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料理が重荷になるとき

 私はこれまで、日本の食文化の歴史と今をいくつもの本や記事で書いてきました。その中でも、料理研究家とその背景について書いたものがヒットした『小林カツ代と栗原はるみ』(新潮新書)で、それは『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)が注目されたおかげでした。

 でも、料理メディアに注目してその背景にある社会について分析したのは、私が最初ではありません。大学院の修士論文がもとになったという、山尾美香さんの『きょうも料理』がその最初です。NHKの『きょうの料理』のテキストを中心にした労作は、戦前の女学校教育にまで視野を広げたもので、タイトルからうかがえるように「なんで女性ばっかり料理しないといけないの!」という怨念すら感じさせる迫力の本でした。2004年に出ています。

メディアが愛情を強調するとき

 山尾さんのこの本が特に注目しているのは、料理メディアが、「料理はお母さん(妻)の愛情ですよ!」と強調していること。そのための手間と時間なのです。栄養のバランスも。そして、インスタ映えなんて言葉もなかった時代に、テレビ・雑誌という映像を使うメディアで映える彩りを意識することを、家庭にまで求めたことなどです。

 私は去年、『きょうの料理』テキスト60年記念の、「きょうの料理 60年を振り返る」という連載を持っていて、毎月5年分ずつのテキストを一通り目を通して、その時代の傾向を紹介する記事を書いていました。

 そうすると、確かに山尾さんの分析の通り、1960年代後半には、「料理は愛情」と強調する文章が散見されます。当時一世を風靡した料理研究家の田村魚菜さんは、「すべてにわたって配慮の豊かさが欲しいのです」と苦言を書きます。懐石料理人の辻嘉一さんも、エッセイで説教を連発します。

 ただ、全部をきちんと見ると愛情協調ばかりではないし、スピード料理も加工食品の利用もあるし、フレンチなどの本格料理の体験もある。一概に料理は愛情を強調していたわけではありません。

 料理メディアを見ていると、愛情が強調されるのは時代の変わり目です。1960年代後半は高度成長期が進んで、家電が普及し、車を買う人、家を買う人も増えてきた時代。そして加工食品も増え、勤めに出る既婚女性も増える中で、料理の簡便化が始まっていました。そこに対する危機感が、愛情を強調する文章が目立つ結果になったようです。

 時代は飛んで、2000年代の終わり頃も、愛情を強調するレシピ本などがふえました。城戸崎愛さんの『伝えたい味』、辰巳浜子さんの『娘につたえる私の味』も復刻しています。受け継ぐ、という言葉も強調されたのです。それは危機感の表れだったと思います。子どもができても働き続ける女性が一般化したこと、シングル化が進んだことなどが大きく影響していると思います。時代の変わり目だったのです。上の二冊が出たのは2008年。くしくもリーマンショックが起きた年です。3年後には東日本大震災が起こります。時代が変わる予感だったのかもしれません。

 つまり、メディアが愛情を強調するのは、家庭にいた女性たちが大量に社会に出て、料理する時間が大幅に削られた時です。時短に向かう趨勢にあらがうように、「愛情をかけなければ」「時間をかけなければ」と強調するのです。手間のかかる料理が敬遠されることへの焦りなのかもしれません。そう思えば、何だか少し気が楽になりませんか。本当はもうそんな手間をかけている時間はみんなになくなっている。出来合いのものを買うことも現実である。だから、そうでない価値観を強調したくなるだけなんです。

手づくり料理だけが愛情じゃない

 料理は作れたほうが、例えば家族や自分が病気になって栄養管理が必要になったときに助かる。震災などの非常時に臨機応変に対応できるかもしれない。食べたいものを食べたいように料理するのは自分が一番いい。節約になる場合もある。家族が手づくりを喜ぶ。今更言うまでもないかもしれません。手作り料理にはいい面がたくさんあります。

 でも、料理するには時間と気持ちの余裕が必要です。台所環境の問題もあります。あんまり狭い台所でコンロも一口しかなくて、料理といったって…という暮らしだってあります。そして朝から夜まで追いまくられて仕事し、家族の世話をして、キリキリした気分の時、下手に料理すると失敗する、ケガをすることだってあります。必ずしも手づくりが絶対ではないのです。

 家族の誰かが手づくりでなければ受け付けない体を持っていたら仕方ないかもしれませんが、お店の料理や弁当屋さんの料理も手づくりです。全部じゃないかもしれませんが。でも、それは家庭で加工調味料とか使っていたら全部手づくりじゃない。私なんて、洋風スープはいつもコンソメキューブを使っています。カレールウも使います。お店もスープの素とか、あらかじめ切った野菜を使っている。家庭でもカット野菜や冷凍野菜も使う。こんな風に大きな違いはありません。一番大事なことは、気に入る味かどうかがかもしれませんよ。

 手をかけて料理しないかわりに、子どもと少し遊ぶ時間ができる、夫とゆっくり話す時間ができるほうが大事かもしれません。外食したら料理も後片づけも必要ありません。毎日するとお金がかかりすぎますが、ときにはそうやって家族で向き合う時間を持っている人は多いのではありませんか。それは大切なことです。他の家族に作ってもらうことで、コミュニケーションが生まれて、作ってくれる家族が自信を持ったかもしれません。家政婦さんに頼む手段もあります。

 あなたにとって、家族にとって一番いい道を探ったら、料理はしないという選択に落ち着くことだってあるのです。それはあなたが選んだ道なのだから、関係ない人、それはもしかすると実の親の場合もあるわけですが、一緒に暮らしていない人に文句を言わせる筋合いはないのです。自分たちにとってベストな暮らしを探してみませんか?



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