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好きか嫌いか、の奥にあるモノ

好きとか、嫌いというものは、アイテムだと思っている。
好きのほうが嫌いよりもプラスのパワーを発揮してくれるアイテムだ。

好きとか、嫌いというものは、通過点だと思っている。
道しるべのひとつのように、そこがゴールになることはない。

誰かの好きなモノの話を聞いていると、好きなモノを「ただただ好きなんだ」と教えてくれる人は少ない。

好きなモノの話を聞いていると、「○○がしたい」に話がつながっていく。
好きがや嫌いがゴールになることはないみたいだ。

好きはプラスのパワーを与えてくれる。嫌いは少しだけパワーを持ち去ってしまう。その「好き」とか「嫌い」は通過点でしかない。

今日好きだったモノを、明日には嫌いになっていることだってよくある話で、その逆もしかり。
小さなころは嫌いだったブラックコーヒーを、いつの間にか好んで飲んでいるのと同じだ。

その先に広がる信念や強い思いがあるから、好きとか嫌いによってブーストがかかるのだ。

ベースにある思いが強ければ、たとえ嫌いなことが目の前にあったとしても問題にはならない。
勉強が嫌いでも、英語が嫌いでも、その先のビジョンに強い思いがあれば耐えることができる。

逆に好きなことが目の前にあったとしても。ベースの気持ちが弱っていれば、行動には繋がらないし思いが弾けることもない。

好きとか嫌いは、ベースのパワーを強めたり、奪ったりするアイテムなのだから。


でも、もし選べるとすれば。好きな人と一緒にいてパワーを強めたいし、好きなモノに囲まれてパワーを強めたい。
好きなゴハンを食べて、好きな服を着て、好きな場所にいて。

好きや嫌いの奥にあるモノがくっきりと見えているから有効な技だと思っている。

奥にあるモノが見えていないと、激しくブレてしまいそうになる。まずは気持ちを安定させるところから。

その先にあるモノを追いかけていきたい。

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