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第四章 花の出会い

あらすじ
せすながギルドに加入して数週間。ギルド「朝凪の丘」では平和な日常が続いていた。普段からあまり出かけたがらないカズキに対し、せすなは「冒険がしたい」と打ち明ける。
誘われたことに好意的な態度をとるカズキだったが、”リヒタルゼン”という都市の名前を聞いた時、珍しく彼の表情が濁るのだった。

ラグマス二次創作小説 
第四章 花の出会い


昼下がりのギルド領地にて、飲み物を嗜む1人の男が居る。
珍しい紫の髪に、厚めのケープを羽織る服装はこの世界における魔法使い。ウィザードの装束だった。
彼は温かい飲み物を飲みながら、テーブルの上に広げた情報誌に目を通している。
その中身は、日頃から冒険者同士の情報をまとめた日刊紙で、定期的なギルドバトルの結果や、消耗品の割引情報誌などが掲載されており、ギルド「朝凪の丘」も定期購読していた。
元々人が少なく閑散としたギルド領地で、1人寛ぐギルドマスターのカズキはギルド領地に戻ってきた一人のメンバーに気づく。
しかしそれは日常の光景であり、カズキは気にも止めず黙々とそれを読み進めていた。
「リヒタルゼンですか?」
防具のメンテナンスから戻ってきたロイヤルガード・せすなは、カズキが見ている情報誌の一面を見てぼやく。

リヒタルゼン。
シュバルツバルド共和国の都市であり科学が発達した街として有名だが、ここ最近観光地として冒険者の間で話題になっている。
「せすなさん、興味あるんだ?」
「最近のブームですからね。貴族向けの高級ホテルも利用できるみたいで、はねやすめにもすごくいいって、あと飛行船の遊覧飛行もできるらしいですよ」
「へぇー」
「カズキさんは、興味あるから読んでたんじゃないんですか?」
「どっちかっていうとこっち?」
カズキか指差したのは、その日の食材のタイムセール情報だった。よく見るとメモ帳が傍にあって、スケジュールまで組んでいる。
「カズキさん。僕、朝凪にきてからどこにも行ってない気がするんですけど……」
「え、でもこの前、ヴァルハラ遺跡に……」
「それは領地から5秒じゃないですか、もっとこう海底洞窟に宝探しとか、ゲフェン地下に探検とか……冒険がしたいなって」
「冒険? 良いけど、何がしたい?」
「じゃあ、早速そこのリヒタルゼンとか!」
カズキか「え"っ」って言う表情を見せたことにせすなは少し驚いた。
メンバーのありとあらゆる頼み事へ首を横に振らないカズキが、困惑したからだ。
「リヒタルゼンは、えーと、今度で……ゲフェンタワーなら、詳しいから案内できるけど……」
「リヒタルゼンが嫌なんですか?」
「い、嫌ってわけじゃ、ないけど……」

「信仰の問題だな」
領地の奥から聞こえた声に、2人は迷わず視線をよこした。
ベレー帽を被りカートを引く彼は、ホワイトスミスのマーキッシュ。
「こいつヴァルキリー信仰派で、機械とか科学分野に関しては複雑なところがあるんだよ」
「それってどう言う?」
「ミッドガルドのヴァルキリー信仰の要は、主神オーディンの導きの加護があり、精霊や自然のものを尊ぶものとされている。でもリヒタルゼンは国が違って信仰が薄い上に、科学文化寄りだろ? そう言う場所は、こいつにとってはあんまり居心地よくないのさ」
「居心地がよくないって?」
「あんまり好きじゃない」
「それ感情論ですよね?!」
しかしせすなも、ロイヤルガード立場上、理解がないわけではなかった。
あるものをそのまま受け入れ、尊ぶ文化と、あるものを論理的に研究し、解明していく科学文化。
ヴァルキリー信仰は、自然を受け入れて共存していくものであり、その摂理にメスをいれる科学は受け入れ難いものがあるのだろう。
カズキの場合、実家が修道院でそれが色濃くでているのか。
「人に変えられた違うものを見るのが少し怖くて……辛くなると言うか。あるがままであれなかったものがあるって、少しきついと言うか……」
「それを言うならミッドガルドもそうじゃないです?」
「そうだけど……」
「別に否定してるわけじゃないんだぜ? あるがままを受け入れるって言うのは人に対してもそうだしな。リヒタルゼンがそう言う発展をしてきたなら、それも"あるがまま"だろ?」
「信仰って意外と大雑把なんですね」
「そんぐらい寛容じゃなきゃ、冒険者なんてやってらんねーさ」
苦い顔でリヒタルゼンの記事を読むカズキの後ろから、ラグドールがお菓子を持ってきてくれた。
話を聞いていたらしい彼女も記事を覗き込んで、感心した表情をみせる。
「この女の子のお洋服かわいい……」
「え……」
「リヒタルゼンってこんなお洋服着るんだね。いいなー、カズキちゃんは気にならない?」
「え、き、きになる……」
「気になるんです!?」

マーキッシュは呆れていた。
カズキは、冒険者になったといえ信仰の関係で言えばミッドガルドしか知らない箱入りなのだ。
皆が同じ主神を信仰する世界で、カズキは神の力を借りない人々と関わったことがない。
無意識に避けているのもあっただろう。
だからこそいい機会だ。

「まーくんは、来る?」
「俺は留守番してるさ、代わりに実家に報告しといてやるよ」
「カズキさんの実家って報告いるんですか?」
「一応跡取りだからな。国外は流石に叔母さんが心配するだろ」
「う"っ」
せすなは首を傾げているが、一気に青ざめたカズキに驚いた。さわりしか聞いてはいないが、カズキと母と折り合いがわるいらしい。
「母さん怒んないかな……」
「あ? そんぐらいでキレてたら、家飛び出した時点でタダじゃ済んでなくね」
「カズキさん……お母さんが怖いんです?」
「こ、怖くはないけど、……いや、やっぱりちょっと怖い……」
ラグドールに同情されているのは、理解があるのだろう。せすなに具体的な関係はわからないものの、ある程度聞いていることがある。

カズキには神族の血が流れていると、
人間と神族の間に生まれたハーフ的な存在であり、その根本的な思想が人外だと、せすなは犬草から聞かされていた。
"思想が人外"という言葉に違和感はあったが、「物事の捉え方が違う」といわれれば理解はできる。
人を愛す神々から生まれたが故に、カズキは人である自分達に最大限に愛情を注ごうとすると、
そこに"良い"や"悪い"の区別はなく、人ならばそれは子であり、愛すものであるとその思想に刻まれているのだと聞かされた。

せすなには、思い当たる節が十分にあった。
かつて、違うギルドに居た彼は、どんな立場の相手にも暖かく接し、励まし、相手を救おうとする。
せすなもまた救われた中の一人だ。
しかし、さまざまな人々が生きるこの人間社会で、その思想はトラブルも呼び込みやすく、カズキは傷つきすぎてしまったと、マーキッシュやラグドールも話してくれた。
それでもカズキは、現在でも人を心から愛している。
疑わず、無垢に、何をされても人間を信じ続けてしまうのは、変えようのないカズキの本質であると、
色々と聞いてはいるが、お目付役のマーキッシュによると、カズキが冒険者になったのは本人の意思でもある。
だから誰もカズキを止めることはしない。
ここは彼が自由に生きる為のギルドなのだと、せすなはそれに納得していた。

その後、せすなとカズキ、ラグドールはギルド運営をマーキッシュに任せ、リヒタルゼンに観光へ向かうことになる。
イズルートからの定期船に乗り込んだ三人は、雄大なミッドガルドを見下ろしながら、海の向こうにあるもう一つの大陸へと降り立った。
シュバルツバルド共和国の第二の科学都市リヒタルゼンは、白い外壁の建物が並び、ミッドガルドとは全く違う服装の人々が歩いている。
「はぇー、人が多いですね」
「コノハさんは来たことあるんだっけ?」
銀髪を下ろす一人の女性は、せすなと一緒にギルドに加入した、ギロチンクロスのコノハだ。
彼女は、せすなの古くからの相方であり、彼と一緒にギルドへ加入した新しい仲間でもある。
「カズキさん。そうですね。仕事できて観光はできなかったので新鮮です」
「へぇー」
「案内はコノハに任せていいと思いますよ。土地勘ぐらいあるだろうし」
「せすなさんに期待されるほど詳しくないんですが、がんばりまーす」
そんな緩い彼女に空気が和んでゆく。
初めて来た街に、カズキは新鮮さを感じていた。
同じ空気のはずなのに雰囲気も気配も違う。
見たことないものばかりでワクワクもしていたが、どこか地に足がついていない不安も感じていた。
信仰の薄い地域は、自ずと加護も薄くなるため母の加護はここには届いていないのだろう。
少しだけ気持ちも楽に思えたが、それでいいのだろうかと自分に問いかけたくなる。
「カズキちゃん、行こう!」
リヒタルゼンの空気に飲まれかけていた中、ラグドールが手を引いて戻してくれた。
今回は純粋に遊びに来たのだ。だから、楽しまなければならない。
「まず何からいきます? 美味しいご飯とか、映画とか、ミュージカルとかもあるみたいですよ」
「ミュージカルと映画ってどう違うんだっけ?」
「ミュージカルは役者さんが演じてくれて、映画は映像作品を見る感じですね」
「コノハさん詳しい」
「話だけ聞くとミュージカルの方が良さそうに聞こえるけど」
「映画でも映画にしかできないことがたくさんあるので、オススメです」
コノハに渡されたパンフレットには興味深い場所に印がつけられていて、よほどこのツアーを楽しみにしていたのが伺えた。
気がつけばラグドールも、店舗で展示されている洋服を見入っている。
女性の趣味に興味がなかったカズキだが、ラグドールの好きなものはずっと知りたいと思っていた。
「カズキさん、僕、コノハと2人で回るのでラグドールさんと回ってきて大丈夫ですよ」
「え、なんで……」
「デートデート、ずっとギルド支えて大変だっただろうし、この機会にプロ……」
「それ以上はだめ! カズキさん。僕らちょっとこの自動車に乗ってみたいのですが、2人乗りで人気なので、夕方までかかると思います。なので2人で観光しておいてくれませんか?」
「そっか、わかった。じゃあ夕方に……」
「このホテルの前で集合お願いします。ではまた後で!」
せすなは、コノハの首元を掴んだまま人混みに消えてしまった。
残されたカズキは、ラグドールとはぐれないように横に並び一緒にショーケースを眺める。
レディ向けのアクセサリーに加えて、リボンやフリルで飾られたその衣服は、リヒタルゼンだと流行なのだろう。
同じようなデザインの人々が街を歩いていた。
「らぐちゃんは、こういうのが好きなんだ?」
「え、あの、好きってわけじゃなくてかわいいなって」
真っ赤になる彼女は恥ずかしいことでもあるのだろうか。
しかし聖職者の関係上、禁欲や他者に何も求めないという風潮があり、自分の趣味や兆候をあまり話す機会はない。
規律があるわけでもないが、個を尊重するという概念がなく、軽くみられがちといえばそうだった。
「似合いそうだし、着てみてもいいと思う」
「そ、そうかな。でもいいのかな? 私一応仕える立場だし……」
「俺がマジシャン系やってるし、大丈夫だと思うけど」
「カズキちゃんがいうと、確かに説得力あるかも……」
ラグドールの心から納得した表情にカズキは一瞬困惑したが、迷いは無くなったようだった。
店員と話すラグドールは楽しそうで、カズキも真剣に話を聞いていたが、レディスファッションは奥が深いとしか表現できなかった。

ケープ付きのワンピースドレスに着替えたラグドールは、普段とは違う雰囲気があってカズキもずっと眺めてしまう。
「カズキちゃん、ありがとう」
「え、うん。可愛いし、よかった」
ラグドールがまた真っ赤になって、カズキも釣られてしまう。
恥ずかしいことを言った覚えもないのに、何故ここまで戸惑ってしまうのか理解できなかった。
「つ、次どこ行こうか……」
「ええと、コノハさんは映画がオススメって言ってたけど……」
コノハに渡されたパンフレットを開いてみると、映画館の印はなく代わりに飛行船の乗り口に印がつけられていた。
絶景スポットが見える方角も細かく印がつけられていて、カフェで休憩、庭園に行って告白と書かれている。
その文字を見て、カズキは思わずパンフレットを閉じた。
「カズキちゃんどうしたの?」
「え、な、何でもない」
ここでようやく、せすなとコノハの別行動の理由を理解して、困惑する。
自分の気持ちなんて、とうの昔に気づいている。
逃げていたと言えばそうだろう。
今が好きだから、ずっと蓋をしていた想い。
立場とか環境を考えれば、苦労が先立ってとても言えるものではなかった。
でも、ラグドールは全てを知っている。
カズキがどうしてきたかとか、何を苦労してきたとか、何故そうなのかという事実を、全て理解してここにいる。
抱える心配の全ては野暮だ。だからこそ戸惑ってしまう。
甘えていいのだろうかと、伝えてもいいのだろうかと、これからずっと一緒にいるために、
「ねぇねぇ、どこいく?」
変わらず笑いかけてくれる彼女が、心から愛おしくて目が合わせられなくなる。
当たり前に見せてくれるものなのに、今日は何故か違って見えた。
「飛行船、コノハさんが、良いって……」
「本当! じゃあいってみよ!」
また、手を引いてくれようとする彼女も普段通りだ。
いつもこうして、迷っている気持ちを引っ張ってくれる。
でもいつまでもそれではいけないと分かっていた。だから今日だけは、引いてくれた手を強く握りかえす。
「俺が地図持ってるから、ついてきて」
「! わかった」
まだ勇気はでない。
それでも、ずっと一緒に居たいという気持ちは揺るがなかった。

「カズキさん。うまくやれてるかなぁ」
「せすなさんが心配しても仕方ないっすよ」
安価なカフェテラスにきたコノハとせすなは、浮いた時間を潰すために、頼んだ飲み物を少しずつ飲んでいた。
夕方までとはいったが、もう何年も付き合いのあるコノハとこうして2人になるのは当たり前で、新鮮味も何もない。
自動車体験も空いていて数分で終わってしまい、暇を持て余している。
「ミュージカル行きます?」
「前にジュノーでバード系の試験受けたときに、生卵投げつけられてトラウマなんだよ……」
「映画は?」
「暗い場所は眠くなる……」
「飛行船はカズキさんとブッキングしそうだしねー」
観光にはきたが、2人でやることが思いつかない。
仕方がないのでせすなは、もう一度店のメニューへ目を通していた。
「食べすぎると晩御飯はいらないよー?」
「文句言うなら、やることの一つでも考えてくれよ……」
コノハもコノハで、黒い実の入ったお茶を啜っている。
カズキが気に入っている飲みものらしいが、色が微妙に違っていた。
平和な街だ。道端には白いドレスの婦人がペットの散歩をし、衛兵が定期的に見回りにきては、笑顔で冒険者達に道案内をする。
ミッドガルドでも似た都市はあるが、ここまで未来を見る都市は初めてだった。
物珍しくリヒタルゼンの様々な場所を注視していると、路肩脇のベンチに座り込む1人の人間に目が行く。
目立つ赤髪に、赤がベースのオリエンタルな衣服は冒険者のもの。
男性と思わしき彼は、消沈した表情をみせている。
せすなの視線が動かなかなくなり、向かいのコノハも彼に気づいた。
「元気ないですね。どうかしたのかなぁ?」
コノハは率直な疑問を口にするが、この次のせすなの行動は分かっていた。
気づいてしまったのだから、仕方ない。
せすなは、そういう人間だからだ。
店員にチップと料金を置いて、2人は迷わず座り込む彼の元へ歩み寄る。
目の前が陰ったことに赤髪の彼は顔をあげようとしたが、せすな膝をついてあえて下から声をかけた。
「冒険者さんですよね。顔色が良くないですが、どうかされましたか?」
「貴方は……?」
「僕はせすなです。こっちがコノハ。辛そうだったのでつい声をかけてしまいました」
「あ……、申し訳ない。体調が悪いわけでは無いのですが、生徒と逸れてしまって……もう数日合流できず、途方にくれていました」
「生徒さんと?」
「はい、私はセシル・エリュシオンです。セシルと呼んでください」
「わかりました、生徒さんとはどこで逸れたのですか?」
「レッケンベル社の研究施設、第二研究所です……」
「第二研究所? そんな場所はじめてきいたなぁ」
「経緯からお話すると、私は生徒と2人でレッケンベル社の社内見学ツアーに参加したのですが、生徒が第二研究所の見学会に当選して別れて以来、合流ができず……」
「研究所で迷子になっちゃった?」
「迷子になる子ではないのです。むしろ私よりもしっかりしてるぐらいで、どうしたものかと」
「その第二研究所に探しに行くことは?」
「取り合ってみたのですが、もうツアーは終わったと、門前払いされてしまいました。待つことしかできず、日ばかり経ってしまって」
「コノハ、第二研究所はどこにあるの?」
「うーん、聞いたことないからわからないですね……」
「あそこに見える、浮遊島はわかりますか?」
セシルが指差した先には、まるで風船のように浮かぶ建物があり、2人は一瞬それがなんなのかわからなかった。
考えられないような質量のものが、そこに浮いていたから、
「蜃気楼、ではないですよね」
「いえ、本物です。第二研究所は過去の事件がきっかけで、あのように浮いているとか。内装は廃墟化していますが、当時の研究施設はのこっているようで、今や観光資源だと」
「登ったらおちないんですかねー?」
「詳しくはわからないですが、あの施設の定義、概念が歪められたことによってそうなってしまったらしく、突然墜落はないそうです」
「これが科学の力なのかなー?」
「違うと思うぞ……」
せすなの冷静な突っ込みにコノハはかなり満足していた。
飛んでいくだけならグリフォンに乗ればすぐだろうが、広そうな研究所で探すなら、三人だと心伴い。
せめて後2人が3人いればいいのだが、
「ラグドールさんとカズキさん呼びます?」
「うーん……」
デート中の2人の間に割って入っていいものかと頭を抱えた。限りなく奥手のカズキは、きっかけがなければ恐らく決意を固めない。
それは彼が「今が好き」だからであり、それを壊したくないと願っているからだ。
変化を望まず永遠の安永を求める様は、まさに聖職者らしいが、周りからすればもどかし感じてしまう。
このリヒタルゼンのツアーは、そんな友人留まりの2人をくっつけるチャンスだ。
出来れば邪魔はしたくない。
「とりあえず様子見で決める……」
「結局見にいくんですね」
コノハのツッコミは聞こえないふりをしておく。
気配を隠し、2人はセシルをつれて、コノハが企画したデートコースをまわっていた。
すると、飛行船の下り口から手を繋いで降りてくる2人を発見する。
「おぉ、うまくやれてますね」
「なんとかなってる、良かった」
「あのー、お二人は何を?」
「セシルさん申し訳ない。もう少し、もう少し待ってください。必ず手伝いますから」
「は、はい」
セシルがついて来られない事に心が痛むが、今は許して欲しいと切に願う。
話している間に、カズキとラグドールの2人は、リヒタルゼン最大のホテルの庭園へと訪れた。
色とりどりの花が植えられる庭は、告白にはぴったりの雰囲気で、穴場スポットである為に人も少ない。
ここなら、気持ちを伝えられるはずだ。

風に揺れ、香りを振り撒く花に見惚れるラグドールは、とんがり帽子で顔を隠すカズキを見ないようにしていた。
彼のその動作は、照れ隠しだ。
恥ずかしいことや言いにくいことを言いたいときに、表情が見えないよう鍔を下ろす動作。
顔を隠して気持ちを悟られまいとした行動であり、ラグドールは見ないように配慮していた。
なぜなら、こうなったカズキは沢山の時間をかけつつも必ず気持ちを伝えてくれる。
「らぐちゃん。あのさ……」
「なぁに?」
「俺……、ずっと迷ってたんだ。伝えていいかとか、迷惑にならないとか、色々……」
「……」
「でも、このままじゃ絶対後悔するって、わかるから……正直に、いうと……」

ラグドールは黙ってカズキを見つめていた。
また物陰に隠れる三人も、息を呑んで次の言動をまっていた。
その場にいる全員がカズキの言動を待つ中で、セシルは唯一、カズキへ後ろから近づく影を確認する。
金髪にリボンをつけたドレスの女性。
彼女は軽い足取りで、カズキに歩いてゆく。

「俺、らぐちゃんと——……」
直後、カズキは後ろから何かが来た。
見えたのは細い腕。
後ろにいる女性に背中から突然抱きつかれ、カズキは何が起こっているのか混乱する。
「え"っ、何!? 誰!?」
「いい匂いがします。貴方が運命の人ですか?」
「は?」
「カズキちゃん。その人誰?」
ラグドールの目が死んでいた。
こちらも訳がわからず、カズキは抜け出そうとするも、がっちり掴まれて動けない。
「離して下さ——」
「えーなんでですか~?」
女性であるため無力に振り払うと怪我をさせてしまいそうで、本気での抵抗はできなかった。
それがまたラグドールの気に障っているのか。背を向けてしまう。
「らぐちゃ、ん。助けて……」
カズキの切実な声にラグドールは渋々振り返ると、優しく腕をほどいてくれて、解放された。
色んなギルドを転々としてきたが、間違いなく初対面だ。
「えへへ、こんにちは」
「ど、どちらさま?」
「私はひなっていいます。すいません。ついビビッときてしまって」
何を言ってるか理解できず、カズキは茫然としてしまう。
ひなと名乗った女性は腰に鞭を携えていて、ワンダラーなのが見て取れた。
「ひなちゃん!!」
冷えていた空気に新しい声が響いた。
花壇の影から飛び出してきたのは赤髪にオリエンタルな服を纏う男性。
「どこいってたの! 探したんだよ!」
「ししょー! こんにちは!」
「こんにちはじゃないでしょ! 今までどこに……」
「えへへ、迷子になってました。私もししょーを探してたんですよー」
突然目の前に、知らない顔が2人も現れて、何を話せばいいかもわからず困惑する、
しかし、知り合いが現れたならこの場をどうにかしてくれるだろうか。
「カズキさん、大丈夫ですか?」
振り返れば、せすなとコノハも現れて驚いてしまった。2人は心配してくれた様子で、駆けつけてくれる。
「すごいびっくりしたけど平気……」
「カズキさんですよね? 申し訳ない。突然こんな事に……」
「なんで俺のこと?」
「せすなさんとコノハさんに伺いました。私はセシルです。こちらは生徒のひなちゃん」
「はじめまして、こんにちは。ひなです」
「せすなさんの知り合いだったのか」
「え"っ。そのー……」
「さっき。知り合ったのです。途方に暮れていた所に声をかけていただいて」
「へぇー」
「でももう、大丈夫です。ありがとうございました」
「ご、合流できて良かったですね」
カズキは今一つ話が読めないが、セシルの問題が解決したならそれはいいことだと思った。
しかし、傍のラグドールの目が据わっていて少し怖くなる。
「らぐちゃん、怒ってる?」
「ぜんぜん!」
こんな時、カズキはどんな言葉をかければいいかわからない。
「お二人の間を邪魔してしまって申し訳ない……」
「せ、セシルさん。きにされないで下さい。大丈夫ですから」
ラグドールのフォローはもはやフォローに聞こえなかった。
「お詫びといっては、何ですがこの後一緒にお食事でもいかがでしょう? 美味しいお店をご紹介しますよ」
「はぇー、いいですねぇ」
「少しだけ滞在期間が長い分、ご案内できればと」
かなり惹かれる中。カズキは何故かセシルの後ろにいるひなに、じっと見られている。
風景の一部として見ているのではなく、まるでカズキを確かめるように観察しているようにみられていて、少しだけ怖くなった。
「あの、ひなさん。俺の顔になんかついてる?」
「あ、すいません。どうしても気になって……」
「なんで……」
「わかんないんですけど、見ないようにしますね」
少しだけほっとしたが、一体何があるのだろうか。
これが続くのは流石に精神が堪えそうで、不安にもなる。
「カズキさん、セシルさんのお誘いどうされますか?」
「え、全然いいけど……」
「……いいんだ」
ラグドールの冷ややかな小声に背筋がぞわりとする。早く彼女の機嫌を治したいと思ったが、気がつけば、またひながこちらを見ている。
少しだけ恐怖も感じつつ、4人はセシルに案内されたレストランに入った。
「せすなさんとコノハさんは、なんであの場所に?」
「え"、あの場所?」
「ほら、庭園?」
「えーっとぉ……」
「ひなさんを探してたんですよぉ」
「そ、そうなんです。見つかって良かったですね、セシルさん」
「はい、本当にありがとうございました」
「ひなさんは何処にいたのですか? セシルさん心配されていましたよ」
「ししょーは心配性なんですよ。私もなかなか見つからなくて大変だったんですから」
「ひなさんも探してたなら、入れ違いだったのかなー?」
「じゃ、じゃあ、俺に抱き着いてきたのは……?」
「うーん、なんか吸い込まれるように捕まえてしまったんですよね。なんででしょう?」
「セシルさんと勘違いされたとか?」
「うーん、そうなんですかねぇ~。冷静に見ると見た目全然違いますから」
「ひなちゃん。びっくりしちゃうから今度からやっちゃだめだよ」
「はーい」
安心した表情で笑うセシルに三人もほっと肩を撫で下ろした。
しかし、唯一ラグドールだけは一言も喋らず黙々と料理を食べている。
「ひなさんひなさん。第二研究所の見学にいったんですよねー、どうでした?」
「研究所ですか? とっても楽しかったですよ! なんというか、グラストヘイムに来たみたいな雰囲気で、廃墟感もすごくて、あとなんか解体された動物みたいなものが転がってたりー」
「それは人が足を踏み入れていい場所なのか疑うレベルなのですが」
「ひなちゃんってそういうの平気だっけ? 怖いっ言ってなかった?」
「そうでしたっけ? でも是非もう一回行って見たいなっておもいました。皆さん如何ですか?」
「え……」
「当選者はお友達を誘って来てもいいって言われてて、ししょーも一緒にいきましょー」
「えぇ……」
困惑しているセシルを横目に、コノハとせすなの目が輝いている。カズキはそれよりもラグドールの機嫌の方が心配で肩を狭めていた。
「らぐちゃんは、どうする?」
「どちらでもー」
色々と気持ちが辛い。しかし、気分転換にもなるだろうか。
「では、明日の午前ぐらいに飛行船の乗り口に来てくださいね」
「あれ、レッケンベル社じゃないの?」
「当選者は顔パスです」
本人がいうなら間違いないと思うが、少し思っているものとは違う雰囲気を感じていた。
二人と別れた四人はその日予約していたホテルに入り、チェックインを行う。
今まで冒険者として安価な宿や、帰れなければ野営もあったはずなのに、今回は驚くほど高級なホテルだ。
せすなとカズキ、コノハとラグドールで分かれた二組はそれぞれの部屋で寛ぐ。
「あぁ〜ふわっふわっだぁ〜。僕こんなお布団で寝るの初めてですよぉ」
速攻でベッドにダイブしたせすなは、今にも寝てしまいそうな表情をしている。
カズキも座ってみるとちょうど良い柔らかさで、横になると心地よい。
しばらく沈黙が続いて、そのまま寝てしまいそうなカズキにせすなは単刀直入にきいた。
「カズキさんって、やっぱりラグさんのこと大好きですよね」
「え"っ」
一気に目が覚めたカズキに、思わず呆れてしまう。
気づいてないとでも思ったのだろうか。
「今日告白できたらよかったんですけど……明日言えそうです?」
「ちょ、ちょっと、なんで、そんな」
「見てましたよ、ずっと。気づいてなかったんですか?」
タイミング的にいたのだろうとは思っていたが、追及するのと野暮だと思っていた。
元々コノハがセッティングしてくれていたのだから、不思議ではない。
「……言えるなら、言いたい」
「急かすつもりはないですから、気にされないで下さい。ただのお節介ですよ」
「……でも、ありがたかった。こういうの苦手で質素な事しか、できないから」
普通ならロマンチストな場所で、着飾って、プレゼントを用意してもいいぐらいなのに、カズキはそれがわからない。
どこに行けばいいのか、何を着ればいいのか、彼女は何を好きなのか、殆ど知らない。
お互いの心にいる神は、個を望まず支えることを望み、それが全てでこその聖職者だからだ。
知りたい事は沢山ある。
望まない事が美徳で踏み出せなかったのが本音だ。
「今から、お互いに知っていけばいいのですよ」
「……!」
「気持ちを伝えてから、知れる事はあると思いますから」
遅くはない。むしろそれはスタートラインだ。
気持ちを伝えて次に進めば、距離も近くなるだろう。
「頑張る」
「応援してますね。明日の夜はここのホテルで花火ディナーらしいので、第二のチャンスですよ!」
せすなの気合いに負けてしまいそうだ。
でもカズキが知らないことを、沢山知っている彼の支えはとても大きい。
「ありがとう……」
隣の部屋で、ラグドールはどうしているだろう。
そう思いを馳せるカズキに対し、ラグドールはコノハの長い髪にドライヤーをかけていた。
銀のふんわりした髪は、優しい香りがしてキラキラと靡いている。
「お風呂よかったですねぇー」
「素敵だったねぇ、広かったし気持ちよかった」
「泡風呂なんて初めて入りました。高級ホテルの醍醐味ですね。あ、ドライヤー変わりますよ」
綺麗に乾いた髪を梳いて、コノハはラグドールを座らせた。
普段2つに括ってはいるが、ラグドールも同じぐらい髪が長さがある。
「さっきは残念でしたね」
「へっ、何が?」
「カズキさん、伝えようとしてたのに邪魔がはいってしまって……」
「え、あの、うん……。やっぱり見てたんだね」
「シーフ系ですから、当然ですよぉ。でも、本当にあれは事故でしたから、許してあげてください。本気で抵抗されてましたし」
「……じゃあ、ひなさんってなんなんだろう」
「はい?」
「カズキちゃんに一目惚れしちゃったのかな? すっごく可愛かったし、今時で……私とは違って……」
コノハはラグドールの言葉で、彼女が先程機嫌を崩した理由を理解した。
ラグドールは自分に自信がないのだ。
神に仕え個を重視しない環境に居たために、きっと周りが輝いて見えているのだろう。
本人はこんなにも、純粋な心を持っていると言うのに、
「大丈夫ですよ。カズキさんはそのぐらいで靡く人じゃないと思います。それはラグさんが一番知っているのでは?」
「え、でも、そう言うのは、確信が持てないと言うか……」
「ならまた明日以降に期待して見ませんか?」
「ひなさんいるけど、大丈夫かな……」
「カズキさん。ひなさんのこと相当怖がってたし大丈夫じゃないです?」
たしかに怖かっていた。怖がる理由もラグドールには理解ができる。
事実無根の噂で何度もトラブルに巻き込まれたカズキは、後ろから掴みかかられ、そのまま連れて行かれそうになったことが多々ある。
突然腕を掴まれたり、触られると極端に驚いてしまうのを何度もみていた。
また、一度驚いた相手をひどく警戒してしまうようで、無意識に距離を取ろうとする。
「大丈夫、かな?」
「私とせすなさんよりも、ラグさんの方がカズキさんの事、よくわかってますよ」
コノハの言葉に少しだけ照れてしまった。
まるで見透かされているような優しい言葉に、少しだけ自信がついたきがする。

一晩休み、待ち合わせ場所に来た4人は、機嫌が治っているラグドールに安心しつつ、セシルとひなを待っていた。
話を聞く限りでは、レッケンベル社経由のツアーだと思ったのに、指定された場所は飛行船の空港で不思議な感じがする。
「これってもしかして、直行で第二研究所なのかな?」
「雰囲気的にもそんな感じですよね。大丈夫なんでしょうか」
「人数の話?」
「それもありますけど……」
「普通なら立ち入り禁止なのにってことですよね。せすなさん」
「そうそう」
「人数でだめだったら、俺はまっ——」
せすなとコノハが、ものすごい形相でこちらを睨んできてカズキが言葉に詰まった。
しばらくフリーズしていると、こちらに近づく足音が聞こえてカズキは振り返る。
「おはようございます。おまたせしました」
「セシルさん、ひなさん、ご機嫌よう」
「おはようございます。晴れて良かったぁ」
「お二方今日はよろしくお願いします」
代わりに挨拶をしてくれるせすなにカズキはほっとする。警戒はしたくないのに、無意識に体が硬って何も言えなくなっていた。
「それでひなちゃん。行けそうなの?」
「もちろん。早速いきましょう!」
手を引かれてゆくセシルの後ろを、4人は早足でついてゆく、案内されたのは飛行船ターミナルの一番奥にある小さな船だった。
乗務員はありふれた格好をしているが、サングラスをかけていて、ひなが手を振っても礼をするだけで一言も喋らない。
「本当に顔パスだったけど、いいのかな?」
「そう言うアトラクションなのかもしれませんよぉ?」
「コノハは前向きだな……」
促されて乗り込んだ飛行船は、ゆっくりと動いて離陸してゆく。独特の浮遊感も慣れたものだが、小さくなってゆく地面を見ると少しだけ怖くなった。
「あれですよー!」
ひなの指差した先にあるそれは、第二研究所。
陸から離れ中に浮く建物だ。よくみればもう一機小さな飛行船が横につき、離れてゆく。
「以外と人がきてるんだ」
「そうみたいですね。着いたら沢山案内しますから楽しみにしててくださいな」
話だけ聞くとホラー系のようだが、思っていたのと違う成り行きで不安にも駆られていた。
ラグドールもそれは同じのようで、リヒタルゼンの景色と浮遊物を見て緊張感した表情をみせている。

第二研究所に降り立った6名はかなりしっかりしている床に少し驚いた。
当たり前ではあるが、浮いているのに人間がジャンプで力を加えてもびくともしない。
「不思議ですねぃ」
「概念っていってましたっけ?」
「はい、といっても私もうまく説明できないのですが」
ひなの言う通りその場所はまるでグラストヘイムを思わせる不気味さを持っていた。
内装は薄暗く、灯りも点滅している状態でまさにホラーハウスと言う表現が正しい。
「じゃあ出発ですね」
ひなの掛け声に応えるように、五人は彼女の後に続いた。先にもう一隻の飛行船が来ていたはずなのに、まるで人の気配がない。
それなのに何故か視線を感じるのは気のせいだろうか。悪寒もしてきてカズキは思わず肩をすくめる。
「カズキさん、大丈夫ですか?」
「平気、でもなんかここすごくざわざわして……」
「ざわざわ?」
「よくないものを感じるというか……」
感覚的すぎてわからないが、それはカズキ意外の4人も感じているものだった。
人間の感覚にある何かが、ここはまずいと伝えている。
しかし、ひなはそんな様子は微塵も見えず一人迷わず奥へ歩いて行ってしまうため、5名は急いで後に続いた。
早足で先に進もうとした時、コノハが足元に注意がいかず何か細いものを踏みつけてしまう。
すると瓦礫の中から犬型の警備ロボットが飛び出し、こちらへ飛びかかってきた。
せすなは、それを見て背中の盾を取り出し、突進でコノハを守る。
「せすなさん、すいません」
「ロボットハウンドです。さがって、まだ動く」
小型の四足ロボットらしき機械は、まるで動物のような動きで起き上がると、背中の赤いランプをひからせた。
大きく遠吠えをしたかと思えば、ありとあらゆる場所から、同じロボットが飛び出してくる。
一瞬で囲まれてしまい、空気が一気に緊張した。
「これ……マジなやつ?」
「マジですね。カズキさん、やれますか?」
敵は機械だが、こんな敵は初めてだ。
しかし、やるしかない。
カズキの目つきが変わった時、一同は僅かな冷気を感じた。気のせいかと思えば徐々にそれは増してゆき、息が白くなってゆく。
ラグドールが祈り、防御魔法を張る中で、タイミングを見た敵が一気に突っ込んできた。
「ストームガスト!!」
真上に現れた氷の吹雪に、飛び込んできたハウンドが吹き飛ばされてゆく。
しかし、受け身を取った敵が再び飛び込んできて、カズキは「ファイアーウォール」を展開。
敵の接近を防いだ。
「何を……」
突然張られた「ファイアーウォール」に矢で応戦していたセシルが戸惑う。
「ストームガスト」で凍らせた敵を叩くわけではないのかと思った時、カズキの杖が振られた。
詠唱のないその動作で炎は消え、途端に敵の動きが停止する。
停止したというよりも、動けなくなったのか片足だけバタバタさせている個体もいた。
「流石……」
「これは?」
「凍らせた」
「え?」
「説明雑過ぎますよ……」
コノハ、せすな、セシルが、動かなかった敵を破壊してゆく。
仕組みは、「ストームガスト」の氷の微粒子を敵の関節や隙間に滑り込ませ、「ファイアーウォール」で一度溶かす、水になったそれを再凍結したというものだった。
「濡らす方が確実に凍る」
「確かにこういう金属の敵は凍りにくいですからね……」
冷気が引いてくる頃には、ハウンドの残骸のみが残り、場は静けさを取り戻していた。
感心していたセシルだが、ふと何かに気づいて周辺を見渡す。
「ひなちゃんは?」
4人もハッとして見渡したが、いない。
常に先頭を歩いていて、はぐれてしまってのか。
「先に行ってしまったんでしょうか。探しに行くしかありませんね……」
「せすなさん……すみません」
「いえ、女性1人でこの場所はあまりにも危険ですから」
「というか、すでにツアーの場所じゃないですよね? ここ。誘い込まれたんでしょうか?」
「え、そんな、ひなちゃんが、ありえないですよ」
コノハが思わず口をつぐんだ。
動揺するセシルに、カズキは手を差し出す。
「ごめん。俺、結構トラブルメーカーだからこう言うのよくあって……、コノハさんも悪気はないんだ。俺もひなさんの所為だとは思いたくないから、一緒に探しましょう」
「カズキさん、ありがとうございます。トラブルメーカーなんですか? こんなに落ち着いていらっしゃるのに」
「え、まぁ、色々あって……」
「トラブルメーカーというよりも、悪い人に狙われやすいって感じですね……」
「何も悪い事してないのに……」
「悪い人は向こうからきますから」
せすなの正論が胸に刺さる。
たしかにどんなに質素に生きていても、トラブルは向こうからやってくる。
避けようが無いなら、自衛するしかないか。
「でもこれ、カズキさん絡みならカズキさんだけでも先に帰った方がよくないです?」
「まだそうとは限らないから、俺も探す」
「カズキさんがそう言うなら……」
「飛行船も、僕らを下ろしたら帰っちゃっいましたしね……。待つぐらいなら一緒に動いた方か安全でしょう」
あたりを見回せば、まさに言葉通りの廃墟だ。
研究所というのは間違いないらしく、割れた試験管や本、デスク、壊れた椅子も横たわっている。
「人が歩ける場所はかぎられています。進めば合流できるでしょう」
楽しむつもりできた手前、少し困惑したものの。冒険者としての血が騒ぐと言えばそうだった。
何が起こるかわからない。それこそが、冒険の醍醐味だから、

@

どのくらい歩いただろうか。
数秒。数分だった気がする。
我に帰った時、ひなは第二研究所まで戻ってきていた。
ここにきたのは数日前のはずだ。
レッケンベル社の研究所見学ツアーで渡された当選チケット。
空港に向かってセシルと別れ、ほかの当選客と共にここにきた。
しかし、ここに来て何をしたかは覚えていない。
何もしていないのに、楽しかったという感覚のみ残っていた。
それで終わりならよかったのに、何故、自分はまだここにいる?
ゆっくりと戻ってくる自分の感覚に、ようやく実感を得た。
「私、師匠とみんなをここに……?」
何故そうしたか、何故彼らをここへ連れてきたのかわからなかった。
意識はたしかにあった。
でもうまく言えないままに彼らをここへ連れてきてしまった。
振り返ってみたが、一緒に居たはずの彼らは逸れてしまったのか居ない。
引き返さねばいけないと思った時、ふと、後ろから何かを感じた。
視線でも無い、敵意でもない。
誰かに呼ばれた気がして、ひなは迷いなく振り返った。
するとそこには、可憐な青髪の少女が、ワークデスクの上に座っている。
悪い感じではなかった。
優しい雰囲気の彼女は、ひなを見て微笑む。
「どうしたの、迷子?」
「え、なんでわかったんですか……」
「だって、キョロキョロしていたし? どうしてここにきたの?」
「何故か、いつのまにか戻ってきてて……」
「……そっか。あっちの通路にいけば一応外だけと、ここ浮いてるからなぁ」
「あの、あなたも迷子さんですか?」
「ううん。私はここが家なの」
「家? どう見ても廃墟ですよ、ここ……」
「うん。でも、私はここから動けないの。だから気にしないで」
「どうして?」
「人を待ってるの。私は眠っていたいのに、起こしたい人がいて、その人が私を起こせる人を探してる。……熱心なファンみたいな?」
「ファン?」
「私もよくわかんないんだけどね」
「今起きてるなら、一緒に外に出ましょう? こんな場所、家にならないし……」
「今、本当の私は眠っていて、眠ってるからこうしてられるんだ。でももし起きてしまったら、私が私でいられなくなってしまうから……」
「どういう……」
「難しいでしょう? でもそう言うことなの」
「じゃあ、貴方がここから出るには、どうしたらいいんですか?」
「え……」
「あ、すいません。出たくないなら、失礼だったのかな……」
「……出たくないなんてことはないわ。私にも会いたい人がいるから……」
「会いたい人? なら尚更ここからでないと。どうすればいいんですか? 私にできることなら、手伝います」
「……そうね。とても言いづらいけど、もし貴方が、目覚めた私を倒してくれたら、私もここから出られるかも」
「……たおす?」
「冒険者さん。貴方は、私を殺してくれるかしら?」

ひなとはぐれ、彼女の捜索を開始した五人は、出来るだけハウンドとの戦闘をさけつつ静かに研究所を歩き回っていた。
広さのあるここは、研究所らしく同じ景色が続いていて、進んでいると言う感覚がわからなくなる。
「これ、進みすぎると戻れないってことありませんかね……」
「いざとなれば、カズキさんに天井ぶち破って貰えば、グリフォンを呼んで、なんとかなりそうだけど」
「そんな魔力ないって……いぬくささんの"メテオストーム"ならなんとかなりそうだけど」
「なんでクラスアップしないんです?」
「う"っ、風魔法の、試験に、通らなくて……」
「あー……」
風の精霊と馬が合わず未だに補助魔法程度の威力しか出ない。水と火、地ならそれなりにやれているのに、風の精霊はカズキを忌み嫌っていた。
「精霊にも宗教上の問題とかあるんですかねぇ……」
「どっちかっていうと、俺がヴァルキリー信仰だから嫌いみたい?」
「そう言う」
「精霊さんって、基本自分を信仰して欲しいとか、そういうのあるよね」
「それでも、カズキさんだけ異常な気はしますが……、別にアコライト系から転職しても、そんな問題は聞いた事ないですし、ちゃんと対話できてるんです?」
「うーん、言葉が違うからニュアンスでしかわからないけど、ふらふらあっちこっち信仰してはっきりしないお前が嫌い。みたいな感じ」
「なんかもう嫌がらせじゃないですかそれ?」
「これでも何回も話して、一応使えるまでにはなれたんだけど、それを水の精霊に相談したら、それがまた気に入らなかったらしくて……」
「友達関係なら絶縁レベルの沼ですよね、それ」
精霊との関係構築はマジシャン系なら誰でも陥りがちだとはいわれているが、それでも皆うまくやってクラスアップしていると聞く。
しかし、こう問題がずれ込むと後何年ウィザードをやればいいのかわからない。
「それなら"メテオストーム"はまだ先ですね」

情け無い。
しかしカズキにも全く身に覚えがないわけではなかった。
精霊は人間には寛容だが、人間以外の種族にはどこかしら冷ややかな面もある。
その為、カズキのその本質を見抜かれた時、風の精霊はこう言った。

——「人であるその身で、人を人間としかみないお前は、あまりにも傲慢である」と、

「カズキさん、どうかされました?」
思わず、物思いに耽っていた自分にはっとした。
今はひなを探さなければならない。
そう顔を上げた矢先、セシルが奥を駆け抜けるハウンドを目撃した。
こちらを目指さず、違う方向に群れで走っていくのは、きっと他にターゲットを見つけたからだ。
セシルは瓦礫を飛び越えハウンド達を追い、4人もそれに続く。

狭い通路を全力で走る、もう一つの新しい影があった。
長い茶髪に桃色の極東風の着物スカートの影は、追ってくるハウンド達から全力で逃げている。
しかし、この冒険者は至って冷静だった。
いざとなれば魔法で焼けばいい。
だが、自分がここに侵入していることを敵に悟られるのはまずい。
もう遅いのかもしれないが、

長い髪の彼は通路の突き当たり行きつき、右足でブレーキをかけると、向かってきたハウンドと対峙する。
どうする? 
上手い方法はないか必死に考えたが、思いつかない。
また出し惜しみをして、余計な負傷をする方が厄介だともわかる。

やるか。
長い杖を振るい、構えた。
やるならば、徹底的に潰して行こう。
防御魔法。魔力増強。リコグナイズドスペル。
「吹き飛べ! メテオ——」
スキルが喉から出かけた直後、
狭い廊下の奥から、強烈な冷気が押し寄せ、場にいたハウンドの全てが凍りついた。
何が起こったか分からず、振ろうとしたままのポーズで固まっていたが、奥に見えた影に思わず杖を隠す。
とんがり帽子のシルエットは冒険者のものと判断し、座り込んだ。
「大丈夫ですか!?」
凍りついたハウンドを押し除け、盾を持った青年が一番初めにこちらに来た。
青髪に赤目の彼は、目が大きく整った中性な顔立ちをしている、しばらく見惚れてしまったが手を差し伸べられて、はっとした。
「だ、大丈夫です。あの、助けてくれたんですか?」
「はい、追われているのを見つけましたから、お怪我は?」
「平気です。その、助かりました」
「良かった」
人数は五人。初対面だ。
自分しかいないとおもっていたが、これはもしかしたら好機かもしれない。
「ありがとうございます。はじめまして、僕はウリといいます。貴方は?」
「ウリさん。僕はせすなです。実は人を探していて、金髪の女性をみませんでしたか?」
「見てないですね……」
「そうですか……」
「はぐれちゃったとか?」
「はい」
せすなの背後には、動かなくなったハウンドを壊す四人がいる。
どこにでもいる冒険者で、敵ではなさそうだった。
「ウリさんは何故ここに?」
「ボク? ボクは……その、人についていったらここにいて……ただの迷子です!」
「なるほど……やっぱり多いんですね」
「あ、あの、せすなさん。何かあるんですか? ここ」
「冒険者を誘い込んでいるのではと話していて……」
「目的は不明ですが、行方不明者が居たと言う話もないので、どうなのだろうと」
「へ、へぇー……」
「ウリさんは何がご存知ですか?」
「んー、ボクも詳しくは知らないですけど、レッケンベル社によれば、ここは放棄区域ってことですね」
「それ、本当ですか?」
「ボクが聞いた話ですけど……」
「じゃあ、ここが放棄区域だと分かってて、ウリさんはここに?」
「え"っ、はい。ほ、ほら、気になるじゃないですか。冒険者の血が騒ぐというか……」
「危険を承知で乗り込むなんて、やりますねぇ〜」
「あははは……」
「じゃあやっぱり、これは仕組まれた? ひなちゃんは……」
「セシルさん。きっと何か理由があると思いますし、あきらめず探しましょう」
「はい……」
せすなのフォローにも、セシルは暗い表情をみせている。
まだ、全員の名がわからないウリだが、まだ聞けそうなことがありそうだと思い、あえて問いた。
「ひなさんって?」
「私、セシルの生徒なのですが。彼女が私達をここへ……」
「へぇー……」
ウリは少しだけ考えて、もう一度目の前の5人を見た。
敵ではない、巻き込まれた冒険者。
なら彼らに紛れ込めば、敵に遭遇した時に余計な追及は避けられるかもしれない。
「あの、よかったらボクにも手伝わせてくれませんか?」
「え……ウリさん、それは願ってもいませんが、ここは危険な場所で」
「ボク、こう言うの慣れっこなので、それに結構歩き回ってるし、気になる場所ぐらいには連れて行けますよ」
「助かりますが、カズキさんや皆さんは?」
「1人にするのは申し訳ないし、合流していいと思う」
「やった。よろしくお願いします!」
ウリと合流した五人は、自己紹介した後、六人で研究所の奥へと歩を進めてゆく。
進めば進むほどハウンドの数が多くなり、隠れる必要も出てきた。
「レッケンベル社は、どうしてこんなこと……」
「レッケンベルは無関係だと思いますよ。どこから人を集めてるのかはわからないけど……」
「私の生徒は、レッケンベル社の研究所ツアーに当選して、ここにきましたが……」
「あーなるほど、そういうことか……」
「ウリさんも、ツアーできたのでは?」
「え"、えーと……」
「やっぱり何か隠してますよね? 言えないことでも?」
せすなの追求に、ウリは頬を染めてたじろぐも、少し降参した様子で口を開く。
「うーん、と、とりあえず、その辺の謎をどうにかしにきたのがボクというか。その……嘘ついたのはごめん。ただ言えるのは味方で、ここに人が出入りしてるって話を聞いて、なんでだろうって確認しにきたと言うか」
「誰かに頼まれてとかですか?」
「その辺は濁したいんだけど、ボクも昨日、飛行船に忍び込んでここにきて、冒険者が何をしてるのか調査してたんだよね……。でも、こっそりあとつけてたら、ハウンドのしっぽ踏んづけちゃって……」
皆が思わずコノハを見てしまった。
「バレないように逃げてたら、助けられたというか」
「なるほど……」
「今向かってるのは、冒険者が案内されてたところ? もしかしたら、ひなさんもそこにいるかなーとか」
「頼もしいです。ウリさんありがとうございます」
「でも、皆さんもここに連れ込まれたなら案内役の人がいると思ったのに、居ないんですね」
「案内役は、ひなさんで……」
「そのひなさんは、セシルさんの生徒の?」
「はい」
「ひなさんは、ここに来るのは初めて?」
「いえ、一度きているので、2回目かと……」
ウリがしばらくだまり、再び5名の顔を見る。
「まだボクも確信は持てませんけど、一度出た冒険者がここ戻ってくるって言うのは、ひなさんが初めてです。昨日から見ている限り、ここにきた冒険者は奥の部屋に行って、一時間後には飛行船で帰っていきます。まだ一日しか見れてませんけど、2回目来た人はいませんでした」
「……」
「この先の部屋で何をしてるのか分からないけど、ひなさんによって誘い込まれたならそうだと思う」
「そんな……」
「セシルさん。ひなさんに普段と違った行動は見られませんでした?」
ウリに言われ、セシルの表情が変わった。
この一日、ひなはまるで別人と思われるような行動ばかりだったからだ。
「カズキさんに、べったりでしたね」
思わずぞっとして、皆の視線がカズキに向けられる。
せすなはそれを見て、思わずため息をついた。
「なるほど」
「せすなさん、何かあるんですか?」
「いえ……この人は、色々訳ありで……」
本人は肩をすくめて首を振っている。
信じたくないという表情だ。
「カズキさんに、そんな要素が?」
「大いにあるんですが、ひなさん一人にどうにか出来るとは思えないんですよね……」
「カズキさん。貴方は一体……」
「何もない……何もない……」
思わずうずくまると、ラグドールが背中をさすってくれた。
遊びにきたと言い聞かせていたのに、あんまりだと思う。
「……カズキさんの要因はどうあれ、この場合ひなさんを早く見つけた方がいいかもしれません。ここに来たことがきっかけで変わったなら、操られている可能性も考えられるから」
「確かに……」
ウリの視線がカズキに向いて、少しだけ怖くなった。ここでも話さなければならないと思うと少し億劫にもなる。
「カズキさん。深くは聞かないですけど、ご自身とユミルの心臓について覚えないですか?」
「ユミルの心臓?」
「歴史上のやつですよね? たしか巨人の心臓で、その欠片がミッドガルドの発展に大きく貢献したとか」
「この研究所はかつて、人口的に作ったユミルの心臓を人に埋め込む人体実験をしていた場所で、もしカズキさんが呼ばれたとすれば、何か関係あるのかなって」
「……ユミルは確か巨人だけど、俺はどっちかっていうと神族系」
「神族……確かにカテゴリは違いますけど、それは、確かに好奇心の塊ですね」
ウリの笑顔が怖い。
一言しか話してないのに、そこまでそそるものだろうか。
人の事は言えないが、冒険者とは怖い生物だと思う。
ハウンドを避けながら進んでいると、とある部屋の奥に鉄でできた巨大な扉を見つけた。
頑丈にロックがかけられている扉は、まるで石のように硬く、開く気配も見せない。
「うーん、後ここだけなんだけどなぁ……」
「この先に、ひなちゃんが?」
「多分……わからないけど、みんなこの先に行ってるんですよね」
耳を張り付けてみると何かが響いてきて、6人は大急ぎで物陰に隠れた。
すると、分厚い扉がゆっくりと開いて、中から数名の冒険者達がでてくる。
虚な目をした彼らは、無言で先頭の何者かにかについてゆくだけだった。
「ゾンビみたい……」
「やっぱり何かされてそうですね……」
冒険者達が視界から見えなくなった後、扉はゆっくりと閉じていく。
ウリはそれを見計らって物陰を飛び出し、五人も後に続いた。そしてまるで滑り込むように、部屋の中へと入り込む。
「よっし!」
「なかなか強引な……」
戦闘を覚悟したが、室内には誰も居なかった。
ハウンドもおらず、薄暗く締め切られた空間。
しかし、部屋の中央には特殊な液体が循環する機器があった。
ぼうっとした光を放つそれは、人が入れるほどの大きなカプセルで、影のようなものが見える。
「人が……はいってる?」
影は、青い髪を輝かせる少女だった。
穏やかな表情でねむる顔はまるで天使を思わせる。
ウリはそれをみて、生汗をかいていた。
「セニア……」
「ウリさん?」
せすなが確認すると、脇のほうから騒がしい足音が聞こえて、大量のハウンド達がこちらを包囲する。
そして、その奥から白衣の男が現れた。
「客はもう返したとおもったが、まだいたのか?」
「アンタが黒幕?」
「黒幕? なんの話だ?」
「冒険者を呼び込んでいるのはあなたですか?」
「それなら私だが、特に危害は加えていない」
「ひなちゃんは、金髪の女性はしりませんか?」
「ひな……あぁ、名前は知らないが、金髪なら帰ってきたくせに何の成果も得られずガッカリした所だ」
現れた男は、ポケットから輪に入った鍵を床に投げ渡してきた。
せすなが拾うと、さびついてもおらず最近のものにうかがえる。
「向こうの部屋の牢にいれてある。さっさと帰れ」
皆が困惑する中で、一人ウリだけは白衣の男から視線を逸らさなかった。
長い杖を振り回して、相手を牽制する。
「なんのつもりだ?」
「ごめん、みんなはこれでいいんだろうけど、ボクはまだ帰れない」
「ウリさん?」
「ボクは、レッケンベル社の方から依頼を受けて、この研究所で何が行われているか調べにきた冒険者。社長から言伝を預かってる、『人の社名を使って陰湿なことをすんじゃねーよ、馬鹿野郎』ってね……」
「は、レッケンベル社自体が、かつて人体実験を行なっていた非人道的な組織だろう? 今更何を言っている」
「その遺恨拭えないけど、もう彼らは自浄してかなりの優良企業だよ。ボクみたい逸れものを信頼してくれるほどにね。何してるのかは知らないけど、これ以上冒険者を連れ込むのは、レッケンベル社が許さない」
「……全く、静かに我が女神の目覚めを待っていただけなのに、どうして放っておいてくれないのか」
「何が目的か、聞いてあげてもいいよ?」
「話す義理もない。どうせ理解はできないだろう、我が神、ボルゼブの意向はな」

待機していたハウンドが、一斉にこちらへと襲いかかってくる。カズキは即座に杖を振るい、飛び込んできた敵を一気に凍らせた。
その敵に対して、ウリが風の魔法"チェーンライトニング"が炸裂。基盤をやられ次々に破損した。
ハウンドが役に立たないと気付いたのか、敵はさらにサングラスをかけた人間をけしかけてくる。
人に魔法はまずいと思い、カズキは足元を凍結させるものの、止め損ねた敵がウリに突進。
拳のストレートを杖の柄で受け止めた。
その時に見た敵の目は赤く、迷わず腹を蹴って距離を取る。
「思念体……」
「ウリさん!?」
「こいつら人間じゃない!」
容赦なく杖で顔をなぐりつけると、サングラスが吹っ飛び彼らの目があらわになる。
その目は黒く染まり、瞳が赤く光っていた。

今はもう、殲滅されたはずの思念体。
かつて人であり、人工的なユミルの心臓の欠片によって人外のナニかへと生まれ変わった存在だ。
「思念体は人類史にのこる傑作だ。そしてこの女神こそ、その頂点に君臨する」
「そういう……なんか読めてきたよ」
「彼女を目覚めさせるには、まだ素材が足りない。私はそれがくるのを待っていただけだ。じゃまをするな!」
もう数名の新たな思念体がこちらへと突っ込んでくる。手加減をやめたウリは、カズキの氷の援護に応え、次々にそれを倒していった。
またせすなも前に出て、ウリを庇い相手を押し返す。
「前は僕の仕事ですから!」
敵を押し除け、道を開くと白衣の男はひどくイラつき歯軋りをする。
こちらを殺気を込めた目で睨みつけてきた。
「もういいもういいもういいもういいもういい!!!」
「!?」
「全て終わらせてやる……!」
ゾッとした笑いが見えたかと思えば、後ろから何かの気配を感じ、皆が振り返る。
そこには巨大なヒトガタをした何かが、扉からぬうっと顔を出した。
背中に背負うのは、燃料だろうか。
まるで人をつぎはぎしたような見た目をした人造ゴーレムに一同は思わず声を失う。
「なんだ、これ……」
見たことない生物に気を取られ皆の回避が遅れる。
振り上げられた巨大な手に、セシルとコノハ、ラグドールを床から払い除けられ壁に激突した。
「みんな!!」
皆が巻き込まれてしまったことに、カズキは場を離れ、冷気を呼び出すが、中の熱によって相殺されているのか敵は止まらない。
今度はカズキへ腕を振るおうとした敵に、せすなが盾を構えて前に出る。
一度は受け止めたが、巨大な手に2人は体ごと捕まれ投げつけられた。
床に激突し、背中を強打。
一瞬でその場に立っている者は、ウリだけになってしまった。

「カズキさん……? せすな、さん?」
ウリが絶句して固まる中、カズキとせすなが再び立ち上がる。
しかし、痛みで回避が効かず、再び払い除けられ、2人も壁に叩きつけられてしまった。
せすなは頭をうち、体が動かない。しかしカズキは、打撲で済んだのか、頭から血を流しつつも体を必死に起こしている。
ほぼ全員が倒れ動かなくなった光景に、ウリは呆然と立ち尽くしていた。

今、自分は何をしていた?
「……ボクの所為で」
ウリの中に感情が一気に燃え上がり、杖を握りしめた。
そして、最大出力の魔法を唱える。

燃やしてやる。
この人造ゴーレムを、チリの如く灰にして消し去ってやる。
そう思った時、ウリの背中に何かが来た。
視線を下ろすと、自分の胸に刃が突き立っていて自身の油断に絶望する。
背中からナイフで刺された痛みと熱で自由が効かなくなり、ウリは力なく床に倒れ込んだ。
「人は脆すぎる……痛いだろ? 苦しいだろう? それこそ、人の弱さだ」
「なんて事……」
「思念体は、人としてあり続ける永遠の存在。この混沌とした世界でも生きて行ける理想。この技術は、人類を死という終わりから解放に導くのだ、邪魔されてたまるか!」
逆流した血が口からでてくる。
ここまでなのだろうか。誰も守れず自分すら守れずに死ぬのだろうか。
「ウリ、さん……」
床しか見えない中で、声が響いた。
這うようにこちらに視界へ入ってきたのは、ウィザードのケープだろう。
「ちょっと、我慢して……」
直後にきた胸と背中に強烈な熱と痛みに、鈍い悲鳴を上げてウリは気絶する。
応急処置だが、火の魔法で傷口を焼き塞いだ。
「ほぅ、マジシャンの癖に、タフじゃないか……」
防御魔法"エナジーコート"で、ギリギリ気絶は免れた。
しかし、頭を打って血が流れ、クラクラする。
「黙って、聞いてたけど、人は限られた時間でこそ、生きるもの……永遠になった時点で、それはもう人じゃない……」
「ほぅ」
「あんたの考えは、世界の循環を止めてしまう。そんな事許されない!」
「なるほど、ミッドガル人らしい答えだな。虫唾が走る」
再び後ろから来た巨大な手に、カズキは回避しようとしたが間に合わず、掴み上げられてしまった。
握りしめられ、胸が押し潰される感覚に息ができない。
「苦しいだろう? 言葉を撤回するなら解放してもいいが、お仕置きが必要か?」
痛みで意識が飛びそうになる。
でも、許したくはなかった。
命は一つ一つに意味がある。
限りがあるからこそ尊ぶものなのに、それが永遠になれば、価値がなくなってしまうと思うからだ

痛みに耐えられず息もできなくなり、カズキは意識を手放してしまった。
頭にから流れる血のみが滴り、それが人造ゴーレムの手に溢れてゆく。
すると、血が触れた部位が輝き、男、グローはそれを見てハッとした。

そして入れ替わるようにして、周りの皆が目を覚ます。
「カズキ、ちゃん?」
グローが近づいて確認したとき、頬が緩んだのがわかる。
せすなはそれを見て背筋が冷えた。
まずいと。
「なるほど、あの金髪はちゃんと役目を果たしたか」
「カズキさんを、どうする気ですか……」
「お前達は命拾いしたとだけ言っておこう。あとは逃げるなり、好きにすればいい」
「まて——……!」
せすなに、追いかける気力は残されていなかった。
足が動かず、痛みで立ち上がることすら出来ない。
奥の部屋に消えてゆく影を見送ることしかできず、せすなは思わず床を殴りつけた。
「くっそ……っ!」
ラグドールは即座に、自分を魔法で最低限動けるように回復すると、一番重症にみえるウリの元へと駆け寄った。
痛みで気絶しているようだが、肌を見ると焼いたように止血されていて応急処置は済んでいる。
ラグドールは傷ついた臓器を冷静に修復し、セシル、コノハ、せすなの順に傷を癒していった。
「ラグさん。ありがとうございます」
「ううん。これしかできないから……」
ラグドールは涙を必死にこらえていたが、皆の回復が終わったあと泣き出してしまった。
一番救いたかった人が今はいないから……。
小さく泣く彼女をみてコノハは元気付けるように肩を抱く。そして、改めて口を開いた。
「どうします?」
「奥に行く。二人を取り返さないと」
「しかし、この戦力では……」
セシルの苦言に思わず黙り込んでしまった。
主力がいない中、また戦って勝てるビジョンが浮かばない。
「ボクが、なんとかする……」
「ウリさん、まだ動かないで下さい。傷口が……」
痛みが酷いが、カズキが塞いでくれたおかげで、まだ動ける。
この結果を産んでしまったなら、ケジメはつけなければいけない。
「さっきはうまくやれなくてごめん。つぎはちゃんとやるから、ボクを信じて欲しい」
ウリの瞳には反省と覚悟が宿っている。
またせすなも、あまり猶予がないことは分かっていた、カズキが敵の手に渡った以上、何が起こるかわからないリスクもある。
「わかりました。少し休んで進みましょう。気づいたことがあります」
「!」
まもなく、五人によってひなとカズキを救出する作戦が開始される。

「私は貴方を殺すことなんて、できない……」
「そっか、……残念」
青い少女と向き合うひなは、彼女の言葉に否定でしか返せなかった。
突然彼女が、自分を殺して欲しいと言い出したからだ。
「ほかに方法はないの?」
「うーん、ないかな。私が生きてる理由がユミルの心臓の欠片のせいで、それをどうにかしなきゃ意味がないの」
「でも、死んじゃったら終わりだよ。悲しむ人をたくさんいるんじゃないの!?」
少女は首を振った。
優しい笑顔を見せる彼女は、まるで諭すように言葉を続ける。
「私は、生きている限り人を傷つけてしまう。……それに死は終わりじゃない、私にとってはスタートラインなの。この世界の人は、死ぬとニブルヘイムに行って生まれ変わることができるけど、私はここに魂だけのこされてしまったから……」
「縛られてる……?」
「……会いたいな初恋の人。ニブルヘイムにいれば必ずいつか再会できる。だから、解放して欲しいの」
少女は俯いてしまったひなの手を握った。
暖かい手、優しい気配。その願いは切なるものであると、ひなは受け取った。
「でも貴方に辛い思いをさせたくないわ……」
「……ううん。私、やれるだけやる。貴方に協力するって約束したから……」
「ありがとう」
彼女の笑顔にひなは涙が堪えられなかった。
自分にできるかは分からない、でも約束を果たさなければと願った。
「……そろそろ時間みたい」
「え、」
「目覚めの力を持つ人が来たの。とても弱ってる」
「それって……」
「連れてこられるときに、酷いことされたのね……。牢の鍵はなんとかするから、先に助けてあげて欲しい」
「……わかった」
「頼もしいわ。貴方とはちゃんとしたお友達になりたかった」
「今でも、今でも友達だから、私もニブルヘイムにいったら会いましょう」
「えぇ、もちろんよ」
少女の姿が光に霞んでゆき、ひなはどうすればいいかわからなくなった。
そしてとっさに思いついた言葉を叫ぶ。
「私は、ひなです! 貴方の名前は!?」

——……セニアよ。またね。ひなさん。

夢を見ていた。
優しい夢。とても辛くて悲しい夢。
目を覚ました時。ひなは思わず膝を抱いて涙を堪えた。
止まらない。でも、ずっとこのままではいけない。
自分の頬を叩いて、ひなは気合いをいれた。
助けなければならない人がいる。
そう思ったとき、誰もいない牢の扉が音を立てて開いた。
思わず泣きそうになるが、もう泣かないと決め、ひなは牢を飛び出す。
誰もいないのは、きっと油断しているからだ。
彼女が助けて欲しいと言った人は何処だろう。
周辺を見渡すと、明かりが漏れる扉があり、ひなは隙間からそっと覗いた。
すると、血だらけでベッドに固定されたカズキがいて、背筋が冷える。
気を失っているが、傷だらけで止血もされていなかった。

しかし、そんなカズキを囲むように人がいて、ひなは足がすくんでしまう。
セニアには助けて欲しいといわれたが、人と戦った事がなく怖い。
自分にできるだろうかと、うずくまった時。
ベッドを囲んでいた男たちが、白衣の男とともに視界から消えた。
完全に見えなくなったのを確認し、ひなは音を立てず部屋に入ると、カズキに呼びかけてみる。
「カズキさん、聞こえますか? カズキさん」
目覚めない。
触れてみれば体もかなり冷えてきている。
ひなは、カズキに繋がれていた管を外し、近場に置かれていたナイフで、拘束ベルトを全部切った。
外されていたウィザードのケープを冷えないようにかけて、ひなはワンダラーの歌を奏でる。

——循環する自然の音。
周囲に治癒環境を展開するスキルであり、治癒効果と、負傷状態によって適した環境にできる歌。

カズキに必要だったのは熱だった。
周辺の空気が温まり、さらに傷口も塞がってゆく。
手に触れると、ゆっくりと体温が戻ってきているのがわかり、ひなは更に歌を続けた。

だが、物音に気づいたのか扉からロボットハウンドが現れ、さらに思念体もひなを発見。
思わず逃げたくなったが、ひなは震えながらもカズキの前に立った。
どこまで戦えるかわからない。でも、ここで震えているだけの人間になりたくはなかった。
セニアとの約束を果たしたかったから、

「テトラボルテックス!!」
唐突に、ひなに近づいてきていた思念体が吹き飛ばされ、壁に激突。さらに矢が飛び交い、一瞬で目の前の敵が磔にされた。
「ひなちゃん!大丈夫!」
「し、ししょぉ……」
思わずへたり込んでしまった。
セシルがひなに駆け寄る横で、せすなとラグドールは、カズキの状態を確認する。
先程の負傷が信じられないほど回復していて、ラグドールは驚いた。
「ひなさんがカズキちゃんを……?」
「は、はい、危険って聞いたから……」
ラグドールは迷わずひなの手を握った。
もう少し遅ければ助からなかったかもしれない。そう思うと、感謝しきれなかった。
「ありがとう……」
泣かれてしまいひなが反応に困っている。
コノハに手を借りて、せすながカズキをおぶった時、周りの騒がしさに気づいたのか背中の彼が目を開けた。
「せすな、さん……?」
「カズキさん。しばらくそうしていて下さいね」
頭が痛すぎて顔を上げるのすら辛く、寒い。
ケープだけ羽織って、せすなの背中で暖をとる事にした。
「とりあえずどうします? 一度撤退しますか?」
「そうしたいけど……」
「ごめん。ボクはまだ……」
やることがある。
申し訳ない表情をみせるウリに、セシルは少しだけ笑みをこぼした。
「……そうでしたね。ウリさん。付き合いますよ」
「ぇ、セシルさん、でもこれは……ボクの」
「ウリさんのおかげで、ひなちゃんを疑わずにいれました。だからそのために戦う意味はあります」
「あの、私もいきます」
「ひなちゃん?」
「約束したんです。友達と、また会うって」
「約束?」
「私が、倒さないといけないんです。だから、行きます」
ひなの言葉に、皆は一瞬沈黙したがそれに応えるように、せすなは続けた。
「なら、見届けるしかないですね」

そう言った直後。
奥の部屋から、まるでガラスのような破砕音が響いた。
皆がそちらに向かうと先程の巨大なゴーレムと共に、青髪の少女がもやに紛れて現れる。
「これぞ、我が女神。人の完成形。永遠の少女セニア……」
その姿はまぎれもなく、ひなと先程話した少女だった。
私が私でいられなくなる——…。
そう言っていた意味を初めて理解する。
男、グローはセニアに跪き、手に持っていた長剣を彼女へ差し出した。
「セニア様。あいつらは、我々思念体を滅ぼす危険分子、殲滅をお願いします」
剣をもったセニアは、暫くそれを確かめるように見た後、目の前の男がゆっくりと頭を下げるのを見ていた。
だが、頭を下げる前に男の胸にその剣が突き立てられる。
「……何故?」
セニアは何も言わなかった。
きっと言えないのだろう。
今の彼女は、ただ目の前のものを破壊するだけの亡霊だからだ。
セニアの視線が人造ゴーレムに向き、そして部屋の入り口にいた七人にも向けられる。
せすなは、カズキを背中から下ろして盾と武器を構えた。
「ウリさん。いけますか?」
「任せて、もうしくじらない!」
カズキは座り込みながらも後ろから、再び冷気を呼び出し2体の足止めをしようとするが、ゴーレムはやはり凍らない。
「カズキさん。あれは無理ですよ」
「中からくる熱エネルギーで凍らない。つまりあれはほぼ水分でできてる」
沸騰され続ける水は凍らない。
ならば弱点は風だ。
ウリは杖を派手に振り回し、周辺に風の魔法を召喚。
「ユピテルサンダー!」
ウリの魔法を合図にするように、セニアもまたこちらに飛び込んでくる。
せすなはそれを受け止め、武器を跳ね返した。
またゴーレムを相手にするウリは、大雑把な敵の動きを見切り、すり抜けて回避する。
闇雲に魔法を振っても威力が通らない。
どこを狙うかと考えた時、ウリはゴーレムの背中の試験官に目が行った。
こちらを押しつぶそうとする敵にウリは突っ込むことで回避、敵の股をぬけて背中に回り込んだ。
「チェーンライトニング!」
放った閃光は真っ直ぐにゴーレムへ飛び、突起物の試験管を全て破壊する。
すると、ゴーレムの動きが鈍っていくのがわかった。
ゆっくりとこちらを向く的に、ウリは笑みをこぼす。
ゴーレムのターゲットが自分に固定されたなら、最大限の成果だと。

ウリが戦うの横で、セシルはセニアの間合いの外側から彼女に攻撃を通す方法を探っていた。
闇雲に矢を放っても剣で弾かれて届かない。
せすなが押さえている隙に後ろに回り込もうとしても、剣のフィールドを展開され、狙えなくなる。
どうする?
迷うセシルの前。せすなが少女をおさえているタイミングで、コノハがせすなを踏み台にし、上からの攻撃を試みる。
「クロスインパクト!!」
しかし、目の前のせすなが蹴り伸ばされ、コノハの剣は止められる。
また信じられない力で、コノハを押し除けた。
そして、またせすなの盾に突進する。
ターゲット管理は完璧だが、まるで後ろに目があるのかのごとくいなされてゆく戦況に、皆が焦りを感じていた。
その中でひなは1人。後方支援にまわり、未だセニアに武器を向けられずにいる。
彼女が彼女であると、受け入れがたかったのだ。
別人だと思いたいが、煌めく青い髪がそれを証明し心が押しつぶされそうになる。
本当に、彼女なのだろうか。
信じたくはないのに、思い出せば出すほど現実味を帯びてくる。
——私が私でいられなくなる。
——私は眠っていたいのに、
——人を傷つけてしまうから……。

何故そうなってしまったの?
何故のここにいるの?
何故、戦わなければならないの?

ひなは、彼女のことを何一つ知らなかった。
でも、わかっていることがある。

——会いたいな、初恋の人。

思い出した言葉に、ひなは決意を固めた。
彼女は、こんな戦いを望んではいない。
生き続けることも、望んではいない。
なら、せめて約束したことは、果たしたい。
ひなは、演奏していた歌を堂々とした曲"ハミング"へと切り替えた。
全員の士気を高め攻撃性を上げる歌だ。
そして、全員がセニアから離れたタイミングで、放つ。
「シビアレインストーム!!」
無数の矢がセニアと人造ゴーレムに注がれる。
ゴーレムの視線が大量の矢に向き、ウリはその隙にもう一度背中へと回り込んだ。
動きを司る試験官は全て壊した。あとは動力部を破壊する。
四属性のエーテルを呼び出したウリは、凝縮した自身の魔力をウォーロック最強のスキルへと注ぎ込む。
「テトラボルテックス!!」
四属性が凝縮した魔法弾は、人造ゴーレムの動力部に突っ込み内部から破壊する。
お背中からのけぞった敵は膝をつくも、また再び立ちがろうと姿勢をもどした。
舌打ちをしたウリだが、一拍おいて、人造ゴーレムの頭から徐々に変色していくのがわかり、驚く。

降りてくるのは冷気だ。
内部の熱を失った敵に、カズキの冷気がようやく刺さり始め動きを止めた。
それを見てせすなはセニアの周りから皆を退避させる。
「ウリさん!」
「ぶち破る!!」
凍りつく空気の中、閃光が舞う。
風によって生み出された光が外の空気にも干渉し、その雷を放った。
「ロードオブヴァーミリオン!!」
ウリの叫びから天井をぶち破り、金の稲妻が降り注いだ。
まさに神の怒りがそこへ落ちる直前。
セニアをおさえていたせすなが、セニアをゴーレムの元へと押し込む。
周りに蓄えられた氷と呼応するように落とされたそれは、人造ゴーレムを焼き尽くしまたセニアも同じく巻き込んだ。
目も眩むような閃光の先で、人造ゴーレムの動力部に残っていた僅かな燃料から発火し、爆発を呼ぶ。
せすなの盾に隠れたコノハと、セシルによって部屋外に避難した皆は無事だが、一番近くにいたウリだけは、爆風に吹き飛ばされてしまい、床に倒れた。
「ウリさん!!」
ラグドールが即座に駆け寄ろうとするも、あの爆砕をまともに受けたはずのセニアが、ゆっくりと起き上がり思わず足を止めた。
人造ゴーレムはもう動かないが、セニアはまだ動くのか。
皆が再び警戒し武器を構える中で、ひなは床に転がったセニアの剣を見つける。

爆破の衝撃で、セニアの手から離れた剣だ。
ひなはその剣を拾うと、迷わずセニアへと突っ込んでいく。
皆が彼女を止めようと前に出ようとするが、
その時、何故かセニアは動かなかった。
一歩も動かず、抵抗する様子も見せず、セニアはひなの剣を左胸で受け止める。

背中から倒れたセニアに、ひなはぐっと歯を食いしばるが、涙を堪えることができなかった。
果たせたはずの約束は、あまりにも残酷で耐えられない。
剣を突き立てたまま、嗚咽のような声で泣くひなを、皆が静かに眺めていると、セニアの手が僅かに動いたのを確認。
せすなが飛び出そうとするが、それはセシルに止められた。
ゆっくりと震えたセニアの手は優しくひなの頬に添えられる。
「……ありがとう」
優しい言葉に、ひなははっとする。
赤黒かったセニアの目が、ゆっくりと宝石のような瞳に戻り、肉体はまるで花のように輝いて霧散していった。

——またね。

そう言われたように消えていく彼女は、また初恋の人に会えるだろうか。
ひなは残された剣を抱きしめてその場に癒しの歌を歌う。

——循環する自然の音。
吹き飛ばされ動けなかったウリの傷が治癒され、またみなの負傷も癒えていった。

7名がその日、第二研究所からでられた頃には、すでに日は落ちて真っ暗になっていた。
また花火も上がっていて、せすなは思わずため息をつく。
第二研究所の一件の詳細は、グローが過去に倒されたセニアの遺体を持ちだし、第二研究所で密かに復活を試みていたが、ユミルの心臓の欠片の再起にまでは至らず、催眠をかけた冒険者達にその方法を探させていたというものだった。
「レッケンベル社の研究員として見学ツアーにまぎれこんで、冒険者に独自のルートで第二研究所に来るよう促し、催眠をかけてたとか」
「それで、ひなさんはカズキさんを?」
「そうみたい。なんでグローに『カズキさんにセニアの復活させる力がある』って知ってたのかわからないけど、結果的にひなさんがカズキさんを連れてきちゃったから」
「催眠だけで、わかるものなのです?」
「うーん、結果論だけど、わかったからこーなったんじゃないかな」
ウリの話にせすなは納得がいかないようで、うーんと首を傾げていた。
真実を知ろうにも、グローはセニアに刺され絶命してしまったから。

飛行船から眺めるリヒタルゼンの景色はきれいだ。
しかし、半分は貧困層でもあり、この街の格差が伺える。
7人はもうミッドガルドに帰るために飛行船に乗り込み、甲板のカフェで休憩したり、景色を楽しんでいた。
「それとも、カズキさん本人にそう言う引き寄せの何かがあるとか?」
「引き寄せ?」
「今回はユミルの心臓の欠片だったけど、そう言う「近いモノ」に対して、カズキさん本人が呼ばれちゃうとか、オカルトだけど」
「……」
「心当たりある?」
「少し……でも、僕もまだあの人とそんな長く付き合ってはいないので……」
「そっか……」
「そういえばウリさんも、ミッドガルドに帰るんですね」
「そうだよー。レッケンベル社には駆け出しの時にお世話になってたから今回お願いされただけで、僕もミッドガルの冒険者だしね。うれしい?」
「な、何がです!?」
「ボクが一緒に帰ってくれてうれしいんでしょ?」
「へ、う、うれしいといえばうれしいですが……」
「素直な子、ボク大好きだよー」
「や、やめて下さい。コノハに誤解されたら……」
「大丈夫大丈夫、ボク男だから」
せすなは一瞬、ウリが何を言ったのか分からなかった。
驚いているせすなに、ウリは更に身を寄せてくる。
「はい?」
「せすなさんみたいな人、本当に好みなんだよね。いっぱいイチャイチャしよ」
「ま、まって、誤解。そんな趣味ないですよ!!」
そんな慌てふためくせすなを、ひなとセシルとコノハは、遠目で見ていた。
コノハからすれば、せすなはいつも特殊な人材を連れてくるため、このような事は日常茶飯事だか、横で聞いていたセシルもひなは、飲み物とアイスを食べながら完全にフリーズしている。
こう周りを見ると、驚かない自分がおかしいのではと不安も感じた。
そんな混沌とした雰囲気の甲板で、飛行船の船首の方に平和な空気が広がっている。

カズキとラグドールだ。
周りに人はいるが、今はもう邪魔をする人間はいない。
「花火、残念だったね」
「……うん」
「今回大変だったね……」
「うん……」
話しかけてくれるラグドールに、カズキは相槌しか打てずにいた。
毎回、何かに巻きこまれるのも辛いし、遊びにきたのに皆に大変な思いをさせてしまうし、情け無い。
特に今回は、初めて何もできない敵に出くわしたのが、本当にショックだった。
元々無力なのに、その所為で周りが大変な思いをしているのも見ると申し訳なくなってしまう。
「私は、たのしかったよ……?」
「え……」
「カズキちゃんといると、色んなことがあってとっても楽しい。辛いこともあるけど、それも踏まえてね」
「……」
心にあった重さが消えてゆく。
重さが消えて込み上げてくる。
でも今は、見せてはいけないものだと思った。
だから帽子で隠して、口を開く。
「……あのさ」
「なに?」
「俺と一緒にいたら、もっと大変な事とか、辛い事とか、沢山、あると思う。だけど——」
「……」
「それでも、俺は、らぐちゃんと、ずっと一緒に居たい……居て欲しい……大好きだから……」
恥ずかしくて、顔が見れない。
でも言いたい事がいえて、心は晴れていた。
どんな返事でもいいとすら思っていたが、気がつく帽子の下から覗いてくる彼女がいる。
「いいよ」
ウィザードのケープに隠れ、周りの皆はそれを見ることは出来なかったが、
何処までも奥手な彼が言えた言葉に、周りは心で小さな拍手を送る。

END


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