「倶舎論」をめぐって

LXXVIII
『順正理論』が経量部思想解明に如何に有益な情報を提供するかが理解出来る。博士は、綿密な研究成果をこうまとめている。
 もし本書に何ほどか新しいものがあるとすれば、それは(一)経量部(Sautrantika)は、紀元四世紀の半ばごろ活躍したと思われるシュリーラータによって、はじめて用いられた名称であり、これはいわゆる部派名ではなく、「有部の三世実有論に反対する者」「道理に合っている者」「かっこうのよい者」という譬喩的意味があり、したがってその後は、「現在有体・過未無体」説を共有する論師たちによって各自の主張に恣意的に冠せられた名称に過ぎない、という可能性が強い、(二)シュリーラータの思想は主として、根・境が第一刹那に生じ、識は第二刹那に生ずるのだから、認識は常に過去の対象しか捉えることはできない、すなわち認識の対象は常に非存在である、という立場から、根・境・識の同時的な「倶生因」を排して、有部の「三世実有」説の根拠を否定することに集約されていた、という二点を示したことだろう。(加藤純章『経量部の研究』1989、p.ii)
加藤博士は、『順正理論』の特に「上座」に注目し、経量部研究に目覚ましい成果を上げたのであるが、その実態は、今でも謎である。

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