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「左右病」は病気なのか

野球の世界で長く語り継がれる原則として、「投手の利き腕と打者の打席が異なる場合、同じ場合よりも打者が有利」というものがある。例えば右投手が相手の場合、右打者よりも左打者の方が有利とされる。

この原則はあまりに広く知られているため、プロ野球の世界でも相手チームの先発が右投手だった場合、スタメンに左打者をずらりと並べたり、リリーフで左投手が登板した時に、右打者を代打に送ることが随所で見られる。その逆もまた然りで、相手打者が左打者の場合、左投手をリリーフとして投入することも往々にしてある。

これを優先するあまり、ある左打者が右投手よりも左投手をよく打っているのにもかかわらず、相手が左投手だからという理由で右打者の代打を送られるということすらある。このように、実際の状況よりも左右の原則を優先する指導者(主に監督)を揶揄する言葉として「左右病」というものがある。

もちろん投手・打者の中には、逆の利き腕よりも同じ利き腕の相手を得意とする選手がいることは想像に難くない。だが、それであればなぜこの原則が未だに罷り通っているのか。また、個別の選手の状況はいったんさておき、この原則は総じて正しいと言えるのか。この点を今一度調べてみたい。


MLBの動向

NPBの動向を把握する前に、まずMLBの動向を簡単に確認してみたい。
MLBでは利き腕の違いがもたらす効果を表す"Platoon (Platoon Advantage)"なる用語が存在する。すなわち左右に関して日本と同様の原則が認識されていることになる。では、実際その効果は意味のあるものなのか。
2005年から2022年までの各年度において、投手/打者の利き腕別に分けたOPS(全体平均を100とした値)の推移を以下に示す。

MLB投手/打者 左右別OPS(2005-2022)

2020年以降、右投手対右打者(緑色の線)と右投手対左打者(ピンク色の線)の差が縮まりつつあるが、総じて見ればやはり投手と打者の利き腕が異なる場合は打者有利、同じ場合は投手有利ということが言えると思われる。特に左打者対左投手(青色の線)の場合は、右投手相手(ピンク色の線)の場合と比べて投手有利の傾向が顕著に表れている。

OPSの構成要素である出塁率・長打率に分解しても左右別の傾向は概ね変わらないが、投手の利き腕の如何を問わず、左打席の方が出塁率がやや高く、右打席の方が長打率がやや高くなる傾向がある。これはMLBにおいて右打席に立つパワーヒッターが左打席に比べると多いためと思われる。
取り急ぎ、利き腕の原則はMLBで未だに効力を持っていると考えて差し支えないのではないだろうか。

NPBの動向

OPSによる比較

MLBでは一定の効果が見られた利き腕の原則であるが、果たしてNPBではどうだろうか。先程のケースと同様、まずはOPSを基準とした値で推移を見てみたい。期間は同様に2005年から2022年までの間としている。

NPB投手/打者 左右別OPS(2005-2022)

全体的に見ると、MLBと同様に利き腕の異なる場合が高い値を示してはいるものの、その差はMLBと比べて小さい上、年ごとの変動も激しい。ただし、2020年以降の直近3年間はその差が極めて小さい状態で推移しており、利き腕の優位による効果は以前と比べて薄くなっている。

NPBで特徴的なのは左投手対左打者における成績(青色の線)である。OPS全体を100とした場合、MLBで左投手対左打者の成績が95を超えることは2019年の1シーズンしかなかったが、NPBでは95を下回るシーズンは3度しかなく、最近はほぼ100(つまり平均)に近い値となっている。

平均を基準にした指数だとイメージしづらいので、2022年の平均OPSを基にしたケースで考えてみる。
自軍が攻撃を行うイニングで、相手は左投手、自軍の次打者も左打者とする。ここで右打者を代打に送るかどうか検討した場合を仮定する。なお、投手・打者の成績は全て平均値とする。

MLBの場合、左打者対左打者の平均OPSは.647、左投手対右打者の平均OPSは.737となっている。このため、右打者を送ることによって.090のアドバンテージを得ることができる。
一方、NPBの場合だと、左打者対左打者の平均OPSは.669、左投手対右打者の平均OPSは.679である。よって、右打者を送ることによって得られるOPSの効果は.010にすぎない。
当然ながら投手・打者の得意不得意によって大いに変動の余地はあるが、あくまで平均から見た場合、近年のNPBにおいて得られる利き腕の効果は極めて小さい状態にあると言って良いのではないだろうか。

出塁率による比較

OPSで見た場合、近年のNPBでは左右別の成績に殆ど差がないことがわかった。これで概ね結論が出てしまったようなものなのだが、OPSとは出塁率と長打率の合計であり、「出塁」と「長打」の双方を扱うものである。この内訳に違いはあるのだろうか。まずは出塁率から見ていきたい。

NPB投手/打者 左右別出塁率(2005-2022)

OPSの構成要素たる出塁率・長打率の大小を比べると、出塁率の方が小さくなることが一般的であるため、平均値からの乖離はOPSよりも小さくなる。裏を返せば、長打率における乖離はOPSよりも大きくなる。

OPSで見た場合、(MLBに比べれば高いとはいえ)概ね最低の値を示していたのは左投手対左打者の場合であったが、出塁率で見てみると、一転して平均を上回るシーズンがあったことがわかる。直近の2022年は、異なる利き腕の場合を差し置いて、最も高い値を示している。

相手が右投手の場合、左打者が平均以上の出塁率を一貫して残していることは想像に難くないが、左投手と対峙した場合においても、左打者が平均以上の出塁率を残しているシーズンが過去18年間の約半分を占める。NPBの左打者は右打者に比べ、総じて出塁率が高いことが伺える。左打者対策として左投手を投入してもその効果は限定的であるどころか、むしろ出塁率を高めかねない可能性すらある。

他方、右打者の場合は一貫して左投手相手の方が出塁率が高く、左打者の時に見られた逆転現象は起こっていない。しかし2022年におけるその差は平均値の1%未満しかなく、単に右投手を投入すれば済むような状態ではなくなりつつあるものと思われる。

長打率による比較

次に、OPSが取り扱うもう一つの要素である「長打」について、長打率の視点から俯瞰する。OPSと出塁率の差が長打率となるため、結果についてはすでにお察しなところはあるが、その点はご容赦いただきたい。

NPB投手/打者 左右別長打率(2005-2022)

これまで述べてきたように、左打者相手の場合、OPSの面ではやや左投手が有利だが、出塁率の面では左投手の優位がOPSのそれより縮小する(逆転するシーズンもある)。OPSが出塁率と長打率の合計であることを考えれば推測できるとは思うが、長打率の面では左投手の優位が拡大する。出塁の可能性を抑えることは難しいかもしれないが、長打抑止の観点では出塁に比べると効果があると言える。
とはいえその効果は平均値の約4%程度、2022年の平均値を基準とすると約.015程度である。「200打席換算で3塁打分」という効果を大きいと見るか小さいと見るかは解釈の分かれるところであろうが、全く効果がないわけではない。

なお右打者の場合、2022年における投手の利き腕による効果は左打者における場合よりも小さく、約3%程度となっている。ただしこちらも出塁率に比べれば効果はある。
逆に右投手を相手とした場合、右打者・左打者の長打率はほぼ同じである。従って、右投手だからといって右打者の代打に左打者を送ったとしても、長打の面で得られる効果は殆どないことになる。

まとめ

本記事では主にNPBの2005年以降における投手・打者の左右別平均成績を基に、その傾向を簡単に俯瞰した。そこから得られる結論は以下と考えられる。

  • OPSで見ると、投手/打者の利き腕が異なる方が、同じ場合よりも打者有利となりうる

    • とはいえ、MLBに比べると効果は小さく、シーズンごとの変動が大きい

    • 特に近年、その差は縮小傾向にある(2022年はOPS.010前後)

  • 出塁率の観点で見ると、利き腕が同じ場合の方が打者有利となる場合がある

    • 特に左打者の場合、右投手相手よりも左投手相手の方が高い出塁率を示すシーズンがある

  • 長打率の観点で見ると、利き腕が異なる場合における優位性は出塁率に比べて大きい

    • ただし、その効果はやはり縮小傾向にある(2022年の左打者で長打率.015前後)

繰り返しとなるが、NPBではシーズンごとの変動が大きいため、一概に述べることは難しい。2019年以前はOPSの差が15ポイント近く、数値にして.100近くの効果を示すシーズンもあった。ただし、2020年以降の3年間はその効果が極めて縮小した状態で推移しており、単純に利き腕だけで大きなアドバンテージを得られるわけではない状況にあると言える。

本記事で扱った数字はあくまで「平均値」である。投手・打者の中には、同じ利き腕よりも異なる利き腕の相手の方が得意な選手もいるだろう。当たり前といえば当たり前なのだが、単に「左右」という利き腕だけで起用を決めるのではなく、選手ごとの特性を見極めることが求められる時期に差し掛かっているようにも思われる。

これらを踏まえ、タイトルで掲げた「『左右病』は病気なのか」という疑問に対する私見を述べるならば、「病気ではないと思いますが、依存症みたいなものかもしれません」といったところだろうか。
少なくとも観戦する側としては、「左だから」「右だから」という理由ではなく、その選手の情報を深掘りして調べることが(より)必要であろうと思っている次第である。

参考サイト


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