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抱擁 AW

「ウィルの髪は綺麗だね」
 兄さんの細く長い指が僕の髪を梳く。
「ふふ、兄さん本当にお好きですよね。僕の髪」
 兄さんは僕の髪が好きだ。
 兄さんのベッドで朝を迎えた日は、いつも「ウィル、おいで」と兄さんがその胸の中に僕を誘い、僕は兄さんに後ろから抱え込まれるようにして抱擁を受ける。その際に、決まって兄さんは「綺麗」と言いながら僕の髪に触れる。
「いつ見ても美しいと思うんだ。それに、とても良い香りがする」
「ん、……兄さん、ちょっと擽ったいです」
 うなじに鼻頭を埋め、スゥ…と息を吸い込まれる感覚に僕は小さく身動いだ。
「照れているの?」
「そういうわけでは、」
「照れているウィルもかわいいね」
 兄さんは目を細めながら僕の髪を掬い、カーテンの隙間から差す光に金の毛束を透かす。
「昔、あの孤児院の教会で君の姿を目にしたとき、僕は幼い頃に読んだ絵本を思い出したんだ。その絵本には天使が描かれていて、その天使の髪も、こんな風な美しい色をしていてね。——僕は、十字架を背に神の光を受けた君を……天使だと思った」
 懐かしげな眼差しで昔の思い出を話す兄。 しかし僕は苦笑して柔く首を横に振る。
「……残念ですが、僕は天使からは最もかけ離れた人間ですよ」
 こんな緋に塗れた天使など……。
 黒衣を纏えば埋もれるその色も、白の前でははっきりと浮かび上がってしまう。
「云うなれば、それは堕天使の方で……」
「……いいや、」
 ——それでも兄さんは一層優しい目をして僕に囁く。
「君は、天使だよ」
 
「ねえウィル。——」
「兄さん?……っ、」
「少し、じっとしていて」
 呼びかけられた後に続いた言葉が聞き取れず、何かと後ろを振り返ろうとして——しかし、それは顎に触れた兄さんの指先の拘束によって縫い止められる。
 ツゥ、と薬指に首筋をなぞられ、思わず顔が仰け反った。
「にい、さん、」
「ウィルの髪は好きだけど、何も髪だけが好きなわけじゃないよ」
 兄さんはふっと笑って僕のシャツの襟元を広げ、肩口に淡いキスの雨を降らす。
 唇の触れる甘い感触に肩が震える。
「君だから、好きなんだ」 
 
《堕天使でも、共に堕ちれば僕の目に映る君の姿は天使のまま。僕だけの天使。ねえウィル、君は僕といっしょにどこまで堕ちてくれる?》


2020.8.24  抱擁
 

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