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【エッセイ】Nさんのこと 後編

 宮崎県に私を送り届けたNさんは、私の他に2人の男女が地元から転地療養に来ていることを教えてくれた。2人とも気が優しくいい子たちなのだが、きくとやはり家庭に問題があることが分かった。Nさんはその後も半年に一度は宮崎県に足を運んでくれている。その時私たちは大抵4人で行動を共にする。一緒にお昼を食べたり、ドライブしたり。そしてNさんと私は今でもメールのやりとりを日に一度はしている。私には次々と生じる疑問を自分の中だけに留めておくことが難しいのだ。本当におかしな話だが、大抵の人は私のように親から脅されながら成長しないことや、親はもっと子供を大切にするものだということを私は今の今まで知らずに生きてきたのだ。自分がおかしくなってしまった原因はすべて己にあるのだと本気で思っていたのである。

 私はたくさんの悩める若者たちをみてきたNさんに対して日々疑問をぶつける。まずはこういわれた。君のような環境下で育ったら、普通は高校生の頃におかしくなって大学なんてとてもじゃないけどいけないだろう、と。卒業ももちろんできない。君は途中でひきこもりたくてもそれすらも出来なかったのだ、と。その通りである。精神的に苦しそうな母親をみてこれ以上自分が親を困らせてはいけないと思い、その一心で大学には通っていた。当然大学生活を楽しむような余裕は全くといって良いほどなかった。また外目からは良く分からないが、君の家の内側からの壊れ方にはひどいものがあると指摘された。でも暴力を受けたり、親から愛されない子どもは他にもたくさんいるでしょうと私は応えた。これに返してNさんは、暴力の方がまだましだ、それは周囲の人にも分かるからと反論した。君のように言葉や態度による脅しを受ける方が余程ひどい。それは人を内側から壊していく、と。そして親が2人そろって子どもを攻撃していたというのが君の家の最も困った点だと続けた。普通はどちらかが子どもの味方につくものだ、と。彼らは自分のことも愛せない、誰のことも大切にできない人間なのだとNさんは結論付けた。君のお父さんが君について飛行機に乗らなかったことがその良い証拠だ。彼らは2人そろって元から君に関心がないのだ、と。こんなにもズバズバと第三者から指摘されるとは思っていなかったので、私は胸がすく思いでNさんの話をきいていた。Nさんは私のことは一切責めなかった。それどころか今日まで生きてきたことを誇りなさいと言ってくれた。Nさんは私にとってはヒマワリみたいな人である。

  地元にいた頃私は占いにはまっていた。いやはまっていたなんて生易しい言い方をしてはいけないだろう。ほとんど依存していた。事実日に2度も同じ占い師の所に行ってしまった時には、さすがに自分の精神状態を心配せざるをえなかった。その日私は静岡県の浜松市にいた。性懲りもなくネットで調べた占い師にどうしても鑑定してもらいたくて、わざわざ電車を使ってやってきたのだ。占いはタロット式だった。鮮やかな手つきでカードを扱いながらその占い師はこう言った。「2人の男性がみえます。1人はあなたのお父さん。もう1人はお父さんに近い年齢の男性。その人たちのことを決して離してはいけません。必ずあなたの力になってくれることでしょう」と。父のことは分かる。事実私が毎日こうして暮らしていられるのは父の経済的な支援があってのことだ。しかしもう1人の男性については。私はその占い師にNさんのことを全く話していなかった。もちろんこれから宮崎県という遠い地へ転地療養に行くことも。私はその占い師を本物なのだと確信した。それから占いには一切足を運ばなくなった私である。

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