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物語食卓の風景・共働きの2人④

 東京で夫婦2人暮らしの真友子の物語は、夕食の支度をあわててしている途中、真友子が母親との嫌な思い出に囚われているところです。真友子は、母親と確執があり、今はほとんどつき合いがありません。でも母親と同じく過去に囚われがちなところがあります。前回はこんな話でした。

 料理ができた。今夜の料理はまず、キャベツのざく切りにシイタケの薄切りを合わせ、冷蔵庫に残っていたちょっと熟し過ぎのトマトをひと口大に切ってほおり込んだ中華スープ。中華スープの素は便利で、これさえ入れれば何でも簡単に味が決まる。味噌汁みたいにあらかじめ出汁を仕込む必要もない。実はたまにイリコや昆布を仕込むのが面倒で、中華スープの素で味噌汁にしてしまうこともある。昆布出汁が何より好きな航二は、どうやらその違いに気づいていないようだ。

 メインは、冷蔵庫に残っていたソーセージと小松菜を炒めたもの。今日はこれだけ。あとは早炊きにしたご飯。ご飯を炊くのに時間がかかるのはわずらわしい。料理は簡単にすれば15分程度でできてしまうことがあるけれど、炊飯器の早炊きは44分もかかる。通常だと56分。時間がないときは、洗ってすぐにコメを炊飯器に入れて炊いてしまうが、少しべちゃつくぐらいで食べられる。

 子どものとき、30分水切りし、水に漬けて30分置いてから炊かないといけないと習ったのは、何だったんだろう、と真友子はぼんやり考える。これを教えてくれたのは母だった。

 帰ったばかりで疲れていて夕食を簡単にすることに決めたので、真友子は炊飯器にスイッチを入れると、洗面所で化粧を落とし、部屋着に着替えてから料理にとりかかった。その間ずっと昔を思い出していた。航二はのんびりテレビでバラエティ番組を観ている。

 家事はほとんどしなくなってしまったけど、もともとやっていて気持ちがわかるのか、航二が真友子の家事に特に注文をつけないところは助かっている。遅いとか早いとか、きれいとか汚いとか。おいしいとかまずいとか。何も言わないのは、気にしていないからなのか、言わないようにしているのか、それとも単に関心がないからなのか。文句を言わないだけでなく、感謝も特にしてくれない。

 ときどき、真友子は自分が自動家事マシーンになったような気がする。私が掃除機をかけている横で新聞を読む航二。「どいて」と言うと、「ん」と言い新聞を読みながら寝室へ移る航二。「ご飯できたよ」と言うと、「わかった」とテーブルにつく。食べ終わると、「ごちそうさま」と隣の居間へ移ってテレビを眺める。食器を下げることはない。そういうときの航二は、新聞やテレビに夢中になっているようだ。食事中はスマホを眺めている。

 「ご飯できたよ」とテレビを観ている航二に声をかける。後ろで、スマホが着信を知らせる。真友子のスマホだ。あわてて確かめると、香奈子からのLINEだった。とりあえず後回しにしてご飯を食べることにする。航二はすぐにやってくる。

 なかなか来てくれないときもあるけれど、そういえば私が急いでいるときはちゃんと早く来るような気がする。と真友子は気がつく。「いただきます」と2人で手を合わせ、黙々と食事をする。食事のときにあまりしゃべらなくなってずいぶん経つ。黙って食べると航二は速い。ものの5分もすると食べ終わり、隣でにぎやかに聞こえていたバラエティ番組の続きを見に行く。食べるのが遅い真友子は独り残り、半分残った食事の続きを片づける。香奈子のメッセージは何だろう。

 


 

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