ」

あかね:「……あの日は、アタシが師匠と出会った日でもある。高校で大学の合格通知を見て、家族には、一丁前に『家に帰るまで内緒』とか言って。皆の喜ぶ顔とか、春からの大学生活とか、そういうのを想像して、ウキウキで帰ってた時だった。玄関の扉に手をかけると、家の中から、ふうかの悲鳴が聞こえたんだ」


***


あかね:「今の声って……ふうかの……? ふうか……!」

(急いで玄関のドアを開ける)

あかね:「ッ……!」

くおん:「…………ふふ」

(姿を消す妖怪)

あかね:「……今の、何だ? もしかして……! ふうか! らいや!」

(リビングへ進む)

(ふうかが倒れている)

あかね:「っ……! ふうか……!」

(あかね、ふうかに駆け寄る)

あかね:「(肩をゆすりながら)おい、ふうか! ふうか……!……ッ、ふう、か」

(ふうかの手に、紙が握らされている)

あかね:「これは……? (紙を手に取り)『我が手に落ちぬ小童こわっぱ。我、魂を強奪ごうだつせしめん。その命、仕留めたりて、わざわいを封ず。御伽おとぎの時は近し。我、必ず再来せん』……なんだ、これ……」

ふうか:「ぅ……ウゥ……」

あかね:「……! ふうか!」

ふうか:「ウゥウウ……」

あかね:「生きてたっ……良かった! 今、救急車呼ぶからな! ちょっと待ってろ!」

ふうか:「ウオォォォォォ!!!!」

あかね:「ッ……!」

(二人の間に割って入るくおん)

くおん:「待て」

(ふうか、動きが止まる)

あかね:「な、何が……」

(くおん、煙管を吸い、吐き出す)

くおん:「風の香りは遥かな調べ。渦巻く悪風あくふうたわむれれ遊び、亡者もうじゃを救う神渡しとなる。……迷える魂は、光の差す道へお帰りなさい。紫煙しえん拾慈悪瞑じゅうじあくめんかい


***


あかね:「……ふうかは、何者かに殺された後、モノノ怪に憑りつかれていたらしい。そのモノノ怪に殺されそうになっていたアタシを、師匠が助けてくれたんだ」

らいや:「…………」

あかね:「……アタシはふうかのかたきを取りたくて、師匠……久遠 光軌くおん みつきに弟子入りをした。今は、師匠が勤めている怪異・妖相談事務所で修行中だ」

らいや:「…………」

あかね:「煙草を吸ってる理由は……」

らいや:「……なんで」

あかね:「ん?」

らいや:「なんで、いままで話してくれなかったの?」

あかね:「なんでって……」

らいや:「ふうかは! 私の双子の妹で……っ、あの日、私はふうかを家に置いて、1人で勝手にあかねの合格祝いを買いに行ってて! っ、私だって、ふうかと同じように変なモノに悩まされててっ!」

あかね:「らい……」

らいや:「あの日、状況が違えば、2人とも死んでいたかもしれない! 死んでいたのは、私だったかもしれない! ……なのに、なのにっ、なんでそんな大事なこと黙ってたの!?」

あかね:「…………」

らいや:「私だってっ……私だって、ふうかのかたきを取りたいよ!!!」

あかね:「…………らい」

らいや:「っ……ごめん、帰るね」

あかね:「らい、待ってくれよ」

らいや:「入学式も、来なくていいから。もう、家にも顔出さないで」

あかね:「……らい」

らいや:「私に、構わなくていいから!」

(らいや、走り去る)

あかね:「らい!!!!」


***


らいや:「お父さんも、お母さんも、ふうかとあかねのことばっかり……! 私は腫物はれもの扱いで、何にも教えてくれなくて……! あかねも、私よりふうかのことを考えて……! 私なんか、居なくたっていいんだ……!」

(らいや、あかねの家に入る。鍵はかかっていない)

らいや:「……これ、渡しにきただけなのにな」

(らいや、視界の端に煙草を見つける)

らいや:「……煙草が落ちてる。……っ、こんなもの!」

(踏みつける。同時に、黒いモヤがらいやを包む)

らいや:「っ、何!?」

(玄関の扉が開く)

くおん:「死後の御伽おとぎわざわいの到来……」


***


あかね:「……はぁ。あいつ、荷物置きっぱで帰ったんじゃねぇか? まぁ、実家に帰る度にこっそり護符貼ってるから、変なことには巻き込まれて無ェみたいだけどよ」


***


くおん:「……迷える魂は、光の差す道へお帰りなさい。紫煙しえん拾慈悪瞑じゅうじあくめんかい

(十字架風の光がふうかに直撃する)

ふうか:「ウオォォォォ!」

(ふうかは倒れ、紫色の煙がくおんの持つ護符に吸い込まれる)

あかね:「ふうかから、モヤが……! それが、紙切れに吸い込まれて……? アンタ、何やってんだ! っ、おい! ふうか、ふうか!!!」

くおん:「この子は」

あかね:「……っ!」

くおん:「モノノ怪に憑りつかれていたみたいだね。君、怪我は?」

あかね:「アンタ、何者だ!? ふうかに……妹に、一体何をしたんだ!? 妹は生きてるのか!?」

くおん:「おやおや」

あかね:「なぁ、ふうかは………」

くおん:「亡くなっているみたいだね」

あかね:「…………っ!」

くおん:「詳しいことは分からないけれど、恐らく、亡くなったこの子の体に、モノノ怪が乗り移ってしまったんだろう。この傷の具合からしても、この子の命を奪ったのは——」

あかね:「——そんな……どうして……ッ」

くおん:「ここまでの力を持っているとなると、このモノノ怪はきっと、今まで沢山の力を取り込んできたのだろう。もしかするとまだ、どこかで……」

あかね:「……なんで」

くおん:「……ん?」

あかね:「なんで、もっと早く来てくれなかったんだ」

くおん:「…………」

あかね:「ッ……助けてくれた人に、こんなこと言いたくないけどっ……。でも、アンタがもっと早く来てくれていたら、きっとこんなことには——」

(くおん、あかねの頬を叩く)

あかね:「ッ……!」

くおん:「敵をたがえてはいけないよ。……ここへ来るのが遅れてしまったことはびよう。だが、この子を殺したのは私ではなくモノノ怪だ」

あかね:「…………」

くおん:「世界の全てが敵に見える時。それは大抵、自分があやまちを犯そうとしている時だ。妹を失って悲観してしまうのはわかる。だが、それによって正しい道をれてしまっては、亡くなってしまった妹さんが、浮かばれないのではないだろうか?」

あかね:「っ、悪かった……」

くおん:「……この子は、亡き後も随分と特別な気をまとっているねぇ」

あかね:「特別な気……」

くおん:「これ以上憑りつかれてしまわないように、護符を貼ってあげよう。君は警察に通報をして、ご両親に早くこのことを——」

あかね:「——なぁ」

くおん:「うん?」

あかね:「ふうかは、特別な気をまとっていたから、殺されたんだよな」

くおん:「あぁ、そうだと思うよ」

あかね:「アタシには、もう1人妹がいる」

くおん:「ほう」

あかね:「そいつは、ふうかの双子の妹で、ふうかと同じように、ストーカーとか怪奇現象に悩まされているんだ」

くおん:「…………」

あかね:「ふうかが握っていた紙に『必ず再来する』って書いてあった。……もし、このまま何もしなかったら、双子の妹も……らいやも、殺されちまうのか?」

くおん:「……可能性は、低くないだろうね」

あかね:「どうすれば、守れる?」

くおん:「守れる……。家族を失ったばかりの(少年または)少女が、己の感情より妹の心配を……」

あかね:「なぁ、どうすればいい」

くおん:「定期的に護符を貼れば、永続的に守ることが出来るが……。君、名前は何というんだい」

あかね:「は……。っ、乙木おとぎあかね」

くおん:「私は久遠 光軌くおん みつき。もし本当に、妹を守る意思があるならば……」

(くおん、あかねに名刺を差し出す)

あかね:「これは……?」

くおん:「私の名刺だ。この番号に掛けて来なさい。だが、その前に。まずは、警察とご家族に連絡をして、妹さんを十分にとむらうと良い。モノノ怪のことは隠しておくように。精神病院に入りたくなければね」

あかね:「…………」

くおん:「では、私は失礼するよ」

あかね:「っ、久遠光軌くおんみつき!」

くおん:「……なんだい?」

あかね:「ふうかをとむらって、ここに電話をしたら、護符を作る方法を教えてくれるのか!?」

くおん:「…………」

あかね:「ここ、会社だよな? 怪異・妖相談事務所? それ、アタシも入れて貰えるのか!?」

くおん:「…………全ては」

あかね:「…………?」

くおん:「また改めて話そう。連絡、待っているよ」

あかね:「…………」


***


あかね:「……言えるわけねぇよな。『お前を守る為に、家を出た』なんてよ」

(ドアノブを回す)

あかね:「ん、鍵があけっぱだ。師匠がまだいんのか? それとも、らいか?」

(あかね、家の中に入る)

あかね:「戻りまし……た!?」

(苦しむらいやを介抱するくおん)

あかね:「らい! 師匠、らいは……!」

くおん:「どうやら、落ちていた煙草を踏んでしまったようだねぇ。これは、モノノ怪の力を封じたもの。訓練のない人が触れてしまえば、その邪気にてられて苦しむ。油断したね」

あかね:「らい……。すみません、師匠。アタシのせいで」

くおん:「仕方がないさ。ある程度の介抱かいほうはしておいたから、じきに目を覚ますだろう。あぁ、後、らいやさん。これを手に握っていたよ」

(くおん、3つのネックレスを渡す)

あかね:「これは……」

くおん:「恐らく、君へのプレゼントだろうねぇ。3つを合わせると『サンセット』……太陽の形になる」

あかね:「3つで1つ……。らいやと、アタシと、ふうか……」

くおん:「明後日が入学式だろう? らいやさんが目を覚ましたら、2人で実家に帰りなさい。スーツも忘れずに」

あかね:「え……でも、仕事は」

くおん:「あかね」

あかね:「……っす」

くおん:「私は、これから事務所へ戻ることにするよ。くれぐれも、この世界へ入った理由を忘れないように」

あかね:「ありがとうございます……」

くおん:「入学式が終わったらまた事務所においで」

あかね:「……っす」


***


らいや:「……んぅ、私……」

あかね:「らい! 大丈夫か? 痛い所とかないか?」

らいや:「あかね……? えっと、私……」

あかね:「よかった。お前、ここで倒れてたんだぞ。今日はここで休んで、明日は2人で家に帰ろう。家に帰って、明日は、家族そろって入学祝いをしよう。な?」

らいや:「あかね、私……。ごめん、酷いこと言っちゃって。えっと、ほんとは、渡したい物があって……」

あかね:「あぁ、受け取ったよ。これだろ?」

らいや:「あれ……どうして持ってるの?」

あかね:「師匠がお前の介抱をしてくれたんだけどな、その時に『らいが握ってた』って」

らいや:「そっか、あの人が助けてくれたんだ……」

あかね:「これ、3つで1つだろ? だから、はい」

(あかね、らいやにネックレスを2つ渡す)

らいや:「あ……」

(らいや、受け取る)

らいや:「なんで2つ?」

あかね:「ふうかは、らいのことを守ってくれてんだろ? じゃあ、ふうかの分を持っとくのはらいじゃないとな?」

らいや:「……意味わかんない」

あかね:「まぁ、どっちにしろアタシが持ってちゃおかしいし、受け取れよ」

らいや:「…………あかね」

あかね:「ん?」

らいや:「……ありがと」

あかね:「…………おう」


***


(入学式当日、玄関の外)

らいや:「お父さん! お母さん! あかね! 今日は私の晴れ舞台なんだから、しっかり見ててよね?」

あかね:「あぁ、分かってるって。遅刻するぞ?」

らいや:「へへ、だって嬉しいんだもんっ。ねぇ、私、可愛い? 制服似合ってる?」

あかね:「へーへー、可愛い可愛い。ほら、行ってこい」

らいや:「もう、冷たいんだから! ……それじゃ、行ってくるね?」

あかね:「あ、らい!」

らいや:「ふぇ? もう、何!」

あかね:「これ、入学祝い」

(あかね、へんてこな手乗りのぬいぐるみを手渡す)

らいや:「ぷっ、あははは! なにこれ、手作り?」

あかね:「わ、笑うな! お、お守りだよ、お守り!」

らいや:「ふふふっ、分かった。ヘンテコなお守りくんを連れて、初登校、行ってくるね?」

あかね:「ヘンテコって言うな! ポケットにでも入れとけ!」

らいや:「はいはーい。じゃあ、また後でね」

あかね:「おうよ! 気ぃつけてな!」

らいや:「うん、行ってきます!」

(らいや、家を出る)

あかね:「ふぅ……じゃ、おふくろ、親父。アタシらも準備すっか!」

(扉を開ける)

くおん:「御伽おとぎの時は近し……」

あかね:「ッ!?」

(あかね、辺りを見渡すが両親以外には誰もいない)

あかね:「……っ、いや、気のせいか。——ん、悪い悪い! すぐ入る! んあ? 虫なんか入んねぇよ! 入ったってすぐ始末してやるって! もう……」


***


(入学式場、入学式開始前)


あかね:「スーツとか着んの久々だ……。ん? わぁってるよ、子供じゃねぇんだし。トイレも行った! ハンカチもある! ったく、いつまでも子ども扱いしやがって……」

(外がざわつき始める)

あかね:「お、外がざわつき始めたってことは、新入生のスタンバイが終わったんじゃねぇか? いよいよだな」

(しかし、外のざわつきが尋常ではない)

あかね:「ん……なんだ、様子が……」

(体育館の扉が吹き飛ぶ)

あかね:「うわぁぁぁっ!!!」

(体育館内が狂乱に包まれる)

あかね:「くそッ……親父! おふくろ! 逃げろ!!! アタシはらいやを……ッ!」

(逆光の中から、ふうからしき人物が現れる)

あかね:「ッ……! あれは……ッ、ふう……か? そんな、どうして……」

(繰り出される風撃で周りの椅子が吹き飛ぶ)

あかね:「……いや、ひるんじまってる暇は無ェ。ふうかはもう死んだ。あれはきっと、ふうかに化けたモノノ怪だ!」

(あかね、煙草を取り出し、咥える)

(手を鳴らし、合掌)

あかね:「乙木式・召喚術! 天よ、地よ、神々よ! 我、怪異の力をこの身にもちい、 怒りの狼煙のろし闘志とうしす! かくてこの地に、人々を救う刀剣とうけんをもたらせ!」

(咥えていた煙草を口から落とす)

あかね:「来い! 今この手に、天明刀てんめいとう!」

(煙草が燃え始め、それが刀となる)

あかね:「ふうかの姿でも関係ねぇ! 人の思い出を壊すバケモンは、アタシが今すぐぶっ倒してやる!」

らいや:「あかね!」

(体育館後方にらいやの姿)

あかね:「らい……! 早く逃げ——」

(ふうか、鋭い風撃を繰り出す)

あかね:「ぐあぁっ……!」

らいや:「あかね!!!!……っ、ふうか? ふうかが、どうして……」

あかね:「ッ……らい、そいつはふうかじゃねぇ! 逃げろッ!!」

(恐怖で足がすくむらいや)

らいや:「っ…………」

あかね:「らい!!!!」

(ふうか、らいやに何か術をかける)

あかね:「らいッ!!! クソッ……!」

(あかね、煙草を取り出そうとする)

らいや:「ッ、はぁ……はぁ……」

あかね:「……らい? おい、らい! 今、助けてや——」

らいや:「私……嫌……」

あかね:「らい!!」

らいや:「あかねっ……」

(らいやのすぐ後ろに人影)

くおん:「楽におなり。乙木おとぎらいや……いや、雷神」

らいや:「うぁああああああっ!!!!」

(叫び、倒れるらいや。それを受け止め、抱きかかえるくおん)

あかね:「は……師匠? どうしてここに……ッ」

くおん:「言ったはずだよ。“御伽おとぎの時は近い”と」

あかね:「そんな、嘘だろ……?」

くおん:「この時を待ちわびていた……風神と雷神が揃う、この時をね」

あかね:「師匠……嘘っすよね? だって、師匠はアタシをこの道に……!」

くおん:「黙れ」

あかね:「ッ……師匠」

くおん:「初めから、狙いは風神と雷神に決まっているだろう。ただの人間など、多少の力を得たところで眼中に無い」

あかね:「神……? 風神、雷神……? 師匠、こんなの……」

くおん:「話にならないね。風神、やれ」

あかね:「……そんな、師匠」

くおん:「悪夢のうずにその根を沈めろ」

あかね:「ッ、天明刀てんめいとう!」

(風撃を耐え凌ぐ)

あかね:「ぐっ……くっ……」

くおん:「フン、しのぐか」

あかね:「なァ、師匠。なんでこんなことするんだよ。アンタは今まで、多くの人々の為に、沢山のモノノ怪を退治してきたじゃねぇか!」

くおん:「…………」

あかね:「なぁ、教えてくれよ。アンタは、今までどんな気持ちでアタシを育ててきたんだ? 何のつもりで、アタシの家族を狙ったんだ? アンタは、一体何者なんだ!?」

くおん:「…………」

あかね:「答えろよ! 師匠!」

くおん:「……付喪神つくもがみを、知っているか?」

あかね:「付喪神つくもがみ?」

くおん:「永く愛用されたものに宿る、神のことだよ。私は、明治時代の外交官が使用していた銅製の煙管きせる、それに宿った善良な付喪神つくもがみだった」

あかね:「師匠が……付喪神つくもがみ?」

くおん:「持ち主はその生涯をかけて私を愛してくれてね。最後の朝、差し込む朝日に煙を透かして『おまえの煙は、自分が辿たどって来た人生に似ている』と、『光軌みつき』の名をくれたんだ」

あかね:「それが、どうして……」

くおん:「第二次世界大戦がはじまり、煙管きせる光軌みつきは金属回収令によって、その姿を拳銃へと変えた。揺蕩たゆたう煙は多くを殺し、神という立場でありながら、私は沢山の命を奪ってしまったんだよ」

あかね:「っ……」

くおん:「そんな私を救ってくださったのが、風神雷神だった。突然、嵐が巻き起こり、銃身じゅうしんに落ちた雷が私を銃から解放してくれたんだ」

あかね:「雷が……」

くおん:「器から解放された時は、天命を受けたのだと思ったよ。『人を殺した償いをしろ』と、『自分を解放してくれた風神雷神につかえろ』と」

あかね:「…………」

くおん:「私は、天命の通りに生きることにした。多くの人を助け、多くの命を守り、あやめた数以上の人々に救いを与えた。風神雷神に誠心誠意つかえ、恩返しをした」

あかね:「師匠、アンタは良い神様。それはわかった。……でも、そんなアンタが、なんでこんな……——」

くおん:「奪われたんだよ。風神雷神の魂を、人間に」

あかね:「奪われた?」

くおん:「風神雷神の名をつけられた遊具が、ある年に事故を起こし、人の命を奪った」

あかね:「…………!」

くおん:「神の寿命は人々の信仰心によって変わる。あの事故によって信仰心が激減してしまった風神雷神は、己の命を悟り、あろうことか輪廻りんねの輪に乗ってしまったんだ」

あかね:「信仰心の減少によって……寿命も……」

くおん:「あかね、おかしな話だとは思わないかい? 今まで神々に救われてきた人間が、神々の名を使い、神々の寿命を削ったんだよ。私は、許せなかった。人間が持つ考えの軽薄さ、風評被害を生み、神の命を奪うその愚かさが」

あかね:「…………」

くおん:「だから私は、正しに来たんだ。人々の愚鈍ぐどんによって曲げられたこの物語を」

(くおん、手を振りかざし、ふうかの姿を風神に変える)

あかね:「ふうかの姿が……変わった」

くおん:「これが、乙木おとぎふうかの真の姿。4年間、力を押さえるのに随分と苦労したよ」

あかね:「……ッ!」

くおん:「君の妹を見た瞬間、私はすぐに、彼女たちが風神雷神の生まれ変わりなのだと分かった。一刻も早く、その肉体から魂を救うつもりだったが、邪魔なモノノ怪がたかっていたのでね。それらを処理するには、怪異・妖相談事務所が一番動きやすかったのさ」

あかね:「つまり、アンタが……。師匠が、ふうかを殺したってことなのか……?」

くおん:「殺したとは人聞きが悪いな。『邪魔な器』から神を解放したと言っていただきたいね」

あかね:「お前ッ!」

(あかね、斬りかかる)

くおん:「おっと」

(くおん、避ける)

くおん:「妹を抱えている私に、斬りかかって来るとはねぇ。次は、盾にさせて貰おうかな」

あかね:「くッ……!」

くおん:「っふふふ。風神を解放したあの日、本当は雷神も解放したかったのだけれど。先に帰って来たのはあかねの方だったからね。接触が難しくなるかと思ったが、妹を失った(兄または)姉は都合が良かった。雷神を引き寄せるために、利用させてもらったよ」

あかね:「師匠……ッ!」

くおん:「さぁ、無駄話はここでおしまいにしよう。冥途めいど土産みやげとしては、もう十分だろうからね」

あかね:「……ッ、なにを」

くおん:「雷風らいふうの荒れる夜が来る。光のわだちも遠くなる、わざわいの夜が、ね」

(辺りが一気に暗くなる)

くおん:「きたる闇夜は永久とわへのしるべとどろ雷鳴らいめいたずさえて、光を穿うが厄災やくさいとならん!」

(らいやの体が宙に浮き、闇に包まれる)

らいや:「御伽おとぎが、始まる」

くおん:「真の姿を現せ! 雷神!」

(らいやの姿が雷神に変わる)

あかね:「そんな、らいやの姿が……!」

くおん:「あぁ、お会いしたかった。風神、雷神……」

らいや:「…………」

くおん:「まだ、魂が肉体から離れない、か。ククク……ならばむしろ、好都合だ。風神と雷神はついの存在。完全な力を取り戻すには、お互いの魂が自由でなければならない。つまり……」

あかね:「……ッ」

くおん:「魂が自由でない今、魂の解放者である私があるじだということだ! さぁ、風神、雷神よ! 魂を縛る憎き(小僧または)小娘に、今、その鉄槌てっついを下せ!」

(風神、雷神、それぞれが攻撃をしてくる)

あかね:「くそッ……!」

(あかね、それを刀でやりすごす)

くおん:「逃げるばかりか! ククク、いつまで持つかな!?」

あかね:「らちがあかねぇ……!一か八か、戦ってみるか?」

(あかね、煙草を咥える)

くおん:「煙草を咥えたって無駄だ! 術を展開する前に、お前は消える!」

あかね:「うるせぇ! やってみねぇと分かんねぇだろ!」

くおん:「随分と威勢のいいことだ。だが、あかね。私はお前の師匠。やることは大概たいがい予想がつく! 風神よ、あかねを拘束しろ!」

(風に拘束されるあかね)

あかね:「しまった、動けな……——」

くおん:「さぁ、雷神! あかね諸共もろとも、力の源である煙草を焼き払ってしまえ!」

(雷神、構える)

あかね:「くっ……! 結界!」

(雷が落ちる)

あかね:「…………」

くおん:「……ふむ、刀を上手く使ったな、あかね」

(煙の中から、結界に守られたあかねが出てくる)

あかね:「はぁ……はぁ……」

くおん:「だが、怪異の力は使えなかったようだ。自分に宿る霊力で乗り切ったみたいだけれど……所詮しょせんは何の力も持たぬ人間。たった4年程度の霊力じゃ、神の力は防ぎきれなかったろう?」

(あかね、片膝をつく)

あかね:「ッ……クソッ……」

くおん:「クク、ハハハ! 悔しいだろう! 攻撃をすれば、妹を危険にさらすこととなる。だが、攻撃をしなければ、成すすべなく殺されることとなる!」

あかね:「…………ッ」

くおん:「……全ての糸を引いているのは、他でもないこの私だ。師に裏切られ、人生を狂わされ、愛する妹に殺される。……あぁ、あかね。お前は本当に可哀そうな子だな」

あかね:「ッ、許さねぇ……」

くおん:「あぁ、そうだろう。師匠である私が、お前を——」

あかね:「——んなこたぁどうだっていい!!!」

くおん:「……ほう?」

あかね:「アタシが怒ってんのは、ふうかとらいやに手を出したことだ!」

くおん:「……随分と、妹想いなことだねぇ」

あかね:「2人の魂がなんだろうと関係無ぇ……。前世が神? 知ったこっちゃねぇ! ふうかも、らいやも『邪魔な器』なんかじゃない。2人ともアタシの家族、この世に生を受けた人間だ!!!」

くおん:「詭弁きべんだね。本来、風神雷神は人間になるべきではない。だから、君の妹を殺した。私は、神の魂を解放したのだよ」

あかね:「詭弁きべん……? 詭弁きべんはどっちだ! 師匠、アンタがやったことは魂の解放なんかじゃない……。れっきとした、殺人だろうが!!!!」

くおん:「…………何?」

あかね:「アンタは、自分の尊敬した神が輪廻りんねの輪に乗って、悲しかったのかもしれない。でもよ、だからといって転生後に命を奪うのは話が違ぇだろ。神だか何だか知らねぇが、転生はアンタの師匠が選んだ道! アンタが一番尊重すべきものじゃねぇのか!」

くおん:「……違う」

あかね:「天命に従ったとは言わせないぜ。アンタがやったことは、ただ、怒りにまれて人の命を奪っただけのこと! 魂を解放した? そんな言葉で、人を殺したことを正当化してんじゃねぇ!」

くおん:「違う……違う違う違う違う違う! 黙れ!!!」

(くおんが手を振りかざす)

(同時に風神雷神が攻撃をしてくる)

あかね:「ぐッ……!」

くおん:「私が! 風神雷神を取り戻すのは! 私の感情の為ではなく! 愚かな人間への報復の為に! 奪われた魂を取り戻すために! それを……お前は! お前は! お前は! ……お前に何が分かる!!!」

あかね:「ぐぁあああっ!」

(刀が折れて消える)

くおん:「はぁ……はぁ……。もはや、お前を守る刀も消え失せたようだな。クク、ハハハ……さぁ、とどめを刺してあげよう。お前を殺した後は……あかね、風神と雷神によって大災害が起こる。人々は死に絶え……神々だけの世界が始まるんだ!!!!!」

あかね:「ぜぇ……ぜぇ……。また、人を殺すのか、師匠。……アンタ、そんなに頑固だったか?」

くおん:「私の考えをみ取れないとは、不肖ふしょうの弟子を持ったものだ。本当に残念だよ、あかね」

あかね:「くそッ……」

くおん:「お別れだ。だが、実力不足を悔やむことはないよ。悔やむのなら、神の(兄または)姉として産まれてしまったことを悔やむと良い」

(くおん、手を振り上げる)

あかね:「ふうか……らいや……」

くおん:「では、さようなら。あかね」

(くおん、手を振り下ろす)

らいや:「…………」

くおん:「……?」

あかね:「ッ……?」

らいや:「……」

くおん:「ッ、どうした、雷神! あかねを殺せ!」

あかね:「……らい、や?」

らいや:「……ない」

くおん:「…………」

らいや:「アンタの言いなりになんか、ならない!」

(くおんに雷が落ちる)

くおん:「ッぐぁあっ!」

らいや:「っ……あかね、これを!」

(らいや、あかねに何か投げる)

あかね:「これは……らいやっ」

くおん:「……このッ……小娘が!!!」

(くおん、らいやに術をかける)

らいや:「きゃっ……!」

くおん:「何故、目を覚ましたんだ! お前自身の意志など、雷神には必要ない! 早く堕ちろ! 邪魔な器が!」

らいや:「うぅ……——」

くおん:「……これで、再び目を覚ますことはないだろう。じきに肉体が消滅し、魂だけがこの世に残る。の強い娘だったが、もはや邪魔は出来まい」

あかね:「人の妹に対して、その言いようはないんじゃねぇか? なぁ? 師匠!」

(あかね、天明刀でくおんに斬りかかる)

くおん:「くッ、何故、刀を……!」

あかね:「らいやがくれたんだよ。アタシに、力を!」

(回想)

あかね:「これ、入学祝い」

(あかね、へんてこな手乗りのぬいぐるみを手渡す)

らいや:「ぷっ、あははは! なにこれ、手作り?」

あかね:「わ、笑うな! お、お守りだよ、お守り!」

らいや:「ふふふっ、分かった。ヘンテコなお守りくんを連れて、初登校、行ってくるね?」

あかね:「ヘンテコって言うな! ポケットにでも入れとけ!」

(回想終わり)

くおん:「クソッ……。どいつも……こいつも……ッ!」

あかね:「フン……邪魔、か?」

くおん:「ッ……私の選択は正しい。私は道をたがえない……。ゆがんだわだちを……私は元に戻すのだ!」

あかね:「ひとつ教えといてやるぜ、師匠」

(あかね、煙草を咥える)

あかね:「世界の全てが敵に見える時っつーのは……」

(あかね、煙草を口から落とす)

あかね:「大抵、自分があやまちを犯そうとしている時だぜ!!!」

(煙草が塵となり、刀に吸収される)

くおん:「その言葉…………!」

あかね:「構えろ、師匠!」

くおん:「くッ……!」

あかね:「これがアタシの……恩返しだ、馬鹿野郎!! 乙木式・展開術! 天よ、地よ、神々よ! 我、怪異の力をこの身にもちい、 たがえた道を光へと誘わん!」

くおん:「風神、雷神よ! 今、その力により、神に逆らう餓鬼がき蹂躙じゅうりんせよ! 紫煙しえん迅雷雄風嵐じんらいゆうふうらん!」

あかね:「活火激発かっかげきはつ火雷ひがみなり!」

(あかね、くおんに一撃を入れる)

あかね:「……現に、そうだろ? 師匠。かつて風神雷神に仕えた理由が、人を殺した償いだったってのによ。アンタは今、か弱い少女の命を奪って、むかし奪った以上の命を、また奪おうとしているんだから。煙管きせるの持ち主だった外交官も、きっとあの世でガッカリしてるぜ?」

くおん:「ぐぁあああっ!!!」

(くおん、膝から崩れ落ちる)

くおん:「私は、風神雷神の為に……!」

あかね:「目的をたがえちゃいけねぇよ、師匠」

くおん:「ッ…………」

あかね:「……さぁ、もう動けねぇだろ? 一旦、事務所に帰んねぇか? アンタもアタシも治療しなきゃなんねぇが……。煙草、切らしちまったんだよ」

くおん:「…………」

あかね:「やっちまったもんはしょうがねぇ。幸い、この騒ぎはモノノ怪の仕業しわざに出来る。らいやを元に戻して、ふうかを天に帰して、また改めてやりなおそ——」

くおん:「やってしまったことは、仕方がない……」

あかね:「んあ? ……あぁ、そうだ。だから……——」

くおん:「——奪った命は、もう戻らない」

あかね:「……師匠?」

くおん:「……こんな物語、望んでいない。こんなゆがんだ結末が受け入れられるはずがない。私の物語に……こんな展開はいらない」

あかね:「……おい、師匠」

くおん:「正そう、この物語を」

(くおん、黒い煙に包まれる)

あかね:「ゲホッ……なんだ、この煙……! 師匠……!」

くおん:「この地にそろいし、風神、雷神よ! 3つの鼓動は今1つとなりて、世界を壊す龍神となる!!!」

(風神、雷神の体が宙に浮く)

くおん:「我が身に宿れ! 煙嵐龍えんらんりゅう・ムラサメ!」

(ふうか、らいや、師匠の姿が1体の龍になる)

あかね:「煙嵐龍えんらんりゅう・ムラサメ……。ふうか、らいや、師匠……!」

くおん:「私のえがいた物語に、バッドエンドなどあり得ない。さぁ、大災害を始めよう。御伽噺おとぎばなしは……お嫌いかな?」

(くおん、天井を突き破って空へ昇る)

あかね:「ッ……師匠! クソッ、煙草もないし、霊力もない……! ここにあるのは、モノノ怪を封印するための護符と、天明刀てんめいとう1本だけ……。こんなんで、どうやって立ち向かえば……!」

(空から何かが落ちてくる)

あかね:「……っ、空から、何か……。(キャッチする)……これは、らいやがくれたネックレスの……ふうかとらいやの分だ。……3つで1つ、太陽の形。……そうか」

(天明刀を、空へ掲げる)

あかね:「ふうかは、風神。風は雲を作り出す。らいやは、雷神。雷は雲の周りにしか発生しない。師匠が風神の力を使ってアタシを殺そうとした時『悪夢のうずに根を沈めろ』といった。悪夢のうずは台風、根は雷。……つまり、雲より上へ行くことが出来れば……」

(あかね、2人の分のネックレスを首に掛ける)

あかね:「太陽の力を刀に借りて、煙嵐龍えんらんりゅうとなった3人を助けることが出来るかもしれない。道はアタシが切り開く。なぜならアタシは……」

(あかね、護符を取り出し、口に咥える)

あかね:「2人の家族で、師匠の弟子なんだから……!」

(音を鳴らして合掌)

あかね:「乙木式・展開術! 天よ、地よ、神々よ! 我、持ちたる全ての力を用い、新たなはなしを切り開く! かくて、我に、大切な人々を救う力を与えたまえ!」

(ここから、場面が転換し合う)

くおん:「さぁ、まずはこの世界を覆う台風を作り上げよう!」

(あかねの周りに風が吹き荒れる)

あかね:「師匠は、アタシと同じだった……大切な人を失って、正しい判断が出来なくなっていた……!」

くおん:「次は、雷だ……。あぁ、かつての持ち主よ、見ていますか! これから、光が世界を包む! そうしたら貴方も……喜んでくださるでしょう?」

(あかねの周りに、雷が発生し始める)

あかね:「師匠がやったことは許せない、失った命も戻らない……。でも、だからといって、師匠に貰った沢山の知識や思い出が消えてしまうわけじゃない!」

くおん:「もう、間違いは起こしません……。神々の世界を作り上げ、風神雷神を解放したら、きっと……! 私もすぐに、貴方の元へ……」

(あかねの周りを、赤い煙が覆い始める)

あかね:「人は間違いを起こす。歴史は何度だって繰り返す……。でも、こんな御伽噺おとぎばなし、例え正しくったってアタシらの道の上には必要ない!!!」

くおん:「……あぁ、もうすぐ、世界が終わる…………」

(あかねの周りが、静寂に変わる)

あかね:「……だからッ、届け! アタシの……人間の、想い!!!!!!」

(あかねの姿が空へ昇る)

あかね:「はぁぁぁぁあああああああッッ!!!!!」

くおん:「……ッ、お前ッ!」

あかね:「風過ふうかの調べは天へと帰り、来夜らいやしるべは地上へ戻る! この手に宿った天命てんめいは、新たなわだちへの光とならん!」

(咥えていた護符が、光となって刀へ吸い込まれる)

あかね:「正しい道へ帰ろう、師匠!!!」

くおん:「ッ……!」

(あかね、刀を構える)

あかね:「紅煙烈火こうえんれっか……明峯光軌あかねみつつき!!!!」

(龍の体を切り裂く)

くおん:「ぐわぁぁぁああああ!!!!!」

あかね:「……御伽噺おとぎばなしは、もうお終いだ……!」


***


あかね:「————………」

らいや:「……ね、……かね、あかね!」

あかね:「……ん……ここ、は」

らいや:「はっ……よかった、あかね!」

(あかねに抱き着くらいや)

あかね:「うあっ!? ……らいや。ここは、校門か? 師匠は……」

くおん:「……何故」

あかね:「……師匠!」

くおん:「何故、何の力も持たぬ人間に……あれほどの力が」

あかね:「……師匠、その姿……もう、立てな——」

くおん:「教えてくれ、あかね。どうして、あれほどの力を得た。どうして、私を越えることが出来た」

あかね:「…………」

らいや:「……想い、よ」

あかね:「らいや」

くおん:「……想い?」

らいや:「神の力が信仰心によって変わるなら、あかねの持つ力だって、あかね自身の想いで変わるはずだわ」

あかね:「……らいや」

くおん:「……想い、か。なぁ、私の想いは、そんなに弱かったのだろうか」

らいや:「それは——」

あかね:「らいや」

らいや:「っ……」

くおん:「……教えてくれ」

らいや:「…………」

あかね:「……少なくとも」

らいや:「……?」

あかね:「少なくとも、弱くはなかった」

くおん:「では、何故……」

あかね:「でも、アンタはやっちゃいけないことをした」

くおん:「……っ」

あかね:「アンタやアタシがどれだけ悔やんでも、死んだ人間は戻ってこない。風神や雷神は、アンタの言ったやり方で戻ったのかもしれねぇが、ふうかはもう、帰ってこないんだ」

らいや:「…………」

くおん:「…………」

あかね:「まぁ、過ぎたことは変わらねぇしさ。またこれから、正しい道に戻ったらいいんじゃねぇの?」

らいや:「……!」

くおん:「…………!」

あかね:「アンタの名前は久遠 光軌くおん みつき。光にわだち光軌みつきだろ? 1度道をたがえても、最後にはきっと光に戻る。……だからよ、またアタシと一緒に、怪異・妖相談事務所、戻ってくれや。……な? 師匠?」

らいや:「あかね……」

くおん:「……あかねは。…………あかねは、私の正体を知ってもなお、私がやってしまったことを知ってもなお、私のことをまだ、師匠と呼んでくれるのだね」

あかね:「……おう」

くおん:「……ありがとう、あかね」

あかね:「……」

くおん:「しかし…………」

あかね:「……?」

くおん:「お別れのようだ」

(くおんの体が徐々に煙となっていく)

あかね:「……ッ師匠、体が!」

くおん:「私が背負ったごうは、それほどまでに深いようだよ」

あかね:「そんな……師匠!」

くおん:「すまないね……あかね。本当は、明るい道を進むはずだったというのに」

あかね:「師匠……っ」

らいや:「……で」

くおん:「……?」

あかね:「らいや?」

らいや:「ふざけないでっ!!! ふうかを殺して、私とあかねの人生をめちゃくちゃにしてっ! それでおさらばだなんて、虫が良すぎないっ!? 償ってよっ! 今世で、その罪を償って!」

あかね:「らいや!!!」

くおん:「……あぁ、そうできたら、どれほどよかっただろうねぇ」

らいや:「っ……!」

くおん:「らいやさん、あかねの刀が1度折れてしまった時……君が雷神の意識から『らいや』として目覚めた時、あかねへ、何か投げただろう?」

らいや:「……あかねにもらった、お守り」

あかね:「あの時……お守りがなかったら、アタシは死んでた」

くおん:「……あぁ、そうだ。君が目覚めていなければ、あかねは死んでいて、私はそのまま沢山の命を奪っていただろう」

らいや:「…………」

くおん:「らいやさん。私は、君のおかげで罪を重ねなくて済んだ。本当に、感謝しているよ……。ありがとう」

らいや:「……そんなこと言われたって、やったことは変わらな——」

あかね:「——らいや」

らいや:「……っ」

あかね:「ひとつだけ、方法がある」

くおん:「あかね」

らいや:「方法……?」

くおん:「もういいんだ、あかね。私は……」

あかね:「ここに、モノノ怪を封印する護符がある」

くおん:「…………」

らいや:「それで、一体どうなるの?」

あかね:「……この護符は、モノノ怪の力を封印するもの。そうして封印した力を、アタシらみたいな弱い術者は取り込んで自分の力にする」

らいや:「それの何が……。……ッ!」

あかね:「……あぁ、護符に封じられたモノノ怪は、魂を封じられたことと同じ状態になる。つまり、護符によって力を取り込まれるということは、魂ごと力を取り込まれることになるんだ」

らいや:「この人を……取り込むつもり?」

くおん:「あかね、私は神だ。その方法で上手くいくか……」

あかね:「うるせぇ、馬鹿師匠。やってみなきゃ分かんねぇだろ」

くおん:「…………」

あかね:「アンタはアタシの人生をめちゃくちゃにしたんだ。最後まで付き合ってくれなきゃ、かつての持ち主も浮かばれねぇぜ?」

くおん:「………全く、本当に私の言うことを聞かない。不肖ふしょうの弟子を持ってしまったものだ」

あかね:「フン、どっかの馬鹿に似たんすよ」

くおん:「口の悪さは、私でも敵わないよ」

らいや:「…………」

くおん:「……あかね。私の贖罪しょくざいに付き合わせてしまうようで、すまないね」

あかね:「そう思うんなら、ちゃんと明るい道を歩ませてくださいよ?」

くおん:「……あぁ、今度こそ、道をたがえない。私はあかねの力となって、必ず、あかねに幸せな人生を歩ませよう。それこそ、御伽噺おとぎばなしのようにね」

あかね:「……へへ、期待しないで待ってるっすよ」

(あかね、護符を取り出す)

くおん:「……あぁ」

あかね:「………乙木式・封印術。天よ、地よ、神々よ……。我、怪異の力を封じるために、拾いし魂をいつくしもう。かくて、悪気あっきを払いて冥界めいかいへの道をこの護符に繋げたまえ。……師匠」

くおん:「…………あかね」

あかね:「師匠……。ありがとう、ございました……っ」

くおん:「…………ありがとう」

あかね:「……紅煙こうえん軌岐拾嶺ききしゅうりょういん

(くおんの体が煙となって、護符に吸い込まれる)

あかね:「…………」

らいや:「…………あかね」

(護符が煙草へと姿を変える)

あかね:「…………すぅ……はぁ……。うん。……はぁー! それにしても、らいの入学式、台無しにしちまったな!」

らいや:「……え?」

あかね:「体育館も、こんだけでけぇ穴が天井にポッカリなわけだから、きっとしばらくは使えねぇだろう! それでも授業は何週間かで始まるんだろうけどな!」

らいや:「あ、あかね……?」

あかね:「おふくろたち、家に帰ってっかな。らいや、煙草吸って家に帰っか!」

らいや:「でも、その煙草は……」

あかね:「……いいんだよ」

らいや:「あかね……」

あかね:「……この町には、アタシが煙草を吸う理由がまだ残ってるからな!」

らいや:「……私にも、その力、教えて」

あかね:「おーおー、教えてやる。煙草を吸える歳になったらな」

らいや:「……煙草は、体に悪いからね。あかねに煙草を辞めさせるためにも、私、すぐに追いついてやるんだから」

あかね:「……おう、そうだな。早く追いついてこい! アタシが煙草を辞める時には、きっと……」

(言い淀むあかねの肩に手を置くらいや)

らいや:「……うん、きっと」

あかね:「……じゃあ、いくか!」

らいや:「……うん!」


——シガレット・ファイト 完

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