魅惑のプディング SW

The proof of the pudding is in the eating.
プディングの味は食べてみなければわからない

銀の匙の上、ふるりと揺れる極上の甘味。たっぷりの新鮮なミルクに、上質な砂糖をふんだんに混ぜ合わせ、その卵液をゆっくり丁寧に時間をかけて蒸しあげる。その上から甘くて苦い濃厚なカラメルソースを垂らして、最後にホイップクリームで化粧したならば……ほら、みんな大好きプディングの完成だ。ぷるぷるとした食感、なめらかな舌触り、鼻に抜けるカスタードの甘い香り…そいつはきっと美味いに違いない。そう、考えるまでもなくプディングは美味いのだということを世界の大半の人間は知っている。
(ただ……、)
ただ、敢えてそれに異を唱える人間がこの世界にはいる。そういった人間は自分が経験したこと以外は信じられない。信じようとしない。何事も自分でやらなくては気が済まないのだ。何故それがわかるのか、それは……。自分もその一人だからだ。世界には、そんな捻くれ者によって生み出された言葉がある。紹介しておこう。それこそが、
「プディングの味は食べてみなければわからない」
なのである。

隣で和やかな笑顔を浮かべてプディングを咀嚼するリアムを眺めながら、俺はそんなことわざを思い出していた。
「……いきなりなんですか?」
ほとんど無意識のうちに溢れていた俺の呟きを拾ったリアムは不思議そうに小さく首を傾げる。
「いや、そんなことわざがあったなって思っただけだ」
「プディングの味は食べてみなければわからない……。つまり、自身の持つ先入観を信じ込みすぎていては物事の確信を得られない」
もっと端的に言い換えると、論より証拠、になるでしょうか?
「どうです?」
「お見事」
ウィリアムの教師らしい物言いにシャーロックはピュウと口笛を吹いた。相変わらずの理解力の早さ。自分と同等の頭脳を持つウィリアムとの会話は、このテンポの良さが心地良い。
「ありがとうございます。……しかし、私はあまり好んで使いませんね」
「なんで?」
「風情に欠ける感じがして。なんというか非常に……、」
ナンセンスに思えます。
どうやらこのことわざはリアムのお気に召さなかったらしい。
「素直に美味しそうだと思える心も感性を育むという点においては大切なものです」
「お前さ、専攻は理数系の割に考え方は文系寄りなんだな?」
「そうですか?」
「ああ。俺はこの言葉は理に適ってると思うがな」
「ふふ、それもホームズさんらしい」
ウィリアムは顔を綻ばせて笑う。
「きっとあなたはどこまでも真実を追いかけていってしまうんでしょうね」
他力には甘んじず、あくまでも自分自身の力で最後まで。
掬い上げた匙の上、黄色のプディングが揺れる踊る。ふるふる、ふる……と。

「しかしホームズさん」
ウィリアムは言う。
「プディングはスイーツですから。そう難しいことを考えて食べるものではありません」
まあ、確かに。言われてみればその通りだ。
「机の上であれやこれやと考えるなら、もういっそ……、」
リアムはプディングを乗せた銀の匙を俺の顔の前に差し出す。
「な、なんだよ……?」
「いっそのこと、食べてしまった方が早いと思いませんか?」
リアムは蠱惑的な笑みを浮かべた。
「え……、」
シャーロックは困惑した。 
目の前でウィリアムがスプーンを揺らして誘惑している。まさか、リアムが手ずから俺にプディングを食べさせてくれるのか?
「いいのか、リアム?」
「ええ。だからほら、早く……ね?」
銀の匙を持った天使は、小首を傾げて俺を惑わす。もしやこれは……ひょっとして……。
(とんでもなく美味しい展開なんじゃ…?)
シャーロックは生唾を飲み込んだ。
そして覚悟を決め、口を開く。
こんな機会を逃してなるものか。


「……なんてね」
「え、?」
然れど、開けた口の中にプディングが触れることはなく。無慈悲にもそれは再び天使の口中へと消えていった。
「……リアム、ちゃん?」
「そんな簡単にあげませんよ。最後までご自身の力で追いかけてくださいね?」
探偵さん。と、得意げに笑うリアムに俺はガックリと肩を落とした。

嬉しそうに、心底楽しそうにプディングを食べ進めるリアム。その表情からさぞ美味いのだろうな、という情報だけは伝わってくる。
「なあリアム……」
「なんですか?もしかして欲しいんですか?」
でもあげませんよ、と悪戯に微笑むリアムのなんと小憎たらしいことか。……いや、でもいい。今は良い。メインディッシュはこれからだ。そんなに俺を煽ったらどうなるか、お前に教えてやるからな。残り少ないプディング。一口、もう一口……。そして最後の一口……。
その最後の一口がリアムの口の中へ吸い込まれたのを認めた瞬間、俺はガタリと立ち上がってリアムの手からスプーンを取り上げた。放り出されたスプーンが机の上で跳ねる。
そんな何の前触れもない突然の出来事に目を見開くリアムが机上のスプーンに気を取られているうちに、俺はチャンスとばかりにリアムの頬へと手を添え……、そして。
「っ、んん!」
そしてリアムの柔らかな紅い唇に、俺のそれを重ね合わせた。
「んん、!……んぅ、ふ、」
そのままリアムの口中へ舌を潜らせ、味わう。甘い。プディングの香りを感じる。リアムは俺の行動に翻弄されてはいるものの、逃げることは忘れていない。でもそんなのは何の抵抗にもならない。逃げる舌を追いかけて、捕まえて。絡ませる。熱くて柔らかくて、気持ち良くて……。
「んっ、ん……。も、……」
リアムの体から力が抜けていく。凭れ掛かる愛しい重さを感じながら、心ゆくまで”プディングの味”を堪能する。誰もが愛してやまない、魅惑のその甘みを。
そうして……。散々味わい尽くしたところで名残惜しくも唇を離す。未だ縋り付くように俺のシャツの裾を掴むリアムの、その形の良い頭を二度ほどポンポンと撫で、華奢な背をギュッと抱きしめた。

「こんなのひどいですホームズさん!」
「だってほら。プディングの味は食べてみなければわからない、だろ?」
「全然上手くないですよ」
「いや、俺は美味かったぜ」
「……一回黙って」


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