被害者意識のスパイラル

先日 【心から楽しめていない】という事に気づき行ったワーク
続きが止まっていました。

昨日の出来事を振り返り その続きをしましょ…と言われたのかな?と思い書き始めました。


昨日はあるイベントのお手伝い。スタッフ希望でしたが スタッフではないけど手伝ってほしい…という事で ちょっと中途半間な立ち位置で参加者さんとご一緒に4時間ほど過ごします。

昨日綴った…


もちろん 昨日は【いい気持ち】で事なきを終え、、
夜にはご一緒した方に 喜びの御礼の連絡が入りました。
だけど ちょっと本音を言うと 楽しめたか?自身の感情はフクザツ。

何があるんだろ~と考察。
ナーンとなく 卑屈になっている自分がいます。
運営側の方との温度差とか、良くわからないまま緊張の後お手伝いしたためか..…

感情を深堀していくと、どうやら 被害者的な意識を抱えているのでは?という言事が判明。

被害者意識が強くなると、卑屈になる。表情がこわばる。喜べない。素直になれない。自己肯定感が下がる、攻撃的になる、姿勢が悪くなる、目の輝きが落ちる.…そんなことが起こり、負のスパイラルに突入します。

昨日の私が、すべて当てはまっているかというと 少し違います。
楽しむ努力をしていて、実際楽しんでいましたが。

ただ 心底…かというと 疑問。


ひょっとしたら 被害者意識のスパイラルの入り口を少し踏んでいたかもしれません。

そのスパイラルから抜けるには 

感謝の気持ち

が大切になります。う~~ん 昨日はそれが欠けていたかな?


向き合う人、ご一緒する人、出来事、すべてに感謝の気持ちを忘れないように、、瞬間 瞬間に感謝を注ぐ事。

朝起きて 起きられたことに
歯磨きするとき 歯ブラシに、歯磨き粉に
おはようって言えるパートナー、家族がいることに
大体 目覚めて存在が続いていくこと自体に感謝ですね。

ただ 呼吸できているだけでも これは感謝に値することです。


小さな感謝が、置き去りにされていたのかもしれません。

その日の主役が自分でなくても ご一緒した方が喜ぶ時間に寄り添えたことは大きな感謝。


エドガー・ケイシーは 「神の探求1」の最大のエッセンスとして

「祝福の水路になる」という事を上げています。
ご一緒した方が喜びの時間を過ごせたなら、それは私にとっての感謝の時間だったとやっと振りかえりました。

このnote 自分の棚卸に書き始めました。
過去の出来事を思い出したり 考察したり、
今のできごとを 拙い文章でつづると 感情や思考が整理されます。

初めにリンク張ったワークの続きは,,,,今はいらない気がしてきました((笑))

読んでくださる方がどう感じているかは別として、note初めて良かった
と思っています。


ここまでお読みくださったかかた いらっしゃいますか?

ありがとうございます。


今日のイラストは eri karino様からお借りしました。
ありがとうございます。



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