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昔の食事

 前回、毎日の食事は「一汁三菜でなくてもよいのでは」という話を書きました。自分が面倒だから手を抜いている、ということもありますが、それは歴史的にもそんなゴージャスでなかったという話を今回はしますね。

 写真は、『聞き書 広島の食事』(農文協)という本の一部です。この「聞き書」シリーズは平成のはじめに、農文協が47都道府県の各地域で昭和初期の食生活を、農家や漁師、商家などさまざまな庶民の方々に思い出していただいて聞き取りした貴重な資料集です。これは、広島県島しょ部の毎日の食事。島は貧しかったこともあるでしょうが、本当にシンプルです。貧しいと言えば、高度成長期まで日本人の大半は貧しかったのです。

 そしてほとんどの女性たちは、結婚し子どもを育ている時期も、家業があって働いていました。地域にもよりますが、電気も通じ始めたぐらい。ガスなんて都市だけだから、薪は必須でした。水道も都市だけだから、みんな水くみから始めていたんです。もちろん家電なんてお金持ちの家にしかありません。料理に手をかけられるような環境ではなかったのです。

 庶民の食事がゴージャスになっていったのは、昭和の後半です。一億総中流時代というやつです。一汁二菜、一汁三菜がふつうになり、毎食肉や魚が食卓にのり、野菜などのバラエティも豊かになって、しかも毎食献立が変わるような食事です。現役世代はたぶん、そんな食事を当たり前だと思って育ったのではないでしょうか。

 なんでそんなにゴージャスになったのか、くわしくは私が書いた『料理は女の義務ですか』(新潮新書)などの本に書きましたが、国を挙げての食糧増産が、高度経済成長期というタイミングとあって大成功したこと、インフラなどの近代化が進んだことが原因です。もちろん所得が向上したことも大きい。

 そして忘れてはならないのは、この時期は史上最大の割合で専業主婦がいたことです。既婚女性の半分は専業主婦だったのです。豊かになって台所が使いやすくなり、二口コンロが普及して、何品も料理ができるようになったのです。「きょうの料理」や『主婦の友』なども新しいレシピをどんどん紹介し、主婦たちは張り切って料理をしました。

 そして今度は、そういうバラエティ豊かな食事がマストになって、「めんどくさいな」と思いながらも、それが主婦の仕事だと思って料理に精を出したのです。働く既婚女性も増えていくのですが、「働かせてもらっているんだから、家事に手を抜かない」とがんばった人も多かったのです。この時代、既婚女性が働くのは生活のためでなく、趣味だと思われていたのです。たいていの人は子どもの教育費など家計補助が目的だったんですけどね。

 今は、専業主婦は少数派です。仕事をしながら家事もするという人は、そんなにバラエティ豊かな食事をそろえなくてもいいはずです。量が足りない、栄養バランスが整わないというなら、加工食品や総菜を使ったっていいはずです。そういうものはたくさんあります。もちろん主婦の方だって、人によって忙しい人、たくさんは働けない人、料理が苦手だ、嫌いだと思っている人だっているはずです。

 大切なのはちゃんと食べること。ちゃんとつくることはその次です。おばあちゃんたちは、ひいおばあちゃんたちは、忙しい中何とかやりくりして、家族を食べさせてきたのです。

 昔の知恵といえば、昔はそうやってふだんの食事に手を抜くかわりに、祭りなど特別な時には手をかけて料理をしました。細かい具材がいっぱい入ったおすし、一つ一つの食材を別々に煮て美しくつくる煮物など。お金はそんなにかけられませんから、手をかけるということをしていたのです。それが晴れの日を盛り上げました。

 ふだん手を抜いているなら、年に何回か、家族みんなでゴージャスな食事をつくりましょう。それか食べに行きましょう。手が込んだものは、今はいくらでも外食で選択肢があります。冷凍食品だって充実しています。そうやってハレとケのバランスをとればそれでいいと思いませんか?

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