見出し画像

料理はクリエイティブである

 今日はちょっと重たい話から始めます。もう10年以上前になりますが、料理と買い物が困難になった時期がありました。そのとき、私は重いうつを患っていました。

 思いついたことを1行メモに書くだけで、あるいは、本を数ページ読むだけで息も絶え絶えになる。1日の大半を寝て過ごしていたあの頃、それでもなぜか食欲だけはあり、毎日ご飯を求めていました。

料理と買い物の何が難しいか

 何とか歩いて買い物には行けます。でも、いつも同じような野菜が並ぶ八百屋で、何を買ったらいいか分からない。ご存知の方もいるかと思いますが、うつの人にとって「選ぶ」ことはとても難しいことなのです。

 料理も大変です。とにかく視野がとても狭くなっていて、できるだけ単純なことを一つずつ片づけることしかできない。日々の食事作りはたいてい、いくつかの作業を並行して行います。火を使いながら別の料理の食材意を洗う、下ごしらえするなどの作業を行う。でも、一つずつしか作れない。

 料理は一時期夫が全面的に引き受けてくれました。買い物は、「定番の食材だけ買ってくればいいから」と言われ、タマネギや大根、ニンジン、キャベツ、白菜などを買い続けていました。

応用ができなくなる

 また、料理は応用の連続でもあります。思った以上に素材が堅かった、柔らかかった。味つけが予定通りにいかない。火力が強すぎた、弱すぎた。私は回復してきてある程度単純な料理ができるようになったとき、料理中に突然体調を崩してしまうことがありました。それは応用を求められた瞬間だったのだと、今はわかります。

 あるとき、「今日はあんまり調子よくないな。ラクができるようにしよう」と、おいしそうな形の大きな豆腐をスーパーで見つけて買ったことがありました。いつもの四角い豆腐を買っておけばいいのに、何だかしんどいから高級そうなものを買ったらおいしくて気が休まるかなと思ったのです。

 ところが、その豆腐を器にひっくり返そうとすると、器の方が小さいことに気が付いたのです。「器に入らない。できない!」と私は泣き叫び、夫は慌てて飛んできて、それを別の器に入れ替えてくれました。予定を変更することが恐怖を誘うようなことになってしまったのです。正常な精神状態の人には想像もつかないことですよね。

 日々、買いものをする人は、その日の天候、家族の体調、その後の予定、家に残っている食材、予算、おいしそうなもの、安いもの、さまざまな条件を頭に入れ、計算しながら買う食材を選びます。

 日々、料理をする人は、食材の状態、その日の天候、自分の気分や体調、家族の状態など、さまざまな条件の下で、小さな調整や変更をくり返しながら作業をしています。

 病気になって分かりました。それは当たり前のことのようで、実は日々冒険をくり返していることなのだと。特に新しい料理を作ってみたいとき、新しい食材を使ってみたいとき、その人は大冒険をしているのです。そんなクリエイティブな料理が、軽んじられていいわけがありません。料理する人、食材を買う人は、とても知的な作業を行う聡明な人なのです


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?