「倶舎論」をめぐって
XCIII
さて、『倶舎論』注として、チベットで最も有名なものは、通称『チムゼー』〔チムの倶舎論〕であろう。本書は、チム・ジャムピーヤン(mChims ‘Jam pa’i dbyang,1210-1289)またはチム・ナムカータク(mChim Nam mkha’grags)の作品である。池田氏が報告した当時はまだ広く使用される状況ではなかったようであるが、近年は訳注研究まで出版されている。小谷信千代『チベット倶舎学の研究―『チムゼー』賢聖品の解読―』が平成7年に刊行されている。同書では、この注を次のように紹介している。
チムゼーは、世親の自注(Bhasya)〔バーシュヤ〕に対する註釈ではなく、本偈を解説した謂わば頌疏の形をとっている。チムは註釈に際して、Bhasyaは言うに及ばず、称友〔ヤショーミトラ〕の注釈をよく参考にしており、随所にその解説が援用されている。称友の注釈に次いで満蔵〔プールナヴァルダナ〕の注釈がよく用いられている。…大乗の教義を参照しているのは、インドの『倶舎論』注釈書と些か趣の異なる所である。(小谷信千代『チベット倶舎学の研究―『チムゼー』賢聖品の解読―』、平成7年、
p.10,〔 〕内私の補足)
私の印象では、インドの『倶舎論』注でも大乗への言及はある。その点だけ論述に不満があるが、同書の学的価値は十分に認められる。