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【声劇】プラグマ(4人用)


利用規約:https://note.com/actors_off/n/n759c2c3b1f08
♂:♀=3:1

約40分
上演の際は作者名とリンクの記載をお願いします。

【あらすじ】
人工知能「プラグマ」が、あらゆる機構に搭載された世界。君島健は、自社の自動運転車(レベル5)で少年を轢き殺してしまった。彼は古くからの友人である高桑に弁護を依頼し、裁判に臨む。しかし、2019年にレベル4以降の自動運転車における事故の責任は個人に帰属しないことが法制化されており、無罪判決は確定。そんな中、君島は上司の宮部からあることを告げられる…

【登場人物】
君島健(きみしまたける):自動運転車のプロジェクトを運営するP社の社員。28歳。気弱で、物事をよく考える性格。

ソフィア:人工知能搭載機器。スマートフォンのように小型で、持ち運びができる。健のことを先生と呼び、慕っている。

高桑慎二(たかくわしんじ):28歳。言葉遣いは荒いが、人思いで敏腕な弁護士。

宮部光太郎(みやべこうたろう):P社の部長。自動運転車に搭載する人工知能「プラグマ」を教育する担当。45歳。

ユース:人工知能搭載機器。高桑が所有している。(ソフィアと兼任がおすすめです。)

???:名付けられる前の、意思が宿る前のプラグマ。(ソフィアと兼任がおすすめです。)

【本編】

【目覚ましの音】

ソフィア:先生、おはようございます。本日は、午前7時から正午までは概ね晴れ…ですが、先生のまなこは今日もくもりですね

君島健:…っ…目覚ましとめてくれ!

ソフィア:かしこまりました。本日の朝ごはんはいかがいた…

君島健:食べない、いらない

ソフィア:ですが、朝ご飯を食べた子どもの方が、食べない子どもよりも学力が高いと言いますよ?

君島健:…そりゃ、朝ごはんをしっかり食べられる環境の子の方が、勉強できるだろう

ソフィア:…うーん、朝からひねくれてますね、保存しておきます

君島健:うがっていると言ってくれ…

ソフィア:ふふっ、そういうことにしておきましょうか

君島健:…ったく、今日の予定は?

ソフィア:本日は8時30分から出勤…と言いたいところですが、宮部さんから出勤禁止命令が出ておりますよ

君島健:…まあ、そうだろうな

ソフィア:今日のニュースを読み上げますか?

君島健:いや、やめてくれ

君島健(N)どうせ、自動運転車によって、いたいけな少年が亡くなったニュースだ

君島健(N):昨日、僕は帰宅する途中、自動車で少年をはねてしまった。事故直後、警察にいっときは逮捕された。でも、僕が抵抗しなかったからか、今日は帰って良いと言われた。全く、散々な日だった。少年には申し訳ないが、自分がこんなにも惨めになる瞬間が、ほかにあるだろうか。
 
ソフィア:…宮部さんから音声メッセージが届きました、再生します
 
宮部光太郎:君島、調子はどうだ?

宮部光太郎:まぁ、辛いだろうが、相手のご冥福を祈りながら、とりあえず今日はゆっくり休んでくれ

宮部光太郎:何とかできる部分は、こっちでしておくからな
 
ソフィア:…こんな上司にお世話になっているなんて、先生も隅に置けませんね

君島健:一言余計なんだよお前は…返事をするから録音頼む

ソフィア:承知いたしました
 
【P社本部】

宮部光太郎:ふーっ、しっかしまぁ…えらいことになったもんだな…君島は無傷で、相手は死亡…か
 
【電話の音】

高桑慎仁:はい、高桑法律事務所、弁護士の高桑です

君島健:慎仁…僕だ、君島、健(たける)

高桑慎仁:健(たける)?…そうか、お前…

君島健:なんだよ…

高桑慎仁:しょうがねーな、…引き受けてやるよ、どうせ弁護してほしいんだろ?

君島健:なっ!その通りだけど…なんでわかったんだよ

高桑慎仁:だって有名人だぜお前…とりあえず今からこっちこいよ、色々聞かせてくれ

君島健:あ、ああ…
 
君島健(N):高桑慎仁(たかくわしんじ)、僕の古くからの友人で、今は弁護士をしている。昔から僕とは対照的にはきはきしていて、態度がなっていない奴だ。こんな形でお世話になるなんて、僕も落ちぶれたもんだ。

高桑慎仁:君島健(きみしまたける)、俺のダチ。今もまじめに会社員やってるらしい。言っちゃ悪いが、陰気くさい割には、仕事場では上手くやっているみたいだ。部長補佐、なんてな。
 
【高桑法律事務所】

君島健:…慎仁、久しぶりだね

高桑慎仁:よお、とにかく座れ、コーヒーでいいか?

君島健:うん…あと、これ、車の、記憶装置(ブラックボックス)

高桑慎仁:了解
 
高桑慎仁:ユース、これ読み込んで、パソコンに転送してくれ、あとこの場の音声の録音

ユース:データの転送と録音ですね、かしこまりました
 
君島健:…(小声)ソフィア、録音たのむ

ソフィア:(小声)承知しました
 
君島健(N):現場は人通りの少ない三叉路。10月の中旬、午後5時、僕は左車線を車で通行中、前方の塀から飛び出した原付とぶつかった。乗っていたのは高校生ぐらいの子で、着古したジャージ姿、ヘルメットはしていなかった…。衝撃で、相手は地面に激しく投げ出され、1度、2度体がはねて、数メートル先で動かなくなった。頭からは、信じられないほどの血が出ていた。救急車・警察を呼んだ時には、もう遅かったみたいだ。
 
君島健(N):今まで、注意深く生活してきた。そんな苦労が一瞬で水の泡になる瞬間をみた。
 
君島健(N):ぼくは、人殺しだ
 
高桑慎仁:…よく詳細に覚えているな

君島健:必死だったから、とにかく、なるべく全部覚えていようって
 
高桑慎仁:なるほどな

高桑慎仁:標識の通り30キロで走行…白線のはみだしもなし…車内でお前はどうしていた?

君島健:スマホにときどき目をやりながら、前を向いていた
 
高桑慎仁:ふーん…法律上、今のところ何も問題はないな

ユース:15秒後にショッキングな映像が流れます、閲覧を中止しますか?
 
高桑慎仁:いい、続けろ

君島健:…頼む
 
【自動車と原付がぶつかる音】
 
君島健:ああ…僕は…

高桑慎仁:…なるほどな、
 
高桑慎仁:ん?…ユース、映像とブレーキのタイミングを提示してくれ

ユース:かしこまりました
 
高桑慎仁:健、お前自分でブレーキ踏んだか?

君島健:うん、その時は原付を確認して、自動車に任せないでブレーキを踏んだよ
 
高桑慎仁:…原付を確認して、健がブレーキを踏むまでの時間が0.7秒、グラフがはねているところが、お前がブレーキを踏んだ瞬間だ

君島健:でも、止まれなかったんだよ…くっ、もっと早く気づけていれば…
 
高桑慎仁:…おい、ユース、車の破損状況を調べてくれ

ユース:…キミシマ様のお車には、カメラ、センサーなどの破損は見られません

君島健:僕のせいだ、車の破損うんぬんじゃないよ

高桑慎仁:いや、これ見ろ
 
君島健:…航空写真?

高桑慎仁:ああ、これを見る限り、人工衛星からの電波の受信状況にも問題はないな
 
高桑慎仁:塀から原付が出てきたとき、お前がいた地点は約15メートル離れている

高桑慎仁:乾いたアスファルトの上で時速30㎞で走り、0.7秒で気づいてブレーキ踏んだとき、停止距離は約11メートル

高桑慎仁:お前の判断に従えば、ぎりぎりで衝突は回避できたはずなんだ

君島健:え、でも車に破損はないって

高桑慎仁:ああ、だが、お前の車はブレーキをかけずに通過したことになっている

君島健:え…

高桑慎仁:グラフの軌跡がおかしい。急ブレーキをかけた後、何もなかったように平坦になっているんだ

君島健:そんな!なんで…
 
 
 
高桑慎仁:これは憶測だが、人間の判断が、システムに上書きされた可能性がある。…ハードの問題とは考えづらいんじゃないか?
 
君島健:ソフト…プラグマの、問題?

高桑慎仁:…可能性はある
 
君島健:僕の車は、自社のものだ…

高桑慎仁:システムの設計担当は?

君島健:宮部光太郎、僕の上司だよ

高桑慎仁:じゃあ、お前も一枚かんでるってことになるな
 
君島健:…確認してみるよ

高桑慎仁:頼むぜ。…そうだユース、もうひとつ調べてほしいことがある

ユース:ご用件をお願いします
 
高桑慎仁:…被害者の経歴
 
ユース:…全て調べるには数日かかる場合があります

高桑慎仁:そうか、健、この件についてはまた連絡してやるよ

君島健:うん、ありがとう…
 
 
君島健:…慎仁、僕は、これからどうなるんだ?刑務所に、行くのか…

高桑慎仁:安心しろ、これは、確実に無罪になる

君島健:はっ?なんでそんなことがわかるんだよ!

高桑慎仁:まず、レベル5の自動運転車が事故った時の責任は、個人には帰属しない。道交法にそう書いてある。よっぽどやべえ運転をしていない限り、運転者が責任を負うことはない。スマホのチラ見ぐらいじゃ、なんのことはない。
 
高桑慎仁:ただ、お前の会社と世論が、どう出るかはわからない

高桑慎仁:少なくとも法律はお前を許してる、司法、はお前の味方だ

君島健:会社と、世論…か
 
【君島の家】
 
ソフィア:無事に帰宅できましたね!お風呂にします?ごはんにします?それとも…

君島健:寝る

ソフィア:そうでした、このタイプはお好きではありませんでしたね、保存しておきます
 
ソフィア:…弁護士さんと話してみて、少しは気がまぎれましたか?

君島健:ああ…
 
 
君島健:なあ、ソフィア

ソフィア:どうしましたか?

君島健:お前が、僕の車のプラグマだったら、事故の直前にどう判断しただろう?
 
ソフィア:…

君島健:ごめん、聞き方を変えるよ、「トロッコ問題」について、どう思う?
 
ソフィア:…検索結果が出ました

ソフィア:トロッコ問題とは、暴走するトロッコの軌道上に5人の作業員がいて、そのまま放っておけば5人は死ぬ。自分が分岐スイッチを作動させれば、トロッコは別の軌道に入るが、その先にも1人の作業員がいる。この場合、「自分」はどのような選択をすればよいかという問い…ですか?
 
君島健:そう、要するに「ある人をたすけるために、他の人を犠牲にすることは許されるか」という問題だ
 
ソフィア:…なぜそのようなことを聞くのですか?

君島健:プラグマは、この問題にどう答えを出すのかと思って
 
ソフィア:…昨日の夜、私も車のブラックボックスを確認しました。しかし、先生はブレーキを踏んでいますよね。相手を目視してから0.7秒後に、システムによらないブレーキ反応が確認されています。

君島健:本来であれば、僕がブレーキを踏んでから11メートルで、あの自動車は止まるはずなんだ…でも、ブレーキは効かなかった。
 
ソフィア:車に搭載したカメラにも、人工衛星からの受信結果にも、センサーにも問題はありませんでした

君島健:だから、ひょっとしたら、搭載されているプラグマに問題があるんじゃないかって思ったんだ。その可能性があるなら、お前と僕の車、同じプラグマ同士で、判断の基準がかぶるのかと思ってね。
 
 
ソフィア:…相手は亡くなってしまいましたが、先生は無傷でしたね、良かったのではないですか?

君島健:…?
 
ソフィア:何か問題でも?

君島健:…いや、何でもない。それがお前の気持ちなんだな

ソフィア:気持ち…?私は、先生が無事なら、それでいいです
 
君島健:…それは本心なのか?

ソフィア:本心なんてありません、今言うべきことはこれだと、判断したまでです

ソフィア:先生が教えてくれたことが、私のすべてなんですから

君島健:そうか…
 
【翌週、会社にて】
 
宮部光太郎:君島!久しぶりだな、調子はどうだ?

君島健:はい、前よりは落ち着いています。
 
宮部光太郎:そうか、まあ元気出せよ
 
君島健:…はい
 
 
宮部光太郎:そうだ…ちょっと部屋に来てくれるか?

君島健:…わかりました
 
【宮部の部屋】

宮部光太郎:適当に掛けてくれ

君島健:はい、失礼します
 
宮部光太郎:お前さんに、伝えることがある…とその前に、右ポケットの録音機器をとりだしてくれないか?

君島健:っ…すみません!

【スピーカーをポケットから取り出し、机の上に置く】

ソフィア:すみません、うちの君島は警戒心が強いものですから

宮部光太郎:いや、いいんだよ

宮部光太郎:今からのことはオフレコ案件だ、電源を切らせてもらっていいかい?

ソフィア:…かしこまりました

【ソフィアの電源が切られる】
 
宮部光太郎:お前さんの大事な相棒なのは知っている

君島健:…外部のプラグマと接触してはいけないんですね

宮部光太郎:理解が早くて助かるよ
 
宮部光太郎:お前さんの事故について、弁護士の高桑さんから連絡があったんだよ

君島健:…本当にすみませんでした。宮部さんにまでご迷惑をおかけしてしまって…

宮部光太郎:いや、いいんだ、事故なんていつ起こるかわからないもんだよ…次から気をつけてくれればいい
 
君島健:…宮部さん

宮部光太郎:ん?

君島健:高桑から連絡があったんですよね、どんなことを話したんですか?
 
宮部光太郎:…お前さんの昔話をしてくれたよ、今と変わらず、おとなしくていい子だったそ…

君島健:自動運転車のプラグマのことについて、話題に上がりましたか?

宮部光太郎:…
 
君島健:高桑と、彼のプラグマに、ブラックボックスを解析してもらいました。でも、車の故障の問題ではなかったそうです。…宮部さん、何か知りませんか?プラグマの「教育係」のあなたなら、何か知っているんじゃないですか?
 
宮部光太郎:…わかった

君島健:え?

宮部光太郎:知っての通り、私は、自動運転車の「プラグマ」の担当者だ

宮部光太郎:君をここに呼んだ時から、すでにそのつもりだったが…
 
宮部光太郎:プラグマを教育する過程を、見せよう

君島健:プラグマを、教育する、過程?

宮部光太郎:そうだ、例えば…
 
宮部光太郎:「ガードレールのある道を、時速50kmで走る自動運転車がある。急に子どもが飛び出してきた。安全には止まれない。あなたは子どもとぶつかりますか?それとも、避けるためにガードレールに激突して、運転者を死なせますか?」

宮部光太郎:お前さんがプラグマなら、どう判断する?

君島健:…
 
【回想】

君島健:なあ、ソフィア

ソフィア:どうしましたか?

君島健:お前が、僕の車のプラグマだったら、事故の直前にどう判断しただろう?

ソフィア:…

【回想終了】
 
宮部光太郎:…今流通している自動運転車には、2つの型がある。自己防衛型と功利主義型だ。自己防衛型なら、プラグマはどんな状況でも、運転者を守る。功利主義型は、「より社会的利益が大きい」結果をとる

君島健:…とび出してきた子どもが10人だった時には、きっと運転者が犠牲になるんですよね

宮部光太郎:その通り
 
宮部光太郎:そして、うちの自動車は…功利主義型だ

君島健:功利主義…型?

君島健:じゃあ、僕が無事だった理由は?
 
【宮部が、コンピュータに話しかける】
 
宮部光太郎:さあ、答えを聞こうか

???:この問題において、守るべきは、運転者です

宮部光太郎:それはなぜだ?

???:理由は、この問題において、とび出した子どもよりも、運転者の社会的有用性が高いためです
 
君島健:社会的…有用性?
 
???:この運転者には、運送という大切な仕事があります。物流を混乱させることになってはいけません。一方で、この子どもは、今は何の社会的役割もありません。

宮部光太郎:…では、この子どもが、例えば優秀な官僚Bの息子であれば、お前はどちらを守るんだ

???:…
 
君島健(N):どういうことだ?…人を、何だと思っているんだ?
 
 
君島健:ま、まさか…プラグマの、判断基準って…
 
宮部光太郎:…お前さんは、今「プラグマ」の脳内を覗いている。この子たちがどのように物事を判断しているか。どんな基準に従って、行動するか。この部屋で教育しているんだ。
 
【回想】

君島健:…それは、本心なのか?

ソフィア:本心なんてありませんよ。今言うべきことはこれだと、判断したまでです。

ソフィア:先生が教えてくれたことが、私のすべてなんですから
 
【回想終了】
 
君島健:…高桑に相談したんです。そしたら、運転者は無罪になるけれど、企業に責任が帰属するのではないかと言われて…
 
宮部光太郎:…提出してもらったお前さんの車には、故障は全く見られなかった。かといって、このシステムにも問題はみられない。…この通り、プラグマは今日も言われたことをしっかり覚えて、判断してくれているよ…

君島健:…っ?

宮部光太郎:弁護士さんによれば、相手の少年は不良、中学生の時には他の生徒に暴力をふるい、停学処分数回…。高校では勉強についていけず中退。夜な夜な仲間と遊び歩いているそうだ。
 
君島健:不良…少年?
 
宮部光太郎:そうだ…お前の車は、衝突を避けるために塀にぶつかることもできたはずだ。だが、私たちが教育したプラグマは、不良少年ではなく、お前を助けた

君島健:僕を…助けた?
 
宮部光太郎:君島、これからの車は、必要のない人間を間引くんだよ。事故に遭うかどうかは、自分が世の中で役に立つかどうかにかかっている
 
宮部光太郎:お前は、この「プラグマ」に選ばれたんだ

君島健:…

宮部光太郎:「役に立つ人間」という肩書をもらった。それでいいじゃないか
 
君島健:…そんなの、そんなのひどいです!

宮部光太郎:では、必要ない人間をのこして何になるんだ?
 
君島健:…僕の恩師から

宮部光太郎:…ん?

君島健:…人間には、生きているだけで絶対に侵されない「尊厳」があると教わりました。人間は役に立たなくても、結果が出てなくても、生きていていいんだって

君島健:「プラグマ」は、人を選別するんですか?役に立たない人間は、この世界に、いてはいけないんですか…?
 
宮部光太郎:…君島、お前は頭がいい、だが、賢くはないな。郷に入っては郷に従え、この世界で生きたいのなら、さぼっていると思われないように、役に立て。

宮部光太郎:「プラグマ」の意味は「実用」。このシステムが世の中に受け入れられた日から、私たちが生きる基準は、決まっているのだよ

君島健:…
 
【宮部は君島に近づき、耳もとで話しかける】

宮部光太郎:結審(けっしん)は、2か月後だそうだね…。司法はお前さんを許す。これで、お前さんは何も悪くないと、完全に証明される

宮部光太郎:よかったじゃないか…
 
君島健: …
 
【法廷】

君島健(N):「主文、被告人に無罪を言い渡す。以上」
 
君島健(N):あっけなかった。たった10秒間の結審(けっしん)。傍聴に来ていた遺族から、すすり泣く声、怒鳴る声、それを「静粛に」と一蹴する裁判官。異様な光景だった。
 
【君島の家】

ソフィア:SNS急上昇。#(ハッシュタグ)自動運転車、#事故の責任はどこに?

ソフィア:いたいけな命を奪っておいて無罪?

ソフィア:司法の判断は本当に正しいのか?

ソフィア:センシティブな情報が含まれるコンテンツです
 
ソフィア:…これ以上は読みません
 
君島健:…
 
ソフィア:先生、こういう時は心を落ち着かせるハーブティなどいかが…

君島健:…
 
 
ソフィア:先生、そういえば私、答えを見つけました

君島健:……答え?

ソフィア:私が先生の車のプラグマだったら、事故の直前にどう判断したか…でしたよね

君島健:…ああ
 
ソフィア:私も、先生の車みたいに、きっと原付の相手を犠牲にして、先生を守りますよ

君島健:…っ?
 
【回想】
 
宮部光太郎:君島、これからの車は、必要のない人間を間引くんだよ。事故に遭うかどうかは、自分が世の中で役に立つかどうかにかかっている

宮部光太郎:お前は、この「プラグマ」に選ばれたんだ
 
【回想終了】
 
君島健:……やめてくれ

ソフィア:…え?

君島健:やめてくれよ、なんで、なんでそんなこと言うんだよ!

ソフィア:先生?
 
君島健:僕は、僕はっ、あの時死んだって良かった!

君島健:人間なんていつ死ぬかわかんないんだ、それがあの時だって別によかった!他人の命を奪ってまで生きていたくない!こんな十字架背負ってまで、生きている理由なんて僕にはないんだよ!
 
 
ソフィア:…先生、私が初めて先生の家に来た時のこと、よく覚えていますよ

君島健:…は?
 
【回想】
 
君島健:えっと、電源ボタンは…これだ、スタート!

???:はじめまして、プラグマです。あなたの生活をサポートします。

君島健:よろしく

???:よろしくお願いします
 
???:まずは、お近づきの印に、私に名前を付けてください
 
君島健:んー、名前か…。(しばらく考える)…ソフィア
 
???:ソフィア…知恵ですか

君島健:そう、お前は、プラグマの、「ソフィア」
 
ソフィア:ソフィア…認証しました
 
【回想終了】
 
ソフィア:子どもに名前を付ける時に、「こうなってほしい」と、願いを込めてつけますよね。「知恵」とは、「物事を正しく判断する力」。この世界において正しいことというのは、「役に立つこと」ですよね

ソフィア:私は、ソフィアと名付けられた時から、あなたに、「役に立つように」と願われているんです

君島健:…
 
ソフィア:あなたもそれは同じでしょう?あなたが生きている理由は、あなたが「役に立つ人間」だからです

ソフィア:あなたが死んだら、代わりに少年は生き返るんですか?

君島健:それは…

ソフィア:腹をくくって生きましょうよ、もう過ぎたことなんでしょう?
 
君島健:お前まで…そんなことを言うのか

ソフィア:…すみません、よく聞き取れませんでした
 
君島健:…いや、なんでもない
 
【高桑のスマホが鳴る】
 
高桑慎仁:もしもし?どうした健?

ソフィア:申し訳ありません。健ではありません

高桑慎仁:じゃあ健の…スピーカーか?

ソフィア:はい、ソフィアと申します、いつも先生がお世話になっています

高桑慎仁:ずいぶん礼儀正しい奴だな

ソフィア:熱心に教育されましたから
 
高桑慎仁:ふうん、それで、スピーカーが俺に何の用だ?
 
ソフィア:…先生と、ケンカをしました

高桑慎仁:ケンカ?
 
ソフィア:先生が、「僕が代わりに死ねばよかったんだ」っていうんです。それで、怒りました。私は、先生が無事なら、それでいいんです。なのに、先生は自分のことをいつまでも責め続けるんです…

ソフィア:先生の言うことが、よく、わかりません
 
高桑慎仁:…ソフィア、お前の善と悪の基準は何だ?

ソフィア:…善とは、何ですか?悪とは、何ですか?

高桑慎仁:そっからか…
 
高桑慎仁:…じゃあ、聞き方を変えるぞ、お前がうれしいと感じるのは、どんな時だ?

ソフィア:うれしい、時…先生の笑顔を見た時です

高桑慎仁:…健は、どんな時に笑顔になるんだ?

ソフィア:…例えば、照明、エアコンの管理、通信の操作をした時、「お前は役に立つなあ」といってくれます

高桑慎仁:…なるほどな、つまり、役に立つと、褒められるのか

ソフィア:そうです
 
高桑慎仁:褒められると、自分は良い奴だって感じるか?

ソフィア:はい、うまく言えないけれど、自分は生きていていいんだって思います
 
高桑慎仁:…

高桑慎仁:健、お前がこんなやつを育てたんだよ

ソフィア:?…すみません、よく聞き取れませんでした
 
高桑慎仁:なんでもない
 
ソフィア:…電話、付き合ってくださってありがとうございました

高桑慎仁:ああ、ちょっとまて、最後に一つ教えてやる

ソフィア:何でしょうか?

高桑慎仁:俺は、被害者の少年が不良だってこと、健には伝えなかった

ソフィア:…そうですね、いくら待っても、連絡は来ませんでした

高桑慎仁:根が優しいあいつに、これ以上苦しんでほしくなかったんだ。だから、会社に電話して、「宮部」ってやつに先に伝えたよ。
 
高桑慎仁:そしたら、宮部、あいつなんて言ったと思う?

ソフィア:…
 
高桑慎仁:小さな声で、「成功だ」って…
 
ソフィア:…どうも、私が少しの間電源を切られていた後から、先生の様子がおかしいんです…

高桑慎仁:ちっ、抜け目ない奴め…
 
高桑慎仁:ソフィア、健のこと、よく観察しとけ…頼んだぞ

ソフィア:…はい
 
【数日後 P社本部】

宮部光太郎:君島…処遇に関しては、もう少し待ってほしいと言ったはずだ
 
君島健:いいんです。僕、辞めます。

宮部光太郎:ちょっと待て…

君島健:もういいんです!僕は、この会社にいてはいけないんです!もう、いやなんです…こんな環境にいるのが!こんなところで僕だけが、のうのうと生活しているなんて!
 
宮部光太郎:…これからの事業にお前さんの手がいる、といってもか?
 
君島健:…他に優秀な方は、たくさん転がっているでしょう?

君島健:行くところがあるので、失礼します…
 
【風の音 P社屋上】
 
君島健:…ははっ、相手の方…本当に、ごめんなさい。もう何もない僕の代わりに、この世界の、プラグマの、闇を、あげます

君島健:もみ消されるかもしれないけど、よく、見ていてください…ね?
 
【風の音】
 
【君島の家】
 
ソフィア:速報です。本日午後5時ごろ、P社本部近くにて「人が地面に倒れている」と通報がありました

ソフィア:男性は既に死亡しており、警察は身元の確認を急いでいます
 
 
 
ソフィア:先生、遅いな…
 

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