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"Stand Out Fit In" Jリーガー

決意を上回る行動を覚悟と呼ぶ

誰もが自分の人生を変えることができるし、自分の人生を変えることができた人は社会も変えることができる。

しかし、年齢を重ねるに連れ、社会の中馴染むことを強いられ、気がつけば固定概念に縛られ、常識の中で生きることを疑うことすらなくなっている。

いつだって、世の中が変わるときには常識外れのバカがそこにいたはずだ。


"40歳でクラウドファンディングを使ってJリーガーになる"という壮大なバカがやったことは人の固定概念を壊し、社会の常識を想像外からぶっ壊したことになる。

そして、僕はまた固定概念にとらわれ、常識の中に入ってしまった。

水戸ホーリーホックでの一年は常識外のこと、と思いきやサッカー界の常識の中で必死になり、その結果手に入れたJリーガーだった。


しかし、僕のやりたかったことはJリーガーになるということではなく、40歳のおっさんがクラウドファンディング使って民意にその行動を問うた先の世界だ。

今では水戸ホーリーホックもSNSを大活用しているが、昨年は酷い言われようだった。

僕は"Jリーガー"でいたいがために、そのお説教を真に受け、気がつけば40歳の下手くそなただのJリーガーとなった。

変わるのも自分ならば、戻るのも自分。

これは事実を書いているだけで、水戸ホーリーホックの批判でもなきゃ、当時文句ばっかり言われた担当者への批判でもない。

全ては、自分だ。


守るものなんてないのに、守りに入った。

何十年もJリーガーを続けてきた選手ならまだ分かるが、僕に守るものなどないはずなのに。

人は環境によって自分の生態系を変えられる。

それは生存本能とも言えるだろう。

しかし、大事なのは、お前は一体何者で、お前は一体何を生きているんだってことだ。

よく言われることだが、僕は僕であり、僕自身の人生を生きているんだ。

人は気がつけば、自らの人生を生きているようで、身を置いている"村社会"の常識に合わせて生きている。

間違いではないが、僕自身の正解ではない。

僕にとっての正解は、守るのではなく、攻めて攻めて攻めまくること、だ。


今年も残すところあと僅か。

今必死にならなければ、惰性で来年も生きることになる。

死んでからでもいいから見たい世界がある。

その世界のために、誰から何を言われようが攻めるしかない。

その世界を見るための一つに、この復活も、Jリーガーも手段なんだ。

その世界の常識にとらわれず、

スポーツ界の常識や権力や固定概念をぶっ壊そう。

これは自分との戦いでもある。

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