仏教額序説

その8
これに反する動きも当然あった。これを、ドレイフェス氏は、同じチベットサキャ(Sa skya pa)のanti-realism「反実在論」と呼ぶ。一見したところ、こちらのダルマキールティ解釈がオーソドックスなように思える。事実、ドレイフェス氏も、自著で、こう評価している。
 それらの思想家〔=サキャ派〕は、新しいアイデアを提示しても、ダルマキールティ自身の考えと近接した形で、それら〔のアイデア〕を守ることを心がけた。
つまり、サキャ派の解釈は、正統的なダルマキールティ理解である、と看做しているのである。反対に、moderate realismに対しては、否定的な見解をこう表明している。
 多くのチベットの思想家が採用したmoderate realismは、ダルマキールティの概念論とは、全く異なっている、それ故、歴史的観点からすれば、異端である。
では、現在流布しているダルマキールティ解釈、すなわち、彼の普遍論に対するオーソドックスな見解とはどのようなものであろうか? moderate realismに対するドレイフェス氏の懐疑的な評価は正しいのか?その真偽を探るためにも、現代の研究者の見解が必要である。一言付け加えると、ツオンカパの同時代最大のライバルは、サキャ派の諸学僧だった。かれらは仏教論理学以外の分野、例えば中観についても論争した。その論争は全仏教史の中
でも屈指のものであった。

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