燕

ぷちえっち・ぶちえっち16 ソープ嬢に抱かれた日

 この連載はちょっと笑えるちょっとエッチなエッセイです。今回は「ぶちえっち」編。かなり際どいお話です。

 とある日曜日、僕はいつもの釣り船の乗合船に乗っていた。釣りが一番の趣味だった。
 当日は大漁でアジが40匹ほど釣れた。いつもはブルブルと竿に伝わる感触に心躍るはずだが、その日の気持ちはどんよりと曇ったままだった。仕事のことがどうしても頭から離れない。明日からまた辛い仕事が待っていると思うとやり切れない。


 1年ほど、午前10時に出社して、午前2時まで、1日16時間勤務が常態化していた。「働き方改革」という言葉のかけらもなかった時代である。来る仕事、来る仕事全部引き受けているうちに、やらなければならないことは無尽蔵に増えた。食事も一切取らずに16時間フルに働いて、何とかこなしていた。

 くたくたになって家に帰るのは午前3時過ぎ。頭がほてって眠れないので、ウイスキーの水割りを4、5杯のみ、軽く食べ物をつまんでから5時に眠る。翌日は8時半に起きて出勤する。自分でも、単に疲れている、という言葉では片づけられないほど疲弊しているのはわかっていた。とにかく何をやっていても楽しくないのだ。一日中暗い気分が抜けない。一番大好きな釣りをしてもダメ、というのはかなりの重症だ。


「このままでは気が狂いそうだ」
とようやく危機感を抱いた。 

 釣りにいった翌日の月曜日。僕は仮病を使って、会社を休んだ。とても休める状況ではなかったが、気が狂うよりはましである。僕はソープランドに行くことにした。

 女性は男にとって最高の癒しである。女性を抱いても楽しくならないのなら、本当にダメであろう。僕は背水の陣で臨んだのだ。どうせなら、と思い、7万円の高級店を選んだ。わらにもすがるような気持だった。

 重厚なソファがある待合室で、15分ほど待たされた後、
「ご用意ができました」
というボーイに連れられて女性と対面した。20代半ばの、ちょっと和風な顔立ちの髪の長い癒し系美女だった。今の僕の求めているタイプだった。
 

 部屋に入って、お互いに服を脱いで、全身を洗ってもらった。僕は自分の気持ちを盛り上げようと努めて明るく振舞った。女性も笑顔で話してくれた。非日常的で少し楽しいかな、と思った。出だしは順調だった。


 二人でベッドに入り、女性を抱きしめた。石鹸のいい香りがした。人肌は温かかった。

 しかし、丸みのある柔らかな胸に顔をうずめた瞬間である。
 僕の心の中で何かが弾けた。いままで一人でじっと我慢していた辛さが、堰を切った奔流のように外へとあふれ出た。
 

 気が付くと僕は泣いていた。女性の胸に抱かれて、涙が止まらなくなっていた。ソープ嬢はちょっとびっくりした様子だった。しかし、そのあとに、
「辛かったのね。泣いていいのよ」。
というと、僕の髪を優しくなで、しっかりと胸に抱きしめてくれた。
 

「うああーーん」。
 45のおっさんの僕が、まるで3歳児のように大声で泣いた。ふくよかな胸に顔を埋めて泣きじゃくった。100分の制限時間が終わるまで、僕はひたすら泣き続けた。女性は
「うんうん、もう大丈夫よ」
「いっぱい泣いていいのよ」
と言いつつ、母親のようにずっと僕を抱いてくれた。


 次の日僕は精神科クリニックの門をたたいた。重度のうつ病であった。


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