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着物、はじめました。(その3・着物警察!!とある、おばさんデカの日常)

正月3日。夏希が横浜の実家を訪ね、ビール飲みつつ、おせちを頬張ってる時だった。
「もうね、みっともないったらありゃしないのよ!お太鼓が思いっきり歪んでたもんだから、私、直してあげたの!!」
母・寿子の、突然のこのセリフ。
「そしたらね、その子、20代くらいだと思うんだけど、『直してもらうのはありがたいんですが、いきなり急に引っ張るのはやめて下さい』なんて言うのよ〜、せっかくキレイにしてあげたのに!!」
・・・・夏希からすれば「・・・・はぁ?」である。
「・・・お母さん、それ、何も言わずに、いきなり手のばして直したの?」
「そうよ」ケロっとした顔で寿子は答える。「だから何?」と言わんばかりのドヤ顔だ。
「お母さん、それ、絶対失礼でしょ!?いきなりそんな事されたら誰だってビックリするよ?お母さんみたいなお直しオバさんの事、世間じゃ『着物警察』って言うんだよ!!」
「着物警察〜!?」寿子は「着物警察」という単語よりもむしろ、「お直しオバさん」と呼ばれた事の方にムッとしてるようだ。
「それでね、その子、着物着てるのに頭にベレー帽なんかかぶってたのよ、おかしいでしょう、着物なのに!あ〜あ〜、最近の若い子にはホント、ついていけないわぁ〜〜〜」
大げさなリアクションと共に、さも詳しそうに「正しい着物のあり方」を語り始めた寿子。夏希が中学生の時に、ヒマを持て余して、ちょっと着付け教室に通っただけの経験で。まるで普段から着物を着てる女、みたいに。
夏希の記憶で、最後に寿子が着物を着たのは、確か3年前、弟・政則の結婚式の時だった。黒留袖で思いっきりのドヤ顔。「本当は、こんなホテルじゃなくて、椿山荘とかが良かったのに!!」と、この期に及んでまだそんな事をほざいていた。
そして、新婦の両親の前ではニコニコしていながらも、夏希にはコソコソと「あのウェディングドレス、地味すぎない?」なんて言ってくる。
だから夏希は「ああ、こんな姑がいる家に嫁ぐ里香さんは、きっと苦労するだろうなぁ・・・・」と、心底気の毒に思った。
そんなふうに夏希が、弟の嫁さんに対して思いを馳せていたら、寿子がまた、こんな事を言い出した。
「この間の元旦にね、里香さんにお皿プレゼントしたのよ。あの子、ミッフィーが好きって言ってたじゃない?だから、ピーターラビットのお皿あげたの。そしたら、いらないって!!」
・・・・またしても夏希的には「・・・・はぁ?」である。
「・・・お母さん、ミッフィーとピーターラビットって、全然別モノじゃん・・・?」という夏希の言葉に、寿子、クワッと鬼の形相で、
「どっちもウサギなんだからおんなじでしょ!!??」
・・・・一体どこからそういう発想が出てくるのか。
夏希は、寿子の「こういう部分」が、昔から苦手だった。なんというか「自分を中心に世界が回ってる」みたいな、そういう感じが。
思い返せば、夏希が成人式で着る、振袖を選んだ時もそうだった。
夏希はレンタルで「アンティーク感漂う、ちょいとオシャレな感じの振袖」を選んだのに対し、寿子は「品がない!!」の一点張り。
そして勝手に「無難な柄の振袖」を選んできた。結局、お金を出してくれるのは親なので、しぶしぶ、着たくもない柄の振袖を着させられた事を、夏希は今でも、ちょっと恨んでいる。
「ただいま」
玄関で声がした。父・隆正が犬の散歩から戻ってきたようだ。
リビングのドアがあいて、ミニチュアダックスのララが、シッポを振りながら夏希の膝に飛び込んできた。
「お父さん、今年はどっか初詣、行ったの?」という夏希の問いに「行ってない」と、一言ボソッと答え、ソファに座ってテレビをつける父。
定年退職後は無気力の塊になってしまったようで、犬の散歩以外、どこにも出かけようとしないらしい。
「私はお地蔵さんと結婚したつもりはないのに!もうね、なーんにもしゃべんないの、お地蔵さんみたいに、だーんまりで、それで1日中テレビ観てるだけ!」
コソコソと、父には聞こえないようでいて、しかし聞こえてそうな、絶妙なトーンでボヤく寿子。
足元にまとわりつくララに、こっそり、おせちのカマボコを与えながら、夏希は思った。「・・・なんか今日、話す気、なくなってきたな・・・」
実は今日、夏希は両親に「結婚したい相手がいる」事を話す気でいた。
しかし、着物警察がらみの、相変わらずの「寿子節」、そして、空気と化した無気力の塊みたいな父を見ていたら、なんだかウンザリしてしまった。
「・・・相手の男が『44歳バツイチの、フリーのイラストレーター』って言ったら、親は何と言うだろう」(特に寿子)。
「何なの、その事故物件」とか言い出しかねないのが、ありありと目に浮かんだ。ウンザリ。
ここはひとつ、「37歳にもなってまだ独身の娘が、さっさと片付いてくれるんなら文句も言えないわ」と、思ってくれないものだろうか。
「37歳独身、出版社勤務の編集者の女」なんて、寿子からすれば「カタギじゃない女」である。
「アンタやっぱり、普通じゃないの、連れてきたわね?」
そう言われそうで、新年早々、夏希は眉間に、思いっきり深いシワを刻んだのであった。

・・・・・というわけで、まぁ、↑この文章は「完全なフィクション」である。
「着物警察」に、とっ捕まった事のない私が「世間で飛び交う着物警察事情」を元に、「着物警察ってどんな人達なんだろう?」「普段、どんな生活をしてるんだろう?」と、妄想を働かせて書いてみた、あくまでもフィクションなストーリー・茶番劇である。

で、書いてみて思ったのだが、こういう着物警察的思想の持ち主って、多分、年齢とか関係ないんじゃないだろうか。
「多様性を絶対認めない」「マウンティング気質」って、ババアだけの話じゃない。ジジイだってそうだし、若い子にもいると思う・・・・・私にはそういうタイプって、ちっともチャーミングには見えないのだが。


で、今日、「徹子の部屋」で観た、内海桂子師匠96歳の着物姿は衝撃だった。
桂子師匠の性格を物語ってるような?ザクザクっとした感じの着こなしで、衿元とかグワっとしてて。それこそ、着物警察のおばさんデカ達が色々言いそうな着付けだったが、なんというか、そんなものを寄せ付けないオーラ、迫力が滲み出ていた。
チマチマ、おはしょりは○センチとか、そういう事言ってるのが無粋な感じ。師匠自身が「着物生き字引」という風格で、とにかく、ずーっと着物で生きてきた人の醸し出す雰囲気に、私は圧倒されてしまったのであった。


個人的には、「あら〜、イマドキはデニムの着物なんてあるのね〜、おもしろいわねぇ」「あら〜、着物にベレー帽なんて、可愛いわねぇ〜」
なんてサラッと言える年配の女性は、すごくチャーミングだし、ハッピーな雰囲気が漂ってて素敵だと思う。そして私自身、そんなふうにトシを重ねたいと切に思う。

さて、そんな世間の着物警察を尻目に、こちらの小紋。


ネットのリサイクルで買った、ポリ着物で、お値段なんと1500円(「リサイクル着物シンエイ」ってサイトなんですが、ここは掘り出し物が多し!!)。
「着物は正絹以外認めません!!」とのたまう着物警察な方々からは、鼻で笑われそうなシロモノだが、いやいや、ポリエステルは超便利だ。
この着物を着てる時に、途中で雨に降られた事があったが、家でも洗える着物だから、まったくビビらずにすんだ。
途中、いきなり生理が始まってしまった事もある。「げげげ!!!」である。しかし、汚れた箇所は、ガシガシ家で洗う事ができた。正絹だったらこうはいかない。経血で汚れた着物を、悉皆屋に洗いに出すのは相当恥ずかしいはずだ。
思い返せば、この着物とも色んな思い出を作ったものだ。
出版社のイベントに着てったり、荻窪で美味しい日本酒飲んだり。
知人のクルーザーに乗って、夜の東京湾を見物した事もあったし、
新宿ゴールデン街で楽しく酒を飲んだ事もある。

さて、「着物警察が怖くて、若い人達の和装離れが進んでいる」というニュース、これは本当なのだろうか?
ホントだったら、それはすごく残念な話だ。
私が思うに。
「超失礼で、オシャレしたい人の気持ちをボキ折れさせる」着物警察。
そういう人達は実際いるんだろうけど、でも、どちらかといえば、好意的に受け止めてる人の方が多いと思う。
あとは、「ああ、着物の人がいるなぁ〜」程度の、薄〜い認識の人。
私は、若い子達の着物姿をもっともっと見てみたい。
そして、着物について、おしゃべりなんかしてみたいなぁと思うのだ。

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