知恵のある人とは

 今はそれ程でもないが、最初の頃は、新型コロナウィルスで全国の知事は対応を比較されて大変であった。記者会見に登場する各知事に関して、あの人は頭が良い、あの人はイマイチだとかよく話題にのぼった。
 では頭の良い人とはどういう人を言うのだろう。頭の良い人とは知恵のある人を言うのではないか。いくら優秀な大学を出ていても知恵のない人は、こういった非常時に明確な方針を打ち出しにくい。知識が多いだけでは困難に立ち向かえない。
 そこで知恵のある人とはどういう人をいうのかと気になっていたが、ある著名な教育学者の明快な回答に出会えた。それは「将来への見通しがどれだけつくかどうか」だそうだ。さらに見通し以外にも、「潮時」や「手の打ち方」、「バランスを誤らぬこと」、「程度」なども知恵の大事な一面である。
 そして更に深めて、人間の知恵の作用 (はたらき) というものを成り立たせている基盤とか、根底になるものは何か。そこでのこの「見通し」という知恵についてでも、それは多くの人間の考えそうなことを、但し人より一歩か二歩、時には数歩も先だって考えることだ。したがってそこに作用くのは、人間の心理の動きに対する鋭敏な、むしろ心憎いまでの推察ないしは洞察だと言ってよい。つまり「知恵」というものの成り立つ根底には、「人間心理への洞察」が裏付けられていることが分かる。
 さらに、生きた知恵を身につける上で役立つには何が必要であるか。それは、そうした生きた知恵を持っている人に接し、その言葉に傾聴することがもっとも近道だ。それには、読むよりも、聞くことの方がより大事であって、その方が深く身につく可能性が多い。(森信三著、致知出版社、幻の講話より抜粋編集)
 全国の知事も今は本当にお疲れ様ではあるが、コロナ対応で社会から求められているのは、知恵のある人の見識を聞いて、国民の多くが考えるであろう方向性を洞察して、先んじて出すことだろう。後手後手にまわることが一番おそまつに映る。
 経営においても同じだ。顧客が真に求めているものを洞察し、自社の方向性を明確に打ち出す必要がある。その為には考え抜くことだ。また人に聴くことだ。そして人間心理の洞察のためには、我見を打ち砕く必要がある。
 アイリスオーヤマ会長の大山健太郎さんは、オイルショックで倒産の危機に瀕した。漁業用のブイ、農業用の育苗箱などプラスチック製品を作っていたが、需要の乱高下で利益度外視のたたき売りを余儀なくされた。ただプラスチック業界の8割の企業はアイリス同様、赤字に苦しんだが、残り2割の企業は黒字だった。大山さんが気になって調べてみると、黒字企業はいずれもマーケティングを重視し、顧客に密着した経営をしていた。メーカーは良いものを安く作ればいい。問屋に卸せば後は売ってくれる。そんな考え方が、いかに単純で、自分勝手だったか。猛省した大山さんは「プロダクトアウトからユーザーインの経営へ、死ぬような思いで考え方を切り替えていった」と述懐されている。
 例えば、ユーザーのニーズを拾いやすくするために、問屋機能を併せ持った「メーカーベンダー」という業態に転じるが、強みに特化したい「メーカーの論理」と、品ぞろえを増やしたい「問屋の論理」は水と油の関係だ。組織の中で両立させるのは至難の業だった。
 ユーザーというのは人間だ。ユーザーが心底欲しいと思うものは、どういう時代環境であれ、お金を払う。(日経トップリーダー8月号)

 まさに正念場での知恵のなせる技だろう

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