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この命を、なめるな!

兄が沖縄に来て滞在していて、子供たちもつれて兄の家族と会いに行った。

久しぶりに会った兄家族だったが、
自分の価値観が変わってから大分、時間もたっていた。

昔は、自分がよしとする生き方を、兄や母に伝える事をしていた。
しかし、それはことごとく伝わらず、この人たちが求めている生き方ではないと、時間をかけて思い知らされた。

そこに一喜一憂して、不満を募らせていた自分がいたが、
結局は、分かってもらいたい、認めてもらいたい自分がそこにいたし、
「家族だから」という魔法の言葉で、分かってもらえない自分を、
被害者にしているところがあった。
(まったくの他人なら、分かってもらえなくても、深く傷つくようなことはない。)

しかし、久しぶりに兄に会ってみると、
昔の自分が強制的に表れて、
今の自分を明け渡してしまった。

それの反動だろう。
昨日からずっと気分が激落ちしていた。

理由を色々と考えてみると、
仲の良かった兄が、あんなにも怒りながら、生きている姿を見て、
さみしさを感じたり、もう昔のようには付き合えないお別れ感があった。

左上半身が、特に寒々しく感じて、バケツに穴が開いているように、
エネルギーが漏れていってしまうような感じが、今日はずっとしてた。

まずは、感じるままにその感情を感じてみようと受け止めてみた。
そして、その感情にも感謝しつつ、落ちてるままではしょうがないと、船の作業をしたりして、とにかく普通にいようとした。

夕方になっても、激落ちは消えずにいたら、パートナーに励まされて、魂の進化中は、自分を過去(闇)に引き戻す手口は、いくらでも、どこにでもあるある!と教えてもらった。

そして、遺伝子易経55番の一節が、僕の闇の真ん中をとらえた。

気分の浮き沈みの理由を外側に求めるというこの傾向は、地球における私たちの最大の中毒といえます。それは、私たちがこの物質世界における被害者である、という重大な信じ込みに根付いています。

遺伝子易経 55番 P429

そうして、夕焼けの空や雲をみたら、
「この世界で変わらないものは何もない。」
と気づいた。

だから、この沈む気持ちだって、いつまでも続くものでもなくて、
変わっていくものだと思えた。

自分も、兄達も、すべてが変化し続けている。

そして、気分が沈んだ自分も認めて、受け入れて、
それでも良くやってるね、と肯定しながら、
おいしい夕ご飯を作ってたら、
気分が戻ってきた。

そして、この私という、
私だけの人生を生きてきた命を、

なめんなよ!

と、元気がでた。

この動画も、元気をもらいました。


明るい自分を取り戻して、
寝れることに感謝です。

おやすみなさい。

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