燕

ぷちえっち・ぶちえっち14 鬼怒川温泉のぼったくりバー

この連載はちょっと笑えるちょっとエッチなエッセイです。今回は「ぷちえっち」編。軽くエッチなお話です。

 その日、僕は鬼怒川温泉にいた。4つ年上のカメラマンの小森さんと一緒だった。
 日光、草津、箱根、熱海といった有名観光地を巡り、お土産物の取材をしていた。とある雑誌の企画で、有名観光地のお土産は、実は全く同じものだったり、同じ製造元が作っていたりするのもが多い、という事実を明らかにしようというものであった。実際に、全く同じデザインのペナントやおもちゃ、お菓子、お守りなどが多数発見できた。ほぼ取材が終わった解放感があった。
 宿泊している温泉旅館でご飯を食べ、ゆっくりと風呂につかった。時刻はまだ8時過ぎ。お酒大好きな僕と小森さんである。
「じゃあ、一杯行きましょう」。
ということで、鬼怒川の温泉街に繰り出したのだった。
 初めての街は、いろいろ眺めながらそぞろ歩きするだけでも楽しい。しかし、どの店も当然初めてなので、どんな店でどんな値段なのかがわからない。とんでもない店に入ってしまうとせっかくの楽しい夜が台無しである。慎重に物色していると、
「お兄さんたち、寄ってかない?」
とあるスナックの前に立っていた二人組の女の子が声をかけてきた。
 

 二人とも年のころは22、3歳。一人は黒髪で清楚系、もう一人は明るい茶髪でボーイッシュな感じ。なかなかかわいい子たちである。
「高いんじゃないの?」僕が二人に聞くと、
「全然大丈夫。安いよ」。
と二人がほほ笑んだ。
「ウイスキーは1本いくらなの?」
と小森さんが尋ねると、
「ブラックニッカが1本4000円」だという。
「あべちゃん、入ろう入ろう」。
小森さんに促されて僕たちは店に入った。女の子が裏でお酒やおつまみの用意をしている間、小森さんが僕にうんちくを垂れた。
「店の値段はウイスキーのボトルの値段でわかる。ここ安いから大丈夫だよ」。
 

それから僕たちは2時間にわたり、その子たちと飲んでしゃべって歌いまくって、大満足の時間を過ごした。清楚な黒髪がまいちゃん、ボーイッシュな茶髪がゆうかちゃん。二人ともいい子でとても楽しかった。
 僕の隣には茶髪のボーイッシュなゆうかちゃんが座った。僕は髪の長い女の子女の子した子よりも、ショートカットでさっぱりめな子が好きである。ゆうかちゃんも僕のことがいたく気に入ったようであった。二人ともよく目が合い、初めて会ったとは思えないような親密な雰囲気になった。
 

 小森さんがトイレに立ち、黒髪の子が席を外して二人きりになった時に、ゆうかちゃんが僕の手を軽く握りながら、耳元でささやいた。
「私一人暮らしなの。あとで部屋にきて」。
僕の心臓の鼓動はいっぺんに跳ね上がった。なんという、甘い、うれしいお誘いであろう。たいしてイケメンでもないフツメンの僕にとって、まさに千載一遇の大チャンスである。神の僥倖である。
(鬼怒川万歳!そしてこの店を選んで本当によかった!)
僕は喜びをかみしめた。
 

「小森さん、そろそろ帰ろうか」。
僕ははやる気持ちを抑えながら、平静を装って言った。
「そうだねー。じゃあお勘定」。
「はーい」。
まいちゃんが奥に清算をしに行った。僕とゆうかちゃんは、正面の小森さんに気づかれないように目配せをして、ほほ笑みあった。

 ここまではよかった。

「はい、お勘定です」。
まいちゃんが小森さんに値段の書かれた小さな紙きれを渡すと、
「えええええっ!」
と小森さんは素っ頓狂な声を上げた。
「何々、どうしたの」
僕がその紙を見ると、衝撃の値段が書いてあった。
「9万円」。
一瞬わけがわからなかったが、次第に怒りがこみ上げてきた。だまされた、と思った。
「ちょっとこれ高すぎるだろ」。
僕が怒りを押し殺しながらゆうかちゃんに言うと、
「だって二人とも随分飲んで騒いだじゃない」。
とゆうかちゃんもややむっとした声で答えた。さっきの甘いムードはあっという間に一変した。
「ふざけんな。ボトル1本4000円、2時間でなんで9万になるんだよ」。
僕はついに大声で叫んだ。小森さんが、まあまあ、あべちゃん、となだめながら、
「とりあえず、ママかマスターか責任者呼んで。あと、何がいくらだったのか明細書持ってきて」。
 まいちゃんとゆうかちゃんは渋々店の奥へと下がっていった。

 5分ぐらいして、
(まったく困った客だわ)。
と顔に書いてある50歳くらいのママが出てきた。明細をいやそうに小森さんに渡す。
「カラオケ1曲1500円、おつまみ(柿の種とおせんべいです)4000円」
など、ちゃんちゃらおかしい値段が書いてあった。
「カラオケ1500円なんて常識外れだろ!ウイスキーのボトル4000円で柿の種4000円てどういうことだ!」
 僕はめったに怒らないが、この時は騙された、裏切られたという気持ちで久々に本当に頭にきた。大声で叫んでいると、
「やくざ呼ぶわよ」。
とママが低い声で言った。
 その言葉も僕の怒りにさらに火をつけた。
「おう、上等だ。やくざでもなんでも呼んできやがれ」。
そういうと、小森さんが言った。
「まあまあ、あべちゃん」。
「こっちも最初に値段確認しなかってけど、この明細はあまりにも酷い。1人2万で、2人で4万なら払うから、それで話つけよう」。
 それからもすったもんだがあったが、結局4万で手打ちとなり、まだ怒っている僕を小森さんがなだめすかしお金を払った。
 ママと僕たちのやり取りが続く間、まいちゃんとゆうかちゃんは一言も発せず、僕たち2人を親の仇でも見るような目で睨んでいた。
 もちろん、店が終わってからゆうかちゃんの部屋に行く、なんて話はおじゃんである。とてもそんな雰囲気ではない。
 僕たちが会計を終え、店を出ようとしてドアを開けたその時である。
 「二度と来るな!」
ゆうかちゃんが自分の手元にあった皿を思い切り投げつけてきた。皿は頑丈なドアにあたり、大きな音を出して砕け散った。僕とゆうかちゃんの仲ももちろん砕け散ったのである。


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