坊主日誌①

思い切って坊主にしてみた。人生初である。いろいろと大変なことが多くてナーバスになっている中、髪が伸びたから切らなきゃと考えたり、次の髪色どうしようと考えること自体がちょっとどうなのか、と思って、いっそ全部なくしてしまえという結論づけてわざわざ月曜日にやっている理容室を訪ねた。

やってみてわかったことを定期的に書いてみよう。

まず、想像していた以上に落ち着かない。髪型とか髪の毛というものが、無意識にも個人のアイデンティティに深く関わっているんだとよくわかった。すがすがしい気持ちには全然なっていない、むしろ集中力が落ちている。本末転倒だ。思うに、自分がどう見られているかという他人の目から見た自分というものと、自分自身の自己認識というものは対になっていて、今はそのバランスを失っているのだと思われる。俺は「フルメタルジャケット」に出てくる兵隊なんだ、というマインドセットが必要なかんじだ。思ったよりも自分の見た目のキャラクターというものが、ふるまいや思考に影響を与えていることがわかった。あと、やってみたら思ったよりも似合わなかったということもある。ミルコ・クロコップみたいになると思ったらならなかった。

このことは髪に限らず身体の様々な部分に言えるのだろう。わたしたちは身体というハードウェアで生きていて、ハードウェアの変化は精神にも少なからず影響を与える。普通は自分のイメージに近づくよう見た目を調整していくのだろうが、今回のようにそこを断絶させてみると、エラーが起きる。この感覚は、他者の見えにくい痛みを想像するときに重要なものにも感じる。それは得てして他人にはわからない。

あと、からだは自分のもので誰にも管理されえないと思っていたが、しかし同時に、からだは記号であり、他者とのコミュニケーションの回路の1つ=間主体的なものでもあるということもよくわかった。相手の見た目も含めて、人はコミュニケーションを取っている。自分が慣れないのと同時に、周りの人も慣れないのだろう。だから、積み上げていく必要がある。ここからの行動に、他人との関わり方も、自分のアイデンティティもかかっている、のかもしれない。

されど、と、たかが、に両方共感する気持ちだ。多分次はやらないと思うので、しばらく続けて思ったことは書いてみよう。

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