仏教豆知識

その3
 さて、先に紹介してた佐伯好郎を、強力に後押しした人物がいます。それはある外国人女性で、名をゴルドン(E.A.Gordon,1851-1925)と言います。奥山直司氏は、こう述べています。
 ゴルドンは佐伯の説を受け入れ、古代日本にユダヤ人が移住して日本文化に影響を与えたと信じ、この視点から日本仏教と神道を解釋(かいしゃく)してゆくことになる。(奥山直司「E.A.ゴルドンの学問・思想形成」『印度学仏教学研究』66-2,平成30年、p.739)
ゴルドンという人は、非常にユニークな宗教研究家で、奥山氏の別な論文では、以下のように綴られています。
 彼女は、空海の入唐求法に触れて、大日如来(だいにちにょらい)をヘブライの神と同置し、781年に長安に建立された景教碑(ひ)の碑文を見、碑文の撰者景(けい)浄(じょう)(アダム)から景教の教義を学んだに違いないとして、次のように結論付ける。
  日本に於ける真言宗(しんごんしゅう)に大日(だいにち)教義(きょうぎ)の存在せると、今世紀に至る迄(まで)厳(いつく)島(しま)、京都に於いて祭火の相続せるとは、(弘法大師と伝教大師が)かの奇絶(きぜつ)なる石碑(景教碑)の言明せる教網(きょうもう)(Message)を見修(みなお)し、思惟(しい)したるの証左(しょうさ)なりと信ずるに躊躇(ちゅうちょ)せず。
 つまりゴルドンは、空海がネストリウス派の教義を密教に取り入れて日本に持ち帰った、それは今も日本の信仰・習俗の中に生きている、と考えたのである。…仏教とキリスト教は融和を目指すべきであり、そのための橋渡し役に相応しいものは、両部(りょうぶ)曼荼羅(まんだら)の理論を持つ真言(しんごん)密教(みっきょう)―それは、ゴルドンの考えでは、尊敬する空海がネストリウス派に学んで創始したものーである。これがゴルドンの両部耶蘇論(りょうぶやそろん)である。(奥山直司「E.A.ゴルドンの学問・思想形成」『印度学仏教学研究』66-2,平成30年pp.741-739、ルビ私)
国会図書館の近代デジタルには、エー、ゴルドン 原著
文学博士 高楠順次郎 訳とあります。題名は『弘法大師と景教』です。訳した高楠順次郎は、イギリスに留学し、インド学の権威、マックス・ミュラーに師事し、日本の近代インド学・仏教学を推進した人物です。著書は、10ページ程で、短いものですが、出版年が明治42年で文章は読みにくいものです。以下にその冒頭付近の記述を紹介しておきましょう。現代標記に変えて示してみます。
 予〔ゴルドン〕もまた仏教徒たる諸友の厚意によつて、仏耶〔仏教とキリスト教〕の両教義を比較し、その間において喜ぶべき思想の融和(ゆうわ)を認めたり、たとえ語句の間において全然同一なるものなく、かつ現時においては精確なる歴史上の追跡すること不可能なる如きも、この両者の間には真正なる精神的連鎖(れんさ)のたしかに存在せることを感じざるを得ず。(ルビ・〔 〕私)
英文は見ないものの、これで、ゴルドン自身の言葉に触れたことにしましょう。他にも、空海との結びつき等奇怪極まる説があるようです。後で、ネット検索でもして下さい。ともあれ、これで太秦の別の顔が見えてきたと存じます。嘘か本当か、判然としない話ですが、雑学として頭の片隅にでも入れておいて下さい。空海と言えば、他にも様々な伝説めいた話が付きものですが、空海と錬金術の関わりもよく話題になります。錬金術と聞くと、摩訶不思議な魔術みたいに思う方も多いでしょう。しかし、当時としては、最先端の科学を意味しました。決して、過去の遺物で片付けられるような学問ではないのです。

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