Tips of Buddhism

No.17
From the very beginning Buddhism has been critical in its spirit,Lord Buddha was an intellectual giant and a rationarist above anything else. He exhorted his disciples to accept nothing on trust.”Just as people test the purity of gold by burning it in fire,by cutting it and by examining it on a touchstone,so exactly you should,O ye monk!accept my words after subjecting them to a critical test and not out of reverence for me”These words of the Buddha furnish the key to the true spirit of Buddhist philosophy throughout its career. (S.Mookerjee;The Buddhist Philosophy of Universal Flux,Delhi,1975,rep.of 1935,p,xl)

(訳)
仏教は、その最初期からその精神において、批判的であった。師・仏陀は知性の巨人であり、何よりも、合理主義者であった。彼は、弟子に信仰から、何も受け入れてはならないと薦めた。「ちょうど、人が純金を、火で燃やしたり、切断したり、試金石で試したりして、テストするように、おー、比丘よ、私の言葉も批判的なテストにさらしてから、受け入れなさい。信仰の念からではなくて」この仏陀の言葉は、その来し方を一貫した、仏教哲学の神髄を解く鍵を提供するのである。

(解説)
これは、ムケルジーというインドの大学者の著書から抜粋したものである。『普遍の流れという仏教哲学』というような題名であり、今では、この分野の古典的名著とされる。この分野というのは、5世紀以降、インドで隆盛した因(いん)明(みょう)(hetu-vidya、ヘートゥ・ヴィドゥヤー)のことである。今日では、「仏教論理学」と通称されている。名前通り、非常に理屈っぽいものであるが、インド人の嗜好にはあっていて、大変、栄えた。中国・日本へは、その1部だけが伝えられた。仏教は神秘的で、摩訶不思議な面もあるが、インドでは理屈・思考という面も重要視されたのである。それを代表するのが、「仏教論理学」である。このことは何度か述べた。ムケルジーも引用した釈迦の言葉は、この分野の書物でもよく目にするものである。以下には、サンスクリット語原典から、直接訳したものを示しておこう。出典は、8世紀頃、著された『真理綱要』Tattvasamgraha(タットヴァ・サングラハ)という有名な論理学書である。
 比丘達よ、賢者が、熱したり(tapa)、切断したり(cheda),
磨いたり(nikasa)して、黄金を手に入れるように、私の言葉も、
よく考察してから、受け入れるべきだが、尊敬の念によって、受け入れるべきではない。
盲信は避け、何事も鵜呑み(うのみ)にするべきではない、と誡める言葉である。実は、同じ言葉が、馬鳴(めみょう、Asvaghosa、アシュヴァゴーシャ)の有名な仏伝にも出てくる。仏教の基本的考え方を明示するものとして、頭の片隅に留めておいて欲しい。理屈・理論の重視という面も、仏教では重んじるのである。ここで、めったに眼にする機会もないと思うので、『真理綱要』出版までの苦労話を見ておこう。
 ダラル(C.D.Dalal)氏は、苦労の末、ジャイサルメル(Jaisalmer)で重要でユニークな写本を発見した。…それらの中には、『真理綱要』のテキストと注があった。彼は、すぐにその書の重要性に気付いたが、写本を持ち出すことも、コピーを得ることも出来なかった。というのも、世間でよく知られているように、パタン及びジャイサルメルのジャイナ教の宝物殿から写本を得るより神を天から降ろす方がやさしいからである。だが、不屈の写本発掘者はめげなかった。人徳(じんとく)で、ゲイクワーズ オリエンタル シリーズでの出版を目的として写本を借用したのである。(Tattvasangraha of Santaraksita with the Commentary of Kamalasila,G.O.S.No.30,1984 rep.2vols.p.ii、英文から私訳)


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