見出し画像

異次元の扉としての「ワインとそれをめぐる記憶」①

100年以上経過したワインを、300年前のグラスで飲む。
これが古酒を味わう究極の楽しみ方の一つであることを、ある時感じました。

画像1

 
13歳で『ル・シャンベルタン』と出会う
 
私が本格的なワインと出会ったのは、13歳のときでした。
それまで、藁づとに包まれたキアンティや、ヤーゴのサングリア等を飲む機会はありましたが、驚くような印象はありませんでした。
 
1972年当時、叔母に連れて行ってもらった高輪プリンスホテルの「ル・トリアノン」というフランス料理のお店。
 
最初の料理に「コンソメ」が出されると、同時に小さなグラスにシェリーが注がれました。
「ティオテペペです」と当時の支配人だった中里さんが説明してくれました。
 
その頃、ドライ(辛口)シェリーといえば、ゴンザレスのティオペペでした。
支配人から貴重なコンソメの作り方を聞きながら、シェリーとの相性を楽しみ、それ以来ティオペペが大好きになり、よく他のレストランでもティオペペを注文するようになりました。
 
次のお皿は『フレッシュフォアグラのブリオッシュ添え』でした。
フォアグラは缶詰ではなく「生をフランスから空輸している」とのこと。
当時「他に空輸しているところは無いのではないか」と言う説明に納得していると、大きなグラスに赤ワインが注がれました。
 
叔母の好きな赤ワインはいつも同じ銘柄で、1960年代の『ル・シャンベルタン』でした。
このワインはとにかく力強く、濃厚な香りとシャンベルタン特有の果実味溢れた味わいです。「ワインってこんなに美味しく、フォアグラにぴったりなんだ!」と鮮烈な印象を受け、少年だった私の記憶に刻まれました。
 
中里さんからは、ナポレオンが好んだワインなど、ワインにまつわる様々なお話を伺いました。
 
 
グラスで変わるワインの味を学ぶ

それからというもの、「ル・トリアノン」を訪れる度に、赤ワインは色々なドメーヌのル・シャンベルタンが出てきました。
 
「今日は1950年代物をご用意致しました」と、自分が生まれる前のヴィンテージが出されると、その特別感からウキウキしました。
ある時は、飲むときに使用するグラスによってワインがどの様に変化するかを教えて頂きました。
一番印象的だったのは、金魚鉢のような大きなグラスでル・シャンベルタンを飲んだ時の、「いつものグラスとは全く違う」ワインの香りのたち方と味わいです。
濃厚な香りと共に、当時のテーブルの雰囲気までもが鮮明に蘇ってきます。
今思うと、その時使ったグラスは、バカラの『ロマネコンティグラス』と同じような形状と大きさでしたが、当時すでにそれが製造されていたかは分かりません。
 

画像2


 自分のワインテイストの基準が形成
 
この様な少年期の体験から、私のワインテイストのベースは、自然とブルゴーニュのル・シャンベルタンになりました。
 
それ以外のワインは、当時の私の印象にはあまり残っておらず、白はいつも「シャブリ」や「サンセール」、ロゼは「タベル」が定番でした。
 
「ル・トリアノン」の料理はクラシックなフレンチで、シェフはフランス人の「グランシェフ」、アンドレ・ルネ・チェボーさんでした。
私が今だにクラシックなフレンチが好きなのは、チェボーさんのお陰だと思います。
 
チェボーさんご夫妻とは、よくお散歩中の銀座で遭遇しました。ご挨拶するとニコッとされ、その笑顔にフランスを感じました。
 
 
独自のテーブルマナースタイルを
 
支配人の中里さんには、テーブルマナーも教えて頂きました。
 
例えばナフキンの使い方です。
基本的な形や、「どうして折り目がついて、何方が手前か」、その意味合い、といった事です。
また決まり切ったマナーだけでなく、「私だったらこう使う」といった「自分自身のスタイルを確立する方法」も学びました。
 

「ル・トリアノン」は、その後箱根プリンスホテルがオープンする頃まで良く通った、思い出のレストランです。
 
それから年が経つにつれ、だんだんワインの味が「薄くなっていく」のを感じました。
フランス料理のトレンドが『ヌーベルキュイジーヌ』の時代に入り、ワインの作り方も変わっていったのでしょう。
 

画像3


 ブルゴーニュはワインの王様
 
ワインの味がある程度分かり始めた頃、不思議に思った事がありました。
 
フランスワインの例えとしてよく「ブルゴーニュはワインの王様」で、ボルドーは「ワインの女王」と言われています。なぜなんだろうとその理由を自分なりに色々と考えた時に、ふと初めて飲んだブルゴーニュの赤を思い出しました。
 
あの頃のブルゴーニュは、確かに「王様」と呼ぶにふさわしい「風格」と「力強さ」があり、「そう言う事なのか!」と納得しました。
 
ただ、どうしてボルドーが女王なのかが分かるまでには、更なる年月を要しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?