6 熱情と角砂糖
一夜、明けた。
寮に戻って、窓を直したらもう4時。熱い紅茶をのみながら朝日を待ってる。
自室に戻っていないのは、この子のようすが変だから。
「……あの人、『黙っていられなかった』って」
柄にもなく、しずんだ声とうるんだ瞳で、震えてる。
「澄みきった目をして『誤解じゃないか』と言ってくれた」
声を落として、うなだれる。
「この件が片付いたら、もう距離をおく」
「どうして? どっちも何も悪いことはしてないのに」
「……傷つけてしまったよ。大切な、英雄の名を」
「英雄の、か……」
その実態は、混沌だ。あんな大勢からの勝手な期待、幻想、夢。往々にして相矛盾し、解釈が対立するが為、ウソとホントに区切れないと知った。
「全ユニオンがあの人に寄せる思い、それ自体に量れない価値があるのさ」
それが英雄の概念だという。たとえ当事者でも、二人だけの認識より、ほか大多数の認識のほうが"真実"として纏いつく。灰色の亡霊、大いなるE、たえず色を変え形を変えてうごめく巨像。
「それでも、あの人という個人は確かにいた。一度きりの茶席の縁に義理立てしてくれた。あんなに勇敢で心根のいい人。一期一会が一番だ」
「考えすぎじゃないかな」
「……。砂糖をこちらにもくれないか」
いつもストレートなのに。
普通の友達にはなれないし、崇拝者のひとりにもなれない立場というの。
「どうあがいても、私はアーク・ロイヤルだ。エンタープライズさんなら、わかってくれる。お互い、裏を見合わない方がいい」
呼び方、改めるのね。
「寂しいな、相棒」
「いいんだ、戦友殿。……さて、見回りが来るまで、少し……」
「ああ。お休み」
"情熱に休息なし"。沈黙のうちに眠らせて、折り合いをつけるしかないのか。空のカップをじっと見つめる。角砂糖4つ、きれいに消えてた。
つづく
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