新チベット仏教史ー自己流ー

その3
では、宗論の中味を見てみましょう。論争の当事者は、インド側がカマラシーラ(Kamalasila)、そして中国側が摩訶衍(まかえん)であると伝えられています。『学者(がくしゃ)の宴(うたげ)』という有名な仏教史書がありますので、そこから、宗論の内容を紹介してみます。まず、宗論以前にそれを予見した学僧の逸話(いつわ)が載せられています。
 何年か後、中観の見解について、不一致で、論争する者が出てきます。その時は、我が弟子カマラシーラをお招きすれば、法論は収まるでしょうとおっしゃつて、無常と、涅槃を示しました。
こう述べたのは、シャーンタラクシタ(Santaraksita)という学僧です。彼は、インド仏教の代表者として、チベットに招かれていました。当時、インドにあったナーラーンダー僧院の長であったそうです。ナーラーンダー僧院は、中国の名僧、玄奘(げんじょう)が学んだ有名な所です。そこの長であれば、インド仏教最高の人物と考えて間違いないはずです。シャーンタラクシタは、『真理(しんり)綱要(こうよう)』(Tattvasamgraha,タットヴァ・サングラハ)という著作も残しています。その頃のインド思想界のトピックを網羅(もうら)して、仏教の立場から批判を加えた書物です。
陳那(じんな)や法称(ほっしょう)の仏教論理学を主体とした、極めて、質の高いもので、シャーンタラクシタの学識を示して余りあるものです。そのような学僧がチベットで教えを広め、インド仏教の土台作りに励んだのです。しかし、チベットでの布教は簡単ではありませんでした。土着宗教のポン教の抵抗に会い、また中国仏教からの言いがかりにも気をもんでいました。シャーンタラクシタは、反対勢力によって、殺されたとも伝えられています。その彼が、サムイェの宗論を予言していたのです。この宗論の論点を明示する言葉があります。それは、「頓悟(とんご)」と「漸(ぜん)悟(ご)」です。摩訶衍の中国側は頓悟を主張します。一方、カマラシーラのインド側は漸
悟を説きます。読んで字の如しで、頓悟は「一瞬で悟りを得る」という意味です。漸悟は「段階的に悟りに至る」ことを言います。これについて、『学者の宴』は、こう記述しています。
 『プトゥン仏教史』によれば、頓門派・漸門派は中国語であって、〔チベット語では〕「チクチャルバ(一瞬派)」・「リムキェパ(段階派)」であると出ています。

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