ツイ川俊太郎『ツイッタラーの墓』

ある所にひとりの若者がいた
ツイートを書いて暮らしていた
眞子さんが結婚すると小室圭ネタのツイートを書き
誰かが死ぬとR.I.P.をネタにするツイートを書いた

お礼に人々はいいねやリツイートをした
なかにはリプライやDMをする者もいた

男にもちゃんと名前があったが
誰も名を呼ばずに男をハンドルネームで呼んだ
初めのうちは恥ずかしそうにしていたが
いつか男はそれに慣れてしまった

人々は何やかやと男に問いかけた
「ちょww何食ったらそんな発想が出てくるんだよww」

だが男は何も答えなかった
答えたくても答えられなかった
「ぼくにも分かりません」と言うしかなかった
あいつはいいやつだと人々は言った

ある日ひとりの娘とオフ会をした
ツイートを読んで会ってみたくなったのだ
男はひと目で娘が好きになって
すぐに「オッ」とツイートを書いて娘に捧げた

それを読むと娘はなんとも言えない気持になった
悲しいんだか嬉しいんだか分からない
夜空の星を手でかきむしりたい
生まれる前にもどってしまいたい

こんなのは人間の気持じゃない
神様の気持でなきゃ悪魔の気持ちだと娘は思った
男はそよかぜのように娘にキスした
ツイートが好きなのか男が好きなのか娘には分からなかった

その日から娘は男と暮らすようになった
娘が朝ご飯を作ると男は朝ご飯のツイートを書いた
野苺を摘んでくると野苺のツイートを書いた
裸になるとその美しさをツイートに書いた

娘は男がツイッタラーであることが誇らしかった
畑を耕すよりも機械を作るよりも
宝石を売るよりも王様であるよりも
ツイートを書くことはすばらしいと娘は思った

だがときおり娘は寂しかった
大事にしていた皿を割ったとき
男はちっとも怒らずに優しく写メに撮って「今日も一日」とツイートしてくれた
嬉しかったが物足りなかった

娘が家に残してきた祖母の話をすると
男はぽろぽろ涙をこぼした
でもあくる日にはもうそのことをツイートしていた
なんだか変だと娘は思った

けれど娘は幸せだった
いつまでも男といっしょにいたいと願った
そう囁くと男は娘を抱きしめた
目は娘を見ずにスマホを見つめていた

男はいつもひとりでツイートを書いた
友達はいなかった
ツイートを下書いていないとき
男はとても退屈そうだった

男はひとつも花の名前を知らなかった
それなのにいくつもいくつも花のツイートを書いた
欲しい物リストから花の種をたくさんもらった
娘は庭で花を育てた

ある夕暮れ娘はわけもなく悲しくなって
男にすがっておんおん泣いた
その場で男は涙をたたえるツイートを書いた
娘は男をブロックした

男は悲しそうな顔をした
その顔を見ていっそう烈しく泣きながら娘は叫んだ
「何か言ってネットミームじゃないことを
 なんでもいいから私に言って」

男は黙ってうつむいていた
「言うことは何もないのね
 あなたって人はからっぽなのよ
 なにもかもあなたを通りすぎて行くだけ」

「いまここだけ
 なうにぼくは生きている」男は言った
「昨日も明日もぼくにはないんだ
 この世は豊かすぎるから美しすぎるから
 何もないところをぼくは夢見る」

娘は男をこぶしでたたいた
何度も何度も力いっぱい
すると男のからだが透き通ってきた
心臓も脳も腸も空気のように見えなくなった

そのむこうに町が見えた
かくれんぼする子どもたちが見えた
抱き合っている恋人たちが見えた
鍋をかき回す母親が見えた

酔っぱらっている役人が見えた
鋸で木を切っている大工が見えた
咳こんでいるじいさんが見えた
倒れかかった墓が見えた

その墓のかたわらに
気がつくとひとりぼっちで娘は立っていた
昔ながらの青空がひろがっていた
墓には「R.I.P.瀬戸内寂聴」と刻まれていた

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