人々の燈明台となれ

 寒くなるとともにコロナは勢いを増して来た。しかし、感染者数が増えて来ているものの、街に活気は戻り、感染者増に何となく慣れっこになって来ている感がする。こんな時こそ上に立つ者は気を緩めることを戒めて、チームの立ち位置を最良の場所に移行しなければならない。今を乗り切り、さらにコロナ後を見据えて今何をなすべきか方向性を示したいものだ。
 最近読んだ本の中に、リーダーはこうあるべきだと感じたものがあったので紹介したい。それは二宮尊徳の高弟である福住正兄が書いた二宮翁夜話だ。(致知出版社刊)
 高野丹吾が相馬に帰国しようとしたとき、翁がいわれた。― 伊勢の国鳥羽の港から相模の国浦賀の港までの間に、大風雨のとき船の泊まるべき港は、伊豆の国の下田港だけしかない。そこであそこに燈明台が置いてある。大風雨のときは、この燈台のあかりを目印にして、往来の船は下田港に入るのだ。
 このそばに妻良子(めらこ)浦という所がある。岸が高くそびえて、大岩が多く、航路のない所だ。この辺に悪者があって、風雨の夜、そこの岸の上に火をたいて、下田の燈台の火と見間違えるようにしたから、暴風をしのごうと燈台めあてに走ってくる船が、燈台の火と間違えて、入ってくる勢いで大岩に当たって、難破することが幾度もあった。
 この難破船の積荷や物品を奪い取っては隠しておいて、分配したことがたびたびあったそうだが、ついには発覚して、みんな処刑されたと聞いた。おのれのわずかばかりの欲心のために、船を破って、人命を損じて、物品を流失させる。実に悪いしわざではないか。

 わが仕法にも、これと似たことがある。烏山の燈台は菅谷氏であり、細川家の燈台は中村氏であったのに、この二氏の精神が中途で変じて、前の居どころと違ったため、二藩の仕法は目標を失って、いまは困難に陥っている。かりそめにも人の師表たる者は、恐れ慎まずにいられようか。  
 貴藩のごときは、草野氏・池田氏のような大燈明が上にあるから安心ではあるが、そなたとて成田・坪田二村のためには大燈明である。万一心を動かして、居どころを移すようなことがあったら、二村の仕法は、船が岩に当たるように破れ去るだろう。だから二村の盛衰安危は、そなたの一身にある。よくよく感銘されるがよい。二村のため、そなたのため、この上もなく重大なことだ。そなたがよくこの決心を定めて、猛火に背を焼かれながらも動かないあの不動尊のようであれば、二村の仕法が成就することは、袋の中のものを探るよりたやすい。
 そなたの心さえ動かなければ、村民はそなたを目印として、船頭が水先を見て面かじ・取りかじと呼ぶように、ぜいたくに流れぬよう面かじと呼んでは直し、遊惰に流れぬように取りかじと呼んでは漕いでゆくだけのこと、そうすれば興国安民の宝船、そなたが所有の成田丸・坪田丸は、成就の岸に安着すること疑いない。―
 いかがだろうか。前方の見えない暴風雨の中を安全に航海するのは極めて難しい。また経営上答えの定まらない問題を寝ても覚めても考えていくのは非常につらいものだ。逃げ出したくなる。しかし、徹底的に考えた上で決断したものであれば、後から振り返って、あの時の判断は間違っていたと感じても諦めがつくのでなかろうか。最善を尽くした上での天命だと割り切れるのではなかろうか。
 今は判断に100%の確信など持てようがない。不安な顔を他に見せずに、己の信じる方向性をしっかりと打ち出して、二宮翁の説く、人々の燈明台になることが求められている。


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