見出し画像

ガンダムSEEDに見るバイオテクノロジー

1. ナチュラル vs コーディネイター

人生で最も影響を与えたアニメ「ガンダムSEED」。
(「ガンダムSEEDに教えてもらったキャリア論」は以下参照)

架空の紀元であるコズミック・イラ(C.E.)という時代に展開されるガンダムSEEDの世界観に一貫しているのは、ナチュラル vs コーディネイターの戦い。

これまでの人類である「ナチュラル」と比べ、バイオテクノロジーによって遺伝子調整が行われた人類「コーディネイター」は、あらかじめ強靭な肉体と優秀な頭脳を持って生まれ、生物個体としての能力が異なります。

もちろん、生物個体の能力、即ち表現型(Phenotype)は、

 表現型(Phenotype)
=遺伝要因(Genotype)×  環境要因(Environment)

遺伝学より

で形作られますので、コーディネイター間でも能力が異なります。 

ナチュラルが統治する「地球連合」(ユーラシア連邦や大西洋連邦、東アジア共和国等で構成)と「地球連合軍」。コーディネイターが統治し、スペースコロニー群で構成される国家「プラント」(P.L.A.N.T.:Productive Location Ally on Nexus Technology)とその軍隊である「ザフト」(Z.A.F.T:Zodiac Alliance of Freedom Treaty)。

生物個体としての違いから生じる人間同士の差別意識に、政治的な対立が加わり、地球 vs プラントという宇宙戦争が続いていきます。

このように、ガンダムSEEDの世界は、バイオテクノロジーに起因する争いが軸となって展開します。 

私は医師として教育を受けてきましたので、バイオテクノロジーが社会に及ぼす影響について大きな関心があり、政策的にも積極的に取り組みたい分野です。

2. 生物とテクノロジー

21世紀最大のイノベーションは、生物学とテクノロジーが交差するところで起こる。新しい時代の到来だ。
(“I think the biggest innovations of the 21st century will be at the intersection of biology and technology. A new era is beginning.” )

Steve Jobs

かつて、スティーブ・ジョブズが言った言葉です。 

この生物学(バイオ)とテクノロジー(デジタル)の交差とは、何のことを言っているのでしょうか。 

カナダ政府の戦略的将来予測機関(Strategic Foresight Agency)である「ポリシー・ホライゾン・カナダ」(Policy Horizons Canada)は、このバイオとデジタルの交差のことを「バイオ・デジタル収斂(Biodigital Convergence)」と呼び、注目すべき技術領域として挙げています。特に、COVID-19パンデミック以降に顕著になった現象としています。

バイオ・デジタル収斂は、①情報空間と、②技術空間の、2つの空間で見られます。 

  • 情報空間でのバイオ・デジタル収斂 =「バイオ・インフォメーショナリズム」(Bioinformationalism)

  • 技術空間でのバイオ・デジタル収斂 =「バイオ・デジタリズム」(Biodigitalism)

情報空間でのバイオ・デジタル収斂「バイオ・インフォメーショナリズム」の事例としては、情報空間における誤情報・デマ・陰謀論の氾濫(インフォデミック)が、ワクチン忌避といった形で現実社会における感染症の拡大(エピデミック)に大きな悪影響を及ぼすという現象が挙げられます。 

技術空間でのバイオ・デジタル収斂「バイオ・デジタリズム」は、デジタル技術が生物学的領域に影響を及ぼすという現象を指しています。COVID-19パンデミックでは、原因ウイルスであるSARS-CoV-2の遺伝子シークエンスデータを用いてmRNAワクチンが開発されました。

また、ChatGPT等の生成AIが創薬に及ぼす影響として、マッキンゼー社は「新薬製剤の候補として最適なタンパク質や分子の選定を迅速化」を挙げています。

(思えば、医学生時分の2010年、脳腫瘍の一種である聴神経鞘腫に対する聴性脳幹インプラント(ABI)埋め込み手術に立ち会いました。これは、聴覚を司る脳神経に出来た腫瘍によって失われた聴覚を取り戻すために、人工的な電極を脳幹に直接貼り付け、聴覚の再生を試みる手術です。生物とデジタルの融合を初めて見た瞬間でした。)

ガンダムSEEDの世界観は、技術空間でのバイオ・デジタル収斂「バイオ・デジタリズム」が著しく発展した姿なのでしょう。

3. テクノロジーを巡る争い

21世紀に入り、テクノロジーを巡る争いが激化しています。 

米中貿易戦争に象徴されるように、国家が地政学的な目的のために従来の軍事的手段ではなく、テクノロジーを始めとする経済的要素を武器として使う状態がより顕著になりました。そのため、「経済安全保障」が、伝統的な国家安全保障と同様に重要となる「地経学」の時代に入ったとも言われています。 

『地経学とは何か』(2020年)を記した船橋洋一氏は、激しさを増す米中テクノロジー覇権競争について、以下のように述べています。

データが「新しい石油」であるとすれば、半導体はそれを有効活用するための「内燃機関」である。半導体なしには、パソコンもスマホも自動運転もドローンも動かない。米政府は、半導体こそ対中地経学競争の“天王山”とみて、この面で巻き返しを始めている。 

半導体をめぐる米中摩擦は、今後さらに生産過程の上流へと遡及する可能性がある。
 
AIの裏の半導体、半導体の裏のプレシジョン機器、その裏の機微マテリアル、さらにはその裏のケミカルとさかのぼり、相手のチョークポイント、つまり急所を抉る地経学の攻防が始まっている。

『地経学とは何か』(2020年、船橋洋一著)

現在、経済安全保障の政策領域では、半導体やAIが大きな注目を集めています。しかし、そう遠くないうちに、バイオテクノロジーに関する政策論議も大きくなるかもしれません。

4. 国家百年の計を考えた科学技術政策

ガンダムSEEDの世界では、バイオテクノロジーによって生み出されたコーディネイターが、技術の粋を集めて作られたガンダム(モビルスーツ)に搭乗して戦います。

コーディネイターと彼らが操るモビルスーツの組み合わせは、いわば技術空間でのバイオ・デジタル収斂「バイオ・デジタリズム」の究極型と言えるかもしれません。

ガンダムSEEDというアニメの世界が来るか否かはさておき、今世紀にバイオテクノロジーが大きく発展し、社会を変えていく要素となることをあらかじめ想定し、政策的な布石を今から打っておくことは重要なのではないでしょうか。

今目の前で問題となっている技術領域について対応するだけでなく、長期的な視野で我が国の繁栄を想う、国家百年の計が必要です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?