有馬哲夫氏による産経批判の検証


有馬先生の主張:産経は反論文書の現物を持っていなかった?

有馬先生のツイートにある、産経が書いた記事、とはこれです。
2014年の3月31日に「幻の反論文書」を入手したとして、4月1日に記事にしています。有馬先生は、この記事が「公文書の現物を入手せず伝聞で記事を書いた」ものだと主張されています。

その根拠として、有馬先生が同文書の研究成果を発表した2017年に、産経新聞記者の阿比留氏から上のメールが送付されたことを挙げています。

事実:産経は反論文書の全訳を公開していた

ところが、産経は記事を出した約1ヵ月後、『月刊正論』2014年6月号および7月号で、同文書の全訳を公開しています。


日付を見てみます。

産経新聞 2014年4月1日 産経が「幻の反論文書」を入手したとしてその存在を報道
『月刊正論』(産経) 2014年6月号・7月号 同文書の全訳を公開
『新潮45』 2017年5月号 有馬先生が米国公文書に基づく反論文の研究成果を発表

持っていないなら、有馬先生が研究成果を発表する3年も前に、どうして全訳を出せるのでしょうか?

産経がどこで反論文を入手したのか。有馬先生が米国公文書館で「発見」するよりも早く、別のルートで入手していたことはあり得ます。その場合、取材源秘匿義務のため、入手経路を公開していないとすれば自然です。ここは阿比留氏に聞いてみたいところです。

14年に全訳を出している以上、現物を持っていなかったから--17年にもなって--呉れと言ったのだ、という主張は無理があります。

もう一度、有馬先生が「根拠」として公開したメールを貼ります。

繰り返します。2017年のやり取りです。
阿比留氏は、産経が既に所持しており2014年に全訳を公開した反論文と、有馬先生が米国公文書館で「発見」して2017年に研究成果を発表した反論文、両者が同じものかどうかを尋ねているように見えます。
有馬先生の主張である、「現物を持っていないから呉れと言った」根拠になり得ません。
(そもそも私信を無断で公開するのは失礼ですが、それはさておき。)

まさか、米国公文書館に所定の手続きを経て公開されたのでない文書は、たとえ本物でも現物ではない、伝聞だ、とは言わないでしょう。仮に公文書研究者としての有馬氏がそう判断するとしても、それはジャーナリズムの判断ではないし、衆人の判断でもありません。

その後も、「反論文の現物を持っていないから(2017年に)呉れと言った」との表現を繰り返し用いて、産経を批判しています。産経は2014年に全訳を出しているにもかかわらず。

それでもなお、産経に瑕疵があると主張するならば、2014年に公開された全訳が捏造であると示す義務が有馬先生にはあります。しかし、一切示されていません。

私が確認したところ、産経の全訳--『月刊正論』デジタル版による--は、有馬先生が動画で紹介している米国公文書内の反論文と章立てが同じです。

有馬先生が発見した米国公文書内の反論文は動画の17分10秒頃から紹介されています(2021年8月25日付の動画)。

内容は、若干表現が異なるものの、類似しています。(※)

公平に見て、「外務省が作成した反論文の現物」に、産経が2014年に入手して全訳を公開した版と、有馬先生が米国公文書内に発見して2017年以降に研究成果を発表した版とがあると言いうるのみです。どちらかが偽物であるとは言えません。

(※)『月刊正論』2014年6月号における全訳と、有馬哲夫『一次資料で正す現代史のフェイク』(2021)における抜粋を比較。

例として第一章三節の導入部分を示します。

クマラスワミ特別報告者による報告書付属文書1の問題点
しかしながら、クマラスワミ特別報告者が今次提出した「従軍慰安婦」に関する本件報告付属文書1は極めて問題が多い。日本政府は、以下の理由により、国連人権委員会がこの文書にはっきりした否定的見解を示し、わが国の取り組みを正当に評価するよう強く希望する。
以上、『正論』平成26年6月号 p. 116

「特別報告者の付属文書1の問題点」
特別報告者によって提出された『慰安婦』の問題についての付属文書1がこれらの基準(前述の)を満たしているということはむずかしい。日本政府は以下のような理由により、この文書を断然却下し、日本がこの分野で行っていることもっと正確に理解することを望む。
以上、『一次資料で正す現代史のフェイク』 p. 222

12月6日追記
このように、随所に表現の違いが見られるため、たとえば当時の担当者の記憶から復元した伝聞に過ぎなかったのではないか、などと憶測する余地は依然として残ります。
それでもまだ憶測に過ぎません。
何より、そう主張したいならば、有馬先生はその点を阿比留氏に尋ねるべきでした。この件を追及するにあたって言及が不可欠であるはずの全訳にまったく触れず、確かな根拠たり得ないことばかりを持ち出しています。
私がここまでたどり着くにも、第三者の指摘により産経による全訳の存在を知り、更にそれと有馬先生の研究発表とを比較する過程が必要でした。
観衆でここまでした人がどれだけいたでしょうか。全訳の存在をそもそも知らずに、有馬先生の言い分を信じてしまった人も多いのではないでしょうか。
産経を難ずるには論証が不十分であったと言わざるをえません。

有馬先生の「幻の反論文書」

もう一つ、有馬先生が「根拠」として示したものがあります。

『一次資料で正す現代史のフェイク』第9章に、「産経が出した反論文の要約は、国連人権委員会理事国に配布された原文を持っていたらないはずの誤読がある」ことを論述した、とおっしゃっています。

これ、真っ赤な嘘です。

有馬先生は実に多作で、しかも私が手に取ったかぎりの全ての著書が浩瀚な史料を引用しています。どうやったらここまで研究熱心になれるんだってくらいです。

私が全て読めているわけではありませんが、『一次資料で正す現代史のフェイク』はとりわけ私の関心を惹いたのでしょう。刊行された当時に購入して読んでいました。

とはいえ全てを覚えているほど記憶力がよくないので、産経に対する批判なんてあったっけ?と訝りつつ、9章を再読しました。


はい、ありません。
一切ありません。

そもそも原文を持っていないのに全訳を出せるというのはおかしな話です。

まとめ 有馬先生へ

この件は、有馬先生に好意的に見ても、「現物」という言葉に独特の意味を付与して使っているため、観衆の誤読を招いています。産経は全文を入手した上で記事を書いているにもかかわらず、「現物を入手しないまま伝聞で書いた」と誹謗されています。
産経の「歴史戦」のやり方に不満がある、あるいはLGBT問題や移民問題での論調に異議があるなら、それを指摘すればよいことです。
SNSを利用し観衆を誤導しかねないやり方で攻撃するのは、真摯な観察者からの有馬先生ご自身の信頼を毀損することになりかねません。

おまけ① 甘ちゃん

ほぼ毎日粘着する有馬先生に対して、あくまで礼儀正しく応答し続ける阿比留記者。

いや、あなたと産経の信用が不当に貶められているのですから、きちんと筋道立てて反論しましょうよ。なんで私がやっているんですか。
「歴史戦」をやる新聞の記者がここまで甘ちゃんで、シナや韓国と渡り合えるんでしょうか。心配でなりません。

おまけ② ファシスト

戦争を口実に被害国民の言論の範囲を制限すべく脅すのは悪質です。
有馬先生は、ロシアの威を借りてウクライナ人の言論を制限しようとしています。

illiberalなのは誰でしょうか?
言うまでもなく、戦争の脅しにより、自分が聞きたくない言論を制限しようとする者です。
他人をファシスト呼ばわりする前に、自らの内なるファシズムと向き合うべきです。

Stop totalitaryzmom.

最後に、専門の公文書研究は有益だしご立派だとは付言しておきます。いちおう。

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