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メタボリック症候群にランニングが奏功したかもしれない一例:THE USEFULLNESS OF SUSTAINED JOGGING FOR METABOLIC SYNDROME : A CASE REPORT

Generally speaking, medical worker have high onset risk of the metabolic syndorome by lack of daily exercise. When he is a man with no outside interest, it is said that the tendency is remarkable.
So we often suffer from his treatment in such a case.
We report a not so rare case that he has continued sudden onset running more than one year in his eary fifties. Now, he has a normal health or even better.

緒言 専門分野従事者は運動不足によりメタボリック症候群(以下メタボ)の発症リスクが高い。特に無趣味な場合その傾向は顕著とされており、治療に難渋することが多い。今回我々は50代で突然ランニングをはじめ、あろうことか一年以上継続している大変凡庸な症例を経験したので報告する。

key words:running alopecia obesity

キーワード ランニング  禿頭 肥満

症例 

患者 52歳男性 

主訴 無趣味、体重増加、健康への不安

既往歴 男性型脱毛症 
スポーツ経験 柔道(中学時代 無段)

家族歴 娘:新体操 息子:ロボット教室

現病歴 2010年秋の健診でメタボの診断を受け困惑していた。

検診時現症 身長169cm 体重74kg 腹囲87cm 脈拍有り 血圧十分 体温人肌

理学所見上 腹部は膨隆し見苦しい。頭部には充分な頭皮を認めない。

検査成績  血算 多分異常なし T-chol 高い TG とっても高い BUN Cre(以下略)

画像診断  検診時の画像は醜悪なため割愛する。

臨床経過  2010年秋当時 患者は50歳、独立してから日も浅く、また晩婚で子供も小さかったことから、健康に対する不安が非常に強かった。しかしながら生来の怠惰で飽きっぽい性格からジム プールなどあらゆる運動が長続きせず、妻にも見放されていた。翌年 新緑の季節を迎えた頃、雑誌で とあるマラソン大会のエントリー募集を見て突然「そうだ 走ろう」と思ったという。何故か迅速にエントリーし、家人及びスタッフに「今年10月、『菰野町主催 鈴鹿かもしかマラソン 10kmの部』に出場します」と宣言した。患者曰く「退路を断った」らしい。
 宣言当時は梅雨時で周辺の者は「どうせ雨を言い訳にやめる腹だろう」と思っていたという。周囲の疑惑をよそに患者は早朝ランニングを始めた。当初は700mで息切れしほぼウォーキングに終始していたが、走行可能距離は徐々に長くなり、梅雨の終わりには自宅から川越の発電所までの約3キロを休まず走れるようになっていた。「形から入るタイプ」の患者は靴やウエア、その他小物を買い揃え、ジョギングコースを徐々に拡大していった。9月には5-7km程度は走行可能となり、菰野のレースの2週間前、超スローペースではあるが本番コースを試走、迷いながらも完走した。

レース本番ではネットで知り合ったマラソン初心者2人(1人は埼玉から参加)と共に、何とか規定時間内で完走した。ゴールの際疲労と緊張で倒れ込み、顔はカサカサに乾ききって蒼ざめ、唇は限りなく透明に近いブルー、10年は年老いて見えたという。ゴールで待っていた息子は「玉手箱開けた浦島太郎みたい」と呟いたとのことである。

この後 地元のラン教室に入会、2012年3月の桑名ハーフマラソンにエントリーし、順風満帆かと思われたが、1月末 ナイトランの最中に右足首を捻り 整形外科で 「右足首捻挫 走行禁止3ヶ月」の診断を受け長期離脱となった。5月に入っても痛みは消えず1度は走ることを諦めた患者だが、6月には性懲りもなく昨年のかもしかマラソンにエントリーし、7月から再度ランを再開するが、9月に左足首を捻挫、整形外科医から4週間の安静を言い渡された。患者は絶望したが、前回程痛みが長引かないのを良いことに2週間後勝手にトレーニングを再開、かもしか本番では昨年を10分上回る記録でゴール、周囲を狼狽させた。
 面倒くさいことに勢いに乗った患者は12月の「お伊勢さんマラソン」でハーフマラソンデビュー、奇跡の完走をとげた。最近は遠方の学会に参加する際は必ずシューズとウエアを携行し、その地を迷走しており、2013年4月の札幌での爽快では北大周辺をうろちょろ走り、危うく遭難しかけていたという目撃例もある(Fig.1)。

またメタボについては一年後の健診で TG T-cholとも正常化、体重は5キロ減の69キロを保っている。

考察  人類がある目的を持って走り始めたのは遙か昔、「狩り」や「逃走」のためであった。その後メソポタミアなどで宗教儀礼から神聖なる競技としての「走り」が生まれ、中世には伝令や郵便などの情報伝達手段として走ることを職業とする「プロフェッショナル」が現れた。その後「賭レース」の暗黒時代を経て近代に入り、距離と時間の精確な計測が可能となると、競技としての走りが発達、近代オリンピックの成立と共に国威発揚の手段として 国家が、民間が「より速く走ること」にしのぎを削るようになる。
過食の国USAでは1970年代半ばより健康法としてのジョギングが一大ムーブメントとなり我が国にも大きな影響を与えた。また、経済社会の肥大と共にシューズメーカーが、時計会社がスポンサーとして大衆に「ランニング」をプロパガンダしていった。(※)
1980年代の日本での第一次ランニングブームの主体はそれゆえ健康を気にする中高年男性であったとされる。
さて、2010年の統計では本邦のランニング人口は2600万人にのぼるとされ、週に一回以上定期的に走る「ランニング愛好者(市民ランナー)」は335万人を数える。後者は過去10年で100万人の増加を示したことになる。この「第二次ランニングブーム」は 走る美人タレントに象徴されるように女性が中心であり、目的も「走ること自体のファッション性」「健康よりも美容」が重視される。事実我々も 街を華麗なファッションで疾走する「美ジョガー」達に遭遇する機会が格段に増加した。

今回の症例は、近年のランニングブームのメインストリームとはほど遠い中年の男性である。言ってみれば「ノリではじめちゃった」表層的なもので、継続する可能性の低いランナーである。問診で患者は「体を動かす趣味で一か月以上続いたものがない」と怠惰な性格を臆面も無く告白している。これらの悪条件から考えて、彼が走り続ける確率はGleason sum 9で未治療を選択した前立腺癌患者の5年生存率より低いと考えられたが、2013年5月現在(ラン開始後23ヶ月)患者は週に2−3回のペースで走り続けている。
怠惰で飽き性の当症例が、現在までラン継続可能であった理由を若干の文献的検索を加えて考察したかったが紙面が足らないので要約すると

1. ユニークなギミックの存在 GPS機能付きのsportwach(Fig.2)やiPhoneアプリはデバイスをつけて走るだけで タイム 走った場所、速度、消費カロリーなどを記録、PCに保存し、facebook等で公開もできる。飽きっぽいが新しもの好きな当症例はまずこのアイテムにハマッたと思われる。

2. 教室への参加 当症例は 昨年末から地区のランニングクラブに所属し、細々とナイトランなどに参加したという。一人で走るのとは違い、自分と同程度の走力の人、目標となる人、コーチなどとのランや食事会は ラン継続に少なからぬ力を与えたと思われる。

3. レースの存在 「ただトレーニングジムに通うだけ」のような健康法と異なりランニングには「○○レースで○○分以内に走る」などの各個人勝手な目標を作ることができ、その達成感は何物にも代えがたい。そして他の競技のような「倒すべき相手」は存在しない。

4.ランニング開始の容易さ 極端な話 走りやすい服と靴があればいつでも開始できる。 相手も特殊な器具も不要である。

以上のような諸条件がランニングを継続させている主な要因と思われるが、自験例では継続していると言っても高々1年半である。さらに経過を慎重に観察していく予定である。

結語 メタボリック症候群にランニングが奏功した一例を報告したかったが、メタボへの考察が全くできなかった。本来は体脂肪率等を加えて詳細に検討する予定であったが、せっかく買ったタニタの体重計の説明書を紛失し、体脂肪率が計れないでいる。重ねてお詫びしたい。

(※) 「なぜ人は走るのか:ランニングの歴史」トル・ゴタス著 筑摩書房 (2011/12/8) より抜粋