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【曲チャレ】ケ・セラ・セラ

 うだるような暑さだ。

「うだる」って何? そんな言葉あるの? スマホを取り出して調べるのも億劫だ。汗が止まらない。特にこめかみや襟足に流れる汗が気持ち悪い。

 工事の音や車の音が映画やドラマのクライマックスのように暑さを盛り上げる。

 そういうの全然いらないんだよ。ぅがあああああ…ぁづい…。

 ノボルは険しい顔で汗を拭き、ペットボトルから水分を補給した。これからお得意様を一件回って直帰なのだが、気が重い。

「どうせまたあそこの社長に、嫌味みたいな冗談と冗談みたいな嫌味を浴びせかけられるんだろうな」と思っていたら案の定、予想の遥か上をいくキツイやつの千本ノック。おべっかごますりのハンドトス。豪速球には愛想笑いのキャッチャーミット。

 相変わらずきっついなあの社長は。でも外部の営業マンにあんだけ色々ぶつけるって事はあの人はあの人で色々溜まってるのかもしれないな。

 なんて同情する余裕は今のノボルにはなかった。

 もうへろへろなのである。

 これから義父のところへ寄ってパソコンの調子をみなければいけない。70歳を過ぎているのにLINEを使える義父に今から伺いますとメッセージを送った。

 義父は現役の噺家だ。現役と言っても噺家に定年はないんだけど。

 ノボルはそんな義父、妻の父親が好きだった。テレビに出たりする著名な噺家ではないので、正直経済的には厳しい時もあるんじゃないかと思っているけど、さばさばしている義母から経済的なことで責められても飄々としているし、マイペースな性格に憧れている。もっと言えばその生き様をリスペクトしている。

 人前で喋って笑わせる。

 ただそれだけ。

 それだけという凄み。

 それを生涯やり続けるなんて余程メンタルがぶっとくないと出来ないぞ。

 ノボルはいつもそう思っていた。

 家のチャイムを鳴らすと「はいどうぞー」と義父の軽快な声が聞こえた。それを聞いてほっとする。暑さで解けていくコップの中の氷のような音がする。ころん。

「いらっしゃい」

 義父のフラ(持ち味みたいな意味)丸出しの笑顔で今日一日の疲れが一気に癒される。

「ウイルスがどうたらこうたらで電話しろって出てるんだよ」

 早速パソコンを見てみると明らかに詐欺警告だった。再起動し、念のためセキュリティソフトを入れておいた。その間、さりげなくアイスコーヒーを入れてくれる義父の優しさにサンドバッグ扱いされた心が癒えていく。

「たぶんこれで大丈夫だと思いますが、なんかあったらまた呼んで下さい」

「ああそう。もう終わり? さっき出てたサポートなんとかに電話しないでいいの?」

「あの番号に電話しちゃうと誘導されて遠隔操作されて危ないらしいです。ネット情報ですけど」

「あぶなかったー。いや助かった助かった。お礼にうでたまご食べていきなよ」

 ノボルは一瞬何のことかわからなかったが、ああ江戸弁で茹でるは「うでる」だったなと思い出す。噺家さんから出る江戸弁がたまらない。

「アタシが好きだから常に卵がうでてあるの」

 はいキタ。キました。若い子が言う所のキュン死寸前。

 幸せいっぱいのノボル。

 二人で一緒にうでたまごを食べながら歓談する。相撲やゴルフ、落語の話などをするんだけど、中でもノボルのお気に入りは義父が若い時の楽屋話だ。本当にバカバカしい話から武勇伝までを可笑しく聞かせてくれる。

 そうして大盛会のうちに場がお開きとなったが義父は「夕飯を食べていけ」とは言わない。自分の娘、つまりノボルの妻からLINEがいってるのだ。

「今日は結婚記念日だからノボルさんを早く解放してあげて」って。


 ノボルは義父と話した後はいつも清々しい心持になっている。

 もう少し不器用に生きてみてもいいんじゃないか。

 そう思うと心が軽やかになった。

 こういうのをリフレッシュというのかもしれないなとノボルは思った。

 風が少し出てきて外はうだるような暑さではなくなっていた。

 だからうだるって何なのさ? スマホで検索してみる。

「うだる」は「茹だる」だって。

 え? そうなの?

 卵がうだってうでたまご、か。


おしまい


曲)ケ・セラ・セラ(ホーホケキョ となりの山田くん)
アーティスト)山田家の人々&藤原先生とクラスメート

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やはりこちらの企画に参加させて頂きました!

楽しく出来ましたし色々勉強になりました^^

ピリカさん、ありがとごじゃいます♪

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