「倶舎論」をめぐって

CXXI
次に紹介するのは、更に古い書である。松浦僧梁という人の『倶舎論指要』という明治37年の出版物である。読んでみると、なかなか興味深い書である。まず、問題視される『倶舎論』の思想基盤、いわゆる部宗の摂属について、松浦氏は、こう論じる。
 此ノ論ノ部宗ヲ定ムルニ不同アリ総シテ五説アリ。
 一ニ 一切有部トス 天親伝 三論玄義二十 義林章 唯識述記等也 西明仁王疏上本二十六 清涼玄談四十八
 二ニ経部トス 匡真鈔三九十八左
 三ニ両部通宗 頌疏一二十二左 八宗綱要依存之
 四ニ通諸宗理長為宗 指要一十一
 五ニ頌依婆沙長行理長為宗 宝疏一十八
 今師説ニ準シテ有部宗トスルヲ正トス何トナレハ各巻後題ノ下ニ之ヲ記ス…他の四ハ皆不正義ナリ…〔第3説〕円暉の隠顕二宗も亦通シ難シ…〔蘊・処・界の〕三科ノ仮実ヲ判スルニ有部経部共ニ用イヌ…〔第4説〕湛慧ノ理長為宗ハ義ノ取ルヘキモノナシ…進退不通ノ説ナリ断シテ用ル勿レ〔第5説〕宝師亦不通ナリ長行ハ頌ヲ釈スルナレハ能釈所釈乖角ス何ソ長行ヲ造テ頌ヲ釈スルノ論ナラン又他ノ論部ニ此ノ如キ類例アルヘキナシ…頌文ハ婆沙ヲ略説シ玉フ而シテ未尽理ヲ糺スハ偏党ナキカ故ナリ(松浦僧梁『倶舎論指針』明治37年、pp.130-133,〔 〕内私の補足、1部現代語表記に改めた)
松浦氏も『倶舎論』を説一切有部に帰属させる。その点で、船橋博士と違いはない。しかし、同じく5説揚げているが、松浦氏は、『倶舎論』大乗説に言及すらしない。松浦氏の5説は、理長為宗を2分したのである。ただ、各説を批判する時は、松浦氏の方が理路整然としている。第3説を批判する場合、松浦氏は、「蘊・処・界」のうちどれが、実在で、どれが仮説的存在かを論じる。三科の仮実論争として、有名な下りである。そこでは、説一切有部は「すべて実在」とし、経量部は、「界のみ実在」とし、世親は「処と界は実在」とする。確かに3者3様なのである。「理長為宗」に対する批判も、非常に厳しい。舟橋博士の批判では、「此説一応尤もである、世親は確に自由討究を試み、理長を宗として、主に経部に依り、倶舎論を著作したから、所謂正統有部からは異安心視され、経主とまで云はれたのである。それで後世倶舎宗といふ名目までできて、世親を此宗派の開祖と仰ぐ様にな
った。其は一面から見れば、さういふ様な傾向もないではないが、しかし世親の真意を調べて見ると、倶舎宗を開くといふ様な意味で以て、彼倶舎論を著作した訳ではない、して見れば此説もまだ穏当なものとは思へない。」と述べて、まだ、一定の評価を与えている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?