風の旅人

骨形成不全の宇都宮くんは、寝台車椅子で外に出て、道行く人に少しずつ手伝ってもらいながら進み、牧口一二さんに会いに来た。
宇都宮くんは、それだけ遠慮なく色んな人に助けられて、旅をするのだが、いきがかりの女性に排尿の介助だけは恥ずかしくて頼めなかった。
それが要因でもある腎不全で早くに亡くなってしまう。
その実話を牧口さん原作、新谷さん作画で漫画にしたのが、「風の旅人」だ。

今ではサニヤシンのソーマはそれを何十年か前、中学校の職員室で見て、とても感動したという。
僕もどこかで見たことがあり、底流のように、自立とは誰にでも助けを求めるコミュニケーション能力だという考えと繋がっていた。
教員としての、また障碍を得てからの複数の経験から、自立とは誰にでも助けを求められることという考えは、血肉となっていて、北海道から沖縄まで、韓国、台湾を車椅子で旅した時もそうだった。
しかし、時々、遠い夢の断片がサブリミナルメッセージほどの短い時間、明滅していたような気がする。
漫画の一シーン、寝台車で路上に出て、僕を○○まで連れていってくださいと言っている宇都宮くんが明滅してたような気がする。

たぶん、僕はマチュピチュもウユニ塩湖も行けると感じているのも、その底流に何十年も前に見たそのシーンがあると思い出した気がした。普段は意識しないぐらいの深層に横たわっていたが、たまに明滅していたと。

今では宇都宮くんは亡くなったが、その宇都宮くんが会いにきた牧口一二さん、その話を漫画にした(原作を書いたのであって、作画家は別だと今日初めて知った)牧口一ニさんに会いたいとソーマがfacebookに書いていた。
それは可能だ、僕はツテをたどればセッティングできるとコメントした。
そして、そのセッティングをしておいたのが今日。
自分のしたいことしかしない僕がそのセッティングをしようと想ったとき、強い使命感みたいなものはなく、むしろ、せせらぎが流れるのを止めないように簡単なことで、自分はそうすることになっているのだ、それはもう宇宙的に決まっているから、殆どラティハンみたいなものだという感覚があった。

牧口一二さんに連絡すると、完全バリアフリーに改造し、車椅子で入られる公団住宅の部屋に来てくださいとのことだったので、ソーマにセッティングできたと伝え、行ってきた。

牧口一ニさんについて。

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今日はすっかり聞き役に回ってしまったが、牧口さんとソーマの対面、人生対談は壮絶すぎた!
そんな壮絶な小説、読んだことないわ!
プライバシーに関わるので、詳しくは書けないが。

ソーマは本を書かない人のようだが、
僕は、牧口さん、それ、本に書きましたか。
それ、聖書にある逸話ですねなどと外野から合いの手を入れているだけだった。

「風の旅人」は今では手に入らないとソーマは思っていたという。
そんなこととは、つゆ知らず、僕は話を聞きながら、スマホでちゃちゃとアマゾンの古本を注文していた。

夜も更けた。何時間話していただろう。

僕は話の途中で何度も、その話は本に書いたか、どの本に書いたか、その本はあるかと質問していた。
牧口さんは本はあげてしまって、殆ど手元にない、が、後で本棚を見てみようと言った。

僕からしてみると、そんなことが実際にあるのか! 事実は小説よりすごい! と思える恋愛物語の展開などこそが、本にはどこにも書いていないという。そこが、人生の壮絶な結節点ではないか。
だが、それは書けないというのだった。
それもわかる。

最後にトラジャコーヒーでコーヒーを飲んで駅まで送って行こうと牧口さんが言った。

僕はもう一度、牧口さんの本を見せてくださいと言った。(本について、しつこい(笑)。

殆ど残っていないのだがと言いながら、本棚を探る牧口さん。
最後の一冊だといいながらくれようとするものは、これは手元に置いてくださいと僕は言った。
確かさっき検索したらアマゾンにあったしとか思いつつ。
(僕は自著は最後の5冊になると、なるべく手放さないようにしている。)

が、牧口さんは、「あっもう一冊あった。それは、あびちゃんにあげよう」と言って「雨上がりのギンヤンマたち」を僕にくれた。
ホンマにもう一冊あったのか、牧口さんの性格を思えばわからないが、有り難くいただいた。

それから、さらに漫画「風の旅人」を見つけて、ソーマに「あげよう」と言った。
ソーマは、あっ、これだ、懐かしいと言って開いて、涙ぐみはじめた。

タイムマシンで、あの時の私に数十年後にこの本を原作者にもらうことになるよと言ってあげたいと言って泣いていた。

えらい、シーンに立会ってしまったものだ。
ものすごい感情のエネルギーが動いている。
僕は、「会いたいなら会えるで、セッティングするからまかしとき」と言っただけで、そんな劇的なこととも思ってなかった。
本どこ?
本どこ?
と言ったのも、作品に価値を見出すキャラだから、ニュートラルに自分の関心から言ってただけだ。

最後にもう一度、本どこ?と言ってなかったら、そのまま出発するとこだった。
本について自分の関心からしつこかったから、結果的に「風の旅人」がソーマの手に渡ることになった。

なんか、触媒として活躍してしまっているが、
僕は感情が激しく動いておらず、宇宙の初めから、人はこのように関わりの中で生きてきたのは間違いないと、ただ淡々とそう思ってただけのように思う。

とにかく、
「この本とこうして今日巡り会えるなんて」と、ソーマは超感激していた。
(実は僕は話を聞きながら、その時までにスマホで検索しアマゾンに注文していた。早っ!)

不思議なもんやな。
今日聞いた話もすべてが不思議だった。
が、一方では、宇宙の初めからそうなだけやなとも思っている自分がいた。
ソーマのメッセンジャー「ちょっともう感情のキャパオーバーな一日やった。」とあったけど、自分は台風の目みたいに静かだった。


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