「倶舎論」をめぐって

CIX
櫻部博士を中心とする大谷大学の学風を思うべきであろう。この学風は、『倶舎論』研究に限るといったものではない。仏教学全般、いやインド哲学全般、さらには学問全般に適用される態のものである。視点を変えると、学問においては、理解の早いことがよいことではないのである。よくわからないことを調べて、納得することが肝心である。そして、派手な研究に引きずられるのも、よくない。地道に積み上げることが大事だと思う。説教染みたことは止めて、最新の出版について見てみよう。小谷信千代・本庄良文『倶舎論の原典研究 随眠品』2007がそれである。この『倶舎論』第5章「随眠品」は、先だっても紹介したように、説一切有部の呼称の由来となった、「三世実有論」を論じる重要な章である。世親の立場と密接に関わるサーンキャ思想も飛び出す。この章で、世親は「雨衆外道」(ウシュウ・ゲドウ)というサーンキャの1派に言及する。この「雨衆外道」は、『瑜伽師地論』という唯識の論書にも登場する。「雨衆外道」は、新発見のサーンキャの論書『論理灯明論』Yuktidipikaやジャイナ教の著名な論書『12輻観点輪』Dvadasaranayacakraにも現れる。これらの文献、そして『倶舎論』のインド撰述注・チベット撰述注・チベット『学説綱要書』のサーンキャ章などを見ていくと、新たな知見が得られるような気がする。チベットの『学説綱要書』のサーンキャ章は、実は、インドのシャーンタラクシタ・カマラシーラという有名な学僧の『真理綱要』Tattvasamgrahaを下敷きにして書かれているようなので、その書のサーンキャ章をも読まねばならない。これらのことを、積み重ねれば、世親とサーンキャの関わりが明らかになると予想している。詳論は避けるが、なかなかに面白い材料を提供してくれるのが「随眠品」なのである。

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