女優服飾座談會@日活畵報 1929年1月
梅村蓉子
入江たか子
伏見直江
聞き手:伊藤和夫
於 京都南禪寺瓢亭
伊藤
わざ/\お集りを願ひまして有難う御座います。今夜は、みなさんの「服飾」に關する御意見をお訊きして、わが日活畵報新年號の誌上を飾りたいと思ひますが、どうぞ腹藏なく日頃の御蘊蓄を傾けて、虹の如き御氣焰をお吐き願ひたいと思ひます。
で先づ、仕事に關する事から最初にお訊ね致しますが、撮影に使用する衣裳ですね、あれはみなさんが勝手にお選らびになるのですか、それとも、監督なり又は美術顧問なりが定めるのですか?
一同
……………(料理を前にして、もぢ/\して黙つてゐる。)
伊藤
どうぞ、何誰かお答へ下さい。御遠慮なくお仰言つて下さい。
伏見
(突然に)あのゥ、なんスよ。かう、御馳走が目の前にあると、その方に氣が取られて、駄目なんスよ。
一同
(笑ふ。)
伊藤
ハハヽヽヽヽ。これはまことに失禮致しました。どうぞ御遠慮なく召上って下さい。サア、どうぞ…………。
一同
(箸を取る。)
梅村
伏見さんは、人一倍喰ひ辛棒ですからどうぞそのお積りで。ホホ……………
伏見
アツ。ひでえや/\。梅村さんずいぶん口が悪いスね、あんたは。あツしや、昔見たいに、そんなに大喰ひとは違ひますよ。ほんとですよ、伊藤さん。
伊藤
いや、結構です。大に召上がつて下さい。そして、大に精力をつけて、日本映畵の爲に、萬丈の氣を吐いて頂きたいですな。ハハ…………。
入江
でも伊藤さん。今夜のやうに女ばかりだと、御酒が召上れなくて、お淋しいでせう?
伊藤
ナアニ、近頃僕は、酒洒して、餘り飲まうとはしませんから…………
梅村
さうですかしら、でも、毎月お酒の勘定だけで矢尾政に、五百圓もお佛ひになるさうぢやなくて?
伊藤
ヂヨ冗談でせう。尤も私だけでなく、みんなが随分飲みますからね。ハハ…………………。
それはさうと、今の衣裳の問題は如何でせう。伏見さん、あなたの場合は、どんな風です?
伏見
そオスね。あツしの場合なんか、そらあツしなんかいつでも時代劇でせう。だから大抵、監督さんが選定して下さるんです。なにしろ時代物の衣裳は難かしいスからね。ウツカリ、自分で選ばうものなら、とんでもない事になつて仕舞ふんです。たとへばスね、いくら好いナと思つて選んでも、幕末の頃に元祿模樣が飛び出すなんてことも、有りかねないすからね。
伊藤
なるほど。時代劇の衣裳は難かしいでせうね。時代考證が正確でなけりやなりませんからね。あんまり自分の好みも云ふ譯けには行かないでせうな。
梅村さん、現代劇の方はどうでせう。
梅村
あのゥ――現代劇でも、大抵は監督なさる方が選んで下さいます。私の役柄に應じて、その役柄の身分、性格、演技なぞを考へ、また、他の役との釣合とか、セツトとの調和なぞを工夫して、適當なものを選ばなければならないのですから、萬事監督さんにお任せした方が、確かだと思ひますわ。
伊藤
御尤もです。入江さんは、「近代クレオパトラ」の衣裳はどうなさいました。あの映畵は、非常に衣裳が重要視されてゐるやうですが。
入江
なにしろ私の役柄が、百貨店の流行衣服のマネキンガールですし、又、鳥渡珍らしいエヂプト模樣が使つてあるので、最初あの映畵を撮影する以前に、私に無地の着物を着させて、いろ/\なポーズをとらせ私に着物をきせたまゝ美術家の方がその上に模樣を描かれました。
伊藤
仕事の方の話はこれ位ひとして、みなさんの服飾に對する趣味やお好みを聞かせて下さい。
先づ、もつとも全體的な事からお訊きしますが、「良き服飾」をするに就いては、何が一番大切であり、注意すべき點でせう?
梅村
あのゥ――私は、調和と云ふ事が一番大切ではないかと、存じますわ。
入江
私は、「自然」が一等注意すべき點だと思ひます。
伏見
私はね、勿論、調和も自然も必要だと思ひますがね、個性と云ふ事も忘れちやいけないと思ふんですがね、どうでせう?
伊藤
その通りです。個性も大に必要でせう
みなさんの仰言ツる事は、皆重大な要素だと思ひます。
「良き服飾」をするに就いては、「調和」「自然」「個性」の此の三つは缺くべからざるものに違ひありません。
そこで、その調和に就いて、梅村さんの御意見は?
梅村
左樣でございますね。あのゥ――たとへば、いくら着物が良くツても、髪の恰好が崩れてゐたり、足袋がダブ/\ではいけないと思ふんです。そして、質素なら質素なりに、派手なら派手なりに、頭から足の先まで調へることも必要でせう。
それから、あのゥ――何誰でも仰言る色の配合、地質の組合はせ、御召のやうな艶のない地には、繻子の帶を締めるとか、また、これは常識の問題ですけど、江戸好みの粋な着物に、フエルトの草履とか、ブリヽアントカツトのダイヤの指輪とかは考へものでせう。矢張り、その場合はスツキリした東下駄なぞが好ましいと思はれますわ。
すべて、さうしたあらゆる調和と云ふものが、どんなにお金をかけた贅澤なものより全體をスツキリと引立たせるか觧りません。たとへ、メリンスでも、銘仙でも頭から足の先までキツチリ調和してゐることは本當に見ても氣持ちが良い事ですわ。
入江
私の申し上げた自然と云ふのも大體は梅村さんの仰言る事と同じだと思ひます。
良く調和してゐる、と云ふことはとりもなほさず自然であると云ふことになります……………。
伊藤
まア、さう仰言らずに梅村さん見たいに雄辯を振るツて下さい。
入江
イヤン(と云つて、耻しさうにうつむいて仕舞ふ)
伊藤
では伏見さんの、個性論を承りませうか。
伏見
あツしやね、梅村さんのとも、入江さんのとも、鳥渡許り違ふんです。
一體、服装ってものは、たゞ自然であれば好い、たゞ調和してればいゞつて云ふものぢやないと、思ふんです。
それよりも、一眼見て、その人の個性がはつきり解ることが必要だと思ふんですがね
氣持のパアツと陽氣な人は、矢張り陽氣なパアツとしたものを着る方が好いぢやないでせうか。
氣持ですね。氣持に應じたものを着るんですね。
伊藤
とすると、あなたなんぞはさしづめ、紺絣の筒ツボかなんか着た方が好いと云ふ譯けですね。
伏見
………チヱ!ヤダなア、そオぢやないんスよ。冷やかしちや、厭だア。たとへばですね。カルメンが赤いバラをくはへてゐるでせう、あれなンす。あの氣持なんですよゥ。解るでせう?
オスカア、ワイルドだつたけ、誰だつたつけ、誰でもいゝや、胸に一尺もある大きなダイヤの花をつけてロンドンの町を歩いてゐたさうですね。いゝなア。あの氣持。あツシア、そんなのが好きなんです。解るでせう。氣持ですよ。ヱヽ。
伊藤
ヱヽ、まア、解るやうですな、時に目下の問題ですが、みなさんは、洋装主義ですか、それとも着物禮讃ですか?
梅村
私は、――あのゥ、矢張り着物が好いと思ひますわ。
入江
私は、どつちかと申せば、洋装の方が好きですわ。
伏見
どつちにしやうかな。あツしや、どつちも好きなんだけれど、困るな。兩方ですよ。
伊藤
梅村さんは、國粹論者ですね。もつともあなたは、着物の着こなしが大變お上手で仰居つしやるから…………。
梅村
あらア。いやで御座いますわ、そんなに煽てては。ホホ………………。
伊藤
ハハ………。いや、本當ですよ。然し以前、洋服をお召しになつたやうですが……………。
梅村
えゝ、ずつと以前、夏時分なぞ、涼しくて樂で御座いますから、チョイ/\洋装した事もありますけれど、然し、それは大變間違つた考へで御座いました。
夏の洋服だと、大抵ワンピースで、肩や腕が露はに出ますので、日本人の體の缺點をハツキリむき出しにして仕舞ひます。日本人が洋服を着るのには、上衣や、腰帶をつけて、出來るだけ身體の線をかくした方がいゝやうに思はれます。
そこで着物ですが、唯今京都に住んで居りますが、染や織の本場だけあって、本當に良いものが手に這入ります。そして、自分の好きな柄を染めさしても、または少し面倒ですが特に織元に織らしても、到底他では求められないやうな、本當に見ても藝術品だなアと思はれるやうな逸品が得られます。それに、「京は着道樂」と云はれるだけあって、みなさまが皆立派なもの許りお召しになつて居られるので、知らず/\に眼も肥えて参ります。
矢張り着物程、深みがあつて藝術的なものはないと思つて居ります。
伊藤
そこで、最前梅村さんの云はれた洋服の問題ですが、入江さんなぞは日本人には稀れな良い體軀を持たれてゐるのですから、その點では、非常に惠まれでゐる譯けですね。
入江
イヤン(と云つて、またうつむいて仕舞ふ。)
伊藤
どうぞ、洋服黨の爲に氣焰を吐いて下さい。洋装と云ふものは、流行が激しいものださうですが、あなたは何を基本として季節々々の流行を見られるのですか?
入江
………大抵、型本かアメリカ映畵です。でも映畵はその女優の好みがマチ/\ですから、主に本を見ます。あの、バタリツクとかフアツシヨン・ブツクなぞと云ふ雑誌に出てゐる中から、自分に似合ひさうなのを見て服屋に註文したり、又、自分で作つたりします。ヴオーグとかヴアニテイ・フヱヤア、仏蘭西のトレ・パリヂアンなぞにはとても素晴らしいのがありますが、あまり凝り過ぎて日本人にはどうかと思はれます。
伊藤
此の冬の流行はどんな処でせう。
入江
さア。色では、コヽア茶、海軍紺、肉桂色、なぞが日本人向でせう。型は袖が長くて、胸が着物の襟のやうに二つ重つて、腰線を少し高めにしたのが流行だらうと思ひます。帽子は、フヱルトの縁なしが大流行ですね。それに毛皮を利用する事が粋ださうです。
伊藤
伏見さん、あなたは和洋兩方だと仰言いましたが、それに就いてのご意見は?
伏見
實はね、今梅村さんの話しを聞いてると、矢張り着物は好いな、と思ふし、また入江さんの説を聞くと、洋服も着たいし、困つてる所なんスよ。
會社へ通つたり、散歩したりする時は、いつでも洋服ですが、少しあらたまつた席へ出るには、矢張り裾模樣かなんかで、シヤリツとした丸帶で出ますね。
けれど、本當に洋服は便利なんスよ。
「オイ、直ツペ!野球をしやうか。」
「オイ、來た!」ツてんで、ボールを抛るにや、洋服に限りますね。
でも、あの舞妓さん見たいに、振袖を長く引いて、帶を金魚の尻尾見たいに下げてる恰好も惡るくありませんね。あゝ云ふ恰好をして見たいなア、つてことがよくあるんです。
伊藤
やはり先刻の、氣持ちの問題ですか。
伏見
そ、そオす。其處なんスよ。やつぱり伊藤さんは偉らいな。あつしの氣持が直ぐ解るんだもの。
伊藤
そんなに煽てゝも、もう御馳走はありませんよ。ハヽ…………。
では此處ら邊で、みなさん、どうも有難う御座いました。酒井さん、夏川さん、瀧花さんなぞにも來て頂きたかつたのですが、撮影の都合で、お出でになれなかつたのは残念でした。(文責在記者)
ひとこと:私も瓢亭で御馳走が食べたいス~~!!!!
入江さんは、気に入ったデザインを見つけたら、自分でも洋服を作ることがあると答えていました。戦後布の無い時に、高峰秀子さんのステージ衣装をひと晩で作ってあげたエピソードを思い出します。
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