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真っ赤なベールのハイミルク SW

221年B組パロのシャーウィリです。ゲスト、アドラー先生。

「あら、ウィリアム先生。珍しいもの持っているじゃない」
「アドラー先生……」
放課後の職員室。多くの職員が出払っているせいか人影はまばら。
定位置のデスクで授業の資料を纏めていた数学教師のウィリアムは、向かいのデスクから掛けられた声に顔を上げる。
ウィリアムに声を掛けたのは保健医のアドラーだった。どうやら、ウィリアムのノートパソコンの横に置かれていたものが気になったらしい。
「チョコレート?」
「これですか?……ええ、まあ。頭を動かすのには糖分があった方がいいですし」
「それはそうだけど……。先生、それがお好みだったかしら?」
アドラーはチラリとそのデスクの上のチョコレートを一瞥する。
銀のアルミホイルで包まれた板のチョコ。
それ自体は何の問題もない至極普通の代物なのだが、アドラーが意外に思ったのはそれが赤い包み紙でくるまれた銘柄のものであったからだ。
「前に、先生はビター派だと聞いていたような気がして……。私の気のせい?」
「……ああ、いや。ーーはい、そうでしたよ」
ウィリアムは少し驚いたように目を瞬かせ、そして照れ臭そうにはにかみ答える。
「……僕も思いませんでした。この歳になって、好みの味が変わるなんて」

ハイミルク。
これまでほろ苦いビターのチョコレートを好んで選んでいたウィリアムの嗜好を変えたのはシャーロック・ホームズだった。
「………これは?」
「チョ、チョコレート」
それは今年の春が来る前のその少し前の、二月半ばこと。
授業後に突然「時間を作ってほしい」と頼まれてウィリアムが指定された空き教室に向かったら、そこでホームズからいきなり渡されたのがこの真っ赤なベールのチョコレートだった。
「それは見たらわかるのですが……。どうして僕に?」
「そんなの、先生ならわかんだろ」
……バレンタインデーだからだよ、と頬を赤く染め、俯きがちに答えるホームズ。思いも寄らぬその返答に、ウィリアムは目を瞠った。
「ホームズくん?」
「俺、ずっと先生のことが好きだった。先生と、リアム先生と恋人になりたい。ーー俺の告白を受け入れてくれるなら、このチョコを受け取ってほしい……」

その日から、ウィリアムが選ぶのはあのとき彼がくれた赤いハイミルクへと変化した。
「ホームズくんがどうしてこのチョコレートを選んだのかはわかりませんが、彼が僕を思って渡してくれたものだから、その思いを大切にしたいなと思うんです」
幸せそうにゆるりと目を細めるウィリアム。
「いつの間にか、僕も好きになっていたんですよね……」
「あら、それは“ハイミルク”が?」
「ふふ、さあどうでしょう」
赤い包み紙を開き、一口大に取り出したチョコレートを下に乗せる。
口に含んだその欠片が溶け出して、ふわりと広がる甘いミルクとカカオの風味が夕暮れのオレンジに染まる職員室をあたたかな温度で満たしていたーー。

「それで?どうしてハイミルクを選んだの?」
「そ、それは」
「それは?」
「……リアム先生目と同じ色で、いいなって思って惹かれたんだよ」
後日、二人の恋路に興味深々の様子のアドラーに迫られたホームズが、あれやこれやと根掘り葉掘り尋問されたのはまた別のお話。
「それにしても、バレンタインに板チョコってねぇ」
「わ、悪かったな……!」


2020.7.05  真っ赤なベールのハイミルク




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