ナチュラル、はい。第二話

グルグル、ザワザワ、なんとかなる。
と呪文のように繰り返す
電車はこんな時、進んでる気がしない。

そして忘れかけていた夢の光景の続きが。
赤ん坊の私が神さまに背中を押されて
階段落ちしようとしてますよ。

母は大家さんか誰か、大人に呼ばれて私に
少し待ってね。と声かけして階下に行ったらしい、、、
ふすま、きちんと閉めないままで。

昼間とはいえ、6畳一間の社宅の部屋は薄暗い。
このい草の香りうっすら漂うセピア色の空間が
歩行器の中ですっくと立っている赤ん坊の
世界のすべて。

そこに廊下から漏れるふすま明かりが
ひとすじの光となって、歩行器の赤ん坊にふり注ぐ。
ママ、どこ?がカラダを突き抜けて
外の世界へいざなう。

今は部屋にひとり。
母がいつ、2階に戻るかもわからない。
そもそも、ここは社宅の2階という事を
赤ん坊だから知らない。
いつもは歩行器から親に抱っこされて、
ベッドに寝かしつけられる時間のはずだ。

こうなれば
ふすまを開けて、母を探すしかない。

、、、人生始まって数ヶ月で、なんで
そんな事しないとならないの?
打ち所悪かったら、ヤバいって。
神さま。

ふすまに両手をかけてしまうと、割と軽く開いた。

歩行器はドーナツ型のプラ板の真ん中に入り
腰周りと太ももつけ根を固定して、プラ板に手を置いて3ヶ所くらいコロがついている。

宇宙遊泳みたいに、足を畳につけて後ろに蹴るというよりは、足指を少しずつ畳に触れる感覚で
とりあえず前には進める。

はじめてのお使いならぬ、はじめての外界。
光に向かってチョコッ、チョコッ。
畳の間はおわり、ありったけの力でふすまに
手をかけたら、どうやら日頃の手入れが良くて
スルッと簡単にオープンという。

ふすまの先には、木の廊下があった。
ちょこん、着地するも親の姿は見えない。
左は行き止まり(トイレのドアがあったかもしれない)なので、右側にチョコッとしてゆく。

しばらく歩行器のコロが回る
ザーという音だけが2階廊下に響く。

光の温かさとザーという音。
何となく母の胎内にいた時と変わらないような
不思議な数十秒。

チョコッ、ザー
ママ、どこ?どこなの??
チョコッ・チョコッ、ザザー

チョコッ。

次の瞬間、ガラガラガッシャンの
大音量が社宅中に響き渡った。

神さま、こうなる前に赤ん坊の私を泣かせて
親を2階に引き戻さないあたり
やはりチョイ悪確定です。

あー、これはなんとかならないかも。
階段落ちしながら、赤ん坊は泣くこともできないほどの大音量の洪水に呑まれる。

例えるなら
いつもいる部屋一面の白い壁が怖くて
ここを出たくてひたすらカベを触りながら
叩いていたら1箇所
パカッと、ドアになってる部分が開いて
急に広い世界に押し出された解放感と
この先、後ろを振り返れない不安と。

ただドドドーという轟音の中で階段落ちしている
赤ん坊の私をかかえている物体がみえる。

さながら若い頃に観た映画のキャラクター・
マシュマロマンみたいに形を変えていて
ニコニコと私をしっかり歩行器ごと
全身でガードしていた。
それまではゆでタマゴみたいにつるんと
白い球体みたいのが、宙に浮いてるイメージだった。
何このフォルムチェンジ。

それはまさしく、あの仙人みたいだった
赤ん坊の背中を押していたはずの
神さまだった、、、

さらに夢の映像に飛びこんできた
コワクナイデスヨーのイメージ。
脳内に届いたようだがもちろん
赤ん坊にはわからない。
それより現在、絶賛階段落ち中です。

まぁ、客観的に夢として眺めれば
神さまのイメージとして
階段落ちながら驚き、目を見開く赤ん坊が
これからツライ大変な世の中へ出ていくため
産道を滑り降りる時みたいに
マシュマロマンよろしく
ふわふわと真綿で全身くるむような
愛のガイディングエンジェルにも思えた。

ここまで赤ん坊と神さまは必死だが
階下の大人たちはおしゃべりに夢中。

どういうこと?

という私の気持ちとはうらはらに
電車は定刻より早く、もとの乗り換え駅に着いた。

向かいの電車に乗れば、ギリギリ間に合う。
走るはしる、気持ちごと。

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