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理想のキッチン探し㉔武蔵新田

 次は隣駅の武蔵新田。といっても、武蔵新田と矢口渡の間にある物件なので、同じ町とも言えます。物件資料によると、どちらの駅からも徒歩10分。昔は、こうした資料で書かれている所要時間は実際より長め、ということが多かったような気がしますが、グーグルマップのおかげなのか、最近は割と正確です。今度は多摩川より少し入った区画にあります。もちろん徒歩で多摩川に行けます。地図によれば多摩川大橋もわりと近い。東急が1987年に建てた高級分譲マンションの一部屋です。どうやらずっとオーナーさんはここを貸しに出し続けてきたらしい。

 この物件、実は前から出ていて夫が「どうや?」と私に聞いてきたことがありました。そのときは、ガスオーブン内蔵というのに惹かれつつも、床がじゅうたんで、「食べものをこぼしたら汚れそう」、「そのグレーっぽい色が苦手」、と却下していました。前に旗の台に住んだときや、夫が結婚前に住んでいた鶴見の部屋に薄っぺらいグレーのカーペットが敷いてあって、事務所っぽくていやだなと思っていたんです。それに、髪の毛が貼りつきやすくて掃除がけっこう手間です。でも、ガスオーブン内蔵キッチン。都営住宅を観たついでで、もしかして内見したら気に入るかもしれない、とは行ってみることにしました。

 いかにも団地な建物が並んでいますが、高級マンションということで、1階にマツモトキヨシとピザ屋、そしてフィットネスクラブが入っています。1階が市場になっていたりスーパーが入っている団地はあるけど、マンションでフィットネスクラブ! 「電子ピアノ相談可」とあって、電子ピアノを使いたい人がいるんだ、ピアノを習わせる余力がある人が住んでいるマンションなのね。とまた驚く。

 間取りは4LDKですが、76㎡強。先ほどの矢口渡の物件より少し狭いのは、LDとされている9.9畳の部屋が狭めだからでしょう。LDの部屋は隣の3.9畳の洋室より天井が高くなっています。しかし、ほとんどの部屋にハリが入っていて、本棚を置くのに苦労しそうです。それと、何とセントラルヒーティングとのことで各部屋に置いてあるヒーターの壁が使えないので、見た目より壁面積は少な目。

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 ただじゅうたんは、私が知っているペラペラのものではなく、ふかふかです。そして、グレーの色も写真には出にくい若干赤身がかった色合いで、それほど嫌な感じではありませんでした。さて、キッチンです。図面ではこのように1列なのですが、実際にはコンロの向かいに収納と、電子レンジ置き場とできる棚つきです。

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 ワークトップは人造大理石。扉も重厚感があるダークブラウン。袋戸棚が低い位置まで下がっているので、扉の開け閉めもしやすく使いやすそう。そういえば、魅力的だった大泉学園の物件は袋戸棚の位置が高く、出し入れする時には脚立が必要な感じでした。

 「ガスオーブンは使えますか?」と不動産屋さんに聞いたら「たぶん……」と心もとないお答え。どうも前の住人は使っていなかったようで、傷んでいるように見えます。「取扱説明書は?」と聞いたら探してくださったのですが、見つからない。コンロ部分はハーマンなので、ハーマンっぽいのではありますが、オーブンにトリセツがないとは。

 後ろの棚は食器棚として使えそうですが、電子レンジを置いたらいっぱいになりそうな面積ではあります。そして、その戸棚の隣は洗面室に通じるドアで、東山田のURにあったのと同じタイプです。扉の隣が冷蔵庫置き場。トースターと炊飯器を置こうと思ったら、その扉をつぶして棚を置くしかありません。ワークトップは広めではあるものの、家電を置くほどの余裕はないからです。

 これは分譲賃貸なんですが、つくづく、本当に使いやすいキッチンを賃貸に求めようと思えば棚をカスタマイズして作るしかないんだなと思います。ヘンに収納が充実していても、結局使い勝手は悪かったりしますし、これまで住んできた人たちは、どのようにキッチンを使っていたのでしょうか。炊飯器や電子レンジはマストな家電。三口あれば土鍋も使えますが、電子レンジを追放した人も世の中にはいますが、追放するほど徹底して意識の高いキッチンユーザーがそんなにたくさんいるとも思えず、皆さん何かしら工夫して使ってきたのでしょう。

 洋室は狭いものの3つあるので、それぞれの仕事部屋と、一番狭いリビングの隣の洋室は本棚置き場兼応接コーナーにしてもいいかもしれません。何しろふだん読書空間に使っているソファーベンチがあるので、どこかに置かなければなりません。もう一つ、物件探しをする中で意外に置き場に困ると思われるのが、結婚したときにアクタスで買ったサイドボードです。1人暮らしのときのミニチェストを生かそうと思ったら、大きな食器棚一つじゃなくて、二つの小さめのチェストを食器棚にしてきたツケがここで……。デザインも使い勝手も気に入っているんですが、横幅が160センチもあるんですよね。今の部屋ではカウンター下に納まり、前の部屋では窓の下に納まったんですが、間取りによっては置き場に困る。今はこれが幅を取るので、壁の上半分がもったいない気がしてしまう……これがなければ本棚を置けるのに、という発想になっています。

 心配なのが、ここが14階建ての13階という点。窓から外に行っていません。「僕、高いところが苦手で」という不動産屋さん。

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 夫も「ちょっと怖い」と言います。私も実は高度恐怖症。怖いのはおそらく、かっこよくデザインされた丸い部分のバルコニーの手すり。何しろ下が丸見えです。部屋の中にいれば眺望抜群、と言えるんですが、何しろ洗濯物を干さないといけない。さすがにこの高さでは、布団を干したら危険すぎます。ベランダの手すりにかけずに、布団干しを買ってきてこの丸い手すりの内側に干すことはできなくはないですが……。

 それに、13階ともなると、もし停電でもしたら、上り下りがすごく大変になります。東日本大震災の折、タワーマンションに住む人たちは往復だけで1日がかりだったような話も聞いています。

 ベランダを怖がりながら私たちはこの高級マンションに住めるでしょうか……やっぱり無理です。それに、洋室の一つのクローゼットドアが壊れていて、「これは事前に直しておいてくださいよ」と夫が言うと、不動産屋さんは返答に困ったようで、はっきりしません。どうも、オーナーさんはこの物件に割と無頓着というか、夫曰く「手を入れていない」。何しろ築30年を超えているので、住んでみたら何かと不具合が出てくるのは予想できます。そんなときに、ちゃんと応対してくれないオーナーさんだと消耗しますし私たちは不便を甘受しなければなりません。心配です。

 二つも物件を見て疲れたので、夫があらかじめチェックしていたというカフェに行って休憩しました。トップにある写真はそのカフェでいただいた、ダージリンティーとキャロットケーキのセットです。自家製ジンジャーエールも気になったのですが、キャロットケーキならお供は紅茶でしょう、ということで。

 ここ二日で見て回った物件の中で、一番魅力的なのは大泉学園。何となく商店街が地味で何となく何もない感じがするこの町、住んでみなければ魅力はわからないのかもしれませんが、いかにも団地な感じの集合住宅自体の外観も含め、夫は、「ここに人が来たら、誉めるのに困るだろうな」と言います。それは何となくわかります。友人はともかく、私にはたまに仕事相手も自宅まで来るんです。インタビューで本棚バックの写真が必要な場合、それから、資料をたくさん使うので打ち合わせに出向いてもらった方がいい場合など。そういう人たちが今来られると「いい町ですね!」と言ってくださる。たぶん上品な家が並ぶ住宅街だからでしょう。

 今まで私たちは長く、高級住宅街の格安物件に住み過ぎたのかもしれません。前の部屋も近所には豪邸があるような地域でした。私が緑のある場所がいい、と言ってきたからかもしれません。幼少期に高級住宅街の一角にできたマンションに住んだからかもしれません。原風景は夙川のきれいな桜並木です。お嬢さん学校にうっかり通ったからかもしれません。10年間、後に重要文化財になるキャンパスに通っていました。同級生たちは、わが家よりおそらく所得が高い一流企業のサラリーマンや医者や自営業者たちのお父さんがいる子がたくさんいました。それ以来、私は自分より生活水準が高めの人と過ごすとラクに感じるメンタリティになってしまったのです。牧野つくしならパワーがありますが、私はそこまで強くない。ここで頭をもたげるのは、「私は半端な人間じゃないか」という思いです。

 でも、所得の向上はともかくも、文化的に豊かな人たちから受けてきた刺激は本当に私の心を豊かにしてくれました。アートや文学の話で盛り上がること、ちょっと高いけどおいしい料理に舌つづみを打ちながら語り合うさまざまな話題。知的な刺激をたくさん受けて、たくさんの本を読み、取材を重ねて現在の立場にたどり着きました。まだまだ遠い道のりを行くのに、これまで得た知識や経験、仲間たちはかけがえがありません。引け目を感じることはない。食の歴史やトレンド、その背景について、すでに知識量ではほかの人が真似できないレベルになっていると自負しています。家事やジェンダーの問題は勉強中ですが、家事について分析的に社会背景から語れるという意味でもなかなか他にいない存在になれていると思っています。お仕事募集中(笑)。まだまだやりたいことはたくさんあります。

 だから物件探しの中でコンプレックスを増幅させる必要はありません。私は私の道を行き、今度の引っ越しをちゃんと糧にして次の世界を広げていくのです。

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