Tips of Buddhism

No.6
TheVinaya-pitaka constitutes the primary source for studies concerning the Buddhist Sangha.However,having evolved through generations of transmissions and repeated additions,the Vinaya-pitaka presents the real difficulty of being a commingling of parts,supplemented at varying periods in the history of the Sangha.(平川彰『律蔵の研究』1960,EnglishIntroduction,p.1)
(Hints:Vinaya―pitaka律蔵、Sangha僧伽=僧団)

(訳)
律蔵は、僧伽(そうぎゃ)研究の基本資料である。しかし、伝播(でんぱ)する世代を通しての発展やたび重なる増(ぞう)広(こう)のせいで、僧伽の歴史上、様々な時代に添加され、〔それらの〕個所が混ざり合っているという非常な厄介さを提示しているのが、律蔵なのである。
(解説)
仏教は、経・律・論の三蔵(さんぞう)から成り立つ。よく耳にする三蔵法師は、特定の人物を示す固有名詞ではなく、三蔵に通じた僧をたたえる一般名詞である。律蔵研究の重要性に関して、平(ひら)川(かわ)彰(あきら)博士は、こう述べている。
 釈尊の教説を理解するためには、その教理や思想を研究することが大切であるが、同時に、仏陀の日常生活の実践を研究することも、これにおとらず大切である。さらに仏陀が、弟子たちにどのような仕方で教育を行ったのかという問題や、あるいは弟子たちに、いかなる修行や生活を命じたということも、無視できない問題である。…この点に関する仏陀の思想は、主として律蔵に説かれている。そしてかかる観点から見るとき、律蔵の研究は、単に律蔵の研究ということ以上に、興味のある多くの問題を提供する。(平川彰『律蔵の研究』1960,pp.1-2、1部標記変更)
確かに、律蔵研究は、我々に様々な視点を提供してくれる。釈迦の死後、色々な部派が誕生したが、分かれた要因は何だろうか?教理的な違いよりも、むしろ僧伽の運営方針といった、律に関することであったようである。佐々木閑(しずか)氏は、その点について以下のように述べている。
 私は、ある特定の歴史的事実が仏教多様化の引き金になったと確信するに至った。それは仏教の思想とは直接関係のない、僧団運営に関わる現実的な対応の結果生じたものである。そしてこれがきっかけとなって仏教世界は多彩な思想を次々に生み出していくことになった。…一旦、異なる体系を持つ複数の思想が仏教の名のもとに並立すれば、もはやその中のどれかひとつを正統として選別することは不可能となる。(佐々木閑『インド仏教変遷論 なぜ仏教は多様化したのか』2000、p.276)
佐々木氏の著書には以前も触れた。律の重要性を再認識してもらえばよいと思う。ここでは、仏教の多様化と統一化の不思議な話を、後代のチベット人学僧の言葉を引用しておきたい。
 「『思択炎(しちゃくえん)』において、〔部派仏教の諸派〕犢子部(とくしぶ)・賢(けん)道部(どうぶ)・一切所(いっさいしょ)貴部(きぶ)・法蔵部(ほうぞうぶ)・上人部(しょうにんぶ)等は、表示不可の人格を認めていると解説しているので、彼らを〔仏教内の〕2つの学説論者に加えないのは、明白である。学説論者は両方共、無我論者だからである」と言い、「従って、それら人格論者は、増上(ぞうじょう)戒学(かいがく)を損(そこ)なわない故に、名目上(めいもくじょう)、仏の教えに含めるが、増上(ぞうじょう)慧学(えがく)を損なう故に、正しくは教えから除外される者でもあるのである」とおっしゃり…
これは有名なチベットの学僧チャンキャ(lCang skya, 1717-86)という人の書物から引用したものである。簡単に言うと、無我を標榜する仏教徒の中にあって、無我を否定するよう集団もあったが、戒律を同じくするので、仏教徒として認める、と述べているのである。


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