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先の先を思考停止していないか?

軍事緊張はクリミアの頃からずっと続いていたし(更に言えば歴史的にも独立以来も)、ポーランドやイギリス、ベラルーシやロシア、ウクライナ、トルコ等々動きが全く無かった訳ではない。台湾や日本、香港、中韓も様々な選挙や政策が動いている。

だけど、大国同士が大規模に紛争や戦争に突入していくのか?という疑問が出ると、それはないだろう?と好戦的かのような印象を付けられて議論は強制終了するのが近年の定番のマスコミの論調だった。

各国の思惑も当然あるだろう。一定の資源国。SDGsの名のもとに再エネ重視と原発、気候変動ネットワークによる化石賞の授与など石炭火力反対運動もあった。世界のセレブ達もこぞってトレンドに乗ったように見えた。そして、パイプラインへの依存。温暖化や環境破壊への対策は当然必要ではある。ただ、今現在持続していけるのか?この冬だけでも越えられるのか?

メルケルさんの政策は、結果的にはドイツのエネルギーの自立性を奪うものだったのかもしれない。

確かに軍産複合体やロビー活動、石油、天然ガス、ウランの埋蔵量や産出量の差などによって判断が分かれる面もあるだろう。

短期的にも長期的にも勝ち組に属したいと為政者も国民も思うかもしれない。

そんな時に世論や誘導に揺れすぎるとどうなるのだろう?

政治は何手先までも読みつつ、最適な同盟関係や協調関係を構築、そのための科学技術、戦略、人材、信頼感、財源、協力体制が不可欠なんだと思う(私腹を肥やすことばかりに浪費されるというのは論外だが)。同時にインテリジェンス、セキュリティを高めるための法整備が喫緊の課題だが遅々として進まない。

現実には、オセロなりチェスなり安易に不利な駒を配置されてしまうと簡単に状況がひっくり返るということも起こり得る。道徳では説明できにくいこともあるだろう。だからといって義を失い続けるのもどうかと思う。耳障りの良い言葉の裏側も本当に美しいのか?

インフルエンサーの言葉を一度自分の頭で考え、裸の王様に追随してはいけないと国民1人1人が厳しい目でチェックしなければならないと思う。一体どんな思惑での発言なの?と。

例えば法治主義という枠組み自体が毀損していたとしたら、逆に危険な権威を与えてしまっているのかもしれない。

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