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卒業式 学パロSW

生徒シャロ×ウィリアム先生

「ウィリアム先生一緒に写真撮ろう!」
「先生!色紙書いて!」
「先生にお手紙書いてきたの!読んで!」
卒業式が終わったあとのホームルーム。
満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる生徒たち。
その一人一人と目を合わせ、みんなと3年間の思い出を反芻する。
3年前の春、大きな期待と不安を背負いながら入学してきたみんな。
このクラスの担任として初めて教壇に立ったとき、まだ初々しく緊張気味だったみんなの顔は昨日のことのように思い出せる。
この3年は長いようで短く、本当にあっという間に過ぎていった。
いろいろなことがあった。
良いことばかりでなく上手くいかないこともあったけれど、それも振り返ってみれば良い思い出だと過ぎた日々懐かしみながら、ふとクラスを見渡してみてーー“彼”がいないことに気付く。
「……仕方ない。探しに行きましょうか」
最後の最後まで彼は本当に……と少し呆れながらも、僕は彼を探すべく教室を後にした。

しかし、探すと言ってもそれは困難なものではない。サボり常習犯の彼を探す作業なんてこの3年ですっかり板についてしまった。
考えるまでもなく自ずと自分の足が向いた方に進んでいけば……ほら。
彼の存在を示すアコースティックギターの音色が聴こえてくる。
どうやら今回も僕の読みは外れていなかったらしい。
「……また君はこんなところに」
敢えてノックも何もせずに入室すると、彼は「な〜んだバレてたのか」と悪びれた様子もなく歯を見せてニカっと笑う。
「当たり前です。ホームズくんがこの第二音楽室でサボっていることなんてとっくの昔から知っていますよ」
高校生活最後の日にも関わらず、ホームルームを投げ出してギター演奏に興じていた彼。名前はシャーロック・ホームズ。
校内トップクラスの優秀な頭脳を持っているにも関わらず、このクラス一番にして唯一の手のかかる問題児でもある。
「まあでもさ、優しいリアム先生なら俺のこと探しに来てくれるって思ってたよ」
「また君はそんな調子の良いことを……」
はぁ、と態とらしくため息をついてみてもホームズくんの意識は既に手元のギターのチューニングの方へ向かっていて、こちらの言葉にはもう聞く耳など持っていない。
(……相変わらず自由な子だな)
彼は慣れた手つきで一弦から六弦のペグを回して音程を合わせていく。
E,A,D,G,B,Eの6つの音が順番に奏でられる。
チューナーを使わずにこれほど正確に合わせられるのは素直にすごいと思う。感心しながら眺めていたら「よし。完璧」と彼の口が動いた。
チューニングは完了したようだ。
「なあ、リアム先生」
ホームズくんと視線がぶつかる。
彼は得意げにニヤリと笑って言った。
「一曲付き合ってよ」

Cのコードで始まったその曲は今まで何度となく彼が演奏してきた十八番。危なげない指遣いでG,Am,Cとイントロが始まっていく。
When I find me self in times of trouble Mother
Mary comes  to me
Speaking words of wisdom

「Let it be……」
この3年で彼の歌うLet it beは、すっかり耳に馴染んだ。
彼の独特の少し掠れたハスキーな歌声は曲調によく合っていて、忙しなく過ぎる日々中で少しずつ疲弊した心に寄り添い癒してくれるような、そんな不思議な力を感じる。
僕はそんな彼の歌声が好きだったし、彼の持つ不思議な魅力に魅せられた人間の一人でもあった。
だからだろうか……?こんなことを言ったら反感を買うかもしれないが、午後の授業を受けずにこうして音楽室でギターに没頭しているホームズくんを一教師の務めとして注意していながら、実のところ学生の間ぐらい羽目を外して気ままに生きることを大目にみてあげたいと思っていた。それに……、自分らしくを貫き、そんな生き方をできる彼をほんの少し羨ましいとも思っていた。

And in my hour of darkness
She is standing right in front of me
Speaking words of wisdom
Let it be…

目を閉じ、彼の歌声に耳を澄ませて。
沁み渡るメロディー。進んでいくコード。
アコースティックギターの優しく包み込みような音色が、僕の心を震わせる。

Let it be, Let it be
Let it be, Let it be 
Whisper words of wisdom
Let it be…

時別なひととき。
彼の歌う最後のLet it be
メロディーは終わりへと向かっていく。
アウトロのG,F……そして最後のCのコード。
残る余韻。君と居られる時間がこうして終わっていく。
「どうだった?」
「とても……。とてもよかったよ」
感動した、と心からの拍手を贈ればホームズくんは満足そうに「ありがとう」と呟いた。
午後の温かな陽を受けて音楽室はオレンジに染まる。
二人の間を、緩やかに時が流れていく。


「先生。俺のこと忘れんなよ?」
「大丈夫。忘れないよ」
「言ったな?約束だぞ!約束!」
「はいはい。わかりましたよ」
楽しい時間は一瞬で過ぎてしまうものだ。
下校時間を知らせるチャイムが鳴り、遂に別れの時が来る。
ギターケースを背負い立ち上がる彼の背中に向けて僕は声をかける。
「ホームズくん。言い忘れていました」
「ん?」
最後の言葉はこれにしようと決めていた。
ありきたりな言葉かもしれないが、それでもこれが最も相応しいと、そう思って……。
こちらへ振り向く彼と目を合わせ、この3年で一番の笑顔を浮かべて僕は口を開いた。
「卒業おめでとう。ホームズくん」

彼はフッと笑って応える。
「先生。俺も言い忘れてた」
少しずつ縮められる二人の距離。
ホームズくんは徐に手を伸ばした。
「俺さ、……先生のこと、好きだった」
僕の頬に、君の指先が優しく触れる。
ーーじゃあな、リアム先生……。

名残惜しげに離された指先。
僕に背を向けて歩き出した彼は、そのまま一度も振り返ることなく音楽室を出ていった。
パタリとドアが閉まる音がして、一人になったことを知る。
この部屋に、もう彼の姿はない。

(好き“だった”なんて)
ああ。君は本当に。本当に最後まで……。

3年間、胸に秘め続けた想いがあった。
しかし、教師と生徒の壁は自分が想像する以上に高く大きく。
それは叶わぬ恋なのだとわかっていた。……僕も、彼も。
けれど、それでも。
「好きだった。君が、好きだった」

さようなら、好きだった人。
おめでとう……。そして、ありがとう……。

早咲きの桜の花弁が一枚、ひらりと舞った。


2020.2.28  卒業式


 

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