「倶舎論」をめぐって

XCVII
またジャムヤンシェーパにも『倶舎論』注がある。題名を『倶舎論 密釈論 牟尼宝珠庫蔵三時勝者願意一切明』Dam pa’i chos mngon pa mdzod kyi dgongs ‘grel gyi bstan thub bstan nor bu’i gter mdzos dus gsum rgyal ba’i bzhed don kun gsalといい、入手は楽だが(collected works,vol.10に所収)、まだ利用されることは少ない。私は、二諦の箇所のみ読んだことがある。その印象は、どの注釈書とも相違して後代の教義を織り交ぜた理解しにくいものであった。長い注釈であり、しかも、相当に難解である。だが、この種の議論の雰囲気を知ってもらうために、訳文だけ示しておこう。
   〔『倶舎論』の偈に〕「あるものが破壊された時、それの認識がなくなるもの、また、知によって他〔の要素〕が除かれた時、〔その認識がなくなるもの〕〔例えば〕壷や水のようなもの、それが世俗有であり、そうでなければ、勝義有である」とある。世俗有の定義(mtshan nyid,laksana)はあるのである。なぜなら、あるものが破壊されたり、知によって他の法(chos,dharma)が個々に除かれた時、それを把握する知がなくなる〔ような〕法それが世俗諦の定義であり、世俗有の範囲(tshad)だからである。例えば、壷や壷の中の水のようなものである。壷はハンマーで破壊されるなら、壷という認識は捨てられる。壷の水も、その水の色・香・味・触が個々に、除かれるなら、水であると把握する認識は捨てられるからである。その2つが主題である。それを世俗諦と述べる理由はある。世俗とは、言説的な(tha snyad pa,samvyavaharika)な有染汚と不染汚な知によって把握されるものであるが、その側面で真実たる世俗諦と述べられからである。プールナヴァルダナ(Gang spal)〔注〕において、「他の世間的なもの(’jig rten pa,laukika)によって把握されるようなもの、そのようなものが世俗諦である。世俗かつ言説の真実が世俗諦である」(北京版、No.5594,Nyu,192b/7-8)と〔説かれているし〕、王子(rgyal sras ma)〔ヤショーミトラ注〕においても、「世俗諦はある。その世俗たる言説の有染汚と不染汚の知によって把握するから、世俗〔諦〕である」(北京版、No.5593,Chu,185a/7-8)と説かれているからである。〔『倶舎論』〕自注においても「他ならぬ」から「〔世俗諦〕なのである」〔の間で世俗諦が〕述べられているのである。(北京版、No.5591,Ngu,9a/2)世俗有の範囲も成り立つ。あれこれの言説有であるからである。王子〔ヤショーミトラ注〕において、「世俗有というのは言説有なのである」(Chu,185a/2)と説かれているからである。分類するなら、2つある。色形(dbyibs,samsthana)の世俗たる壷等と、集合体(tshogs、samcaya)の世俗たる水等の2つがあるからである。さらに、2つある。他の世俗に依存するものと、実体(rdzas,dravya)に依存するものの2つがあるからである。
     勝義諦の定義はあるのである。なぜなら、何であれ破壊と知によって除かれても、それを把握する知が捨てられないそんな法が、それの定義だからである。〔『倶舎論』の〕偈において、「そうでなければ、勝義有である」と述べられているのである。定義例(mtshan gzhi)は、色・受・想・思等の心所〔つまり〕諸々の独立体(rang skya ba)が勝義諦なのである。それらは破壊されても、知によって解体されても、色・受等の認識は捨てられないのである。自相によって成立しているからである。王子〔ヤショーミトラ注〕において、「受・想・思等も実有にほかならないと看做すべきである」(Chu,185a/3)と説かれているからである。勝義有の範囲でもあるからである。受等が主題である。それを勝義諦と述べる理由はある。「勝」は聖者の智慧であるが、その義〔=対象〕として有るので、勝義であり、かつ諦と述べられるからである。〔『倶舎論』の〕自注において、「それは、勝義として有るので、勝義諦なのである」(Ngu,9a/4-5)と述べられているし、プールナヴァルダナ〔注〕において、「「勝」は出世間智であり、その義として有る対象が勝義なのである」(Nyu,192b/7)と説かれているからである。分類するなら、2つある。色・受等の自相有為と、無為の2つがある。自相有為にも5つある。自相の五薀があるからである。3つもある。自相の色と、自相の最終時の刹那と、受等の知3つがあるからである。(f.1067/2-1069/4)
以上はゲルク派を中心とした説明である。

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